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《第4回》地域経営からみた「調達革命」
総合評価方式の課題 

<a href="/staff/detail/ikumahitoshi/>井熊均

出典:旬刊  国税解説 速報Vol/45 第1657号

1 価格一辺倒の事業者評価リスク

公共団体は価格で民間事業者を評価したがる傾向がある。それが一番簡単で説明し易い事業者の選び方であるからだ。しかし、「安物買いの銭失い」という言葉があるように、一番安いものを買うことが一番得とは限らない。そこで、対象となる事業に係る価格以外の要素(非価格要素)を評価することが必要となる。前回、価格要素に加えて非価格要素を評価する方法として、価格評価に先立って非価格要素の条件を設定する「事前ハードル型」、価格でスクリーニングした上で非価格要素によって最終的な評価を行う「価格スクリーニング型」、価格と非価格を同時に評価する「総合評価方式」があるとした。最近では、総合評価方式を使うなどして非価格要素を積極的に評価しようとする公共団体が増えているが、価格一辺倒の評価に固執する公共団体がいまだに多いのも事実である。「事前ハードル型」は安物買いとならないための一つの工夫だが、所詮は価格入札でしかないので、この方法ばかりに頼ると次のような副作用が懸念される。

1つ目は、民間事業者が疲弊してしまうことだ。入札にはコストがかかるので、落札できる確率がある程度以上にならないと民間企業のビジネスとして成立しない。つまり、入札の公正さの説明性を高めるために、市場の状況を考えずに、入札参加者の数にばかりにこだわると、民間の事業資源が疲弊し、新しい技術の開発や技術の維持のための投資ができなくなり、公共サービスの質は低下することになる。利益に対する感度の高い企業なら、疲弊する前に市場から撤退することもあるだろう。いずれにしても中長期的には公共側にとって良いことではない。

2つ目は、談合のモチベーションを高めてしまうことだ。日本の公共事業ではいまだに談合が横行しているが、談合は不当な利益だけを目的にしている訳ではない。談合によって民間事業者が公共事業から過剰な利益を上げているのなら、公共事業を受託している企業の利益率は一般の企業より高くなるはずだが、建設業界やエンジニアリング業界の利益率は他産業に比べて高いとはいえない。談合が蔓延した背景には、多くの企業を集め毎回価格競争を強い、煩雑な手続きを求めた上、無償の資料提供すら要求してくる公共団体とまともに付き合っていたら民間企業として身がもたない、という面もある。そこで、事前に落札者を決め、それ以外の企業はできるだけ手間をかけずに形だけの入札に応じる、という談合システムが出来上がるのだ。

3つ目は、寡占市場が出来上がることだ。前述したような状況を避けるためには、資格審査を厳しくして入札の対象となる民間事業者の数を少なくするか、価格審査に先立って民間事業者を恣意的に2、3社に絞る(相対評価による一次審査)ことが考えられる。こうすれば、落札できない入札に過剰な手間をかけることはないので、民間事業者が疲弊する可能性もないし、談合のモチベーションも下がるはずだ。しかし、最終審査に至る事業者の数を厳しく絞ることを続けていけば、数年も経たずにマーケットは寡占化し、硬直的な調和状態に陥る危険性がある。価格勝負一辺倒の市場は、1つ1つの公共団体、一担当者にとっては説明上都合が良いのかもしれないが、公共団体全体からすれば決してメリットのあることではないのだ。近年、公共調達のモラルが求められる中で、規模の大きな都市などで価格入札一辺倒の事業者評価が行われているが、公共マーケットのあるべき姿を考えた行動とは思えない。地域住民が求めているのは、公共側職員にとっての説明しやすさではなく、VfMの向上である、という点を改めて見直す必要がある。

2 総合評価方式の課題

以上のような課題を持つ価格一辺倒の事業者選定に代わって普及しているのが総合評価方式である。総合評価方式では、民間事業者の提案書を非価格要素について評価した上で価格と併せて点数化する。価格と非価格要素の組み合わせ方には、非価格要素の評価点を価格で割り、割った値が大きい事業者を選定する除算方式と、非価格要素の評価点と価格要素の評価点を足し合わせる加算方式がある。国は総合評価方式に関する「公共工事における総合評価方式の包括協議」により、除算方式しか適用できないが、自治体で行われている総合評価の殆どは加算方式である。

【除算方式】
「総合評価点」 = 「性能等の各評価項目の得点の合計」/[当該入札者の入札価格」

【加算方式】
「総合評価点」 = 「性能等の各評価項目の得点の合計」+「当該入札者の入札価格」

制度上、国に比べて自由度が許されている自治体で加算方式が多くなっているのは、除算方式では事業者の選定において価格が支配的であるのに対して、加算方式は価格の影響度をいくらでも下げることができるからである。除算方式ではいくら良い提案をしても低価格入札を行う民間事業者がいれば落札することはできない。つまり、非価格要素と価格要素のバランスを制御しにくい事業者評価の方法である。海外でも総合評価方式に類した選定方法はあるが、加算方式が一般的である。価格一辺倒の事業者選定から脱却する道筋を創った、という意味で総合評価方式が果たした役割は大きいが、総合評価方式は非価格要素と価格要素を評価するための万能の方法ではない。総合評価方式は、使い方によっては毒にも薬にもなる方法である。以下に、加算方式を前提として総合評価方式を実施する際に重要となる点を考えてみよう。

・非価格要素の評価基準と説明性
1つ目は、どのような非価格要素を評価するかを決め、その妥当性を説明することである。価格一辺倒の評価には問題があるとはいっても、民間事業者を決めるのに価格が重要な要素であることに変わりはない。世界中どこにいってもこの傾向は変わらない。非価格要素を含めた総合評価を行うことは、事業者選定における価格の影響を劣後させることに他ならないから、非価格要素を取り込むには、それに足る明確な理由がなくてはならない。重要性の低い要素を評価することで価格が劣後するのであれば、総合評価VfMを向上させることにはならない。評価の対象とすべき非価格要素を決めるには、事業のVfMがどのように構成されているか(何によって事業の価値が決まるか)を分析しなくてはならない。しかしながら、対象となる事業と業界に対する専門的な知識が必要なことに加えて、検討にも時間を要することもあり、書類作りや形だけの財務計算に時間が費やされがちな事業の現場ではこうした検討が疎かになっている。

・価格要素と非価格要素の評価配分
2つ目は、価格要素と非価格要素の評価配分をいかに決めるか、である。非価格要素と価格の比率は、公共側が非価格要素をどのくらい重視したいかで決まる。例えば、非価格要素の割合を30%とした場合、民間事業者は価格重視の提案をしてくる可能性が強い。対象となる事業の分野で専門性を持っている民間事業者同士を比較した場合に、非価格要素に関する評価の差はせいぜい数%程度に過ぎないため、価格面で頑張らないと受託できないからである。経験的には、価格要素と非価格要素の比率は半々くらいにしないと、民間事業者は内容重視の提案をしないのではないか、と思う。このように、価格要素と非価格要素の比率を決めるには、非価格要素の評価に関する公共側の姿勢を決めた上で、提案における民間事業者の心理を分析することが必要になる。

・非価格要素の評価基準の細目
3つ目は、非価格要素をどのような細目で評価するかを決めることである。総合評価にかかわらず、非価格要素を評価しようと思うと様々な要素が議論の俎上に上がる。傾向として、真剣に議論すればするほど評価対象となる非価格要素の数は増えていく。評価に影響を及ぼす要素を出し切る、という意味では意義のあることだが、非価格要素の評価において最も重要なのは影響を及ぼす要素を抽出することではなく、どの要素が重要かを見極めることである。総合評価方式では、評価の対象となる非価格要素の項目を抽出し、重要度に応じて点数を配分することにより、要素ごとの軽重を評価に反映しようとする。理屈の上では、こうした点数の配分により非価格要素の重要度を反映した事業者評価ができるはずだが、実際の評価では必ずしも重要度の高くない要素の評価結果により事業者評価の帰趨が決まることがある。こうなる理由の1つとして考えられるのは、いかに重要な項目でも、民間事業者が同じような素養を持っている場合には評価結果に差がつかない、ということである。あるいは、評価項目を細かくした結果、重要項目を含めた評価結果が相殺し合う(ある事業者がある項目で高い点を取り、他の事業者が他の項目で高い点をとり、合計点に差がつかない状態)、という事態も考えられる。つまり、総合評価方式では重要な項目が評価の中で埋没してしまう可能性があるのだ。総合評価方式では、配点や点数の付け方を作ってしまうと、評価の体系が出来上がった気になってしまうが、公募に応じてくる民間事業者の素養を見ないことには、思ったとおりにルールが作用するかどうかは分からないのである。

・検討の先送りの回避
4つ目は、検討の先送りをしていないかを、チェックすることである。非価格要素の中には、本来公共側が決めるべき要素も含まれている。例えば、民間事業者の間で差がつかない要素や工夫が難しい要素については、公共側が求めるべき水準を決めた上で履行してもらえば十分なはずである。また、一定以上の質を求めることの価値が低い要素もある。これらを総合評価方式における比較の対象に含めると、比較が必要な要素の評価が薄まったり、価値のない質を評価することにつながる。こうした要素については総合評価の対象とするのではなく、要求水準として求めればいい。総合評価方式では実効性のある非価格要素の評価を行うためには、重要と思われる要素をリストアップした上で、要求水準として求めるものと、比較評価するものを色分けしなくてはいけない。これができていない場合は、公共側として決めるべき基準等に関する検討を先送りしていることになる。

・適切な評価体制
5つ目は、評価の体制である。
従来の価格一辺倒の事業者評価に非価格要素を取り入れることは、公共サービスの質に関して公共団体の価値観を織り込むことである。しかし、これまで公共団体は民間事業者の選定に自らの主観を織り込むことを避けてきた。その意味では、非価格要素を要素分解して各項目に分けて点数をつけ、その評価を委員会に委ねることができる総合評価は公共団体にうってつけであったと言える。しかしながら、事務局が評価の対象となる要素に関する情報を取りまとめて審査委員会に評価を丸投げすることで望ましい評価ができるわけではない。非価格要素と価格要素の点数配分には絶対的な解はないので、委員会のような中立的な機関で評価方法をオーソライズすることは説明性を確保するための一つの方法ではある。ただし、専門的な知見を有する有識者の集まりとはいえ、対象となる事業に関して限られた期間組成される機関に過ぎない審査委員会に、上述した事業の意義や非価格要素と価格の配分などの決定を委ねるのは無理がある。高い見識を有する有識者でも、時間が限られる中で、事業が実施される地域にする問題意識を十分に持っていなければ事業をミスリードする可能性はある。適切な事業者選定を行うには、対象となる事業の置かれた環境、地域の事情、将来の自治体運営のあり方、などを踏まえた議論を徹底的に行うべきである。これらに関する理解を共有するには時間がかかるかもしれないが、その後の仕事は効率化されるし、地域にとって価値のある事業を立ち上げることにつながる。こうしたプロセスを経た案を事務局が委員会に提示してこそ、有識者が集まる委員会も本来の知見を発揮できる。それに、自治体に関する総合評価を規定した地方自治法施行令でも「総合評価を行おうとするときは、総合評価によることの適否について学識経験を有する者の意見を聴くべきこと」とされているだけで、審査を有識者に委ねることがルールとなっている訳ではない。筆者は、事業の管理者である公共団体が委員会に過度に依存した事業審査を行うことは事業の責任の所在が不明確になるので適切ではない、としてきた。しかしながら、実際の事業では、アドバイザーと呼ばれる民間コンサルタントの提示した案に自治体側が意見を示した上で事務局としての案を作成し、それを事業者審査の委員会で検討、オーソライズする、というプロセスが一般的になっている。総合評価とはいっても、事務局を担う公共団体が自分達の価値観を明確にしないことには思ったように機能しない。公共団体は自らの責任で民間事業者を評価し、自らの能力で選定の方法や結果を説明しなくてはならないことを理解すべきである。

<次回へ続く>

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