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論説 高速道路でターミナル・ビジネスを

出典:高速道路と自動車  第48巻 第3号

1.隆盛ターミナル・ビジネス

ロンドンのヒースロー空港の出発ロビーはさながら高級ショッピングセンターのようだ。それも、他の空港のようにただ高級店をまばらに並べただけではない。品揃えも商品配置もいい、新商品も並んでいる、セールもやっている、顧客の回遊も考えている、店員の対応も街中のショッピングセンターに負けない。ヒースローだけではない、シャルル・ドゴール、フランクフルト、香港、JFK等、世界中の空港が利用客を対象としたビジネスに力を入れている。彼らが空港での商業を拡大しているのは、ターミナル運営事業の付加価値を上げるためだ。ターミナルエリアは単位床面積当たりの販売効率が高いから、経済的にも合理性がある。今や、海外の先進的な空港では収入の半分を商業スペースから上げているケースも珍しくない。

ターミナルエリアのビジネスが盛んなのは空港だけではない。そもそも日本では鉄道の駅前スペースが商業地として最も価値が高い。最近では、JR東京駅などの大型ターミナルでは、駅構内での商業スペースの拡大が盛んで、繁盛していると思われる店もかなりある。 筆者は10年ほど前に、「ハイウェイターミナルシティ」と名づけたプロジェクトに関わっていたことがある。鉄道などが十分に整備されていない地域で、高速道路のサービスエリア、パーキングエリアなどを鉄道ターミナルと同じ広域交通の接点と位置づけ、そこを中心とした地域開発を図ろうとするコンセプトである。高速道路ではないが、最近は各地で道の駅が繁盛している。10年前に高速道路のプロジェクトに関わっていた頃語り合っていた魅力的な施設に出会えることも少なくない。 盛り上がっているのは不動産事業そのものだけではない。バブル崩壊後、新たな開発手法が検討されたためか、ロードサイド店舗の延長か、要因はいくつか考えられるが、最近の不動産事業のコンテンツは10年前と比べると魅力度がぐんと増した。例えば、生鮮市場をテーマにした店舗では、商材ルート、採算計画、展示ノウハウなどを含めた事業手法が開発されている。ガラス工芸のようなテーマが成功しているケースもあるし、アウトレットが注目されている地域もある。 広域交通機関を中心とした商業開発は日本の伝統的な地域開発コンセプトであるが、ここにきて新たな開発ステージを迎えていると言ってもいい状況にある。

以上を前提として高速道路周りの開発状況はどう評価できるだろうか。確かに、ナショナルブランドの店舗が入ったり、商品が充実したり、など改善されている面もある。しかし、急速な変身を遂げつつあるJRのターミナルや空港ターミナル周辺、あるいは活況を呈している道の駅の状況と比べると心もとない印象を受けるのは筆者だけだろうか。

2.投資を呼び込め

共サービスを中心とした運営にとどまっている面が多いように思う。民営化にはいろいろな目的があろうが、収益機会を増やして保有資産の価値を上げることは最も重要なテーマの1つである。JRターミナルやヒースロー空港の変身も、民営化したJRやBAAの存在無しに語ることはできない。
魅力ある商業開発は職員がサービス精神を発揮するだけで実現できるものではない。高度な商業スペースの開発は対象地の将来性を見込んだ投資を呼び込まないことには始まらない。筆者はこれまでベンチャービジネスの立ち上げ、公共分野で事業開発などを数多く手がけてきた。いずれにしても重要なことは、ビジネスチャンスの匂いがする企画を立ち上げ、投資家に対して魅力ある条件を整備し、フェアな取引をコーディネートすることである。高速道路周辺での商業開発は、資産上にどのような権利を設定できるかについての制度の分析、当局との折衝能力などが必要な難しいテーマかもしれない。しかし、未開のフロンティアにビジョンを描き、マーケットに対してコンセプトをアピールし、新しいビジネス空間を立ち上げる意欲を持った勇者はいるはずだ。民営化における事業の成功は、こうした意欲を持った人材を得られるかどうかにかかっている。

これまで公共スペースとして扱われてきた空間をビジネスとして活用していこうとする時、「公共スペースならではの良さが失われてしまうのではないか」、という意見はいつでもある。商業を活性化するということは高速道路利用者の購買意欲を掻き立てることだから、負担増に関する懸念もあるかもしれない。しかし、顧客向けのサービス向上は収益事業と表裏一体のものだ。我々が日常利用している殆どのサービスは民間事業者による有料サービスである。無料の公共サービスを過大視し、事業自体の価値を下げてしまった過去の公的事業の愚を繰り返してはいけない。もちろん、情報サービスなど利用者に無料で提供した方がいいと思われるサービスはある。しかし、道路運営が民間事業となるなら、収益機会の拡大はサービス向上と一体と考えなくてはいけない。

3.需要を拡大せよ

ターミナル周辺へのビジネスが活性を呈しつつある現状は、旅行者の財布の奪い合いが始まっていることを意味している。例えば、毎年多くの帰省客が高速道路を利用しているにもかかわらず、利用者が自宅でお土産を車に積み込んでいるとしたら、少なくともお土産という需要の奪い合いでサービスエリアは負けていることになる。空き地があるにもかかわらず、サービスエリアの食堂が混んでいるからといって、利用者が一般道沿いのレストランで夕食を食べているのなら、資産を活用するための投資の呼び込みが上手くいっていないことになる。

乗り換えがないことによる利便性、コストなどを含め、高速道路は移動手段として高い競争力を持っている。これを活かして高速道路の利用者をもっと増やすことができないだろうか。JRでもエアラインでも利用者を増やすために旅行商品などを開発している。新幹線と対抗している大阪便の飛行機の乗り換えは他のどの便より便利だ。高速道路でこうした商品開発がどれだけ行われてきただろうか。新しい商品を開発して空いている時間の利用が増えれば料金収入も上がるし、店舗の売上も上がる。サービスエリアの商業投資は季節や時間による需要の変化は常に大きな問題になる。需要変動が大きければ、投資リスクが高まるので、投資を呼び込みにくくなる。結果として、高速道路を運営する側がある程度のリスクをとらざるを得ないことになる。空いている時間の利用者が増え、需要を平準化できれば投資魅力が上がり、高速道路を運営する事業者の投資の選択肢が広がる。店舗運営の専門性を持った民間事業者のノウハウを活かす機会も増える。結果として収入も増えるし、利用者の満足度も上がる、といった好循環を作ることができる。
ピーク需要への対応力も重要だ。混んでいる時間にもっと便利に高速道路を使いたい人はたくさんいる。にもかかわらず、鉄道などに流れている人がいるとすれば、高速道路事業は収入機会を逃していることになる。例えば、ETCの普及拡大のためのパッケージ商品をメーカー、ファイナンス企業、店舗運営会社などと提携して開発できないだろうか。出口渋滞を引き起こしている箇所の改善を所管の自治体と検討することができないだろうか。投資計画でも需要拡大を明確に位置づけることが必要だ。
一方、需要拡大の投資には資金を集めなくてはいけない。安全走行は高速道路事業の最重要テーマだが、事業方式を変えるだけでコストは大幅に改善することがある。例えば、本当にこだわらなくてはいけない舗装や連結部などのメンテナンスと比較的許容できる部分の工事の発注方式、事業者の選び方、契約構造などが同じ、ということがあれば資産管理はドンブリ勘定の批判を免れない。筆者は日本でのPFI(Private Finance Initiative)の導入以来、公共分野で数多くの新しい方式の事業を立ち上げてきた。その経験からいうと、公共の常識に囚われた事業方式から脱却することで大幅なコストダウンが可能になる。これまで道路の分野は新しい事業方式の導入に最も保守的な分野の1つであったから、民営化を契機にPFIやアウトソーシングでの経験を取り込み民間的な発想を活かしていけば大幅なコストダウンができる可能性がある。

そして、コストダウンで浮いた資金を投資に振り向ける。ただし、それはできるだけ投資を呼び込むための投資に振り向ける。高速道路の事業者がハンバーガーを焼いても世間で揉まれたハンバーガーを口にしている利用者を満足させることは期待できない。最近の不動産ビジネスやターミナル・ビジネスの隆盛を支えているのは、専門的な知識に裏打ちされた顧客分析と商品開発力である。武士の商法は怪我のもとだ。

どんな事業者を引き込むかも自分達では判断しない。場所によってはサービスエリアで洋服を売りたいと思う事業者もいるかもしれない。高速道路資産に投資魅力があるかどうかを判断するのはサービスを提供する専門事業者だ。高速道路の事業者は、高速道路に関わるありとあらゆる資産の魅力をできるだけ多くの事業者に説明することに努める。その結果、思うとおりに事業者が進出してくれなくても、負債は投資資金の範囲内で済む。しかし、素人が自ら事業を行って雪達磨式に負債が膨れれば、その額は投資資金を大きく上回ることになる。顧客サービスのためにいろいろな事業者を呼び込む環境作りこそ高速道路事業者のレゾンデートルだ。

4.顧客志向にベクトルを合わせよ

その際重要なことが2つある。
1つ目は、高速道路事業者の論理を振りかざさないことだ。この10年近くの間、いかに多くの公共団体が自分達の論理を振りかざし、民間事業者の足枷を作ってきたことか。自分達の論理を守って民間事業者への委託に成功したと思っていても、ツケは必ず回ってくる。高い買い物をしたり、優れた事業者から相手にされなかったり、である。もちろん、公益事業であるから商業系の事業者の要望に100%応えられないかもしれないが、できるだけ柔軟に解釈してブレークスルーしよう、という姿勢が重要だ。それができなければ、何のための民営化か、ということになる。

2つ目は、自己定義をしっかりすることだ。90年代に負債の山を築いた第三セクターの失敗はまさにこの点にある。官民協働事業はどこの国にでもある仕組みだが、第三セクターが失敗したのは、官民の役割分担が決まっていなかったからだ。同じ器に入って同じ仕事をすることが協働である、というプリミティブな失敗の心理がそこにはある。本来、協働とは高い専門性に裏付けられた自己責任性の下に成り立つものである。自分達の強みは何かを見出し、自分達は何をすべきかを明確に定義することが重要だ。恐らく、民営化になれば、新事業の企画が数多く出てこようが、新事業の立ち上げはスタートが肝心である。自己定義ができていればこそ、パートナーに必要なもの、必要性が低いもの、を峻別して伝えることができるし、相手の要求に対して明確な判断もできる。事業拡大に動き出す前に、夜を徹した議論を重ね、トップから現場まで一貫して納得できる自己定義を立てるべきなのだ。それが、同じサービスエリアに事業者を誘致するのでも、単なる土地貸しか、利用者向けの価値空間創造か、を決めるのである。

そもそも高速道路事業とは何を目的としたものなのだろうか。狭義に言えば、高速道路のメンテナンスと設備オペレーションの会社ということになるかもしれないが、それでは新しくできる民間会社は単なるコストダウンの受け皿でしかない。出血は止まるかもしれないが、国民の価値は増大しない。コスト面での効果はもちろんだが、価値創造があってこそ民営化の本来の意味が出てくる。顧客価値創造とはやや言い古された言葉かもしれないが、ビジネスを持続的にするための普遍的な価値観である。

道路関係の論文で既に指摘したことだが、道路事業では、例えば、工事受託者が「道路利用者こそ最大の顧客である」ことを忘れている、としか思えない面がある。高速道路事業が民間事業として成功し、国民の支持を大幅に向上させるためには、事業者自身のみならず、共に働く民間事業者を含め、同じ顧客に向き、同じ志を抱いて業務に励むことが不可欠だ。本論では主に高速道路のサービスエリア等における収益機会の創出について論じたが、ビジネスとしての成功が顧客志向にかかっていることは他の収益機会でも同様だ。たとえ、斬新なアイデアで一時一世を風靡することがあったとしても、顧客志向を忘れたビジネスが長続きしないことは既にあらゆる分野で立証済みである。

ビジネスを成功させるための技術論は確かにあるがどんなビジネスも魂が込められてこそ成功する。ビジネスの成否は最後は組織のカルチャーに行き着く、ということはこれまで何度となく新事業に挑んだ現場での実感である。利用者の価値を創造し、真に利用者に愛される高速道路事業のインキュベーションを期待したい。

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