"IT革命第2幕"を勝ち抜くために
第72回「情報家電ネットワーク化を考える:【4】国はどこまでやるべきか」
出典:Nikkei Net 「BizPlus」 2005年10月6日
総務省と経済産業省が発表した「情報家電ネットワーク化に関する検討会(座長、石井威望東京大学名誉教授)」中間取りまとめ(2005年7月20日)は、中間時点のものであるため引き続き今後の成果を期待したい。この『中間取りまとめ』を一読すると、情報家電ネットワーク化の実現に向けた課題解決の方向性として、「相互接続モデル」、「サービス関連事業者間の調整」、「グローバルに展開できる仕組み」などについて記述されている。
どれも大変重要な点であるため、これらの位置づけや意味について次回以降で取り上げる。その前に、産官学連携の取り組みの主体とそこでの境界や、情報家電ネットワーク業界に向けたインフラやプラットフォームづくりについて述べておこう。
(1)産官学連携の取り組みの主体とそこでの境界は?
まず、【A】今回のものに限らずこの種の報告書では、主語が曖昧な点があるように思う。
基本的には検討会側(民間事業者または大学等の有識者)が主語のはずなのだが、時折、府省側が主語でないと意味が通らないような文面に出くわす。この種の検討会(研究会)にありがちなものだ。
主に民間側(学を含む)が書き手になってはいるが、府省側への配慮か、あるいは民間側と府省側が"一体"になっているような箇所が散見される。産官(学)の連携といえば聞こえはよい。しかし、両者の役割に関する区別を明瞭にしておくことが重要だ。これは次の疑問点につながる。
次に、【B】国と業界(民間事業者)が実施することの境界線と限界に関する問題だ。これは産官学の連携に関することにもつながる。もう少し補足すると、産業(業界)間の"参入障壁"と戦略グループ間の"移動障壁"、さらには個別企業間の"独自障壁"に関する問題である。これら3つの区別を明瞭にしておかないと、効果的な連携は望めない。どうもこのあたりが不明瞭なのではないだろうか。これらについては次回で詳述しよう。
国レベルの主な仕事・役割は、【a】健全な経済成長に関する舵取り。次に【b】海外人材の獲得。シンガポールの「マンパワー21」などでは、積極的な姿勢が以前からみられる。そして、【c】情報家電ネットワーク業界に向けたインフラやプラットフォームづくりだろう。
(2)健全な経済成長に関する舵取り
【a】の健全な経済成長に関する舵取りについては、本稿で何度も示していることだ。デフレ期であれば、減税策と金融政策の両面による総需要の刺激、インフレ時期であれば増税策と金融引き締めなどにより、景気過熱を冷ますことなどだ。ここでは企業の投資への刺激策と消費への刺激策について簡単に触れよう。
韓国の「租税減免規正法」なども、国の行うべき重要な税制措置である。製造業・鉱業または大統領令が定める事業を営む韓国人が、技術や人材開発のために支出した費用がある場合、条件次第では税額控除の適用を受けることができる。
わが国では先日(2005年9月16日)、経団連がコンピューターなど取得価格の10%を法人税額から控除する、IT投資減税延長を2006年度税制改正に向け要望した。IT投資促進税制は3年間の時限措置として2003年度に導入された。その減税規模は2005年度で5,000億円を超えるものだ。
ただし、前回触れた≪年収1,500万円以上の人には100〜200万円程度衣服や飲食に利用した費用を控除できる≫といったような方法では、日本の労働人口6,870万人(2005年)の2%強(年収1,500万円以上の推定人数)が、年間200万円を消費するとなれば、およそ3兆円ほどの大きな消費となる。
総需要の抜本的な刺激にはこの数倍は欲しいところだが、それでもIT投資減税の6倍の効果がある。このとおり、企業(投資)部門よりも家計(消費)部門を刺激する方が効果は大きい。ちなみに、2002年のGDPにおける消費の割合は57%、投資のそれは24%(残りは政府部門が約18%で純輸出が約1%)である。
政府側の取り組みの筆頭は本来、健全な経済成長に関する舵取りにある。例えば、IT戦略本部『e-Japan重点計画-2002』(2002年6月)においても、≪持続的な経済成長と自己実現の場としての雇用の拡大が達成されること≫と、謳われているとおりだ。
(3)海外人材の獲得
【b】のシンガポールの国家的人材開発戦略である「マンパワー21」(1999年11月に始動)について。同国では人材プールの増強という目標を掲げ、外国人のシンガポールでの教育、就労機会に関する情報センターであるコンタクト・シンガポール・センターを拡充し、外国人人材の確保に努めている。また、外国人労働者の高付加価値部門への再配置を図るなど対策の見直しを行っている。個々人の就業能力向上に加えて人材の確保を通じた「知識基盤経済」への移行を図り、将来の国際競争力を確保しようとするためだ。
わが国においても、優秀な人材を発掘し誘致する際の受け入れ環境の整備が求められる。ただ、この種の整備に関することは、日本政府がどれほど関与すべきかはさまざまな考えがあろう。
クルーグマン(米スタンフォード大学教授)はかつてこう指摘した。≪生産効率の向上を伴わない高成長は持続しえず、東アジアの高成長が今後も持続するという予測は誤りである≫と。東アジア型の経済成長が1990年代に失墜し、1997年頃には経済危機に直面することになったのは、「投入の増加」のみ(特に雇用量の増加)に依存していたからに他ならなかった。つまり、単純な労働力不足が以前から喫緊の課題となっていたシンガポール政府のケースと、わが国のケースとを安易には比較できない。迫り来る人口減少という労働力不足の側面とは別に、わが国の場合、日本人にはない多様で異能な外国人人材という側面が、求められているからだ。
ただこれとて、政府が取り組むべき問題といよりも、民間側に任せたほうが適材適所の需要を満たすには効率的であるはずだ。あくまでインフラ(Structure)面での整備(入管手続きの迅速化、税制上の優遇、シンポジウム等の交流機会設定など)に留めるべきだ。多様で異能な外国人人材と日本人研究者等との交流の、円滑化(Conduct)に関することは民間側に任せればい。
ただし、インフラ(Structure)整備という投資のリターンを測るという意味では、その成果(Performance)をモニタリングし、次に手を打つべきフィードバックシステムをつくっておくことは重要だ。ここに政府側が出て行くことは有効だろう。
次回では、"参入障壁"、"移動障壁"、そして"独自障壁"のことを踏まえ、【c】情報家電ネットワーク業界に向けたインフラやプラットフォームづくりについて触れたい。これが明瞭になっているかどうかで、同業界がわが国のコア戦略産業へと飛躍できるかの鍵を握ることになろう。