"IT革命第2幕"を勝ち抜くために
第60回「"新・この国のかたち"【8】ユニバーサルサービス(中):別の公的主体が担うべき 」
出典:Nikkei Net 「BizPlus」 2005年3月31日
前回の第59回で、「NTTグループに内在する、相反する二重の側面を解消することが、結局、市場関係者の抜本的な合意形成の早道になるのではないだろうか。そのためには、ユニバーサルサービスは、NTTとは別の公的主体が担うとか、あるいはNTT内の非競争的な公的主体の側面を組織から切り出すことも現実的な案かも知れない」と述べた。
「NTTとは別の公的主体」を生み出すことは、いわゆる「構造分離型競争政策」が求められる。2001年12月の「IT競争政策特別部会第2次答申(草案)」作成時、当時の情報通信審議会は、構造分離型競争政策の意義と検討課題に対して、「第2ステージの競争政策が必要になった時点で、予断を抱かず慎重に検討すべき問題」と認識していた。2005年の昨今の競争状況は、果たしてこの構造分離型をも考慮すべき「第2ステージ」の到来を示しているのではないだろうか。
(1)NTT会社法を見直したい
今回はユニバーサルサービス問題をテーマとしているが、これはNTTグループの再再編とも絡んでくる。
NTT持株会社の和田社長は、雑誌インタビューに次のようにこたえている:
≪単に各社を再合併するなどという話ではない。光化とIP化という大目標に向かって、どうすれば最適化できるのか、ということ。例えばNTTレゾナントは、gooという有力ポータル・サイトを持っていたり研究所の部隊が来て様々な技術を開発・導入しているが、何の規制も受けていない。このような会社をどう使うか考えたい。NTTの再編から5年もたつ。当然ながら、各社の自我がぶつかることも増えた。こういうものをどう乗り越えていくかは私の手腕なんだろう。だが、どうしてもだめならば、電気通信事業法を変えていただかなければならないこともあるだろう。さらに、持ち株と長距離、地域に分けたNTT会社法を見直すこともあるのでは。これも一つの実験ではないか。≫【『日経コミュニケーション』(2005年1月25月号)の記事から】
NTTには、NTT法の規制下にあるNTT東西会社のほか、NTTコミュニケーションズやNTTレゾナントのような同法下にはない企業群も存在する。つまり、同法で規定されていない戦略的な経営カードをうまく活用することにより、「光化とIP化」に備えたい、と。1999年7月のNTT再編では、すでにインターネット時代に突入していたにもかかわらず、NTTグループの経営形態は「IP化」を意識したものとは程遠かった。IP化に備えるには、NTTにとってグループの再再編が喫緊の課題となっているはずだ。
(2)ユニバーサルサービス基金制度を見直したい
また、「私の手腕」で駄目な場合、「電気通信事業法を変えていただかなければならないこともある」とあり、まだ完全民営化された普通の会社でない経営姿勢を示すものとも解釈されよう。
これと似た、NTT姿勢を表す事例が2004年9月28日にもあった。電話接続料に関する委員会に総務省が通信事業者を呼んで意見を聞いたときのことであり、ユニバーサルサービス基金を巡る問題についてでもある。
≪東西NTTが提出した試算では、1割のユーザーが移行すると、基本料や通話料の合計で、NTT東で約800億円、NTT西で約900億円の減収になるという。NTT東の八木橋五郎副社長は、「1割のユーザーが移行しただけで赤字に転落してしまう。不採算地域での電話サービス提供を我々だけで負うのは困難。ユニバーサル基金の見直しが必要だ」と窮状を訴えた。これに対してKDDIの小野寺正社長は、「我々の長距離電話収入は年率10%以上も落ちている。それでも経営を成り立たせているのに、NTTがすぐに基金などで補てんしてくれというのは理解できない。ユニバーサル基金にしても、既にあるものを使わないうちから見直しというのはおかしい」と声を荒らげた。≫【2004年9月30日のIT Pro記事からの抜粋】
独占的事業者が、経営上の難局を乗り切る際、自社の持ち弾をフルに使おうとするのは、経営戦略上は正しい。しかし、独占または寡占下の市場ではそうはいかない。KDDI小野寺社長の指摘を決して無視できない。
注目すべきは「光化とIP化」といった競争的な私的主体の経営戦略においても、あるいは「ユニバーサルサービス基金問題」のような非競争的な公的主体の役割・義務においても、同様の対応策に甘んじようとしている遺伝子が見え隠れしていることだ。最近のNTTグループにおける経営上のジレンマは、自組織に内在するこの遺伝子によるものではないだろうか。
(3)別の公的主体が担うべき
最近のNTTグループにおける経営上のジレンマとして、例えば、ボトルネック設備に関するイコール・フティング問題、これまでの競合他社との相互接続問題、NTT東西会社のインターネット事業に関する制限、NTTドコモとの直接的な協業の難しさなどを挙げることができよう。いずれもNTT東西が地域固定電話市場において独占的であるゆえ、指定電気通信設備事業者とされていることや、携帯電話市場でシェアが50%超のNTTドコモがSMP(Significant Market Power)、すなわち電気通信市場に支配的な力を有する事業者としてみなされ得るようなポジションにあるゆえのことである。
NTTグループを規制下に置き続けることが、情報通信産業全体でみても得策とはいえない。NTTグループとその競合他社が、公平かつ公正に競争できるようなイコール・フティングの条件をいち早く整備することが求められる。IP革命という構造的トレンドの行く先を見通せば、いつまでもNTTを規制でコントロールする競争政策が有効とも限らない。その見直しも必要だ。
競争的な私的主体として、NTTにはわが国の情報通信産業の牽引役ないし業界リーダーの顔がある。そして、これからの経営の舵取りでは、NTT法に束縛されない自由を得ることで、柔軟な経営オプションを手にできることのほうが、経営戦略上はよほどメリット(利得)が大きいだろう。他方、非競争的な公的主体は別の独立した事業者として、その役割・義務を果たせばよい。
このような2面性をこれまでNTTはうまく活用してきた感がある。しかしながら、いまその2面性はジレンマそのものであり、むしろ利益相反性の高い局面が増えているのではないだろうか。NTT法に束縛されないという意味は、ユニバーサルサービスを実質的な適格電気通信事業者であるNTT東西が担う必要はないということだ。
では誰が担うのか。情報通信インフラ供給会社ないしユニバーサルサービス運営会社が担えばよい。
慶応大学大学院教授(当時)の林紘一郎氏と共に池田信夫氏が、『週刊東洋経済』2001 年8月7日号で、≪固定電話部門を政府に売却することだ。具体的には、たとえばNTT東西の資産のうち交換機と電話サービス要員を保有する「ユニバーサルサービス会社」を設立し、その資産をNTTが政府に無償譲渡する代わり、政府の保有するNTT株をすべて減資することが考えられる。≫としている。
すでに2001年当時に、昨今のNTTの抱えるジレンマに対する鋭い慧眼が示されている。"ユニバーサルサービス会社"とは、本稿(NIKKEI NET:BizPlus)で記述している「情報通信インフラ供給会社」に近い。
ただ、その実現の仕方には幾つかオプションがあるように思える。次回ではなぜ、ユニバーサルサービスを情報通信インフラ供給会社ないしユニバーサルサービス運営会社といった公的主体が担うべきかなど、もう少し考えてみたい。