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特別寄稿 英国の水道事業から学ぶ

出典:日本水道新聞  2005年1月1日新年特大号

水道サービスの規制構造

英国の水道サービスの水質に関する規制は、EU指令のもと、Defra(環境・食料・農村地域省)が国内法を策定する。それを受けて水質面の実際の規制活動を行うのが、DWI(Drinking Water Inspectorate:飲料水検査局)と環境庁である。DWIは水道水質に関する監視活動を行い、環境庁は、河川など公共水域からの取水および排水に関して監視活動を行っている。いずれもその監視水準は高い。例えば、DWIでは、各水道会社における水質管理が適切に行われているかどうかの監査を定期的に行っているが、1つの現場に3~4日程度常駐し、サンプルの管理状況を監査している。DWI自身でサンプリング調査を行っており、その数は主な水道会社全体で、年間300万サンプルにものぼる。このため、万が一、虚偽の報告があっても、発見できるようになっている。もう1つ、水道サービスを監視するレギュレーター(規制機関)が、OFWAT(Office of Water Services:水業務管理局)である。OFWATは、水道サービスのあり方を監視・監督しており、以下の役割を有している。
・水道料金を規制する
・水道サービスの質をモニタリングし、改善を促す
具体的な役割を見ていこう。

飲料水検査局が水道水質を徹底監視

水道料金の規制については、そもそも水道サービスのコストは放っておくと高くなるという認識がある。すなわち、環境や健康に関するEU指令は厳しく、基準に適合するためには多額の投資が必要になる。前述したDWIや環境庁は、水質に関して規制を行っているので、水質向上のために過大な投資を要求しがちである。これを全て行おうとすれば、料金が高騰する可能性が高い。このため、OFWATでは、消費者が支払う水道料金が適正な水準となるよう、規制への適合状況等を勘案しつつ料金水準を決めている。2つ目の役割については、水道サービスの質に関する監視であるが、水質についてはDWIと環境庁の役割であるため、OFWATが行うのは、主に顧客サービスに関する質である。具体的には、以下の指標を監視している。
・主要な配水管の水圧(十分な圧力が維持されているか)
・水サービスの中断(工事等により、一定時間以上断水する世帯比率はどの程度か)
・水の利用の制限(スプリンクラーなど、水の利用が制限されている世帯比率はどの程度か)
・下水からの汚水の逆流のリスク(リスクのある世帯比率はどの程度か)
・支払いに関する問い合わせへの対応(電話や手紙への応答の速さはどの程度か)
・苦情への対応(文書による苦情への対応の速さはどの程度か)
・メーターを設置している顧客数
・電話での問い合わせの容易さ(電話はすぐにつながるか)
また、水道会社を監視するDWI、環境庁、OFWAT以外に、競争委員会(Competition Commission)が存在する。競争委員会は、レギュレーターによる規制を不服とする水道会社が上訴する機関であり、水道会社を行き過ぎた監視から守る仕組みといえる。

水道サービスの改善状況

英国の水道サービスが民営化されたことで、実際に顧客が受け取る水道サービスはどのように変わったのかを見たい。最初にコストであるが、民営化以降、水道・下水道とも、単位あたりの費用は2000年までは増大傾向にあり、ここ数年で低下している。これは、公社時代に先送りしていた更新投資や、新たな環境規制に対応するための投資などが、民営化以降大々的に行われたためである。一方、維持管理に相当する費用を見ると、上水・下水いずれもほぼ一貫して減少しており、10年間で上水で18%、下水で9%のコストが削減されていることが分かる。とりわけ、維持管理の費目の中で大きな割合を締める人件費については、10年間で17%減少したとされており、水道会社が経営努力を行っていることがわかる。サービスの質の改善についても、明確な改善が認められる。
例えば、水道水質については、1991年においては基準への適合率が98・5%であったのが、2001年には99・5%以上となっている。また、水道サービスに関するパフォーマンスについても、「支払いに関する問い合わせを行って5営業日以内に回答がない割合」は、1991年に30%程度あったが、2002年には0・53%まで低減したのをはじめ、いずれの指標も改善されている。

民営化成功のふたつの鍵 

英国の水道サービスの民営化が成功している要因として、OFWATの存在を指摘する関係者は多い。OFWAT自身、自らの役割を「水道料金の低減を求める顧客、環境改善への投資を要求する環境グループ、会社としての成長と利益を求める株主のバランスをとること」と認識している。
関係するステークスホルダー全体が満足できるよう、経済面の統制を行っているのである。これだけのことが的確に行えるよう、OFWATには独立した権利が与えられており、政治からの介入は受けない構造となっている。また、OFWATは1800万ポンド(約36億円)の予算と、250人のスタッフを有している。スタッフには、エンジニアや弁護士、事業分析の専門家など、高いスキルを有する人材が多く、水道会社の事業計画を厳しく査定し、より低いコストで水質やサービス水準などの目標を達成できないか、各水道会社と緊密にコンタクトをとり、監視に反映させている。それ以外にも、コンサルタントや研究者など、水道の技術や経済性に詳しい外部専門家の協力を得ることもあるという。英国の水道民営化の成功の陰には、このような強力なレギュレーターが存在しているのである。わが国で民間企業の担う範囲を拡大するにあたっても、民間企業が情報を独占し、適切な監視ができないという事態にならないよう、DWIやOFWATのような役割を果たせる機関や人材を育成することが重要といえる。なお、先のOFWATの予算規模を顧客1人当たりに換算すると、年間100円程度である。独占事業である水道サービスにおいて、民間を適切に活用するには、一定レベルの費用負担が必要といえる。もう1つは、民間企業のインセンティブを組み込んだ規制構造である。先に述べたとおり、OFWATは定期的にパフォーマンスのモニタリングを行い、未達がある場合は未達事項を改善するための投資を次の期間に行うよう要求する。このため、水道会社としては、OFWATにコミットした目標達成の投資は、早く行おうというインセンティブが働く。さらに重要なことは、パフォーマンスの達成状況が、各水道会社横ならびに評価、公表されることである。このため、パフォーマンスが悪ければ、会社の評判に影響し、株価が下がるという事態が生じる。だからこそ、水道サービスそのものは独占でありながら、他の水道会社との擬似的競争にさらされ、自らサービス向上するようインセンティブが働くのである。日本でも、民間企業のパフォーマンスを常に監視・公表し、衆人監視のもと事業を統制する体制を作ることが肝要だろう。

パフォーマンスを常に評価・公表  

水道会社自身の変革

水道サービスが民営化され、英国の水道事業の構造は大きく変化した。当然、水道会社自身も新しい事業環境の中で生き残るため、さまざまの変革が進んでいった。その1つは、効率的な業務体制である。例えば、数十の浄水場・下水処理場をまとめて1ヶ所の中核施設で遠隔監視を行い、必要なときにだけ現場に職員が出向き対応するシステムである。 ITを効果的に導入するとともに、これまで浄水場に常駐し管理してきた技術者にとっては仕事の中身や目的が大きく変わることから、研修メニューを充実させ、新たに求められるスキルを明確に提示しつつ業務改善を行っていった。また、水道サービスのコア業務と周辺業務を分析し、周辺業務については外部化が進んでいる。例えば、配管の修繕については、複数年のエリア契約(特定のエリアを指定し、そのエリア内の配管の修繕をコミットさせる契約)を締結している。それも、1業者に委ねるのではなく、エリアを分割して複数の業者に委託することで、業者間のパフォーマンスをチェックし、競争させるようにするなど、やり方にも工夫がされている。以上のように、水道会社は民営化以降、コスト構造を改善し、投資を拡大して水質も含めたサービスの質の改善を行ってきた。しかし、英国水道事業だけでは成長に限界がある。水道会社のいくつかは、これまでの水道事業の中で培ったノウハウを活かせる周辺業務を開拓することで、企業としての成長を続けている。代表的な例としては、海外への展開である。中欧・東欧、さらには米国、アジアに進出し、水道事業を行っている。この際の展開方式としては、コンサルティングやアドバイスを中心としたものから、浄水場管理サービスの提供、コンセッションによる事業経営など、幅広い形態により行われている

民営化成功のふたつの鍵 

民営化の前に広域化の効果

このようにして、水道会社は大きく変わっていったのだが、この点について関係者に話を聞くと、転機は民営化された1989年ではなく、広域的な水道公社ができた1974年だという指摘が多かったのは興味深い。 英国でも、1974年以前は市長村が水道事業を経営しており、2000もの水道局があった。これを1974年に統合した結果、現場レベルで細やかなやり方の違いが認識され、効率化のために標準化が進められた。 すなわち、属人的な管理体制を改め、ベストプラクティスに収歛していったわけである。これがベースとなり、民営化以降、複数の浄水場・処理場をまとめて管理するシステムの導入などがスムーズにいったという現実がある。日本では、未だに上水道事業だけでも2000近くの事業体が存在している。この状態のまま民営化や民間委託を行うことには、以下のような問題がある。
第1に小規模事業体では規模のメリットが働かないこと、第2に既存のルールを重視したまま委託しては、抜本的な効率化はできないこと、最後に事業体数が多すぎるためにモニタリングが機能しない懸念があることである。
日本で水道事業の効率化を図るためには、民活のみならず、水道事業の広域化は避けられない。英国のみならず、オーストラリアのビクトリア州でも水道事業の集約が政府主導で行われた経緯がある。市町村合併に見られるとおり、アメとムチによる自発的な広域化は、「総論賛成・各論反対」で難しい。水道というライフラインに重要なサービスであることを鑑み、トップダウンで改革することも必要だろう。さて、本稿では英国の水道事業の変革についての一般的な事項を述べたが、今後は個別の会社ごとに、具体的な効率化や質向上の取組みについて紹介していきたい。
(続く)

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