"IT革命第2幕"を勝ち抜くために
第69回「情報家電ネットワーク化を考える:【1】将来の市場規模11兆円は本当か?」
出典:Nikkei Net 「BizPlus」 2005年9月15日
2005年7月20日に総務省と経済産業省の連名で「情報家電ネットワーク化に関する検討会」中間取りまとめが公表された。今回は、わが国の産業戦略の目玉でもある情報家電ネットワーク産業について、経済性と戦略マネジメントの観点から、その取りまとめに関する問題点と今後への示唆について言及したい。同検討会のこれまでの取り組みに関する努力や意気(志)などに関して、敬意が払われるべきだ。その上で、そこでの成果をより発展できないか、さらにはわが国の戦略産業としての現実味を帯びさせるには、果たして何が今後不可欠なのか、少しばかり考えてみたい。
(1)将来の市場規模は年率27%で成長し11兆円!?
同中間取りまとめに先立つことの2004年8月27日には、総務省の「デジタル情報家電のネットワーク化に関する調査研究会」(座長・羽鳥光俊中央大学教授)の報告書が出た。
主にそれは、ネットワーク化に向けデジタル情報家電の通信規格について、民間等の幅広い参加による相互接続試験、実証実験の実施を求めるものであった。デジタル情報家電の利用例として、消防、警察などとも接続した地域安全システム、家電の電源の一括オン/オフなどを行う家電コントロールシステムなどが示されている。
そして、こうしたニーズに対応していけば、2010年の主要なネットワーク対応のデジタル情報家電関連市場は11兆3,276億円規模と、2004年の2兆7,054億円の4.11(約4)倍に拡大すると予測されている。本当だろうか?
まず、マクロ的な観点として、このネットワーク対応のデジタル情報家電関連市場規模について言及しておきたい。
2004年から2010年にかけ、いわゆるほぼS字カーブまたはゴンベルツ曲線に従い4.11倍にまで拡大するということは、年平均成長率(CAGR)が26.96(約27)%となることを意味する。この種の市場規模推定で非現実的なことは、GDP(または家計最終消費支出)の年平均成長率、あるいは国民総所得(GNI)との比較で桁違いにその成長率を大きく見ている点である。
(2)同家計最終消費支出は年率せいぜい1〜3%程度
内閣府経済社会総合研究所の公表データを用いると、2001〜2004年度の名目GDPは順に、-2.4%、-0.7%、0.8%、0.8%である。あるいは同家計最終消費支出は、-0.5%、-0.3%、-0.2%、0.7%、さらには、同国民総所得では、-2.0%、-0.8%、1.0%、1.0%となっている。
現下の日本経済は残念ながらデフレを脱しているとは言いがたい。デフレ状況下で実質GDPなどを見ると上ぶれ(実態以上)の要素を織り込んでしまうため、関連統計データは名目で見るべきだろう。つまり、ひいき目に見ても2010年までの家計最終消費支出は1〜3%程度となろう。こう見ると、先の調査研究会での市場規模の年平均伸び率27%がいかに大きいか(非現実的なものか)が分かる。
ただ、次の2点から、その成長性の可能性は完全には否定できない。
【1】家計最終消費支出や所得がそう伸びなくとも、別の代替的な市場からデジタル情報家電ネットワーク市場へ当該支出を振り向ける可能性はある。つまり、既存の映画、教育、防犯市場から、ある程度デジタル「サービス・コンテンツ」市場へ消費の流れをシフトさせることは可能だろう。ただ注意すべきは、わが国の需要がシフトするだけであるため、マクロ経済的には総需要が増加することを必ずしも意味しないということだ。
【2】今後の市場需要の予期せぬ変化、新技術の急激な進展などの"シュンペーター的変革(Shumpeterian revolutions)"により、市場環境が激変する可能性も否定することはできない。ただこのような激変が当該産業に起こったとしても、上記のようなマクロ経済面での改善は、適切な景気対策(税制改革や金融政策のセット)が講じられない限り起こりえようがない。したがって、同【1】と同様に、せいぜい年率1~2%程度の経済成長の中でのことに留まることになる。言い換えると、同変革により多少の国富の増加が認められたとしても、その多くは他産業からのシフトになろうことは変わりない。
このような分析を通じ浮かび上がる問題として、所管府省(総務省や経済産業省)の報告書の多くはこれまで、国全体のマクロ経済面、すなわち景気対策や経済成長の視点、総所得の推移、総需要の刺激に関することが欠落していたのではないだろうか。
換言すれば、両省ともこうしたマクロ経済的事項には興味がない、関係ないという実態があったのではないだろうか(言いすぎだろうか)。もしそうだとすれば、ここにも今後のわが国の戦略産業の育成・発展へのヒントがあるに違いない。
(3)初当選した、自民党の石原宏高氏の慧眼(景気対策)
今週の衆議院選挙で初当選した、自由民主党の石原宏高氏がホームページの中で大変注目すべきことを記している。引用しよう。
≪景気対策のためには総需要をいかに増やすかが大切ですが、私は江戸時代の参勤交代制の様に裕福な国民(昔は大名ですが)が、お金を使ってくれる様な税制の見直しが、必要と考えます。例えば、年収1500万円以上の人には、100〜200万円程度衣服や飲食に利用した費用を控除出来る様にして、お金を使って貰えばいいのです。≫
デフレ経済を克服し、景気対策を講じることが最大の争点になるべきであったにもかかわらず、郵政民営化問題に終始したのは甚(はなは)だおかしいことだ。今月(2005年9月5日)の日本経済新聞の経済教室(通説を撃つ)で、大阪大学の小野善康教授が、核心を突いている。「公的金融を縮小すればその分資金が民間に流れ、経済も活性化するとの見方は誤りだ。現状では再び国債に向かうとみられるためだ」と。この通りだ。民主党は、このような論をもっと国民に分かりすく伝えることはできなかったのだろうか。
再び、石原宏高氏の言を続けよう。
≪また、住宅取得のための両親からの贈与が、1,100万円から3,500万円まで無税枠が引き上げられましたが、有価証券についても、贈与後2年は保有することを前提に3,500万円まで無税にし、保有期間の管理を証券会社に有料で行わせることで、赤字が続く証券会社に一定の売上が上がり、雇用維持に役立ちます。英国では、Co2排出量の多い旧式の自動車に対する自動車保有税が年々上がる様な仕組みがあり、更に、Co2排出量の少ないハイブリッド車については自動車保有税を引き下げることで、環境に配慮しながら自動車の借り換え需要を創出するといったアイデアが用いられています。これら需要を増やすための減税策を実行し、景気の回復を図ります。≫
本当は、現政権の売りである「改革なくして成長なし」ではなく、「成長の後に改革」という道筋を取ることが重要である。このことは、石原氏よりも以前に、賢明なエコノミストや研究者から指摘されていることだ。つまり、デフレ時には総需要を刺激して景気を回復させる。景気回復により税収は増え、結局財政再建にもつながるという発想である。一見逆ではないかというこの発想が、いま求められているのではないだろうか。
総需要が刺激されれば、前述の100万〜200万円程度のうちの何割かは、デジタル情報家電関連の商品やサービスへの消費に向かうだろう。こうなれば国富(GDP)も増え、新たな商品・サービスの市場浸透のための基礎ができる。この基礎づくりなしに、いくら供給面のみの整備を急いでも効果はない(少ない)。こうしたマクロ経済面での手立て無くして、単純な右肩成長のラインを引いても空しいと言うべきではないだろうか。
次回以降も、わが国のデジタル情報家電ネットワーク産業が、「いかにしたらより発展するのかといった問題意識のもと、その産業政策と競争政策に関し、その経済性や戦略マネジメントの観点から、引き続き考察を続けたい。