"IT革命第2幕"を勝ち抜くために
第61回「"新・この国のかたち"【8】ユニバーサルサービス(下):構造分離型案も浮上か?」
出典:Nikkei Net 「BizPlus」 2005年4月8日
なぜ、ユニバーサルサービスを「情報通信インフラ供給会社」ないしユニバーサルサービス運営会社といった公的主体が担うべきか? それはNTTグループの経営戦略上の選択肢でもあり、また国の産業政策としてとるべき有効な方策になるからだ。そして、その背景には情報通信産業において大きな構造的変化が生じているからだ。この構造的トレンドを無視すると、後で取り返しのつかないこととなる。
(1)構造的トレンドを受容することがビジネス機会を得る
独占的事業者にとって、市場構造変化をどのように乗り切ることができるか。P・F・ドラッカーのいう"構造的トレンド"は、天気(weather)をつくり出すものではなく気候(climate)をつくり出すものだ。。つまり、短期でみれば、影響は微々たるものでも、中長期で見れば構造的トレンドは重大な意味をもつ。いまや情報通信産業の気候が変ろうとしている。そして、構造的トレンドを利用する者は成功する。構造的トレンドへの抵抗は短期的にさえ抵抗しがたく、長期的にはほとんど勝ち目はない。
例えば、ハーバード・ビジネススクールのC・Y・ボールドウィンとK・B・クラーク両教授は、著書『デザイン・ルール』の中で、コンピューター関連産業は1970年〜1980年の間に、米IBMが支配する高度に集中し垂直統合された産業から、細分化され非統合的で独立した企業からなるモジュールクラスター(産業群)に変化。そして、同クラスターの市場価値が、既に1980年のIBMの市場価値を凌駕(りょうが)した、と指摘する。
メインフレームという大型コンピューター市場のドミナントであった米IBMは、PC(パソコン)を中心とする分散処理という構造的トレンド(モジュール化)の前には、一部の業界(金融や政府部門)を除き、脆(もろ)くも競争力を失った。ただその後のIBMは、構造的トレンドのなかで生み出されたサービスやソリューションに軸足を移し、さらなる成長軌道に乗った。
NTTはコンピューター産業が直面した同様の構造的トレンドを受容し、それを新たな成長の機会することができるか。例えば、固定電話離れ。固定電話の市場規模がここ数年10%近い減少傾向を示している。また、携帯電話市場もとくにこの2年間、閉塞感が漂っている。
両教授が発見したというモジュール型システムの特徴とは、ある設定の中で最高の価値となる構成を得るために、その構成要素の組み合わせが可能な、すなわちmix & matchができる点だ。そして、モジュール化の本質は、重要な意思決定を先延ばしし、後になって改定する選択肢(オプション)を設計者に与えることである、と。
NTTの推進するIPベースのアクセス系光ファイバー網の整備は、後にさまざまな経営上のオプションをもたらすに違いない。例えば、光ファイバー網上の品質確保(QoS:Quality of Service)技術により、他のベストエフォート型サービスとは異なった価値を利用者に提供できる。
(2)FMCへの対応にも影響が出てくる
また、新たなサービスとしてFMC(Fixed Mobile Convergence:固定網と移動網の統合)を事業の柱に据えることさえできる。今後、アクセス系光ファイバー網を移動サービスと統合・融合することで、さらなる価値を創出することにもなる。
とはいえ当面は、固定と移動のネットワーク統合には時間やコストがかかるため、第1段階としては、固定サービスと移動サービスの融合が現実的である。例えば、加入者は同じ端末で、外出時には移動通信網を経由し、在宅時には固定回線を経由して通話できるようになり、利用者は1つの番号と1つのeメールボックスを持ち、1つの請求書を受け取ることが可能だ。
固定電話事業者と移動電話事業者が共通のプラットフォーム(または統合ネットワーク)を所有できれは、その上にさまざまなFMC型サービスを展開できる。規模の経済性に加え、まさに範囲の経済性を打ち出せるようになる。
このようなNTTグループ内での経営上の選択が自在にできるような態勢を早くとっておくことが、結局、NTTグループの利得、ひいては企業価値を高めることにもなり、また情報通信産業全体の利得を高めることにもなるのではないだろうか。
(3)構造分離型をも考慮すべき「第2ステージ」の到来か?
このようにNTTグループが経営の自由度を得ることと、競合他社との究極のイコール・フティング条件の整備、すなわち構造分離型の措置はセットで考えられるべきである。この両要件が満たされてこそ、構造的トレンドを乗り越える必要条件となるのではあるまいか。NTTが経営の自由度を得ることと、ボトルネック要素を構造分離することで、本来の市場原理が機能するようになるだろう。それでブロードバンド基盤の整備も加速するかも知れない。
池田信夫氏(国際大学グローバル・コミュニケーション・センター教授)と山田肇氏(東洋大学教授)は、『週刊東洋経済』2004 年6 月12 日号「論点」で、大変興味深い視点を投じている。≪ブロードバンドの基盤を構築するには、市場原理の活用が不可欠であり、そのためには光ファイバーの開放義務の撤廃が必要であること。そして、NTTの独占しているローカルループ(銅線)を分社すべき≫と。
ただ、ブロードバンドの基盤を構築するには、市場原理の活用が不可欠としても、それだけでは不十分であろう。NTTの中の競争的な私的主体は、全国あまねく同基盤を構築することには関心がないはずだからだ。
総務省は2月1日(2005年)、「全国均衡のあるブロードバンド基盤の整備に関する研究会」の中間報告として、指針案「ブロードバンド・ゼロ地域脱出計画」の意見募集の結果を公開。同脱出計画は、ブロードバンドサービスが利用できる地域とできない地域の間で生じている格差を解決するための取り組みのこと。総務省では事業者間の競争だけで地域格差を解消することは難しく、国や地方公共団体との連携が重要と考え、民間の活力を十分に発揮するための環境整備や支援措置などを指針の中で挙げている。そのとおりだろう。「市場原理の活用」のみでは及ばない領域が確実に存在し、しばらくそれは無くならないだろう。
また「光ファイバー義務の撤廃」については、第57回「光回線貸し出し義務撤廃と独占」でも述べたとおりだ。米国の地域電話会社への措置と同様なことをやっても、わが国ではうまくいかないだろう。地域電話会社への対抗軸としてのケーブル会社は巨大な勢力であり、わが国にはそのような2大対抗軸(NTTとその片方)が存在していないというべきだからだ。米国の競争政策を採用するには、同様の競争状況が存在していることが前提となる。
他方、「NTTの独占しているローカルループ(銅線)を分社すべき」という見方は、そのとおりだろう。ただ、銅線のみを対象にすべきかは、どうだろうか。今後、少なくともNTTが公社時代またはローカル市場での独占を享受していたときに敷設した、過去の光ファイバーまでを対象にすることは、2004年12月の米FCCの解釈範囲内でもあり、それをわが国の参考にすることには合理性があろう。
「光化とIP化」と「ユニバーサルサービス」またはデジタルデバイド問題は、情報通信産業が直面する構造的トレンドといよう。最近のNTTとその競合他社が直面する産業上のジレンマ見るにつけ、まさに2005年は構造分離型をも考慮すべき「第2ステージの競争政策が必要になった時点」と認識すべきではないだろうか。
(4)求められるグランドデザインとその実現の仕方
結局、ユニバーサルサービス問題には、NTTが自らの経営戦略にしたがい進む方向性として、企業価値ひいては株主価値を最大化する側面と、わが国の情報通信産業全体ないしブロードバンド産業のパイ(金額ベース)を増大させる政策(グランドデザイン)の側面が絡んでいる。"情報通信インフラ供給会社"ないし"ユニバーサルサービス運用会社"の設立を通じたわが国情報通信産業上の仕組みが、 この両側面の効果を最大限引き出すことにはならないか。
その意味では、最近の英国OFCOM(Office Of Communications)におけるBT分割論議の現時点での見方は参考になる。
OFCOMの予備検討では、BTの構造分割に発展するようなプロセスを始めるには、まだ期は熟していないとしているものの、同時に、そうしたアプローチが否定されたわけではない、ということも明確にしている。2005年1月、OFCOMのChief ExecutiveであるStephen Carter氏は、BTの構造分割のようなアクションは「もし、不本意にも、真のイコールアクセスが達成できないと我々が判断した場合には、BTの構造分割は現実的な可能性として残しておくべきである」と語っている。
このようにユニバーサルサービス問題は、突き詰めると、ユニバーサルサービスを実質担っている適格電気通信事業者を構造分離する可能性をも示唆している。また、その方法論として、ユニバーサルサービスを別の公的主体が担うことの可能性も指し示しているといえよう。
次回は「【9】道路公団と情報通信インフラ供給会社の比較分析」として、再びこのユニバーサルサービス会社、あるいは情報通信インフラ供給会社について考えてみたい。今後のわが国の戦略産業再編の仕方としては、小泉政権が興味を示す道路公団などよりも、情報通信インフラ供給面での整備をしっかりとしておくことのほうが、ずっと重要な役割を担っていることを示したい。