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"IT革命第2幕"を勝ち抜くために
第76回「携携帯電話市場への新規参入を読む:【2】移動障壁と模倣障壁」

新保 豊

出典:Nikkei Net 「BizPlus」 2005年12月22日

 マイケル・ポーターは「移動障壁」について言及している。同氏の見方は、概ね外部要因重視つまりポジショニングによる記述が中心だ。一方、内部要因重視、つまり企業内部の「資源・能力」による記述も重要だ。言い換えると、企業の個別戦略の礎となっている「模倣障壁」について、RBVの視点「資源に基づく企業観(RBV:Resource-Based View of the firm)」に従って記述・分析することは、最近の経営学の主流となっている(Wernerfelt、Barney)。本稿でも、その視点で「携帯電話市場への新規参入」のことを概観してみよう。

(1)移動障壁を築けなければ戦略グループを形成できない

ア. 「移動障壁」とは戦略グループ間の移動に存在する障壁のこと

 モバイル産業を発展させる際には、政府の役割か、民間の役割かといった、いわゆる"線引き"(棲み分け)の認識を明瞭化しておくことが重要である。

 政府の役割は、インフラ面や産業における公益的プラットフォーム面などの整備推進などを通じ、基本的には参入障壁を取り除くことである。それ以上の、例えば、「移動障壁」については戦略グループの問題、「模倣障壁」であれば個別企業の問題と考えられる。ただし、当該企業(群)に対する国際標準に向けた支援などは、政府の役割でもあろう。

 「参入障壁」が産業(業界)間に存在する障壁のことであるのに対し、「移動障壁」とは戦略グループ間の移動に存在する障壁のことを指す。「戦略グループ」とは、同業界にあって戦略パターンの異なる企業群のことだ。

 既存事業者はこのグループのなかで、同一利益水準を保持している。携帯電話会社3社の営業利益率の平均は13%台(2005年3月期)もある。一方、同期の固定電話事業では、NTT東が経常利益率で5%弱、KDDIの固定電話事業は赤字だ。つまり、同じ通信市場といえども、携帯電話事業を所有しているかでこうも違う。
 
イ. 航空業界などとは異なる通信業界における戦略グループ

 携帯電話事業と固定電話事業を、戦略グループというくくりで比較するのには難があるかも知れない。ただ、この戦略グループとは、通信という市場では同業界にあって、明らかに戦略パターンが異なる企業群といえよう。通信業界の場合には、航空業界や鉄鋼業界あるいは流通業界と異なり、通信網という業界特有のインフラ(物理層)をどのように位置づけるかで大きく異なってくる。

 例えば、通信業界と比較的類似性の高そうな航空業界と比べてみよう。

 航空業界であれば飛行機や飛行場という物理層が競合者間で異なっていようと、消費者にとっての航空サービス(サービス層)に大差ないだろう。飛行機の速度が変わるわけでもないし、座席のスペースだってそうは違いない。

 しかし、通信業界の場合には、そのインフラ資源を通じ提供されるサービスは、消費者によっては大きな差異に映っているだろう。つまり、固定電話サービスと携帯電話サービスは、異なったサービスとして認知されているはずだ。ただ、現在の市場発展段階では、代替性が顕著というよりも、まだ相互補完性が強い状況にあると考えられる。言い換えると、消費者は固定電話と携帯電話をまだ併用している段階にあるということだ。

ウ. 新規参入者の戦略は現下の携帯電話ビジネスとは異なる

 携帯電話の新規参入組、つまりソフトバンクとイー・アクセスらは、ADSLブロードバンドサービスなどの固定電話事業を主力としている。したがって、今後の携帯電話市場において、既存事業者とは異なった戦略グループを形成することになってもおかしくない。

 つまり、利益率の観点からは、これまでの携帯電話事業の延長上の領域(ドメイン)では、既存事業者の後塵を拝する状況が続くに違いない。既存事業者の方が有利に決まっている。だから、戦略を変えざるを得ない。同じ土俵で戦うことはしないはずだ。実際そのようなメッセージは既に市場に投げられている。例えば、無線LAN技術(Wi-FiやWiMAXなど)を使った組み合わせサービスなどについて。

 一方、既存事業者同士の戦略は類似している。

 まず、携帯電話市場の初期段階(普及率0〜5%程度)では、つながりやすさや端末の軽量化などに事業者は腐心した。普及期(同5〜15%程度)には、規制緩和を通じ端末売り切り制度などが導入(1994年4月)され、市場発展に弾みをつけた。さらに普及拡大期(同15〜50%程度)では、データ通信発展のためiモ―ドやEzwebなどの課金・決済プラットフォームを事業者は構築した(概ね2000年以降)。そして、2002年4月にCDMA 1X方式を使って3GサービスをKDDIが開始、2004年2月にドコモがFOMA 900iシリーズを投入したことで、ようやく本格的に3Gへのシフトが始まった。発展期(同50%以上)に入った最近では、前年度成長率でマイナスに転じている。市場は明らかに鈍化し始めた。

エ. 携帯電話市場特有の生態系を巡る攻防

 翻って新規参入者の戦略としては、どのようなものが想定されるか。これは本稿シリーズで詳述したい。ここでは簡単に記す。

 発展期にあっては、枯れた技術やノウハウが扱いやすいしリスクが少ない。技術は安価でもある。したがって、別の技術や創意工夫で攻めてくるだろう。本流のLTE(Long Term Evolution)とは別の流れから。LTEとは3.9Gなどといわれる4Gの少し手前の、携帯電話規格のことを指す。一方、別の流れ、すなわちIEEE802系の傍流規格(Wi-Fi、WiMAXなどの現下または次世代の無線LAN技術)は、クレイトン・クリステンセンのいう"破壊的技術"になるかも知れない。

 わが国の携帯電話市場には、生態系とも呼ぶべき特徴がある。

 携帯電話関連事業の構造として、携帯電話事業者を中心に端末メーカーが下請けのような立場の生態系モデルになっている。携帯電話事業者が代理店に手数料を支払った上で端末を頒布。端末をコントロールしている。通信サービスはもとより、コンテンツに至るまでの生態系をコントロールしている実態がある。事業者は端末メーカーに対して、企画、開発、製造面の支援を提供する。とくに端末メーカーの市場支配力の強い欧州では、この生態系は欧州携帯電話会社の羨望の的ともなっている。しかしながら、新規参入でこの生態系に異変が生じるだろう。詳しくは次回以降に述べたい。

 既存事業者による戦略グループ間では、差別化要素は少ない。しかし、こうして新たに誕生する新規参入者の戦略グループと前者(既存事業者の戦略グループ)との間では、差別化要素が出てくる。当然である。差別化しなければ、勝負以前の問題だからだ。ただ、既存組も現下のLTEの流れとは別に傍流系の技術に対して、既存システムとの不整合という問題はあるものの、手をこまぬいている訳でもあるまい。あらゆる手練手管を講じてくるはずだ。興味深い。

(2)模倣障壁を築けるかが個別企業の戦略となる

ア. ドコモの解約率は0.8%までに低下

 競争企業間の利益率の違いは、この模倣障壁に起因する。

 NTTドコモの場合、月間解約率がこれまで1%台半ば(1.5%として年間解約率は18%)ほどはあったものが最近(2005年第1四半期)では0.8%ほどまでにも下げている。これは相当な努力を伴うものだ。

 最大ライバルのKDDI(au事業)では同時期でまだ1.40%程度だ。これを2006年度第2四半期の目標として、1.21%にしようとしている。横綱ドコモの脇はますます固くなってきた。

 つまり、この数字に至る企業の努力は相当なものであるはずだ。日進月歩のITの世界で、競合他社に1年以上の水をあけている。1年先にあっても他社は目標ベースで、ドコモの現下の解約率数値にも届かない。この事実は、ある種の模倣障壁をドコモが築いていると解することができる。

イ. ドコモの解約率低下の秘策

 ではその秘訣は何か。これは外からはよく見えない。模倣障壁とはそのようなものだ。その壁を築いているものとして、〔a〕歴史的条件(経路依存性など)、〔b〕因果関係の曖昧性(複数原因によるもの)、〔c〕社会的複雑性(組織文化など)、〔d〕制度的条件(特許など)を挙げることができる【J.B.バーニー(1997)】。

 ドコモの場合、推定できることとして、〔b〕と〔c〕によるものが大きいのではないか。解約率が低い背景には、ドコモが最近、新規顧客を積極的に取りに行っていないといった要因も想像されるが。

 〔b〕とは、競争優位の源泉となっている経営資源(例:スピーディーかつ的確な値下げキャンペーン方法とそのノウハウ蓄積、競合他社戦略の読みのうまさ・対抗策の適切性、ブランドなど)が複数考えられ、個々の経営資源と競争優位との因果関係が曖昧であれば、そもそも模倣すべき資源が特定できないことを言う。

 〔c〕とは、競争優位の源泉となる経営資源が、組織内の人間関係や組織文化(例:何としてもトップを堅持するという情熱・誇り)に支えられている場合、模倣は容易ではない。QC活動のような小集団活動(現場から上層部に至るたゆまぬ改善とその雰囲気づくり)などはその例である。
 
ウ. 技術面での障壁も築き生態系を堅持

 模倣障壁としてそのほか、技術要素も大きい。ドコモの研究開発力は、群を抜いているといえよう。研究開発にかける投資規模、研究開発体制とその陣容のレベルの高さ、さらにはそれらをサポートするパートナー企業たちのこれまでのローヤリティ(忠誠心)。このパートナー企業は、ドコモからみれば周辺的または間接的な自社の経営資源とも言えよう。

 つまり、ドコモを中心に生態系の構築に成功している。

 新規参入者には、こうした模倣障壁ないし個別企業の戦略やしかけが立ちはだかっている。果たして、どのようなことができるのだろうか。また、既存事業者はどのような準備をしているのだろうか。

 次回は、「既存事業者の打ち手」について、以降で「新規参入者の打ち手」について考えを整理してみたい。



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