"IT革命第2幕"を勝ち抜くために
第70回「情報家電ネットワーク化を考える:【2】なぜ儲からないのか?」
出典:Nikkei Net 「BizPlus」 2005年9月22日
情報家電はこの1〜2年間、これからの日本のコア産業として大いに期待されてきた。いや今なお期待されている。にもかかわらず、景気浮揚のビークル(牽引車)としての力強さに欠ける。また本当は儲からないのではないだろうかという声も小さくない。本稿ではそのあたりのことを中心に考えてみたい。
(1)財布の中身+財布の紐の問題
本当に儲からないのか。儲けの源泉は、標準を上回る経済的パフォーマンスがあるかどうかだ。その経済的パフォーマンスは、需要(ニーズ)があるかどうか。つまり、その商品やサービスにまず、"<1>【Value】価値"があるかどうかだ。
情報家電はこれまでの家電を引き継ぐ、あるいは家電を包含するような位置付けであるから、消費者ニーズはそれなりにあるはずだ。つまり価値はある。どれほどの価値があるのか、言い換えるとどれだけ市場規模があるのかは、前回見たとおり、消費者の懐具合(財布の中身+財布の紐の締り具合)による。
「財布の中身」とは、総需要あるいは総所得(家計部門に限ると労働者の給料やボーナスなど)のことだ。家計最終消費支出は、1998〜2003年度まで連続6年間もマイナスを記録、かろうじて2004年度に前年度比0.7%増といったお寒い状況がこれまであった。最悪は脱したとはいえ、いまもそうは変わらない。地方経済や一般家計を見渡す限り、デフレを抜本的に脱しているとは言い難い。これでは、仮に良い(標準を少し上回る程度の)商品やサービスを市場へ投入しても、なかなか購買意欲の刺激にはつながらない。売れなければ(儲からなければ)、すなわちキャッシュフローを生み出さなければ、その商品・サービスに関する事業価値はない。
「財布の紐の締り具合」とは、消費への刺激に関する問題だ。消費意欲が掻き立てられなければ誰もその商品やサービスを購入しない。財布の中身の問題だけではない。つまり、消費が刺激されないのは欲しいものがないという場合もある。大金をはたいても(たとえ小金であっても)、買いたいほどの価値が見出せるかどうかの問題である。
筆者も2回足を運んだ、愛知万博(愛・地球博)会場への累計入場者数は最近2,053万人を超え、1985年開催のつくば博の実績(約2,033万人)を抜いた。仮に宿泊費や遠距離交通費はなしとした場合、平均1人で8,000円(入場料で3,500円+飲食費2,000円+交通費2,000円+通信費他で500円)程度は消費しているだろう。その場合、ざっと1,650億円の計算となる。首都圏から訪れた消費者も相当数あるため、実際はもっと多いだろう。ここでのポイントは単なる消費額だけではなく、長い道のりのなか1日がかりで消費することだ。あまり適切な例ではなかったかも知れないが、本当に価値ある商品やサービスには、購買意欲が刺激されるものだ。決してお金がないから消費しない訳ではない。このことも事実であろう。
しかしながら、旧来の家電に比べ「デジタル化+軽薄短小化」程度のものであれば、言い換えると単品的・単一機能的のサービスの域を出ない限り、大きな新規需要を発掘することは難しい。もちろん、一定の買い替え需要があることは想像できる。万博と情報家電を同じ土俵で比べることはできないが、たいがいのことに飽き足りている消費者は、感動や驚き(格好がよい、かわいい)といった魅力(異なった価値)をこれまで以上に求めている。あるいは圧倒的に便利であるとか、きわめて安全性が高いといった大きな価値が期待されているということだ。
(2)まず経済成長が基本
筆者の日頃の仕事(企業向け経営コンサルティング)や、時折お引き受けする講演などの際、感ずることがある。それは、上記のような財布の中身や財布の紐の締り具合といった消費全体のトレンドを主としたマクロ経済状況を度外視して、商品やサービスのこと、事業のこと、市場のこと、競争のことを論じている場合が少なくないということだ。
1992年から始まったデフレが14年近くも続き、景気のことを考えても仕方ないということかもしれない。つまり、「景気や経済成長のことを言ってもどうにもならないから、それは暫く外に置いておきましょう」といった姿勢が見られるのだ。景気(経済成長)とは市場という大海における潮流のようなもので、逆流のなかでいくら懸命に船を漕いでも(企業が活動しても)、パワー(設備投資など)を掛けている割には進まない(モノは売れない)。ただ、この潮流を正すことはマクロ経済の領域であるため、個々の企業が直接コントロールできる代物ではない。これは政府と日銀が取り組むべきものだ。
例えば、ハイテク産業を担う経済産業省や情報通信産業を担う総務省などの所管行政では、とかくその産業レベルの問題に目がいきやすい。概して彼らはマクロ経済には関心がない(ように見える)。もしもそうだとするならば、それでは困る。
一方、金融と財政の番人である日銀や財務省は、個別の産業レベルのこと、ミクロ経済レベルのことはおよそ蚊帳の外のようだ。各府省の産業政策や競争政策とは異なる目線(次元)で、マクロ経済面の舵取りを効果的に分析・評価・統合化できるような機構が必要だ。このあたりの構造改革の方が郵政改革よりも急務であることは間違いない。国民(消費者)も企業もそう考えているはずだ。
(3)儲からないのは模倣困難性の問題(VRIOフレームワークで考えてみよう)
このような景気(トレンド)のことに触れた上で、次になぜ思ったほど儲からないのかという問題に入ろう。つまり、投資額が大きな割にリターンが小さいという問題だ。先行投資をし事業の初期段階で大きな収穫を手にできるか。先行者利益をいかに競争優位に得られるかだ。ここからは企業競争の問題となる。
情報家電という商品やサービスが単品的・単一機能的である場合、あまり"<2>【Rarity】希少性"はない。元々家電全般はコモディティーである。したがって、競争優位に立つための希少性問題として、液晶であれプラズマ方式であれ薄型テレビやDVDやデジカメなどの「新三種の神器」には、少なくとも従前の家電に比べれば、その画像の鮮明さ、メモリの大容量性やスピード、写真撮影の手軽さ(または現像が不要なこと)などの希少性が存在した。つまり、少なくても一時的競争優位が存在した。
問題は持続的な競争優位を獲得できるかである。そのためには、"<3>【Inimitability】模倣困難性"が不可欠だ。情報家電はデジタル家電とも呼ばれ、その特徴はデジタル技術が駆使されていることだ。概してそこには、アナログの持つ職人的な業や多数のノウハウなどはもはや存在しない。模倣障壁が低い。すぐにコピーされる。自動車と異なり、情報家電の部品点数は1桁以上少ない。しかも多くの部品はモジュールとなっており、それらを制御するプログラムを組めば完成品ができる。個々の部品は台湾や中国などの人件費の安い地域で大量生産されたものだ。最先端製品でない限り、安価なものを容易に調達可能だ。模倣障壁を確立している企業であれば、標準以上の経済的パフォーマンスを上げることができる。つまり、持続的競争優位に立てるので、しばらくは儲けられる。したがって儲からないのは、この模倣困難性を実現できていないからだ。
ジェームズ・C. コリンズ(James C.Collins)の『ビジョナリー・カンパニー2』や新原浩朗氏の『日本の優秀企業研究』などに登場する、10〜15年ほどの期間にGoodからGreatに飛躍した米国の企業群、または優秀であり(標準以上の経済的パフォーマンスを出し)続けた日本の企業群は、上記<1> から<3> を活用するために有効な"<4>【Organization】組織"(組織能力)を堅持している。
上記の<1>から<4>の要素は、その頭文字をとってVRIOフレームワークと呼ばれるものだ。
(4)SCPパラダイムとRVBという考え方
VRIOフレームワークは、リソース・ベースト・ビュー(RBV)という経営学の考え方のなかで示されているものだ。これまでのマイケル・ポーター(Michael Porter)に代表される、経営の外部環境における脅威と機会というモデルは、ただ1つの経済学的アプローチであるSCPパラダイムに依拠するものである。SCPとは、Structure(企業の置かれた環境)−Conduct(企業行動)−Performance(企業パフォーマンス)のこと。このSCPパラダイムに則り、いまでも国の競争政策がデザインされることが多い。
また、最近の情報家電産業における「Structure(企業の置かれた環境)」面では、メーカーと販売店との間で緊密な連携(市場による統治または非階層的統治)が見られる。例えば、大手家電量販店のコジマやイオンなどは、家電メーカーにとっては"買手の脅威"となっており、そのバーゲニングパワー(交渉力)を大きく増大させている。つまり、大手家電メーカーは家電量販店の強大な販売網の前では、価格決定権も握られている。このあたりのことは、先日(2005年9月15日)の日本経済新聞の「デジタルの罠」に的確に描写されている。これはSCPパラダイムで説明がつく。
しかし、個別企業の競争上の問題解決には、このパラダイムだけでは限界がある。企業の経営資源(リソース)に注目する必要があるのだ。つまり、儲かるかどうかの問題は、このRBVアプローチまで踏み込むことが重要となる。言い換えると、持続的競争優位を確立するには、外部環境の整備や企業の舵取りをその環境にうまく合わせるだけでは無理なのだ。
以上のように整理すると、情報家電産業が"儲からないと考えられている"理由が、明瞭になってきたのではないだろうか。次回では、情報家電が決して儲からない産業ではないことを示したい。ただ、そのままだと超競争業界と呼ばれる市場により近づく可能性がありそうだ。