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デジタルPA産業に大きく育てよ
(ポスト・デジタル家電市場創出への戦略)

新保豊

出典:日本経済研究センター会報 2004年12月号

注目されるデジタル家電

デジタル家電の好調ぶりは現在、在庫が積み増すなどで若干足踏み状態とも見られるものの、依然注目が集まる。デジタル家電はわが国経済・産業をけん引する切り札たり得るのか。現状と「ポスト・デジタル家電」について考えてみたい。

 供給者がデジタル家電に注目する理由には、例えば、①デジタル革命に乗り遅れまいとの決意②デフレ経済脱却に向けたけん引役への期待③日本の製造業再興への期待などが挙げられる。一方、消費者からは、高画質・大容量(機能性)、長持ちする・壊れない(信頼性)、操作が簡単(利便性)などに加え、手ごろな値段(価格性)が期待されている。

 これら背景と透けてみえる懸念材料などについて、整理しておこう。

 デジタル技術は日本企業(供給者側)が得意とするものであり、これに賭ける期待は多大だ。しかし乗り遅れまいとする分、ついつくり過ぎてしまう。これは半導体・電子部品産業のような場合、在庫の山として認識される。各企業が最善・最適化を求めると、マクロ経済的には状況は悪化する。この合成の誤びゅうは特にデフレ期に発生する。

 また、デフレ経済が長期化し、モノの値段が下がり続ければ、設備投資をしても、そこで購入した資産の価値が目減りしてしまい減価償却が追いつかない。デフレ脱却には需要創出においての力強さと関連産業への拡がりが求められる。それがデジタル家電に備わっているかは見極めが必要であろう。

 さらに、グローバル競争に勝つためには独自のビジネスモデル構築が求められる。米国主導のルールとは異なったビジネスモデル構築により、わが国の独自性を発揮できてこそ、収益性の高い産業を生み出すことができる。これへの期待は大きい。ただ、これまでのIT(情報技術)産業は総じて米国の戦略が生み出したものであり、生産性の向上は認められるが、GDPを大きく押し上げる効果は乏しい。

 一方、消費者側からは、高画質・大容量(機能性)、長持ちする・壊れない(信頼性)、操作が簡単(利便性)などに加え、手ごろな値段(価格性)が期待されている。消費者ニーズ(需要)は、時に大変気ままなものだ。デフレ期であることもあって価格が下がる速度が速いにもかかわらず、すぐに飽きられる。需要に厚みが出るかどうかはまだ判明しない。

デジタル家電は経済・産業をけん引する

 デフレ脱却には特定産業のみの努力だけでは駄目だ。むしろデフレ不況ではいくら企業努力をしても、急速に価格は下がり、せっかくの増益要因が吹き飛ぶケースもしばしばだ。

 例えば、デジタル家電のトップ級シェアをもつ松下電器産業は、2005年3月期の連結営業利益は2,800億円を見込んでいるようだが、これは材料費上昇と為替円高の減益要因を、売上高増と構造改革・固定費減の増益要因でカバーした格好になっている。好況期であれば、これら要因が主だったものとなる。しかし、デフレ期は違う。なかでも大きな減益要因である価格低下7,700億円相当を、合理化効果8,100億円で打ち消す算段となっている。一般的には、「総需要減→全産業での価格下落→赤字発生→リストラまたは失業・倒産」、あるいは「需要減→生産減→所得減→需要減」といったデフレスパイラルとなる。松下ほどの企業でもそう例外的とはいえまい。

 "3種の神器"(白黒テレビ、洗濯機、冷蔵庫)は、"もはや戦後ではない"と言われた、1954年11月から31ヶ月間続いた「神武景気」の契機をつくった。ただ契機づくり役とけん引役は必ずしも同じではない。69年ごろから普及率20%を超え91年ごろまでに同80%に達した自動車産業が、その後のわが国経済をけん引した主役のひとりだった。そのアナロジーからすると、゛新3種の神器〟(デジカメ、DVDレコーダー、薄型テレビ)が、新しいデジタル経済時代の契機をつくることはできても、自動車に相当するけん引役が不在だ。

【図1】 市場の要求と技術の進展および需要の創造


(出所) 日本総合研究所 ICT経営戦略クラスター作成

 加えて゛新3種の神器〟そのものに抜けるような晴れ間はみえない。デジカメは今夏前からの在庫積み増し状態であるし、DVDレコーダーは1996年からの6年間で71%も価格が下落した。これはビデオレコーダーが12年間かけて78%下落した時に比べ、約2倍のペースだ。さらにプラズマテレビの製品利益率は1桁の前半と言われている。一見、花形とみえるデジタル家電の台所事情は、かなり厳しい。

 消費者の購買意欲をかき立てるような素晴らしい商品が出ても、この価格下落では利益を確保するのがやっとだ。ちょうどメガバンクが公的資金まで注入されて不良債権処理を行っても、次々不良債権が出てくるのと似ている。企業収益が上がらない根本原因であるデフレから一向に脱却できないため、デジタル家電産業にも暗雲が漂ったままである。

総需要の喚起を

 ならばどうするか。まず、国のマクロ経済政策面で、しっかりしてもらうことが一番大事だ。懸念すべきは、現下の小泉政権(竹中経済財政担当相)および日銀の舵取りの仕方である。今はGDPの5~10%ほどの需給ギャップ(総需要不足)が広がっているのだから、デフレ期に不可欠なことは総需要の喚起だ。クルーグマンのいう「流動性の罠」、すなわち融資の需要が頭打ちなので、金利(融資利率)をたとえゼロにしても借り手がもはや現れず、デフレ期には金利政策の効果は殆ど認められない。何が必要か。需給ギャップが原因なのだから、それを埋めるような数十兆円相当の消費につながる政策が求められる。

 例えば、法人税率の低減より効果が見込める個人向けの減税だ。また企業の内部留保を吐き出し、従業員の所得を増やすこと。これを国全体で行えば効果が出る。しかし、誰かどこかが抜け駆けしては効果が薄まるので実際は難しい。それに国民が安心して消費できるようになるには年金や住宅ローンなどに関する問題もあるので、これらとセットで行うことが不可欠だ。そう一筋縄ではいかない。

 ただ明確なのは、e-Japan戦略を推進し規制緩和を行うことや、さらには不良債権処理をすることではない。総需要と総所得の増大に直結する政策こそが喫緊の課題なのだ。

ポスト・デジタル家電とその戦略とは

 次に、デジタル家電産業といったミクロ経済面ではどうか。国のGDP(ないし総需要)が増え、総所得が増えない限り、デジタル家電市場が活況を呈しても、他産業からの富のシフトに過ぎないが、ことデフレ期にほとんどは市場原理一辺倒の仕組みを再考することが有効であろう。具体的には合成の誤びゅうを回避すること。個々の最適化が全体最適となるよう、産業全体を考え、個々の企業がうまく棲み分けて難局を乗り越えることである。

 好況期であれば、市場に勝者を決めてもらうのが効率的である。しかしデフレ期であれば、最初から規格を統一して技術・商品開発を行うことがあってもよい。さらに、過剰在庫になり急速な値崩れを起こさないような、受発注管理の情報システムを構築することも不可欠だ。従来のSCM(サプライ・チェーン・マネジメント)に加え、調達先までをシステムに組み込んだCPFR(Collaborative Planning Forecasting and Replenishment)などの仕掛けをいかに精緻につくれるかもポイントとなる。

 ただ、80年代頃までは世界最強であった日本の半導体産業は、苦い経験もした。シリコンサイクルに毎回苦しみ、過剰につくりすぎて値崩れしないよう供給面での調整を行っていたモデルは、日本の5社協定の枠外からの予期せぬ撹乱を韓国サムスン電子などにより受けた。それにより同モデルは次第に崩れ、その後グローバルシェアを大きく低下させることにもなった。しかし、マクロ経済のような複雑な系と異なり、特定産業のみであれば、ある程度のコントロールは効く。

 ゲーム理論風にいえば、どこも抜け駆けせず全体で最大の利得が得られるようなルールや仕組みをつくること。ルールを破ったら罰を与える。戦国武士(織田信長など)は、これを徹底させ日本全体を掌中におさめた。戦乱期には有効な策だった。

 さらには戦い方を変えることだ。わが国の消費者全体に占めるサービス消費の割合は、昨年56%と米国並みに達した。つまり、潤沢な金融資産を持つ個人の消費意欲を刺激すべく、サービスと組み合わせるのだ。

 例えば、GM、フォードなど米国自動車産業では、以前からクレジットカードや自動車保険などの金融サービスを提供している。トヨタ自動車も同様だ。自動車モデルでは、持続的技術の発展(供給面)と市場の要求(需要面)がうまくマッチし、インテグラル(擦り合わせの仕組み)や垂直統合が実現している。

 一方、デジタル家電を含むIT機器分野では技術が一気にその性能を高め、わずかな期間で需要を追い抜いてしまう(図1のb)。その需給ギャップを突いて、次代の破壊的技術が出現する。この世代交代が早い(同c)。単純に自動車産業のようにはいかないが、特定産業において、例えば今のデジタル家電のように高度な技術的集積が自国になされていれば、需給調整により、供給曲線を緩慢な勾配にできるのではないか。加えて、関連サービスなどとのバンドリングを通じ、新たなかつ幅の広い需要の創造も可能なはずだ。

 また、需要創造のキーワードとして、「デジタルPA」はどうだろうか(図2)。“PA”とは、パーソナル・エージェント(個々人の代理人)またはプライベート・アシスタント(私的な助手)を意味する造語だ。

【図2】 デジタルPAまでの変遷


(出所) 日本総合研究所 ICT経営戦略クラスター作成

 これまでの米国主導のPC産業とは、ビジネスユースからパーソナルツールへといった、情報処理の高度化の変遷だった。またPCの特徴は、ユーザー自らが操作する度合いが高く、ブロードバンドIT化にあっても、ユーザーと機械はマスター(主人)/スレーブ(奴れい)の関係だった。PCの実用性がいかに進化しても、同関係は当面続きそうだ。またこの延長から、人間のウエットな感情や五官全体に訴えるような技術や商品の出現は想像しにくい。

 一方、家電はどうか。わが国の元々得意な領域である。シロモノ家電に始まり、ホームユースからパーソナルユースへといった、便利さと娯楽の追求の変遷であった。そして、家電にやってもらう、聴かせてもらう、見せてもらうという特徴をもつ。デジタルPAとなれば、エージェントがいつも傍にいることになる。デジタル家電はやがては知能住宅やパーソナルロボットへと進化することになるだろう。そして、ポスト・デジタル家電を担う、自動車に相当する次代のけん引役とは、このあたりにあるのかもしれない。

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