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"IT革命第2幕"を勝ち抜くために
第73回「情報家電ネットワーク化を考える:【5】インフラやプラットフォームづくり」

新保 豊

出典:Nikkei Net 「BizPlus」 2005年10月13日

 これまでの"情報家電"にネットワークの要素を加えた、"情報家電ネットワーク"について、今回は考えてみたい。"参入障壁"と"移動障壁"の関係、"独自障壁"のことも重要だ。前回、【a】健全な経済成長に関する舵取り、【b】海外人材の獲得のことについて述べたので、今回は特に【c】の情報家電ネットワーク業界に向けたインフラやプラットフォームづくりについて考えてみよう。

(1)インフラの位置づけ

 前回のとおり、政府側が関与すべき領域はあくまで、公益性があり民間側ではできないことに留めるべきだ。「民にできないことは官に」(大阪大学小野善康教授)ということだ。具体的にはインフラ(社会経済基盤)に関する領域、あるいは一部のプラットフォームに関する領域のことだ。ここで、このインフラとプラットフォームという言葉を確認しておこう。ともすれば、あいまいに使われやすい言葉だからだ。

 まず、インフラについて。ここでは、業界(産業)間の"参入障壁"をもたらしているような、民間企業では参入が困難なもの、先のSCPフレームワークにおける「Structure」を規定するものとしておこう。

 例えば、通信ネットワークを支える管路や電波資源など、膨大な設備を必要としたり、政府からの免許が必要であったり、普通の民間企業の経営判断のみではその参入が果たせない(または難しい)領域における、社会経済基盤(ビジネス基盤)のことだ。したがって、公益性の高いものとなる。

 情報家電ネットワーク分野においては、そのほかICタグや無線基地局などで構成される、ユビキタスインフラも重要となる。また個々の情報家電機器を接続するための、標準化に関する「相互接続モデル」をインフラ層に入れてもよいかも知れない。

 情報家電ネットワーク業界における構造(Structure)が、企業行動(Conduct)とそのパフォーマンス(Performance)を規定することになる。

(2)プラットフォームの位置づけ

 次に、プラットフォームについて。これはこれまで、戦略グループ間での"移動障壁"、または個別企業間での"独自障壁"をもたらしているものと位置づけられてきた。戦略グループという言葉は耳慣れない表現かも知れない。これは同一業界において、他企業とは異なる、ある共通の脅威と機会に直面する企業群を指す。そして、業界分析における参入障壁に相当するものは、移動障壁と呼ばれる。戦略マネジメントの領域ではよく用いられる概念だ。

 例えば、東京三菱銀行では、グループ会社の連結経営支援システムを持っている。同様な連結経営支援システムは他のメガバンクも持っている。また、航空業界の一部の航空会社にはチェックインシステムがある。それらシステムを持っているだけで一定の顧客を確保でき、また標準以上のパフォーマンス(利益水準)を上げることができる。しかし、持っていない他社には移動障壁が立ちはだかっている。以上、2005年9月8日の世界情報通信サミットでの早稲田大学IT戦略研究所根来龍之教授の発言による。分かりやすい例だ。

 一方、携帯電話業界での課金・決済の仕組みである、NTTドコモのiモード系システムやKDDIのEZ系システム(EZウェブ、EZアプリ、EZチャネルなど)などは、各携帯電話会社のもつ独自システム(独自障壁)といえよう。携帯電話業界の場合、現在4社しか存在しないため、戦略グループの概念を適用するには企業数が少ないかも知れない。

 ただ今後、ソフトバンクやイー・アクセスなどの企業が同業界に参入する場合、課金・決済システムを持っているかどうかは大きな移動障壁になろう。両社とも現在、ブロードバンド通信サービスにおいて課金・決済の仕組みがあるので、これと携帯電話サービスとをうまく連動させることができるかがポイントとなる。

(3)課金・決済機能とEXP機能としての2種類のプラットフォーム 

 情報家電ネットワーク分野ではどうだろうか。

 かつて任天堂はゲームボーイで携帯型ゲーム機市場を10年以上も独占してきた。そして、2003年9月に市場投入したソニーのプレイステーション2(PS2)が、その後圧倒的な勢いでトップシェアを奪った。PS2は、ネットワークアダプタをパックにしてオンライン・プラットフォームとして成功させた。この場合のプラットフォームも、独自の仕組みといえる。ソニーが他社に対して独自障壁を築き、その結果、持続的ともいえる標準以上のパフォーマンスを得たわけだ。

 前述の『情報家電ネットワーク化中間取りまとめ(2005年7月)』では、プラットフォームという言葉が多用されている。この言葉の使い方に留意してみよう。

 あるときは(ア)課金・決済機能を実現する仕組みとして、それ以外では、さしずめ(イ)業際媒介基盤機能、あるいは異種のエンティティ同士をつなげる機能(EXP機能)を意味するものとして使われている。ここで"EXP"とは、Entitiy Exchange Platformの略で、異種のエンティティ(構成要素、実在者)をつなげるもの。筆者らの造語である。エンティティにはさまざまなプレイヤー(実在者)を含めているので、業際媒介基盤機能をEXP機能に包含させてもよい。

 この2種類のプラットフォーム(課金・決済、EXP)という言葉は区別されるべきだ。なぜなら、前者(ア)は独自障壁に関するもの、後者(イ)は移動障壁または参入障壁に関するものと重なるからだ。ただもちろん、当該市場が独占性を帯びるならば、前者(課金・決済)も参入障壁ともなるものだ。

 (イ)EXP機能についてもう少し補足しよう。「情報家電ネットワーク化に関する検討会」は、"業種・業界を超えた"家電業界、通信業界、電力・ガス業界を代表する企業らで構成される。どの企業も、情報家電ネットワーク市場での事業展開に意欲を持っている。まさに業際共通の利害としてのプラットフォームのことだ。『同中間取りまとめ』に何度も取り上げられている。

 したがって、EXP機能とは、関係プレイヤーが利益相反にならないような緩衝材(バッファ)のようなものだ。あるいは公益性の高いもので、関係プレイヤーが共通に利用できるもの、さらには、全体最適を図る接着剤ともいえる。市場競争に委ねているだけでは決して実現しないものであれば、つまり、「民にできないこと」であれば、政府側の領域ともなる。

 EXP機能の一部を実現する、ある種の「情報ハブ」や「ホームゲートウェイ」といった製品は、民が用意するものだ。ただ、市場競争の枠組みで行った場合、非効率となる可能性はある。利益相反が働くからだ。

 したがって政府側が、さまざまな選択肢を市場に知らしめ、それら選択肢から本命を他国よりも早く選び確定することを支援する。これには意味があろう。

 次回では、引き続き『中間取りまとめ』で示される、産官学スキームにおけるそれぞれの主体の役割について、どこが不明瞭であるかを示したい。これが明瞭になっているかどうかで、わが国の産業政策や競争政策に関するアプローチも変わってくるはずだ。情報家電ネットワーク分野での政府側と民間側の連携における限界を知っておくことは重要なことだ。


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