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"IT革命第2幕"を勝ち抜くために
第74回「情報家電ネットワーク化を考える:【6】産官学スキームの役割の明瞭化」

新保 豊

出典:Nikkei Net 「BizPlus」 2005年10月20日

 今回は産官学スキームの役割の明瞭化について述べたい。とくに政府側の役割の範囲に絞ろう。個々の企業の役割は、戦略マネジメントの領域に関するものだ。個別の戦略マネジメント、あるいは持続的競争優位を獲得するための模倣困難性(Inimitabirity)、言い換えれば、独自障壁を構築するテーマに関するものだ。例えば、1万人削減を先般発表したソニーの経営戦略などは、その材料になるもので興味深い。

(1)産官学連携スキームにおける大きな問題と失敗に終わった国家プロジェクト

 さて前回では、EXP(Entitiy Exchange Platform)機能という概念を、関係プレイヤーが利益相反にならないような緩衝材(バッファ)のようなものとして示した。あるいはそれは、公益性の高いもので、関係プレイヤーが共通に利用できるもの、さらには全体最適を図る接着剤ともいえる仕組みのことだ。これができれば、民(学)の役割も官の役割も明瞭となり、産官学の連携の成功確率は高まるに違いない。

 前回、次のように述べた:

 ≪EXP機能の一部を実現する、ある種の「情報ハブ」や「ホームゲートウェイ」といった製品は、民が用意するものだ。ただ、市場競争の枠組みで行った場合、非効率となる可能性はある。利益相反が働くからだ。したがって政府側が、さまざまな選択肢を市場に知らしめ、それら選択肢から本命を他国よりも早く選び確定することを支援する。これには意味があろう。≫

 ただ、ここに大きな問題が横たわっている。次のようなものだ:

果たして、そのような選択肢を民(企業)が進んで開示するだろうか。
 ● 仮に有望な選択肢なるものが出てきたとしても、国が音頭をとって進めるものが和製選択肢である限り、グローバル競争に勝てる保証はない。

 和製選択肢としての国家プロジェクトは過去に幾つかあった。

 例えば、「キャプテン」(NTT)、「シグマプロジェクト(ソフトウェア生産工業化システム構築計画)」(通産省)、「第5世代コンピューター」(通産省)、「ニューメディアコミュニティ構想」(通産省)、「テレトピア構想」(郵政省)などだ。ここでは詳述しない。どのような結末を迎えたかを、十分知っている国民は少なくないだろう。

 これらにはもちろん、現在の電子自治体プロジェクトの推進過程で再発見・再評価されるべきものが含まれていないでもない。ただ、これら産業政策の多くは失敗に終わっている。

(2)「実現に向けた主な課題解決の方向性」に対する役割は十分か?

 『中間取りまとめ』では、過去の失敗例も十分経験しているはずと考えたい。そこでは情報家電ネットワーク化の実現に向けた主な課題解決の方向性として、次の()内のように示されている。「」内のまとめ表現は筆者による。




「a.相互接続モデル」(市場速度、ニーズに合った相互接続モデルの構築)

 「b.サービス関連事業者間の調整」(相互接続された情報家電を前提としたサービス関連事業者間の調整)

 「c.グローバル戦略」(日本独自ではなくグローバルに展開できる仕組みを視野に入れた戦略)

 「d.研究開発」(新しいニーズに対応するための研究開発)
  「e.既存規格の尊重と補完」(新たな規格の策定ではなく、既存の規格を尊重し、足りない部分があれば補完)

 このうち、「a.相互接続モデル」と「e.既存規格の尊重と補完」は、技術企画・標準化の領域といえよう。これらは、情報家電ネットワークという市場への参入障壁問題につながる。辛うじて政府側の役割にも成りえるところだ。昔からデファクト(事実上の)標準とデジュール(公的)標準の区別は広く認識されている。同aとeがデジュール(公的)標準のことであれば、政府の役割は有効だ。ただ、情報家電ネットワークの領域に、そのようなデジュール性があるかどうかにはやや疑問が残る。

 また、「b.サービス関連事業者間の調整」について。これは先のEXP機能のエンティティを実在者(参入プレイヤー)とみなした、業際媒介基盤(プラットフォーム)機能につながるものと考えられる。しかし、「民にできないこと」という意味では、やはり疑念が残る。政府側のすべきことだろうか。

 『中間取りまとめ』には、そこまで明瞭に示されていない。恐らく民間側は政府側へその調整役を期待し、政府側もそれに応えることが自身の役割と考えているのだろう。ここで、電気通信産業において数年前まで存在した、需給調整(電気通信事業法に規定)の考え方が想起される。これに関する条項はすでに撤廃されている。NTT東西会社の保有する電気通信設備が独占性をもっていたという前提により、需給調整を目的とした非対称規制という考え方に当時妥当性があったとされる。このような非対称的な状況・与件(最たるものは独占性)がない場合、本来「事業者間の調整」は、市場を通じてなされるものだ。それが最も効率がよい。

 ただし、特殊要因でも存在していて、民に任せていてはその調整に時間がかかり、官という第三者の介在がそのスピードアップを促せるのであれば、官の介在意義はあろう。ここで敢えて想像してみよう。あるとすればその特殊要因とは、恐らく複雑性や多岐性に類するものだろう。

 「情報家電+ネットワーク」産業には、〔1〕無線を含む通信網やインフラ施設(物理層)、〔2〕メディア・キャリア(コード層)、〔3〕配信対象の種々のコンテンツ(メッセージ層)の3層すべてにかかわる、複雑かつ多岐に及ぶ利害が存在する。そしてそれら利害は、この3層を"階層的統治"(垂直統合)する際、または"非階層的統治"(市場による統治)する際に生じる。どちらの統治方式が、企業にとって効率的であるかという別の問題はあろうが。

 この特殊要因ゆえに、もし調整を行うことで産業発展上の合理性やグローバル競争上の戦略性が認められるならば、政府側が一定部分関与することは有効かも知れない。ただその際、企業の行動(Conduct)をモニタリングし、後日その成果(Performance)を評価できるようにしておくことが、SCPパラダイムに則った産業政策や競争政策上重要であることは言うまでもない。しかしこれまで、このことがしっかりできていたかどうかは疑わしい。前述の国家プロジェクトを思い出してみよう。これを十分果たすことも、産官学連携スキーム上の今後の大きな課題であろう。

(3)戦略グループと個別企業の領域に政府側が関与する必要はない 

 一方、「c.グローバル戦略」と「d.研究開発」は、ほぼまったくの個別企業の領域であろう。参加企業がいかに独自障壁を築けるかの問題である。ここまで政府側がかかわる必要はない。一見当然のことだが、意外とそれが明瞭になっていない、政府側発表の報告書の類が見受けられる。

 こうしてみると、第72回で示したように、「まず、【A】今回のものに限らずこの種の報告書では、主語が曖昧な点だ。」ということになる。政府側の役割と民間側の役割が混在している。今後の課題は、両者の役割を改めてより明瞭にすべきということだろう。民間側には、特に戦略グループのレベル、または個別企業のレベルでは、それぞれ移動障壁や独自障壁に関する思惑がある。したがって、どこまでを政府側に期待するかを今一度明らかにしておくことが、国全体にとって真に両者の活力を引き出せることになるのではないだろうか。

 言い換えよう。まず、異種業界の企業が参入したいと感じる経済的インセンティブはあるのか。つまり、<1>情報家電ネットワーク産業への参入障壁がないこと。したがって、参入企業はそのなかで、少なくとも一時的競争優位を確保するためには、個々の参加企業にとって、自社が提供する商品やサービスに、標準以上のパフォーマンスが見出されるような価値と希少性が存在しえること。これが必要だ。

 例えば参入障壁問題については、異種技術(異種のエンティティ)間のインタフェースに関する標準化、すなわち上記aとeに関する課題解決をはかることが求められる。また、各社の参入時の利害調整機能を果たすためのbについても、参入障壁問題につながらないことはない。情報家電ネットワーク業界に参入する企業にとって、自社の提供する商品やサービスに、少なくとも標準のパフォーマンスを見出せる価値があり、しかも自社の経営資源に希少性を持ちえたとしても、この業界に参入障壁が存在するのであれば無用の長物になりかねない。

 上記<1>の参入障壁問題につながることとして、『中間取りまとめ』では、≪研究開発・実証実験終了後は、業種・業界を超えた民間企業の幅広い参加による自由競争の下、情報家電ネットワーク市場がスムーズに立ち上がっていくことが期待される。≫と記述されている。参入障壁がない(または低い)場合、幅広い参加による自由競争が確かに期待できる。

 ただしここから先は、<2>戦略グループ間の移動障壁、または<3>各企業の独自障壁の領域になる。つまり、さらに進んで企業が持続的競争優位を獲得するためには、模倣困難性を見出せるかどうかだ。グローバル戦略や研究開発の問題は、本来的には戦略グループや個別企業の領域なのだ。

 なかでも例えば、グローバル戦略を政府側が後押しする、ミクロ経済面の例はあるかも知れない。ただその場合にもやはり、第72回で示したような、特定産業に限った税制上の優遇、グローバル戦略を視野に入れた海外人材の獲得、情報家電ネットワーク業界に向けたインフラやプラットフォームづくりに関するものに留めるべきだろう。

 「情報家電ネットワーク化を考える」とする本稿は、ひとまずこの回で終了したい。

 次回以降は、例えば、いまも話題のモバイル市場への新規参入問題や、FMC(固定網と移動網の統合)問題、さらには今年(2005年)11月に発表されるとされ、再び注目を浴びるNTT再再編問題などについて、産業政策と競争政策、さらには戦略マネジメントの観点から、考察を続けることとしたい。


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