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特集 電子自治体の新展開
[解説]サービス指向のビジョンで電子自治体の改革を

出典:月刊自治フォーラム  Vol544 (第一法規発行)P13~18

1 改革には将来ビジョンが必要

筆者は業務時間の半分程度を公共団体、特に自治体の構造改革の仕事に当てている。きっかけは1997年から検討が始まり、1999年に法律が成立したPFIである。PFIの影響を受けて、近年既存業務のアウトソーシングも進んでいる。加えて、来年度から、市場化テストによって、個別の業務の効率性について民間と競争しなくてはならなくなる。まさに、官から民への大リストラの時代である。
さて、こうした時代背景を考える時、ITもアウトソーシングやPFIと同様に、自治体にとってリストラのツールなのだろうか。
欧米で構造改革が進められる中でITが導入されたように、公共団体にITを導入する大きな理由の一つが効率化であることは間違いない。日本の電子自治体でも当初からこの点は強調されている。効率化を徹底すれば、ITを導入することによって、10人の人が働いていた窓口業務の多くはオンライン化され、実際に窓口に立つ人は2、3人になるかもしれない。文書管理や稟議書の処理にかかっていた人件費も大幅に削減されるだろう。
こうして考えれば、ITは自治体にとって、財政危機下での人減らしのツールとなり得るから、そこで働く人にとっては不安材料となっても仕方がない。アウトソーシングによって自治体職員が行っている業務が民間に委託され、そこで働いていた人が配置転換になり、いずれは自治体全体で人員削減をせざるを得ない、と連想するのと同じである。新しい技術をどう治すかはそれを使う人の姿勢にかかっている。ドラスチックな効率化を連想し、ITに対して積極的な姿勢を持てずにいれば、IT投資の負担は確実にかかる反面、改革の成果は期待したほど上がらないだろう。改革は何よりも職員のモチベーションにかかっているからだ。昨今、民間企業でも自治体でも盛んにリストラが行われているが、民間企業と自治体では異なる面が二つある。一つは、危機意識だ。改革が達成できなければ市場で淘汰される、という危機感がある民間企業に比べると、自治体には改革が失敗した場合の具体的な危機感のイメージがない。そして、もう一つは、希望である。
民間企業の改革では、改革が成功したら「こういう会社にしよう」という希望がある。恐らく、こうした希望を与えられることが改革におけるリーダーの重要な素養である。財政面だけを見ても、地方債の制限、地方交付税の削減、税収の伸び悩み、巨額の負債といった改革を不可避とする環境がある。さらには、民間でできることは民間に、を合言葉に次々と民間移転が進められ、その中で公共団体の行いが非効率の代名詞のようにまで言われ、社会として公共団体の重要さが共有できていない状況がある。こうした中で、ITを前向きに捉え、自治体職員のモチベーションを高めていくためには、「(ITを使って)うちの自治体はこうなる」、という明確なビジョン、希望が必要なのだ。その際、財政を改善すること自体は将来のビジョンにならない。
一方、ビジョンのあり方は自治体によって様々だが電子自治体に関して言えば住民向けのサービスの付加価値向上が重要な要素になることは間違いない。ここまでのところ、電子自治体の成果は限られた範囲に留まっている。電信申請にしても普及率はまだまだだし、電子投票にしてもITを使ってどこからでも投票できるようになる見込みはない。住民サービスが向上したと言い切れる自治体は多くない。効率化にしても、自治体財政が改善しないのだから成果が出たとは言えない。部分的には様々な成果が出ているのだろうが、実験室的な成果に満足すべき段階は既に終わっている。
巨額の資金を投じたITを使い、これといった成果が出ない理由は、アウトカムが明確になっていないからである。例えば、IT化で住民向けサービスの付加価値を向上させるとはいっても、その目玉が電子申請というのでは、波及効果があまりに限られている上、成果が出るか出ないかは電子申請の普及率に依存する。住民向けサービスの付加価値を向上させるためには2つのことが必要である。1つは、サービスの付加価値が向上することのイメージを共有することである。今1つは、その中で自治体職員が担うべき役割を明確にすることである。以降、この2点について論じていこう。 

2 サービスの付加価値は何か

自治体がITを使って住民向けのサービスの付加価値を上げるためにまず重要となるのは、自治体が住民に対して提供するサービスとは何かを再調整することである。サービスの種類を縦軸にとりサービスの対象となる住民像、サービスの提供方法、自治体との接点の構造、サービスを受ける頻度、将来に向けた重要性、住民から見た課題や不便さ等をまとめる。ここからITを使って付加価値を高めるべきサービスのターゲットを絞る。その際、できるだけ多くの住民が、できるだけ頻繁に使うサービス、に集中してITによる質の向上を図ることが効果的である。
筆者を含め一般の人は上下水道やごみ処理のようなインフラを除けば、公共サービスを必要とすることは稀である。しかし、介護を必要としている人や、公共団体が提供している特定のサービスを利用している人にとって、公共サービスは身近なものである。サービスの付加価値を上げるための基本は顧客がサービスを利用している状況をイメージすることである。相手を知らずに満足度の高いサービスを提供することはできない。
公共サービスであるから広く住民の利益が向上するようなサービスを対象としてIT化を図ることが正しい、と考えるかもしれない。しかしながら、顧客の満足度を上げようとするのならば、公共サービスのヘビーユーザーの満足度を上げることが効果的である。そうした人達が公共サービスを支持し、公共サービスに関心を寄せているからである。サービスの質が下がったり上がったりすることを最も敏感に感じ取るのもこうした人達だ。
一方、ターゲットを絞らずに、地域住民に対してどのようなIT化が望ましいか、という質問をすると確かに電子申請は常に上位に来るが、一般の人が年に1回あるかないかの申請手続きに本質的な問題を感じ、ヘビーユーザーほどの感度を持って接しているとは思えない。
利用頻度の低い人向けのサービスをIT化した場合、効果が上がるかどうかについても懸念がある。まず、コンピュータシステムは使えるようになるまで時間がかかるし、使わないと忘れてしまうから、年に一度あるかないかの手続きをシステム化しても利便性を感じることは難しい。世の中にはコンピュータシステムの使い方を覚えるのなら、自転車を5分漕いで支所に行くことを選択する人もいる。また、公共サービスに接する頻度の低い人を対象としてIT化を図っても、新しいサービスの存在をどの程度認識してくれるか、という問題もある。
頻繁に公共サービスを使う人であれば、サービスがIT化されたのを認識するのも早いだろうし、システムの使い方を覚えるのに多少の時間がかかっても、メリットが多いから覚えようと努力するだろう。そして、サービスの改善に対する感度も高い。サービス機関としての成果を出そうと考えたら、公共サービスのヘビーユーザーを対象としたIT化が効果的なはずだ。自治体が経営感覚に目覚め、サービス提供機関としての意識を高めていくのならば、マーケティングの基本を押さえよう。サービス機関としては、まずはヘビーユーザーの満足度を高め、満足度の高い層を徐々に拡大していく、といった染み出し戦略をとることが正しい。
ヘビーユーザーを軸とした顧客満足度向上戦略を実行するには、まず、先に示した分析などによってヘビーユーザーが存在するサービスを抽出する。その上で、ユーザーのニーズを徹底的に分析する。どのような人が、どのようなケースで、どのようなサービスを利用しているか、あるいは、現状のサービスのどこに不満を感じているか、などである。アンケートなども有効だが、アンケートで不満を持っている部分に関する情報を集めるのは容易ではない。そもそもユーザーにはサービスの問題点を分析しようとする意識はないので、サービスを改善するためのポイントをアンケートのような直接的な方法で抽出することは難しい。直接的な方法から得られる情報は改善のためのヒントであって、改善ができるかどうかは自治体の担当者がヒントを基にサービスを改善するための仮説を立てられるかどうかにかかっている。
例えば、生涯学習を受けている人なら、プログラムに関する要望を受ける仕組み、プログラムの予告、ネット配信、過去のプログラムのデータ化、利用者間の議論の場作り、等々ITを使ったサービスの仕組みは色々と考えられる。ITを有効に活用したメニューを、住民のニーズを基につなぎ合わせ、現状と比較して注力すべき点を絞っていけばいいのである。
サービスの仮説を立てたならば実行に移す。ここで重要なことは2つである。
1つは、サービスに関する住民の評価を確認することであり、もう1つは住民の評価にしたがってサービスを改善していくことだ。つまり、仮説の段階からPLAN、DO、SEE、IMPROVEを繰り返していくことである。ヘビーユーザーのニーズをいかに分析しても仮説は所詮仮説だから、100%ニーズに合ったサービスを提供することなどできるはずない。サービスが住民にとって望ましいものであるかどうかはサービスを実行して初めて理解できることであり、改善を重ねてこそサービスは完成したものに近づく。しかしながら、自治体はこの手の作り込みの経験があまりない。計画を作り、予算を取り、予算通りに実行するのがこれまでの自治体の施策運営であったからだ。橋や道路のようなインフラを作るならこれで良かったかもしれないし、そもそも一度作ったものを改善することは容易ではない。ユーザーの評価を得るために実施するサービスではこうはいかない。加えて、ITのニーズは時々刻々と変わるから、来年度に向けて9月ごろから予算を申請し計画通りに次年度に実施する、といったこれまでの方法では時代のニーズに乗り遅れる可能性がある。ITを使ったサービスではユーザーのニーズに合わせて柔軟にサービスの内容を改善できる仕組みが必要だ。自治体の仕組みの中でもやりようはある。サービスの立ち上げから例えば1年くらいの期間をサービスの作り込みの期間と位置づけ、利用者の声を収集しながら改善を繰り返していけばいい。自治体が計画主義であるのなら、改善のシステムを当初から計画の中に織り込んでいけばいいのである。

3 自治体職員の役割

以上述べたように、サービス指向でITの有効利用を図っていくためには自治体職員の役割を見直さなくてはいけない。
第一に、自分達がサービス提供者である、という自覚を徹底することが必要だ。各々の組織において自分達の顧客は誰であり、どのようなサービスを提供し、どのような満足感を得るのかを組織のミッションとして徹底する。課レベルであれば課長はメンバーに対してミッションを明示し、課の全ての行動がこれに沿って行われるように徹底することが必要である。
そのためには、組織に手を入れることも必要になるはずだ。例えば、福祉部門が対象となる場合、ユーザーを明確にし彼らにサービスを提供することをミッションとしたのであれば、誰がサービスを企画、実行、評価するのかを決める。顧客を頂点としてどのようにサービスに関わっていくかを描いてみよう。上流にいるのは顧客であり、サービスを直接提供する人がすぐ下流にいて、その人にサービスの素材を提供する人がその次に来る。事務業務などでこれをバックアップする人がその次に来て、管理者は最下流に来ることになるかもしれない。とにかく、住民が満足するサービスを提供することを組織が求める価値として意思決定レベルの最高峰に置くのである。 ITを有効に活用するためには、上述した流れの第2段階辺りにサービスの評価にしたがって既存のシステムを評価し、改善を企画、指示する人を置くといい。ここで、サービスを提供する現場部門のIT担当者に求められる素養を明確にしておく必要がある。官民を問わず、ITは顧客向けのサービスを進化させていくために欠くべからざるツールとなっている。
したがって、サービス部門のIT担当者に第一に求められるのは、サービスをいかに改善するかという視点に立って、システム全体を俯瞰し問題点と改善の方法を発見できる力であり、これを実行できるエンジニアリング能力である。IT担当者が管理する範囲には、ホームページ、利用者のIT端末、サービス提供者側の端末、通信回線、その中で使われるデーターベースやソフトウェア、住民からのニーズに応えるオペレーター、部門のシステム管理者、庁全体のシステムとの接点などが含まれる。これまでの自治体のIT化では、恐らく、サービスの視点からITに関わる様々な要素を1つのシステムとして俯瞰し改善を指示していく役割は存在していなかった。一言でITといっても様々な要素があるからこれをサービスの視点で機能させていくためには全体システムを管理するサービスマネジャーとも言える役割が重要だ。その上で、システムの中にあるソフトウェア、ハードウェア、ネットワークの技術をサポートする人材を確保すればいい。
ただし、この場合、技術サポートの人材が自治体のスタッフである必要はない。というより、外部から専門的な人材を得ていくことが今後の方向と言える。サービスの視点からITを機能させていくためには、基幹システムはともかくとして、アプリケーションレベルの改善はサービス部門ごとに判断、機能していかなくてはどうしようもない。地域住民に対して様々はサービスを提供している自治体で個別サービスのシステムのPLAN、DO、SEEを中央管理で行うことは非効率だし、個別のサービスの要請を反映することを難しくする。サービス部門のアプリケーションは自治体全体として一定のルールを作った上で、独自の判断で運営した方が効果的だ。そこでは、サービスマネジャーの指示にしたがって、アプリケーションを迅速的確に改善する人材が不可欠だ。
自治体職員の中にもITに関して専門的な知見を持った人はいると思うが、部門ごとに存在するとは思えない。民間機関から派遣されたアプリケーションレベルの専門家が自治体職員と机を並べて仕事をするのがこれからの職場の姿だ。
電子自治体の立ち上げの時期には自治体職員同士の研修によってITに関する素養を向上させようとする試みが多く見られた。普及期においてこうした努力は多とされるべきだろう。しかし、多くの自治体で1人1台パソコンが普及し、中年層でもメールつきの携帯電話を使いこなす人がたくさんいる時代に、時間をかけて共同で研修する姿を先進的と見る人が何人いるだろうか。進んだ民間企業ではあまり聞かない話だ。ITの普及や進化のスピードは他の技術とは一桁違う。2、3年前に多とされたことが今日評価される保証はどこにもないのである。
ITには、パソコンをいじって仕事した気になってしまう、という危険性がある。例えば、一日中メールばかりやっていて、よく考えてみると昔より実質的な仕事をしていない、という職員はいないだろうか。コストの高い人がパワーポイントで一日がかりで細かい図を作っているような状況はないだろうか。こうした仕事の仕方はサービスの視点に立ったITの有効活用と全く相容れない。そして、住民からも支持されることはない。高価なツールを使っている割に住民にそれほどの価値を提供していないからである。
上述したような視点でITを活用する上で自治体職員に求められる重要な役割は、住民のニーズを把握あるいは開拓し、それをサービスの形に仕立て上げ、サービスをモニタリングし、改善を続けることである。一般の職員においては、ITは使えればいい、知らないことは必要な時に学べばいいのである。一般の職員にとって必要でないITの知識は住民にとって何ら価値を生まない。業務時間をそうした知識の習得に費やすことは組織がサービス指向に変わっていくことと相容れないのである。一般の職員にとってITに関する未知の部分で価値があるとしたら、サービスの付加価値を上げるために「こんなことはできないか」という投げかけをすることくらいだ。それを受け止めるためのITの専門機能は民間からの派遣を受けるなどして組織として整備すればいいものだ。
電子自治体という言葉はこれまでややもするとITを装備した自治体を連想させた。しかし、年々ITの普及率が高まるにつれ、こうしたイメージは完全に陣腐化している。今自治体に求められている電子自治体の姿とは、ITを有効活用したサービス機関への脱皮である。その意味で目指すところは、ウェブを使ってユーザーに次々と改善されたサービスを提供しているサービス指向のネットベンチャーと変わるところはない。

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