"IT革命第2幕"を勝ち抜くために
第67回「Skypeは通信市場へ激震をもたらすか(4):IP電話と固定電話への影響」
出典:Nikkei Net 「BizPlus」 2005年8月4日
今回はSkypeへの関連通信市場へのインパクトの及ぶ先と影響範囲などについて言及したい。Skypeの立場としては、これから起こりえるさまざまな影響要因があるなか、前回までに述べたとおり、Skypeの普及間もない揺籃期においてその将来を見通すには、あまりに振れ幅が大きすぎるだろうと考えられる。半面、それでも過去の類似サービスのトレンドを見ると、あるいはマクロ的観点、すなわちわが国の人口動態や代替サービス等の現在の普及状況(飽和感)などから、それを予測するにはある程度の見方ができるものとも思われる。
では、Skypeからの直接的な打撃を大きく蒙ると思われるメッセンジャーへの影響、そして、既存通信事業者にとっては大きな関心事であろう固定電話やIP電話へのインパクト、さらには2007年頃から本格的な新規参入も予想される携帯電話市場へのインパクトは、どのようなものだろうか。
(1)メッセンジャーやIP電話は巻き取られるか?
わが国のメッセンジャーサービスとして、大手はYahoo! メッセンジャー(ソフトバンクBB)とMSNメッセンジャー(マイクロソフト)がある。後者は1999年7月にサービスを開始し、2004年12月時点での加入者数は395万であるとされる。遅れること2002年4月にサービスを開始したBBフォンでは同440万人だ。BBフォンはIP電話でありメッセンジャーとは異なる。ただ、両サービスともに旧来の加入電話とは異なるものの、電話機能が大きな売りとなっている。BBフォンはYahoo!BB(ADSLサービス)とのセット販売という位置づけであったという観点から、両者の普及速度を一概に比較はできない。
MSNメッセンジャーとBBフォンともいまや400万ほどの電話サービスとなっている。しかし、SkypeはこのメッセンジャーやIP電話を巻き取ってしまうのだろうか。恐らく、メッセンジャーへの影響は大きなものがあるに違いない。一方、IP電話への影響は抱き合せ販売の仕方、言い換えると範囲の経済性をいかに発揮できるかにかかっているだろう。つまり、その影響は軽微であるという見方と、やはり見過ごすことのできない影響を蒙るといった見方もできるだろう。
図表のとくに2005年末以降をご覧頂きたい。既存サービス加入者数の年次推移をみたものだ。

(出所)筆者(新保豊)作成
MSNメッセンジャーについては、これまでのトレンドを外挿すると2005年末で435万人程度に、また、市場シェアトップのBBフォンでは同様に、2005年末には528万人程度に達するのではないかとみた。しかしその後のMSNメッセンジャーについては、Skypeとの代替性が大きく2010年末には332万人ほどまで減少することも考えられるのではないだろうか。主に、音声通話、会議通話、ファイァウォール/NATコンフィギュレーション、暗号化などの機能において、Skypeの代替性が大きく働く(Skypeのほうが優れている)と考えられるからだ。
一方、IP電話ではどうか。2010年頃のBBフォン契約数は736万人(Yahoo!BBが同776万人とみなした)との予想もでき、Skypeに巻き取られる割合はあまりないだろうと読んだ。ただ、このときのYahoo!BBユーザーの何割かはいまのADSLからFTTHへとシフトしていることだろう。ソフトバンクBBのサービス戦略には明らかに、同一のインフラやプラットフォームの上で複数のサービスを提供することで、ユーザーが複数他社から同様のサービスを個別に購入するよりも明らかに低価格で提供できるという、範囲の経済性への訴求姿勢が見られる。しかしながら、BBフォンという単一サービスのみであった場合には、MSNメッセンジャーと同様なことが起こるに違いない。
その範囲の経済性追求という観点では、ソフトバンクBBの携帯電話市場への参入がうまく果たせたあかつきには、同社のオールIP網という経済効率性の高いインフラやプラットフォーム上で、Yahoo!BBモバイルサービスも多くのユーザーを獲得していることだろう。現在の携帯電話加入数8,700万の10%程度、すなわち870万人ほどの加入数の確保は非現実的ではなかろう。
一方、市場シェア2番手以下の他IP電話ではその加入数は、2005年末に500万を超えるほどの勢いがあり、恐らく2008年頃までには680万ほどまで増加するとも予想できるが、その後同傾向は転じて2010年末頃には650万人ほどまで減少すると読んだ。同時期のSkypeユーザー数は、甚大シナリオで3,313万人、非看過シナリオで1,334万人とみなしている。つまり、範囲の経済性の発揮に加え、連結の経済性を発揮しにくい状況下では、いずれのシナリオにせよ他IP電話連合へのSkypeからの影響は必至とみられるのではないだろうか。
ここで連結の経済性とは、IP電話システム同士のハードウェア的ないし技術的な外形型インタフェースはもちろんのこと、異なる文化や戦略をもった組織間のソフトウェア的ないし組織的な内形型インタフェース(統合能力)を意味する。これは宮沢健一氏(一橋大学名誉教授)のオリジナルの意味を若干拡張した解釈といえよう。他IP電話連合の場合、前者の外形型インタフェースは現時点でかなり改善されている一方、後者の内形型インタフェースについては、各社のさまざまな利害も絡みその統合能力をうまく発揮できる可能性は大きくないのではないだろうか。
(2)固定電話(加入電話・ISDN)へのインパクトは?
固定電話(加入電話・ISDN)への影響はどうだろうか。2001年4月に2兆2,272億円あったものが、2002年4月には2兆4,284億円(前年比109.0%)、さらに2003年4月には1兆7,632億円(前年比72.6%)、そして2004年4月には1兆4,266億円(前年比80.9%)、直近の2005年4月には1兆2,361億円(前年比86.6%)も下がっている。歯止めが効かない状況が続いている。概ね年率で10%近く落ち込むサービスは他にはそうはあるまい。最近のNTT持株会社和田社長の悲鳴は、このような傾向が背景にあることがうかがえる。
図表をご覧頂きたい。では今後はどうか。
【図表】 固定電話(加入電話・ISDN)および国際電話へのSkypeの影響
(注)TCA(社団法人電気通信事業者協会)「テレコムデータブック2005(TCA編)を参考にした。ただし、「国際電話」では、同データブックにおける"距離段階別収入のその他"の値を用いた。
(出所)筆者(新保豊)作成
加入電話・ISDN市場規模として、年落ち込み率(堅実トレンド)を2006年以降2001年まで順次、7.0%⇒7.0%⇒6.5%⇒6.5%⇒6.0%⇒6.0%とみなした。直近の実績値の約10%よりも緩和させているのは、市場に変化が起き始めたときから時間が経過するにしたがい、その傾向は緩慢になると考えられるからだ。それに、どうしても加入電話でなければ困るといった、とくに企業ユーザーの必要性も当面は存在し続けると読めるからだ。
その下降傾向に対してSkypeがさらにどれほどの影響を与えるだろうか。本稿では追加年落ち込み率を同様に順次1.0%⇒1.5%⇒2.0%⇒2.5%⇒2.5%⇒2.5% とみなした。つまり、上記堅実トレンドに、これだけが上乗せされる格好になる。そうなれば、2011年までの金額ベースのSkype要因による減少額は約100億円ともなる。恐らく、中小企業やSOHOなどのユーザーの固定電話離れがこの大半を占めるのではないだろうか。
筆者は、メディアライブ・ジャパン(旧キースリーメディア・イベント)が主催した「VON Japan」(世界最大のVoIP業界イベント)に対して、シスコシステムズCTOの大和氏らとともに2002年と2003年に、その企画や講演などに協力したことがある。今年2005年4月の「VON Canada」では、スカイプ・テクノロジー社CEOのニコラス・センストロム氏が登場。まさにスカイプが話題をさらった。メディアライブ・ジャパンは、今年2005年12月には「VoiceCon」という、実践的なIPテレフォニー・イベントとして米国で15年以上の歴史を持ち、主に企業ユーザーをターゲットにしたコンファレンス&エキスポを企画している。恐らくこのコンファレンスにおいても、スカイプの存在を無視できないのではないだろうか。
次回では、国際電話への影響に加え、わが国の電波開放政策のもと新規参入も見込まれる携帯電話市場へのインパクトについて触れたい。また電波政策がいわば供給面での策に対して、今後はより一層需要面での策につながる産業政策やマクロ経済政策も求められる。このあたりについても若干言及しておきたい。