"IT革命第2幕"を勝ち抜くために
第58回「"新・この国のかたち"【7】避けられないNTT再再編問題(下):再統合への希求と独占の使命終焉」
出典:Nikkei Net 「BizPlus」 2004年12月3日
第57回では、「光回線貸し出し義務撤廃と独占」について言及した。今回は「再統合への希求と独占の使命終焉」について、前回と同様に、2004年11月10日の中期経営計画の発表日、および同14日の日本経済新聞紙上に掲載された、NTT和田紀夫社長の発言などを基に触れておきたい。NTTのなかでは慣習的に技術系と事務系出身者が社長をつとめ、両者のバランスをとっているといわれる。したがって、5代目の和田社長体制のもとでは、NTTを取り囲む経営環境がそうさせるのか、急速に守りに転じているようにも感じられる。言い換えると、旧来からの独占的な企業体質を強めようとしているかのようだ。
(1)自ら1999年のNTT再編の見直しも
● | 「<グループ連携も強める方向だが、持株会社の下に長距離や地域通信会社を置いた1999年の再編成の精神に反するのではとの問いに対して>、競合各社は携帯電話を含めたサービスの一体提供を志向。利用者もそれを望んでいる。NTTグループは同じサービスを複数企業で手掛けるなど非効率も多い。固定通信と無線の融合も進んでおり、サービスによっては(1つの会社で)まとめて提供したい」【和田紀夫社長】 |
ローカル・ループ(加入者宅と最寄りの電話局を接続している電話回線)を所有するNTTとそれ以外は決定的に異なる。「競合各社は携帯電話を含めたサービスの一体提供を志向」が許されるのは、新興事業者のみに本来認められるものだ。
池田信夫氏(国際大学GLOCOM教授)が指摘するように、サービス立ち上げ時期には、垂直統合型のビジネスモデルにより大きなリスクを取ることは経営戦略上不可避な実態があり、各層(固定電話、インターネット、携帯電話など)の要素技術はオープン・スタンダードとなっているため、ことさら規制を課す必要はない。
他方、独占的事業者(NTT地域電話会社)では、規制によりバンドリングサービス(抱合せ販売など)が禁じられていることには合理性がある。ただ池田氏が言うような、非対称規制を撤廃しインタフェース情報の公開だけを義務付ける考え方だけでは、最近の和田社長の考えを知る限り甘すぎると言うべきではないだろうか。
(2)NTTグループの再統合への希求(野望)を吐露
● | 「<各事業会社の再統合を目指すのかという問いに対して>、現状の組織形態でできる連携が第1だ。機能再編の意味合いが強い。仮に利用者が求めるなら、その先も検討するが法改正が必要。それは私たちでは決められない」、「<中期計画中の再統合もありえるでのはという問いに対して>、可能性としては否定できないが、今はその段階にない」【和田紀夫社長】 |
和田社長の主張は、いまの「機能再編」である持株会社方式をさらに進めて、さしずめ「資本再編レベルの再統合」を意味しているのだろう。KDDIなどのNCC側の強い反発は必至であろう。独占ということはあくまで否定しているようだが、この主張はきわめて大胆かつ野心的であり、いろいろなことが言外に込められているようだ。
2000年当時、総理官邸主導の高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部(IT戦略本部)が設置したIT戦略会議メンバーであった、宮津潤一郎NTT前社長(技術系出身)は、NTT東西の独占網を分離し、それを再国有化することを受け入れる代わりに、NTT本体によるコンテンツ・ビジネス参入を模索した節があるとされる。これこそいまの時代を予感していたものであろう。
それに対し、事務系(労務屋)出身の和田社長の発言は、守旧派の象徴のように映る。宮津体制時の前述の動きに、当時の事務系幹部が反対したといわれている。和田社長が模索している、NTT本体での垂直統合型ビジネスモデルを実現するには、独占網の切り離しとセットで考える必要がある。NTT本体とは別形態のブロードバンド戦略会社NTTレゾナントが、垂直統合型モデルを志向することとは大きな隔たりがある。
ここで独占網の切り離しとセットで考えるさいの、独占網を管理・運用する会社とは、米FCCのロバート・ペッパー局長の「Loop Co」に相当するようなものだ。同局長はこのLoop Co、すなわちローカル・ループのみを管理・運用する会社を既存地域電話会社から分離するためには、ローカル・ループ以外の規制撤廃が望ましいと考えているようだ。ただ前述の通り、米国とは競争状況が大きく異なるわが国の市場に、ローカル・ループ以外の要素として短絡的に光ファイバーを持ち出すことには、各方面から異論がはさまれよう。
(3)日本テレコム/ソフトバンクの"おとくライン"への不快感
● | 「ソフトバンクは(電話の将来、通信の標準化などについて)どう考えているのかわからない」【和田紀夫社長】 |
ソフトバンク傘下に入った日本テレコムが掲げる"おとくライン"の基本料市場参入への意味については、第55回「メタル網の価値と将来(上):新たな固定電話サービス競争」と、第56回「同(下):本格的光ファイバー競争の始まり」で示した。既存のメタル電話網の存在を前提とするサービスは、NTTにとって、今般発表した光ファイバー化を妨げるように映っているのだろう。少し前の2000年頃にNTTはISDNからFTTHへの本格的移行を目論んだ。しかしその後、後発ではあったがソフトバンクなどの市場参入により、当時ダークホースに過ぎなかったADSLが急速に市場に普及し、NTTの計画を大きく狂わせた。いま新たなメタル電話網を前提としたサービスが、またもFTTHへの移行計画を大幅に妨げられる、とNTTには映っているに違いない。
こう考えると旧来技術であっても、その後の技術革新とその技術の担い手によっては、大きく化けることがあることを私たちは学んだ。つまり、ローカル・ループなどの不可欠設備要素以外のところでは規制を課さず、自由な競争が機能するようにしておけさえすれば、エンドユーザーにはさまざまな選択肢が用意される可能性があるということだ。
メタル電話網を早期に撤廃したいNTTと、ドライカッパーというかたちでメタル電話網を利用するソフトバンクグループとの競争軸が明確になってきた。NTTは既存のメタル電話網につながる顧客を光ファイバー網へ移行させたいと考えている。一方でソフトバンクは、Yahoo!BBや"おとくライン"などを通じ、まずはメタル電話網に顧客を極力つなげ、十分な顧客数を確保しスィッチング障壁を高められた時点で、光ファイバー網への移行を目論んでいることだろう。
ユーザーからみればこうした綱引きで、よいサービスが安価に提供されることは有り難い。この綱引きそのものは、ドライカッパーやダークファイバーなどを安価に利用できる環境が整備されたからこそ成立している。したがって、これらの貸し出し義務を撤廃することは、新たなサービスのなかった時代へ逆戻りすることを意味する。つまり、市場から競争をなくしユーザーへの利便を取り上げることになる。こんなことは誰だってわかる。あくまで、わが国の産業の発展(競争の進展)と国民への利便の供与の観点から考えるとこうなる。
(4)独占の使命終焉とNTT再再編
かつての電力、ガス、水道、鉄道事業などの市場の独占企業は、市場を放置しておけばしだいに規模の経済性や範囲の経済性を獲得していき、自然独占性が成立する。このような場合、政府は無闇に規制する必要はない。ところが情報通信産業の場合、ドライカッパーやダークファイバーの競合他社への貸し出しにより、つまり政府の規制(貸し出し義務を課すこと)により、競争を起こすことが可能だ。ここには、もはや自然独占性などは存在しない。
言い換えると、NTT地域会社が独占をなかば認められていたローカル・ループに関する市場は、前述のような日本テレコム/ソフトバンクの"おとくライン"やKDDIの"メタルプラス"、あるいは平成電電の「平成電話(いまの"チョッカ")」などにより、もはや独占ではなくなりつつある。ここにこれまで事実上の独占の意味があった、NTT地域会社による独占市場のコントロールという使命は終焉したといえよう。
ただ、「ユニバーサルサービス」の問題が残っている。競争会社と規制会社、つまり、前者のNTTコミュニケーションズやNTTドコモのような会社と後者のNTT東西のような会社を、持株会社のもとに置き続けることはそもそも矛盾的なのである。1999年7月のNTT再編時の枠組みは、ここに来て問題点を露呈しだした、ということになる。独占市場と見られ続けてきたローカル・ループ市場(基本料市場)にも競争が持ち込まれたからだ。再編時の枠組みにおいて、あいまいさを除去するやり方として、資本、経営、人材面などで完全分離した米国AT&Tのような例もある。
しかし、わが国では1999年当時この方式は採らなかった。当時、郵政省は名を取り、NTTは実を取ったといわれた。その後、IP系などの技術革新は進み、野心的なビジネスモデルを持った新たな市場プレイヤーも登場し、「実」をとったつもりのNTTの事業環境も大きく変わった。いま新たに「実」をとることとは、独占の遺伝子を排除することと同義だろう。これは、組織形態に加え、組織カルチャー、事業戦略などに及ぶものだ。これができれば、新たな成長軌道を描くことができるだろう。ブロードバンド・ユビキタス時代に、独占の遺伝子を引き継ぐのは、いかにも相応しくないからだ。どこかのタイミングで決別しておくことが、地域電話会社のためにも、そして、わが国情報通信産業の発展のために役立つだろう。
他方、独占の強化と市場の成長は両立するか。否である。歴史の示すとおり。独占下の市場は成長のスピードが遅い。黒船が襲来して市場をこじ開けられるなどの例は少なくない。流通、金融などの分野で経験済みだ。急がば回れだ。時代の流れを読んで核心を突く。下手な策を弄し続け問題を先送りする限り、後でしっぺ返しが待っている。しかしいまの和田体制が目指そうとしていること(第57回に示したNTTの中期経営戦略)は言外に、この両者が同時に成立させるとも主張しているようだ。わが国が目指すべきは、まずは独占部分の分離。そして、その後の市場競争と市場の成長であろう。
(5)NTTの独占問題の解決オプション
このように今後の市場の流れを仮定した場合、光ファイバー貸し出し義務撤廃を執拗に求める姿は奇異に感じられる。第57回で触れた「米国も規制を見直した」とする和田社長の主張は、いかにも我田引水的である。NTTの歴代社長のなかではいつになく和田体制になって、あたかもNTTが弱者であることを、ことさら強調し発信続けているようだ。イメージ戦略の一環であろう。多くのマスコミもそれに乗って記事をしたためる。しかし、NTTグループはいまも強大なパワーを持ている。そして、わが国の情報通信産業の今後の行く末の鍵を確実に握っている。通例IR戦略として、自らが弱いとか大変な状況にあるということを進んで外に示す企業はあまりない。不良債権を膨大に抱えたメガバンクですら、自らの問題はなかなか表明できないものだ。
和田社長が必ずしも否定しない「再統合」には、独占部分の切り出しが不可欠であろう。それなしには独占を強化するだけだ。自らにも市場全体にもよいことはない。徹底すべきは独占部分の規制と、非独占部分での競争促進だ。具体的にはNTTの独占問題の解決オプションとして、以前から次のような案が挙げられている。
★ | (a)徹底して独占網の開放ルールを整備・推進する(構造分離には手をつけない)。 |
★ | (b)1999年再編時の妥結案であった持株会社を廃止したうえで、NTT東西を他のグループ各社から資本、経営、人材面などで完全分離する。 |
★ | (c)独占部分を持つ東西地域電話会社を再公社化(再国有化)し、とくにローカル・ループ部分を公共財として、競合他社へ公平かつ公正に通信網や営業情報を開放できる体制にする。 |
案(a)の独占網の開放ルールの整備は当面現実的であり、いまのこの方法をしっかりと維持することが大前提となろう。しかしながら、1999年当時の妥結案をそのままに放置しておくのがよいものか。案(b)では、依然異質の要素を継承した形態となっている。つまり、全国均質サービスを提供する責務と株式会社として収益を高め株主に報いる責任を無理して両立させようとすると、あちこちに支障が生ずる。1909年当時の米AT&Tベール社長がユニバーサルサービスを司法省へ提示したのは、何としても独占を手に入れたかったからだ。異質なものを同一組織に抱えることの矛盾は、NTT自らが日頃感じていることだろう。
ユニバーサルサービスは元々、当時のAT&Tのような独占会社が義務として担ってきたものだ。いまのNTTが独占事業者でないとすれば、そのサービス提供の義務は本来的にはないはずだ。義務があるのは独占会社のほうだ。つまり、独占要素を切り出した公社のような組織形態として、ユニバーサルサービスを担うことが合理的である。さもなくば、ユニバーサルサービス基金方式などにより、当該市場のプレイヤーが応分の負担をすべきである。結局、ユニバーサルサービスの観点からも、案(c)が抜本的な解決案として遠からず浮上することになるだろう。
この案は、NTTにとっても決して悪いことではない。独占部分の切り離しとの引き換え対価として、自由かつ完全な民間会社としての立場を得ることになるからだ。長い目でみれば、このカードを早めに手にしておくことが、自らの市場価値を高めることになるだろう。
次の第59回では、ブロードバンド・ユビキタス時代の「ユニバーサルサービス」のあり方の観点から、今回のNTTの再再編問題、引き続き考察してみたい。