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"IT革命第2幕"を勝ち抜くために
第75回「携帯電話市場への新規参入を読む:【1】産業発展のグランドデザイン」

新保 豊

出典:Nikkei Net 「BizPlus」 2005年12月16日

 今回はいま話題の携帯電話の新規参入問題について考えたい。前回からやや時間を空けてしまった。その間、筆者のコンサルティングの現場では、携帯電話新規参入問題、FMC(Fixed Mobile Convergence:固定網と移動網の統合)、通信と放送の融合などのコンバージェンス問題などを話題にすることがしばしばあった。

 2005年11月初旬にベルギーBrusselsで開かれた、コンバージェンスに関するグローバルフォーラムにも参加してきた。また約半月間ほどかけ、10カ国余の政府担当者や大学やシンクタンク研究者らと、IT戦略や情報通信政策などについて意見交換をする機会も得た。そこでも、わが国携帯電話産業での新規参入問題は大変注目を集めた。わが国の今後の動静は海外でも大いに注目されている。

 新規参入者も決定し、いよいよ新旧入り乱れての本格的な攻防合戦の火蓋が切られた。これまでの携帯電話分野に、無線技術を駆使した新たな分野を加えた、広義のモバイル産業の発展に、今後しっかりつなげていくことが最も大事なことだ。モバイル産業の発展の行方について考えてみたい。

■物事の見方についての基本的なスタンス

 ここで今更ながらであるが、物事の見方について簡単に基本的なスタンスを示したい。それは、〔1〕マクロ経済的な視点、〔2〕ミクロ経済的視点、〔3〕マネジメント(経営戦略)の3つの視点が不可欠だということだ。

 〔1〕については、本稿でも何度か記している。前回の「情報家電ネットワーク化を考える」シリーズ、その前の「通信と放送の"融合"から"統合"へ」シリーズ、さらにその前の「"新・この国のかたち"」シーズでも述べた。わが国政府の有能な政策立案者も、自分の担当する産業政策や競争政策のこと(→〔2〕の領域)に概ね終始している。デフレ経済でのマクロ経済的視点が欠如している。縦割りの弊害だ。内閣官房などのさらなる機能強化が求められよう。

 また、〔2〕は、主に産業政策や競争戦略などに関すること、例えば、参入障壁などに関することだ。本稿同シリーズでも何度となく触れている。そして、政策担当者の得意とする領域だ。しかし、前述の通り、マクロの視点を欠いていることと、残念ながら企業の個別のビヘイビア(マネジメント戦略)の実態については、彼らはほとんど精通していない。

 〔3〕は、経営戦略の領域であり、企業の企画部門や経営コンサルタントは日頃ここに精通している。マネジメントにおける原則(実証されている理論やフレームワークなど)が重要だ。本稿でもこの原則を重視する。しかし、ミクロ経済に疎い人は結構多い。ましてやマクロ経済になると、お手上げ状態。と言うより、そもそもマクロつまり景気のことは自分たちとは関係ないと認識しているようだ。

 いかに立派な製品やサービスを開発しても、デフレであれば売れない。たいがいの読者が考えているよりも、デフレの影響は深刻なのだ。したがって、政府や日銀について、企業や産業界はもっと注文をつけてよい。第四の権力(西部邁氏に言わせると第一の権力)であるマスコミも、もっと声を上げるべきだろう。ここを織り込めば、企業の将来シナリオは大いに変わってくる。政府へのロビーイング活動に成功しているのは、自動車メーカーのトヨタなどほんの一握りの企業であるに過ぎない。例えば、トヨタであれば"ITS"(高度道路交通システム)の3文字を、政府に認知せしめるために、いかほどの労力を費やしているかは想像に難くない。情報通信やエレクトロニクスメーカーらにも、もっとがんばって頂きたい。

(1)マクロ経済環境を整え、将来のグランドデザインを描く

 2005年はe-Japan戦略の総括の年である。また目下、政府IT戦略本部では、来年以降の「新戦略」案を策定中だ。その内容はいずれ開示されることになろうが、情報通信産業が重要な位置づけにあることは間違いない。またブロードバンドに加え、ユビキタス社会の礎となるモバイル産業の発展が、わが国の今後のIT戦略の鍵を握る。

ア. 単なる普及率だけを誇るだけでは駄目

 さらに、IT戦略やモバイル産業がわが国の経済パフォーマンスを、より一層押し上げるような仕掛けを構築することが求められる。米国や英仏独をはじめ、カナダ、豪州などでも、ITと生産性との関係、ひいては経済成長との関係に関する統計システムの整備を急いでいる。

 また、ブロードバンドや携帯電話の普及率の高さを喧伝する段階から、実質の国富(国民1人あたりのGDP)あるいは満足感に関する指標を重視する段階へ移行している。残念ながらこの点、わが国とはかなり開きがある。この10月と11月の12カ国に及ぶ海外出張ではそのようなことを感じた。

イ. まずデフレから抜本的に脱却すること

 北米や欧州先進国においてはインフレ率をうまくコントロールし、ここ数年GDP成長率で概ね年3〜4%台(またはそれ以上)の経済成長を果たしている。翻ってわが国の場合、戦前の一時期を除き、先進国が経験したこともない深刻なデフレを、まだ抜本的には抜け出ていない。

 デフレから抜本的に脱却することが、わが国にとっても最も大事なことだ。小泉政権の目玉である、郵政や医療(電子レセプトなど)あるいはNHKの改革などに関する、あらゆることに優先すべき問題だ。

 12月8日(2005年)にはe-Japan戦略5年間の総括の場として、最終回となるIT戦略会議(首相官邸)が開かれた。そこで竹中総務相からNHKの改革や通信と放送の融合に関するコメントがあった。その場に居合わせた筆者は、「それはそれで重要なことだが、国がやるべきこととしては、もっと大切な事があるのになぁ」と感じていた。マクロ経済の抜本的な好転がなければ、焼け石に水状態であるからだ。

ウ. 穏やかなインフレの達成が重要、日銀と政府との整合的調整も緊急時には不可欠

 しかし、翌9日に竹中総務相から極めて重大な発言があったようだ。いわく「デフレを克服するため政府と整合的な成果目標をしっかりと立ててもらいたい」「英国では何年後に何パーセントとの穏やかなインフレを達成するということを政府が決め(筆者注:インフレターゲット論)、イングランド銀行が自由に政策を実行している」と。

 竹中氏は以前から日銀に対しては、この種のメッセージを送ってきたが、結果無視されてきた。この穏やかなインフレを達成することは、いまや欧米先進国では常識だ。非常識なのはわが国だけ。政府・日銀がいかに無策であっても、主に技術革新による毎年1.5〜2%の供給側の成長があるのだから、それよりやや高いインフレに経済を導くのが、需給のバランスによる経済成長には不可欠なことである。見識あるエコノミストの間では常識である。

 わが国は竹中氏の主張を、せめて4〜5年前には実施しておくべきだった。そうしていれば情報通信分野においても、そのときから新たな成長軌道に乗っていただろう。大海(経済や産業)の潮流(景気上向きの流れ)が逆向きかいつまでも滞留しているようでは、どんな船(企業)も思うようには決して前進できない(利益を上げられない)。

 ただ最近、ようやく特に企業部門では明るい兆しが見えてきた。マクロ経済とミクロ経済は車の両輪である。どんなに特定産業のプレイヤーが努力しても限界がある。マクロ経済、特に家計部門(財布の中身と財布の紐の締り具合)の状況が今後好転してくると(現下の状況はまだ厳しいが)、モバイル産業の発展にも大きな期待ができる。政府(財務省)と日銀にはまず、こうしたよきマクロ経済環境を整えることが求められる。これが双方の最大の仕事なのだから。

 その上で、本稿で取り上げているモバイル産業のグランドデザインを描くことが重要になってくる。つまり、競争政策や産業政策などのミクロ経済の問題だ。総務省や経済産業省あるいは公正取引委員会のような組織の出番だ。

エ. 端末メーカーがグローバルで戦えるような仕組み

 では、将来のグランドデザインとはどのようなものか。それは、国富が増え、グローバルで戦えるような仕組みを構築しておくことだ。

 ここでは後者のみ補足しておこう。グローバルで戦うには、いまの内需頼りの生態系ビジネスとは別のビジネスモデルを模索することが迫られる。携帯電話会社がグローバル展開する際、国際通信市場でのノウハウや経験もあまりなく、海外の通信キャリアと対峙することはそう簡単ではない。また、今後のビジネスの価値がコンテンツに移行するような傾向にあっては、海外の土地の事情や文化などが大きく絡む要素が増えるため、その点でも難しい。

 ただ、端末メーカーであれば、グローバルビジネスをねらうべきであろう。端末であれば、その土地の事情などにさほど左右されない。その国や地域での消費者のビヘイビアなどとの関係があったとしても、端末にその機能を盛り込み、ICチップ内蔵カードなどの追加でそうした需要(ニーズ)に対処できよう。

(2)参入障壁を取り除くのは国の役割

ア. 市場の競争環境を整備

 モバイル産業の発展のためには、市場の競争環境を整備することが不可欠だ。いわば、物理層での競争条件の整備、すなわち市場への参入障壁を取り除くことが求められる。これは国の役割となる。

 例えば、国民の財産でもある電波の開放を行う。今後中核となる電波利用システムには、5年後および10年後を目途に電波を開放していくことが不可欠となる。100年ぶりともいわれる抜本的な周波数再編政策がいま採られている。画期的なことだ。

 また、"参入している"状況とは何をもって測られるか。今年11月の3社への免許では、全国レベルの携帯電話網整備が条件となっている。既存事業者3社がこれまで長い間かけて築いてきた設備を、新規参入者がすぐさま構築できるはずはない。

イ. 時限的なローミング措置

 そこで、そのためには少なくとも時限的なローミング措置が求められよう。競争相手がみすみす敵に塩を送ることは考えにくい。したがって、これまで国民の財産である電波を免許され、他産業に比べ大きな利益を手にしてきた携帯電話事業者に対して、イコール・フティングの観点を持ち込む。産業全体の発展にとって、経済合理性があるだろう。

 現行の3社が採ってきたこれまでのやり方だけでは、今後は限界があろう。実際、わが国の携帯電話市場の成長は最近鈍化してきた。携帯電話の普及率を先進国と比較しても、わが国の普及率は71%あたりで足踏みしている。ここから大きく進展するような力強い動きは見られない。プリペイド携帯電話の普及やMVNO(Mobile Virtual Network Operator)数が多いなど、そのまま日本と比較できないような要素もあろうが、欧州先進国では同100%を超えるところが10カ国ほどもある。こう言っては何だが、例えば、イタリア(110%)、ポルトガル(107%)、ギリシャ(104%)のようなアルプス以南の国々より、わが国は下にある。

ウ. 核心は将来のモバイル産業発展の礎を築くこと

 今般のわが国の新規免許条件として、自社設備を保有した上で十分な品質管理が求められているようだ。いまの総務省は設備競争を促すことに熱心なようだが、問題の核心は新規参入というまたとない転機を確実に活かし、将来のモバイル産業発展の礎を築くことだ。そのためには、市場を育てるという観点が重要だ。

 1994年4月にNTTドコモが端末売り切り制度を導入して以降、右肩上がりに携帯電話の契約者数が増加してきた。また、同社がiモードを投入した際、公式サイトをしっかり管理し、携帯電話端末によるデータ通信という新市場を注意深く育んできた歴史がある。ドコモの市場創出戦略が功を奏した。

 新たな仕掛けを、当時の市場にいきなり放り出しても、その仕掛けによる新市場が成長するとは限らない。市場競争の弊害や市場の失敗など、これに類する事例は、1990年代の米国でもたくさん見てきた。回線設備を自ら敷設できなかったDSL事業者の大半は、市場退出を迫られた。結果、DSL市場を独占ないし寡占したのは、レガシーな地域電話会社であったことは記憶に新しい。

エ. 設備競争を強いることは所詮無理

 わが国の携帯電話市場への新規参入の際にも同じアナロジーが働く。新規参入者に対して既存事業者と同等な土俵で、設備競争を強いることは所詮無理がある。電波枠が免許されても、実際は設備面では大きなハンディがある。

 1980年代半ばの長距離市場への参入時でも、当時の新規参入者(第二電電や日本テレコムなど)はNTT東西会社の回線設備への相互接続ができた。そのため適度な競争が促され、わずか10年間足らずで、通信市場は大きく拡大した。また、新規参入者も売上高2兆円規模(連結ベース)の企業(いまのKDDI)にまで成長できたのだ。KDDIが設備投資をしなかったなどとはもちろん言うつもりはないが、これはいわゆるサービス間競争だったといえよう。

 設備競争は新たな市場の初期段階では、このように非現実的なのである。今般の携帯電話市場への新規参入においても、既存事業者3社に対抗できるには、ADSLサービス普及の初期段階でのような方策、例えば、ローミングは有効だろう。いま既存事業者にその義務がないのであれば、総務省のガイドラインを見直せばよい。そして、その際の見直しの基準は、わが国のモバイル産業がいち早く新たな成長軌道を描くために何をすべきか、という点に尽きる。

オ. 1999年のNTT 設立体制の意図とは異なる

 さらに国には、NTTのグループ再編計画案に対する独占性やレバレッジ性からの市場に与える影響を、しっかり頭に入れておくことが求められる。

 一企業の経営戦略としては、自グループの周りに独占的な状況を築くことは道理に適っている。それは経営戦略の要諦でもあるからだ。しかし、産業発展という視点では、この方向がよいとは限らない。

 今般のグループ再編はNTT法には抵触しないとされるが、事実上のNTT再再編を示すものだ。そして、1999年7月のNTT 設立体制(再編体制)が意図したものとは大きく異なる。この点は、日経BP社の宮嵜編集長も指摘している。時代に逆行するとする新規参入者らの声には妥当性があろう。

 したがって、このグループ再編計画案が、新たなモバイル産業の参入障壁となりうる場合には、国はそれを是正する必要がある。もしそうなれば来年あたりには、少し前のADSLサービス市場の初期段階当時に、競争環境を総務省が整備したことと同じことが起こらないでもない。このさじ加減ひとつが、今後の経路依存に大きな影響を及ぼすこととなる。

 次回では、「移動障壁と模倣障壁」という視点で、わが国のモバイル産業の展望について、その続きを概観したい。



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