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"IT革命第2幕"を勝ち抜くために
第71回「情報家電ネットワーク化を考える:【3】儲からないコアなし市場ではない」

新保 豊

出典:Nikkei Net 「BizPlus」 2005年9月29日


 本稿では、情報家電産業が決して儲からない産業ではないことを示したい。ただその前に、本当に儲からない業界が存在した事例をまず示そう。そして、超競争業界と呼ばれる市場での特殊なアプローチ(戦略)や、グローバル業界で勝負できなければ、情報家電もジリ貧になることに触れたい。

(1)情報家電業界は儲からない「コアなし市場」では決してない

 かつて本当に儲からない業界があった。1978年以降、規制緩和された米国の航空業界だ。直接的なケーススタディは、Ghemewat他らの経営学者により1995年に指摘されていることを、RBVアプローチの大家であるJ.B.バーニー(Jay B.Barney)は、その著書『企業戦略(Gainning and Sustaining Competitive Advantage)』(岡田正大訳)で次のように描写している。

 ≪ところが、この再編は誰もが考えていたよりもはるかに長期化した。実際のところ、10年以上の長きにわたり、事実上すべてのアメリカの航空会社は損失を出し続け、数社が倒産し、業界自体の存続が危機を迎えた。サウスウエスト航空という例外を除き、規制緩和後の10年間で航空会社が計上した損失総額は、航空業界が誕生以来、全社であげてきた利益総額よりも多いものだった。非効率的な企業はもちろん、相対的に効率のよい企業も損を出し、それが何年にもわたって続いたのである。≫

 翻ってわが国の情報家電業界を見てみよう。幸いにしてここまでひどくない。J.B.バーニーらは当時の米国航空業界を「コアなし市場(empty-core markets)」であったと位置付けている。このケースには、(a)大きな単位での生産能力の追加、(b)回避できない多額の埋没コストの存在、(c)製品差別化が困難、(d)市場需要が予測不能という特徴がある。

 わが国の情報家電業界には、まず、(a)飛行機のような大きな単位の生産能力の追加はない。敢えて言えば、半導体や液晶のような製造ラインのような大規模投資の対象になる要素は存在するが、これは飛行機に乗客がなければ、(b)埋没コストになるのに対し、他の製品ラインに転用可能である。

 また、(c)どこも似た航空ルート構成といったことは無く、個々の製品やサービスには様々な工夫の余地がある。さらに、(d)規制緩和後の航空業界では需要に関するデータ蓄積がほとんどなく、市場で決定される需要量を予測することは困難であったが、わが国の情報家電業界においては、米国航空業界のような大規模な規制緩和要因は目下存在しない。

 こう考えると、わが国の情報家電業界は、「コアなし市場」というような、絶望的な構造(Structure)下に置かれているわけではないといえよう。

(2)危機をどのように脱したか

 では米国航空業界はどうやって、その危機を脱したのだろう。気になることだ。それは、「ハブ&スポーク・システム」と「産出量マネジメント(yield management)」によるものだった。やや本稿のテーマから逸れるきらいがあることを承知で、多少参考になるので簡単に記しておこう。

 前者の「ハブ&スポーク・システム」により、半ば地域独占を認めた。つまり、航空各社に対して地理的に異なるハブ都市の発着便を独占させた。私たちが格安エコノミーのチケットで欧米に行くとき、シカゴやデンバー、アトランタなどを必ずといって経由する。日本人の乗客からすれば迂回により何とも面倒なことであるが、そのエリアに住む米国の乗客からすれば大変便利である。そして、その航空会社は最も立地のよいゲートを独占的に利用できコスト効率を高めることができる。誠に都合が良い。サービスの差別化にもつながる。

 後者の「産出量マネジメント」により、ある特定路線に対する過去の需要パターンに基づき価格を調整している。座席予約状況が同パターンを下回っている場合には価格を下げ、上回っている場合には価格を上げる。欧州の航空会社でも、日によって航空チケットの価格が異なるのはこのためだ。最近ではITの活用により時間によっても価格が異なる。産出量マネジメントのレベルが向上してきたからだ。

 最近(2005年9月中旬)、米航空3位デルタ航空と同5位ノースウエスト航空が、それぞれ連邦破産法11条(会社更生手続き)の適用をニューヨークの連邦破産裁判所に申請し、経営破綻する可能性があるとが報じられた。原油価格上昇に伴うジェット燃料費用の増大が経営を圧迫。さらに米国を襲った超大型ハリケーンが燃料高騰に拍車を掛け資金繰りが悪化、自力再建を断念したそうだ。米国航空会社は一部の企業を除き、いわば薄氷の上で経営しているような実態もあったといえよう。このケースでは、こうした突発的な特殊事態に対処しがたいものではあったようだが、通常時期は利益を出せる構造を見出していたことも事実であろう。

(3)超競争業界における先制破壊的な行動

 米国のかつての航空業界と比べ、わが国の情報家電業界には、上記(a)から(d)の特徴は見出せない。それゆえ、業界全体が、買手と売手の取引の成立しない「コアなし市場」にあるような深刻な状況にはない。

 情報家電新興企業の中には、水平分業の進んだパソコン業界のごとく、各部品を韓国、台湾、中国、そして日本のメーカーから調達し、中国企業に生産委託することで儲けているところもある。つまり、"儲からない"というのは、自社が投資したほどに見返りが小さいということの言い換えなのだ。研究開発や生産に関する投資の恩恵が他社に拡散している。これでは、そう感じるのも無理からぬことだ。ただ、情報家電の製品そのものが、模倣しやすい特質を持っている以上、一定部分漏れ出てしまう分は仕方なしといえよう。

 もちろん、大型液晶テレビ 向けパネルの生産の中心であるシャープの亀山工場のように、自社の従業員ですらその出入りを厳格にし、社内ノウハウの流出を徹底的に防止しようとする例もある。これも有効な方策だろう。

 一方、もっとダイナミックに競争の構造(Structure)を変えてしまおうというアプローチもある。それに従い、自らの行動をとり(Conduct)、標準以上の経済的パフォーマンス(Performance)を上げることを狙う。これは普通の企業ではなかなか真似できない方法だ。例えば、米国MPU(マイクロ・プロセッサー)の製造・販売最大手のインテル、あるいは韓国のサムスン電子などごく一部の企業がとっているアプローチだ。後者の例だけ示そう。

 サムスン電子のLCD(液晶ディスプレイ)事業では、第5世代(17インチ)の次として、シャープらが第6世代(32インチ)を開発・製造中に、それを飛び越して第7世代(46インチ)を開発。2005年4月には液晶パネルモジュールの出荷開始を発表した。サムスン電子では、このアプローチを機会先占獲得戦略と呼ぶ。同戦略について李健煕(イ・ゴンヒ)会長は、≪機会を逃せば途方もない損失が生じ、これを挽回しようとすれば途方もない時間がかかる≫と言っている。それに対抗して、シャープはさらに大型の第8世代(52インチ)と呼ばれるサイズのガラス基盤を使う亀山第2工場を2006年10月に稼働させる計画を発表。

 これらは単なる先行者メリットのことを指す行動ではない。経営学では「先制破壊(proactive disruption)」と表現されるケースともいえよう。競争状況の展開が不安定で予測困難な超競争業界(hypercompetitive industries)において、自らその業界の競争プロセス(またはStructure)を支配し、競争の基本条件を左右するような戦略を追及する(敢えて既存製品を陳腐化させる)のだ。上記のLCD市場の例では業界最大手の両社が、先制破壊的な行動の覇権獲得にしのぎを削っている様子がうかがえる。

 情報家電産業の多くの市場は、超競争業界になっているといえるのではないだろうか。同じ半導体でも液晶デバイスはともかく、DRAM(半導体メモリの主流)ではシリコンサイクルに悩まされる。市場が不確実で大変不安定だ。儲かるときには儲かるが、大きな赤字を出すこともしばしばだ。東芝はそれでDRAM事業からはかなり以前に撤退し、NAND型フラッシュメモリに軸足を移した。不確実の高いDRAM事業の継続には、経営の安定化のために、フラッシュメモリやモバイル用メモリなどの付加価値の高い隙間製品で補完することが有効だ。実際、サムスン電子では、両者(DRAMとその他メモリ)の補完の仕組みが功を奏している。隙間製品がメモリ事業の約65%を占めたとき(2002年)もあった。相互補完の製品ラインナップを持っていることで、事業をより安定化できる。

(4)グローバル市場で事業展開できているか

 情報家電製品は、単品的・単一機能的な要素が高いため、市場が超競争業界モデルになりがちだ。同業界では、少なくとも一時的競争優位を確保するために、自発的な破壊行為さえ出現する。インテルのような圧倒的な技術優位と販売面での優位をもてない限り、あるいはグローバル市場で規模の経済性を追求できるような企業でない限りまともには太刀打ちできない。

 いまの日本企業の実力ではしばらく勝てないだろう。グローバル戦略が希薄化しているため、規模の経済性を十分発揮できるほどの企業はそうは見当たらない。例えば、DRAMは既にグローバル市場を舞台にして競合が繰り広げられている。また、携帯電話端末も然り。フィンランドのノキアやサムスン電子、あるいは米国のモトローラなどのグローバル企業が既に、その足場を築いている。

 特に最初の2つの企業は、自国市場の規模が小さいため、当初からグローバル市場を主戦場とした戦略を描いていた。日本がデフレ経済下にあるとき(不景気のなか)、国内企業は投資を控えた。そこで市場は供給不足状態となり、LCDなどの価格が高騰した時期があった。サムスン電子はこの隙に乗じ、一気に日本企業を追い越した。何度も書くように、ミクロ経済面(特定産業)のみに目が奪われていると、このようなことが起こるのだ。マクロ経済面(経済成長)がいかに重要かを物語るケースであった。

 国内の経済成長という潮流に乗らなければ、企業戦略は減速を強いられる。ただ、これは内需頼りの日本企業の場合である。真にグローバル戦略を描き実施できていれば、必ずしもその限りではない。世界経済の景気動向はおよそ相互に連動しているとはいうものの、相対的に景気のよい国の市場で事業を展開できるからだ。また、たとえ景気がさほどよくなくとも、グローバル市場の規模は自国よりも数倍は大きい。競争優位性があれば、十分な経済的パフォーマンスを達成できるわけだ。

 以上、情報家電産業が決して儲からない、コアなし市場ではないことを示してきたつもりである。ただ、ここまでは意識的に"情報家電"を本稿の分析・評価の対象としてきた。次回以降では、本稿のタイトルにあるように"情報家電ネットワーク"を考えてみたい。総務省と経済産業省がタイムリーにそれに関する報告書(中間とりまとめ)を発表しているので、再びそれを材料にしてみよう。


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