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ITを活用した「業務プロセス改革」の本質

出典:ガバナンス 5月号 No.49

自治体IT化の成果に対する評価が必ずしも高くないのは、 ”IT化のためのIT化”にとどまっていることに原因の一端がある。「ITを使ってどのように業務プロセスを改革するか」という視点がなければ、IT化の効果は半減する。神奈川県横須賀市、大阪府、札幌市などの成功事例を、業務プロセス改革の観点から再検証する。

IT化は成果重視で 

2003年~2005年を目標年度として整備が進められてきた電子政府、e-japanも完成段階に入った。民間分野ではADSL普及など他国に比べても秀でた成果が見られる一方で、公共分野の成果に対する評価は必ずしも高くない。

この間、ホームページの情報量や機能が大幅に改善するなど、公共分野でも一定の成果は出ている。にもかかわらず、民間分野に比べて評価が低いのは公共団体経営のアウトプットとしての成果が出ていないからだろう。電子政府、電子自治体と呼ばれる分野でも、「何を整備しました」から「どんな成果を出しました」という点が求められているのである。これが達成できないと、ITは効率化の道具どころか、保守運用費が嵩む上、陳腐化が進むやっかいな資産、ということにもなりかねない。そこで重要になるのが、「ITを使ってどのように業務プロセスを改革するか」である。まずは、成果を上げている公共分野での事例を見てみよう。

ITによる情報流の制御 

公共分野へのIT導入の成果で最も有名な事例の1つは神奈川県横須賀市の電子入札であろう。従来、日本の入札制度では、公示された工事等に関心のある事業者が一堂に会して発注者である公共団体を含めた関係者の面前で札入れを行い、速やかに開封し、本も安い価格を提示した民間事業者を落札者とした。しかしながら、建前上、公正であるはずの入札で予定価格に対して落札額が90%台後半に張り付くという、公正な競争下では起こりえない事態が発生している。その原因は、行政、事業者同士の間で非公式な情報の流れがあったためである。そこで、入札に関わる情報のやりとりをオンライン化し不正な情報流を防ぐことによって落札率を低下させることが考えられる。横須賀市では、入札に応じたい事業者に認証用の公正鍵を配布し、当該の事業者はこれを使って入札への申請、入札を行う、という電子入札を導入した結果、落札率を10%程度下げることに成功した。行政側の職員も札入れ行為への立会いなどの付加価値の低い業務に貴重な労働時間を投入する必要がなくなった。また、入札に参加する事業者数が増加し、地域の企業が活躍できる場も増えたという。今まで、事業者の間で偏りのある情報交換が行われていたものを、ITを使い情報流を制御することによって公正な競争環境を創り出したことの成果といえる。

庁内手続き業務の改革 

横須賀市の電子入札は外部への支払いを効率化した例だが、公共団体職員の業務を効率化した例もある。大阪府では、決済、申請、財務管理など、庁内のあらゆる手続きをオンライン化するためのシステムを取り入れた。大手の民間企業で普及しているERP(Engineering Resource Planning)と同様のシステムである。公共団体が巨大な手続き取り扱い機関という性格を持つこともあり、職員は毎日、大量の書類を捌き、そのプロセスと結果を管理しなくてはならない。行政職員にとって大事な仕事であっても、庁内手続き自体が住民サービスを向上させる訳ではないので、厳しい財政事情の中で住民サービスを向上するためには手続き業務の改革が必須だ。
ただし、大阪府ほどの組織になるとシステム化には相当な費用がかかるので、システム化の費用を効率化の成果の範囲内に押さえることが重要である。大阪府では、組織を改革して事務処理を集中的に取り扱うセンターを構築し、これをシステム化した。また、運用を民間に複数年でアウトソーシングすることで効率化とシステムの構築、運用に関わるリスクの移転も図っている。同じような考えにより、大阪府より先行して、全庁の業務改革とシステム化、及びこれらの民間へのアウトソーシングを行ったのが岐阜県である。これらの取り組みが所期の成果を上げれば電子入札以上の効果を生み出すことも考えられる。

住民向けサービスの向上

以上示した、横須賀市、大阪府、岐阜県の事例は、主として公共団体運営の効率化を念頭に置いたものだが、公共団体の業務改革が効率化だけで終わってはいけない。公共団体の存在意義は費用対効果で測られるからだ。いくら業務を効率化しても、住民向けサービスが低下するようでは業務改革は評価されない。ITを使ったプロセス改善では外部支払いの削減、職員業務の効率化に加えて、住民向けサービスの向上といった視点が重要である。札幌市はITを使ったコールセンターを構築した。コールセンターは住民向けの相談等の窓口機能であるが、ここで住民からの質問、相談等を想定した問答集をデータベース化すれば、住民向けサービスを向上させることができる。窓口のスタッフが、電話にも、FAXにも、もちろんメールに対しても、共通のデータベースの問答例をベースに対応することができるからだ。
札幌市では住民から寄せられた相談に対して、まずコールセンターのオペレーターが想定問答に記載された内容に沿って回答し、記載内容を見て対応できないものについては、サービスを担当する現局が別途対応する、という形をとった。その結果、実に、住民からの問い合わせの97%についてオペレーターが回答することができたという。システマティックな体制により迅速で確実な回答ができたことは間違いないだろうし、3%の問い合わせに対して現局が専門的な知見を集中的に投入することができるのだから住民の満足度も上がるはずだ。

ITによるプロセス改革の本質 

さて、以上、外部支払いの削減、職員業務の効率化、サービスの改善のためのITの活用例を示した。いずれも成果を上げていることから、多くの公共団体がこれらに学ぶことを期待したい。ただし、その際には、これらの事例がIT化それ自体を目的としたものではないことを踏まえる必要がある。
横須賀市の事例についていえば、入札改革が行なわれる中で電子入札が導入された、という点が重要である。例えば、これまで公共団体の入札では指名競争入札が多用されてきたが、一般競争入札への転換なしに電子入札の成功は期待できない。
また、入札手続きがオンライン化されても行政職員と民間事業者が出会う機会がなくなるわけではないので、IT化以前の問題として厳格な情報管理が行なわれなくてはならない。なにより、とかく反対が多い入札改革を進めるための不退転の姿勢がなければ、電子入札が効果を上げるはずはない。
大阪府や岐阜県のような業務改革についてもしかりである。業務プロセスの改革を伴わないIT化は成功しないと言われる。民間企業でもIT化による改革で成功した例もある半面、失敗した例も少なからずある。例えば、紙の稟議書に押される判子の数と電子決裁でオンライン上の処理をする回数が同じようでは業務の改善は望めない。また、手続きには常に人間が関わっているため、既存プロセスの変革は陰に陽に抵抗を受ける。これに加えて、数年以上にわたる委託を実施するための長期債務負担行為の設定、WTOによる調達規制を受ける中で民間事業者の創意工夫を活かす委託を実現するための工夫、という調達上の問題もあったはずだ。
札幌市のような住民向けサービスの向上についても業務改善は不可欠だ。例えば、住民からの問い合わせに関する第一次対応をコールセンターのオペレーターに委ねるためには、住民対応に関する割り切り、それが妥当であることを認めてもらうためのファクト作りが必要となる。また、最近では個人情報管理の観点から、住民の声をデータベース化することに対する懸念もあるだろう。なにより、コールセンターの中心となるのはイントラネットだから職員のPCリテラシーの向上は不可欠だ。
このように、IT化によるプロセス改善を実現した方々は口を揃えて、IT化自体が問題ではない、と答える。それに対して、IT化によるプロセス改善を学ぼうとする側はえてして、IT化の仕組みに注目する。IT化を成功させるためには、こうした視点のギャップを乗り越えて、業務プロセス変革の鍵を見極めることが重要だ。
公共団体はさまざまなサービスを住民に提供しているが、その多くは委託等によって民間事業者が実施するものである。また、申請等は社会的に見れば書類の処理に過ぎない。公共団体の主たる機能は情報処理にあると言ってもいい。ここで、情報の流れを整理することができれば民間企業以上に成果が上がってもいいはずである。にもかかわらず、ITを使ったプロセス改革について民間企業の方が先んじているのは、公共団体がIT化と並行して苦痛を伴う実業務の改革の絵を描かないからだろう。
最後にもう1つ指摘しておきたい重要なポイントは、IT化によるプロセス改革を進めるには集中と選択に関する戦略が必要ということだ。財政が破綻状態にある中で巨額のシステム投資を正当化するためには、行政側の限られた人的資源を投入すべき分野を絞り込み、民間に任せられるところは任せていくしかない。プロセス改革を進めるためには、将来の公共団体の職員の業務がどうなっていくべきか、に関わるビジョンを明示しなくてはならないのである。先の大阪府や札幌市の事例にはこうした視点を見ることができる。

ここ2~3年、電子政府、電子自治体の分野では「利活用」がテーマとなってきた。しかし、公共団体を取り巻く環境を見るのであれば、求められているのは、利活用そのものではなく、利活用したことによる成果であることは明らかだ。その意味で、前述した事例も本格的な改革のための入り口に過ぎない。行政全体が、アウトプット指向を強め、具体的な数字で改革の成果を披露できる日が来ることを期待したい。

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