"IT革命第2幕"を勝ち抜くために
第63回「通信と放送の"融合"から"統合"へ(下):わが国もコングロマリット化の流れとなるか」
出典:Nikkei Net 「BizPlus」 2005年6月23日
前の第62回に続き、通信と放送の融合・統合について、今回は米国のハリウッドを中心とするメディアコングロマリットについて考えてみたい。ネットテレビのもつ"屋上屋の階層構造"、および今後の通信と放送の融合市場を決定する、歴史上の「小事象」とは何か。どうしたらわが国の通信・放送の両産業を、縮小均衡を回避し、より発展して(拡大均衡として)いけるのだろうか。
(1)"屋上屋の階層構造"と歴史上の「小事象」
第62回で見た通り、確かにこれらネットテレビサービスの普及率をみる限り、その普及速度は遅く、ADSLサービスなどのネット接続サービスのような勢いを感じられない。さりとて、この低調ぶりがずっと続くかどうかは、見極める必要がある。まだネットテレビサービスの市場は揺籃期とも見なせるからだ。
つまり、今後、技術やマネジメントなどに絶えずイノベーションが生起し、この市場に収穫逓増型の様相を帯びる可能性はある。ネットテレビのしかも放送型の映像配信のみでは、通常の通信サービスに働くネットワークの外部性(当該サービスを利用するユーザー数の増加、あるいはネットワークのノード数の増加からもたらさられる便益が高まる効用)は期待薄である。テレビでは放送局から視聴者へコンテンツが一方的に届くだけだからである。
しかしながら、IP通信が得意とするトリプルプレー<(1)電話+(2)ネット接続+(3)映像配信)>として、テレビサービス(=(3)映像配信)をユーザーへ一括して提供し全体の価格を下げることや利便性を高めることできれば、そのネットワークによりもたされるユーザーへの便益は放送型テレビサービスよりも高まる可能性がある。利便性の向上策として、例えば、ユーザーの端末をPCのみならずテレビ受像機でも使用できるようにすることなどが挙げられる。実際、各社でそのような動きが出ている。つまり、テレビ端末経由で、通信の本来の機能である双方向コミュニケーション(電話やインターネット上での各種やり取り)が浸透してくると、ネットワークの外部性が普及速度を高めるとも期待される。
その場合、今のネットテレビのもつブランド(安心感など)やユーザーの関連サービスとの組合せの仕方や機器の使い方など、一見些細な「小事象」に見える要因が、通信と放送の融合市場におけるその後の普及経路(パス)に影響を及ぼすことが考えられる。いわば普及経路を固定化(ロックイン)する。実際はよくも悪くもロックインしてしまう訳ではあるが。従って、通信事業者としては、うまくロックインさせたい(軌道に乗せたい)ことになる。
この"屋上屋の階層構造"とは、回線、端末、ISP等のプラットフォームおよびコンテンツなる垂直統合の階層上に、通信事業者はTVサービスを置いている、とも表現できる。つまり3層までの経路はそれらの組合せで決まり多数の選択肢が存在する。果たして、通信と放送の融合市場が将来、どの経路を選択することになるのか(経路を規定する小事象は何か)。
ネットテレビ型サービスにおいては、上述の要素のほか、居住地域性、見たいコンテンツの程度(品揃え数と品質)、まとめ買いが容易なこと(抱き合せ販売または範囲の経済性)、低価格であること(規模の経済性)、当局の規制のかけ方(地上波番組の同時再送信是非、著作権処理の仕方)などの要素に依存する。これら現過程での(歴史上の)要素の組合せ出現の仕方は、無料広告型で全国普及済みの(いわば、固定化経路が完成している)地上波TVに対してユーザーが至る簡素な状況とは、比べようもないほど複雑である。同サービスの将来が見極めにくいのはこのためだ。
(2)通信会社のテレビサービスは目下、低調
現在、IP放送(ネットテレビ)市場における、ネット接続サービス基盤とその上のテレビサービスなどの組合せ程度を意味する垂直統合の規模は小さい。従って、通信会社のテレビサービスは低調である。テレビサービスは、今後の下層領域(ネット接続サービス基盤)の厚み次第といえる。
また、HDR(ハードディスクレコーダー)の普及により視聴者へ編成権がシフトしつつある能動性向の強いオンデマンド型通信と、総合編成を特徴とし報道機関の役割ももつ受動性向の強い地上波TVとでは、メディア特性も異なる。そのため、通信と放送の融合よりも、現状は相互補完的だと考える方が適切だし、将来もこれらメディア特性が変るわけでもない。つまり、"融合"は中途半端な状況を「指しているに過ぎない。しかし、"融合"ではなく、"統合"となれば話は別だ。
すなわち、例えば、通信側が放送側を自陣に組み入れる(統合する)ことになれば、相互補完が自グループ内で可能になり(コングロマリット化され)、ビジネスモデルはこれまでとは異なってくる。現在の電気通信事業法や放送法の枠組みからは、この両者の統合はしばらく考えにくいが、ユーザーの立場では、あるいは業界全体の発展を考えると、"統合"のオプションもありうるだろう。
ただ、そうした状況下でもコンテンツが、やはり鍵となる。ヒット率は小さいが良質なコンテンツを最上層で安価に調達するには、コンテンツ供給体制の整備が不可欠だ。これにはリスクが伴うため、既に儲かっている別の事業ラインからの安定投資が期待できる供給組織(コングロマリット)の実現や、一大コンテンツ供給地域または仕掛けの創生が求められる。良質コンテンツの誕生は、その投資額にかなり依存しているからだ。
事業リスクの高い米国ハリウッドメジャー(コンテンツ提供機能)が、安定収益源である地上波テレビやCATVなど(ネットワーク機能)と垂直・水平統合化(メディアコングロマリット化)しているケースが存在する。このケースについては、J.P.モルガン証券の中湖康太氏が自著『メディアビジネス勝者の戦略』で詳述しているのが参考となる。わが国の今後の通信と放送の融合・統合を考える際、安定収益源として通信事業を軌道に乗せたまま、リスクの高いコンテンツ事業をいかに事業統合できるかは、今は至難の業かも知れない。
しかし、通信と放送の両産業の今後の発展や産業競争力を高める観点から、この統合を模索できる規制緩和なども、これからはより現実的なものとして重要となるだろう。少なくとも一部通信事業者は、この統合イメージを持っている。
ハリウッドと比肩するにはかなり開きはあるが、わが国の場合、コンテンツ供給者は民放地上波キー局でありNHKである。通信事業者側がコンテンツ供給機能を手中に収めるか、あるいはコンテンツ供給者側が通信ネットワーク機能を納めるか、どちらにせよわが国に元来の資本主義が定着しているのであれば、早晩この動きは加速するだろう。ライブドアのニッポン放送(またはフジテレビ)買収の動きは、その一端に過ぎない。敵対関係とするか、両者の歩み寄りの関係とするかは、双方の力関係などで決定される。少なくとも、これらの動きを、規制当局が無闇に制止するようなことは資本市場を歪めることになる。
具体的には例えば、(1)NHKの民営化や地上波ローカル局やCATVを含む業界再編を促す産業政策や(2)価値あるローカルコンテンツを生み出し広く流通させ得るソフト供給拠点(ある種のシンジケーションまたはパートナーシップ)の整備などが鍵を握るだろう。
こうなれば、現状の中途半端な「融合」(単なる住み分け)から、市場を「統合」(新たな価値創出)へと押しやることも予見される。"通信と放送の融合"最前線では、今後の偶然的および人為的な歴史上の「小事象」にひと時も目を離せない。