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"IT革命第2幕"を勝ち抜くために
第59回「"新・この国のかたち"【8】ユニバーサルサービス(上):基金発動は妥当か?」

新保 豊

出典:Nikkei Net 「BizPlus」 2005年3月17日


 第58回(2004年12月3日)では、「避けられないNTT再再編問題(下):再統合への希求と独占の使命終焉」について言及した。この前稿以降、毎年のことながら筆者の仕事の事情で、やや間を空けてしまった。その間、NTT和田社長は『日経コミュニケーション』誌の取材に対して「我々の遺伝子には、国作りの一役を担うという責任感が組み込まれている」(2005年1月25月号)とこたえている。

 NTTにはこうした公的主体としての顔と私的主体(競争会社)としての顔がある。これまでNTTは、確かに「国作りの一役」をユニバーサルサービスの提供・維持のかたちで担ってきた。しかし最近の市場競争激化のなか、この相反する側面をうまく両立させていくことが難しくなってきた。そして、このユニバーサルサービス問題は、実はNTT再再編問題とも密接な関係があると考えられる。

(1)いまなぜ、ユニバーサルサービスか?

 ユニバーサルサービスとは、「(a)国民生活に不可欠なサービスであって、(b)誰も利用可能な料金など適切な条件で、(c)あまねく日本全国において公平かつ安定的な提供の確保が図られるべきサービス」と定義されている。2000年12月の電気通信審議会「IT革命を推進するための電気通信事業における競争政策の在り方についての一次答申」によるものだ。

 このユニバーサルサービスは、最近デジタルデバイド問題との関連で取り上げられる傾向が出てきた。ユニバーサルサービスの範囲は、加入電話にかかわるもの(回線アクセス、市内電話、離島特例通話)、第一種公衆電話にかかわるもの、および緊急通報である。

 ユニバーサルサービスの対象は、主に社会的弱者だ。したがって、ユニバーサルサービスとは、情報通信産業における競争促進などを通じ予想される、社会的弱者に対するネガティブな影響を回避・緩和するために不可欠な基本サービスということになる。

 最近このユニバーサルサービス、特にユニバーサルサービス基金を巡る動きがにわかに慌しくなってきた。総務省は、2004年11月に「基礎的電気通信役務(ユニバーサルサービス)基金制度」の見直しに向け、制度のあり方について情報通信審議会に諮問した。その結果を受け、今年(2005年)10月頃には、審議会の答申を受け、2006年3月にも省令を改正する予定のようだ。

 なぜ、見直しなのか。例えば、次のような背景がある。特にNTT持株会社およびNTT東西に関することだ。


【1】ユニバーサルサービスを実質担っている適格電気通信事業者(主にNTT東西のこと)にとって、ここ数年、需要面で固定電話施設数の減少が顕著になってきていること、そして、コスト面ではメタルケーブル等の老朽化に伴う維持コストが増加し、基本料収支の悪化が見込まれるため。

【2】トラフィックに依存しない(加入者回線に拠る)NTS(Non Traffic Sensitive)コストを接続料原価から除く方向性が強まり、そのNTSコスト分の減少をユニバーサルサービス基金で補いたいため。

【1】ユニバーサルサービスを実質担っている適格電気通信事業者(主にNTT東西のこと)にとって、ここ数年、需要面で固定電話施設数の減少が顕著になってきていること、そして、コスト面ではメタルケーブル等の老朽化に伴う維持コストが増加し、基本料収支の悪化が見込まれるため。

 つまり、最近のユニバーサルサービスへの話題は、同サービスの本来的な対象である社会的弱者に対する変化というよりも、市場の構造変化に伴う、同サービスの担い手である適格電気通信事業者にとっての内部事情という色彩が強いようだ。

(2)市場の構造変化がユニバーサルサービス問題をクローズアップ

 このような思惑は、ユニバーサルサービスの適格電気通信事業者にとっての都合を反映したかたちにもなっている。技術革新に裏付けられた競争促進や規制緩和は、ある時期からレガシー事業者にとっては向かい風となる。既存のパラダイム(競争の枠組み)のなかでは、ステータス・クオ(現状維持)をとることが賢明なのだが、いつまでも続くわけではない。

 上記【1】の「固定電話施設数の減少が顕著」だというのは、適格電気通信事業者には大いに気になるところだ。携帯電話の普及による固定電話離れや、BBフォンなどのIP電話や、ドライカッパーを用いた直収電話サービス(日本テレコムの"おとくライン"やKDDIの"メタルプラス")の出現などにより、NTTの電話交換網がバイパスされてしまうからだ。そのため、特にGC(Group Unit Center:加入者交換局)、GC〜IC(Intermediate Center:中継交換局)およびICから成る電話交換網を、指定電気通信設備の規制対象からはずしてもらいたいという要求が高まる。

 ただ、固定電話離れは、携帯電話へのシフトなどにより固定電話サービスの価値が相対的に減少したためだ。また、IP電話や直収電話サービスなどの登場により利用者への選択肢が増加したため、競争が促進し価格が下がった。このように多様なサービスを受けられることで、消費者の利便は大いに高まった。総務省の競争政策としては申し分ないところではないか。

 NTT東西に課せられる指定電気通信設備規制は、少なくとも交換機等の局内設備のボトルネック性が存在する限り、継続されるべきものだ。IP電話や直収電話サービスなどによる攻勢はまだ始まったばかりであり、NTT東西にとっての基本料収支悪化の判断は、現時点では次期尚早だろう。IP電話や直収電話サービスの金額ベースの市場規模はまだ小さく、98%程度の加入者回線シェアをもつNTT地域網の支配力の実態からみて、そのボトルネック性の解消にはほど遠い。

 上記【2】の話はやや専門的で難しいかも知れない。1994年度以降、今のKDDIや日本テレコムなどのNCC(New Common Carrier)は、NTTへ事業者間接続料金をその接続の対価として支払うことになった。この接続料を構成するコストには、NTSコストのほか、主に交換機に係わる通信量依存のTS(Traffic Sensitive)コストが存在する。従来両者に、概念上の明確な区分があった訳ではない。

 前者のNTSコストについては、接続事業者の通話の有無にかかわらず発生するものであるため、KDDIや日本テレコムといった接続事業者がそもそも負担すべき種類のものではないはずだ。このような考え方は欧米諸国では一般的である。英国BTでは、このNTSコストの接続料からの除去を1年以内にやってのけている。わが国においても、適格電気通信事業者が目下主張するような、3年とか5年とかの長期をかけて行うプロセスでは時間が掛かり過ぎる。

 情報通信産業では急速な技術革新が進み、また競争的事業者はNTTの電話交換網をバイパスして自前網をつくり、自前のネットワークインフラとその上のサービスを統合して提供する垂直統合型ビジネスモデルなど、経営上のイノベーションを進めている。この経営イノベーションが市場構造変化をもたらし、適格電気通信事業者の収支を悪化させている。そして、課せられたユニバーサルサービスの提供を現状ではまかない切れない純費用が発生しているとすれば、そのはけ口をユニバーサルサービス基金問題へと向かわせていることが想像される。

(3)ユニバーサルサービス基金の発動は妥当か?

 NTT持株会社の和田社長は、国作りの一翼としての通信産業について、次のように述べている。

 「通信はもともと、国作りの一翼を担ってきた産業。これは今でも変らない。今回の光化とIP化は、NTT自身にとどまらない大きな節目となる。規制についても話し合ってもらいたい。解決すべき技術や制度の問題が多いし、膨大な資金が必要となってくる。ある日突然新しいネットワークに変えるのではなく、少しずつ変っていく。通信事業者としては、新旧の2種類のネットワークを同時に維持しなくてはならない。これが苦しい。」【『日経コミュニケーション』(2005年1月25月号)の記事から】

 とくに「新旧の2種類のネットワークを同時に維持」という箇所については、心情的には共感できる。さぞかし、これに膨大なエネルギーを費やしていることだろう、と。またNTTの従業員や組合員は、地域網の構築とその維持に大きな誇りを持っている。電話の世界ではそうだった。NTTを核にわが国の電気通信産業は、大きく発展してきた。これは紛れもない事実である。

 また、ユニバーサルサービスについては、このように考えている。

 「NTTの会社法では、全国あまねく提供するユニバーサルサービスの義務が課されているが、これはいいも悪いもない。我々の遺伝子には、国作りの一役を担うという責任感が組み込まれている。それこそ必死にやってきた。資金繰りができないためにユニバーサルサービスが維持できなくなるなんてことは、あってはならない。」【同記事から】

 いささか上げ足を取るようなことだが、「資金繰りができない」のでは企業は倒産してしまう。にもかかわらず「ユニバーサルサービスが維持」できるとは、市場原理の原則を超え、自らが公的主体であることを吐露しているようなものだ。両者の一見相矛盾する発言は、雑誌インタビュー記事のことであるため、やや曖昧な表現になったのだろう。一部政治家の国会答弁などはこの比ではない。つまり、文書にすればこのような厳密性を欠く表現は通常まずとられまい。しかしながら、ここにNTTグループの「遺伝子」を見る想いがする。

 すなわちNTTという組織の中には、二重のネットワークを抱えているのみに留まらず、二重の意識(主体)が存在しているのだ。ユニバーサルサービスの担い手としての非競争的な公的主体と、競争市場における競争的な私的主体とが内在している。会社の成り立ちから、ある意味当然だ。しかしこのことが、ユニバーサルサービスに関する問題の多くを、不透明かつ複雑にしてまっている。

 例えば、NTTと競争的事業者との間の、地域網に関する相互接続における料金問題だ。あるいは、本稿で以前にも触れた施設設置負担金の扱いだ。同負担金の累計額は今では4兆円ほどにのぼる。この負担金と併せて、接続料から得られたNTSコストは、NTT東西のネットワーク設備であるRT(Remote Terminal:き線点)や伝送装置への投資回収に充当されていると推定される。こうした会計上の未分離による競争面での不透明性が、競争事業者らへ強い疑念を抱かせている。

 NTTには競争的事業者との間で、ビジネス上の有利な環境づくりというインセンティブ(誘引)が働く。自身の手の内を見せたくないということ自体は、経営戦略の観点からは不自然ではない。経営戦略の要諦は、自社の周りに独占的環境をつくり出すことに他ならないからだ。ただ、NTTは特殊会社であり、少なくともメタル網は国民の税金で形成されてきた側面をもつため、普通の会社とはいえない。そのため、この特殊会社はNTT法の下にあるし、電気通信事業法における指定電気通信設備の規制を受けている。

 NTT東西はNTT法(第3条)にしたがい、ユニバーサルサービスを課せられている。一方、ドライカッパーやダークファイバーについては、競争的事業者への貸し出し義務を担っている。これらの貸し出し義務により、競争的事業者がNTTの地域網をバイパスして、約1.9兆円の基本料市場のシェアが大きく収奪される場合には、また、NTTによる新規投資の回収が見込めないなど、とくに光ファイバーによる設備面での競争が進展しない場合には、指定電気通信設備規制の見直しも俎上にあがるだろう。

 2002年6月にユニバーサルサービス基金制度が導入された。制度導入以降で基金の発動はなかったが、2005年度には、ユニバーサルサービスの維持に必要な費用の回収が見込めない可能性が想定された場合、不採算分野を含めたすべての利用者が、同サービスの提供を受けることができるようにとの観点から、その発動の可能性が示唆されるようになった。

 しかるに、単にNTSコストが接続料から除外されることを理由として、あるいは施設設置負担金の廃止に伴う原資の不足分を理由に、ユニバーサルサービス基金でそれらを補填するという実態である場合には、いただけない。実際、利害関係者からは強い異論が出ており、その合意形成には多大な労力を伴うことになろう。

 NTTグループに内在する、相反する二重の側面を解消することが、結局、市場関係者の抜本的な合意形成の早道になるのではないだろうか。そのためには、ユニバーサルサービスは、NTTとは別の公的主体が担うとか、あるいはNTT内の非競争的な公的主体の側面を組織から切り出すことも現実的な案かも知れない。次の第60回では、そのことを考えてみたい。


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