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"IT革命第2幕"を勝ち抜くために
第57回「"新・この国のかたち"【7】避けられないNTT再再編問題(上):光回線貸し出し義務撤廃と独占」

新保豊

出典:Nikkei Net 「BizPlus」 2004年11月26日

 第56回では「【6】メタル網の価値と将来(下):本格的光ファイバー競争の始まり」を例に、NTTグループやKDDI、あるいは電力系通信会社、さらには新興の通信会社であるソフトバンクらが提供するFTTHサービスについて言及した。メタル電話網の価値はすぐさまなくなる訳ではない。むしろこのメタル電話網を自社のコントロール下におくことで、通信会社は価値の源泉であるエンドユーザー(顧客)へ直接リーチできる。デフレ経済下では市場拡大はそう望めないので、顧客を競合他社から奪い自陣に引き入れておくことに、経営戦略上の大きな意味が出てくる。

 1999年7月のNTT再編以降、それが中途半端に終わったことにより市場全体の期待利得を低めたとも考えられる。同時に、NTT自らも不幸を招き入れたとも思われる。あるいは情報通信産業全体の最近の閉塞感(金額ベース)を打開する観点からNTT再再編問題が早晩浮上することも考えられる。本稿ではこれらに関することについて触れたい。

 NTT再再編問題はNTT自身だけの問題ではなく、わが国情報通信産業全体の問題である。情報通信産業の発展、さらにはわが国の産業競争力の強化につながること、ひいては国民の利益が高まるようなルールや仕組みが望まれる。これから情報通信産業がどのような方向に進もうとしているのか。2004年11月 10日に発表の「中期経営計画(NTTグループ中期経営戦略)」、および同11月14日に日本経済新聞に掲載されたNTT和田紀夫社長の発言は、きわめて大事なことに言及しているので、簡単な解説を施しておきたい。

(1)NTTの中期経営計画にみる3,000万件分の光ファイバー敷設の大判振る舞い

NTTは2010年までに固定電話加入件数の半分に相当する3,000万件分の電話回線を、2010年までに光ファイバーに置き換えるとともに、固定電話を IP(インターネット・プロトコル)化することを盛り込んだ。また、この次世代ネットワークの構築により、ブロードバンドサービスの基盤を強固にするとと もに、競争力の強化を目指すとのことだ。また、この期間に、超高速のデータ通信を活用した新しいビジネスで5,000億円の売り上げ増を目指すとともに、 ネットワーク構築のため累計5兆円の設備投資を行い、8,000億円のコストダウンを実現する、としている。【中期経営戦略】


 大変野心的な内容である。これだけのコスト負担を強いても光ファイバーを整備するだけのインセンティブ(誘因)はどこにあるのだろう。この計画にはさまざまな思惑が透けて見える。もしこれを本気で実現しようとするならば、ここまではNTT株主向けおよび設備関係事業者には、さぞかし頼もしい内容だろう。

 しかしながら、うまい話には裏があるものだ。

(2)貸し出し料金設定権の獲得こそがインセンティブ

さらに2010年以降では、最終的にすべてを次世代ネットワークに変えるという。IP電話に完全に移行する計画は、KDDIや英BTも今年打ち出しており、 KDDIはすでに2007年度の完全IP化を掲げている。現在、NTTには光回線を他社に貸し出す義務があるが、光IP化が進むと通信事業者の競争環境も 変わることから、NTTは賃貸料金を自由に設定できる制度に変えることなどを総務省に要望する方針である。【中期経営戦略】


 これはNTTの独占的な立場を強めることになるため注意が必要だ。筆者は当該企業の経営戦略 としては、独占的な立場を標榜することが悪だとは思わない。なぜなら、独占的立場を追求することこそ経営戦略の要諦であるからだ。NTTに限らずどこの企業だってそれが、"理想"でさえある。

 ただNTTの場合には、普通の会社とは次の点で異なる。これらの点で、民営化された後の現下のNTTと競争を行う事業者との間に、明らかに大きな競争優位性が存在する。

通 信事業を行うための不可欠設備(地域網資産)を保有している点。ただ、ローカル・ループ(加入者宅と最寄りの電話局を接続している電話回線)は間違いなく 規制の対象であるが、光ファイバー(とくにダークファイバー)がその対象であるかは意見が分かれよう。米国では後述の通り、光ファイバー整備に関し規制緩 和するという指針も一部にはあるが、まったく同じようにはわが国へそれを適用できないだろう。
さ らにはその地域通信網資産、例えば、洞道(通信ケーブル収容のための地下トンネル)や管路(ケーブルを地下に埋設するための土管)の多くと、道路占有権を もつことにより容易に可能となっている電柱沿いのダークファイバー架線などは、電電公社時代に国民の税金で構築した側面がある点。


  NTTを資本分離しない代わりに不可欠設備を競合他社へ、双方が有効に競争できる価格で貸し出すことは、これまでの世界の主流である。もちろんこの場合の"有効に競争"という意味は、規制当局のさじ加減にかかっているともいえる。つまり、市場競争のみに委ねる古典派的な枠組みだけでは限界があり、産業政策を含むマクロ経済の観点から問題をとらえる必要がある。また、税金を投入した資産を特定企業のみが有利に利用することに、国民の合意は得られない。これらの点は、競合他社との間で有効かつ公正な競争の枠組みが維持され続けない限り、いつまでも付いて回る。またそうならない場合には、国民は限られた選択肢(サービス)を高い価格で押し付けられかねない。これは経済学の教えるところでもある。

(3)産業界全体のグランドデザイン策定と独占の強化

<コネクティビティ(接続性)やセキュリティの確保、既存の固定電話やメタルからIP電話や光への円滑なマイグレーション(移行)などの諸課題について、情報 通信事業者のみならず広く政府や産業界全体でグランドデザインを策定して、取り組んでいく必要があります>【中期経営戦略】
<アクセスの光化を加速するには、新しい技術の開発・導入などによって実現したコストダウンの成果や設備投資のリスクに対するフェアなリターンを設備構築事業者が確保できる仕組みも必要です>【中期経営戦略】


 「フェアなリターン」とは前述のインセンティブといえる。「フェアなリターンを設備構築事業者が確保できる仕組みも必要」という前に、まずは「コストダウンの成果や設備投資のリスク」に関する明瞭な情報開示が、独占的事業者には望まれる。前者は1909年、当時の米AT&Tベール社長が固執していた「独占」の仕組みに通ずるものといえる。また後者は、その独占との代償として自ら発案した「ユニバーサルサービス」(不採算地域を含めた全国規模のサービス)を実現することを司法省に約束したことを彷彿させる。

 つまり、不採算地域に設備投資などのリスクをいまもテイクしていると。約100年も前のロジックを持ち出しているとすれば、昔ながらの遺伝子はまったく変わっていないということを、自ら認めているようなものだ。

(4)設備構築競争は非現実的

<ブ ロードバンド・ユビキタス時代における競争のあり方。IP化や光化の進展に伴い、従来の固定電話とは競争が大きく変容するものと考えており、ブロードバンド社会の健全な発展の観点から、早急な見直しが必要です。多様なブロードバンド・ユビキタスサービスの提供基盤となる光アクセスの加速化に向けた、設備構 築競争を推進する仕組み作り>【中期経営戦略】


 この早急な見直しが必要だとする「競争のあり方」とか「設備構築競争を推進する仕組み作り」とは何を意味しているのだろうか。独占的事業者にとって、現行の電気通信事業法が指定電気通信設備規制により、県内の回線設備シェアが50%を超える事業者にその開放を義務付けている状況では、競争がやりにくくて仕方ない。

 したがって、光ファイバーなどの敷設において独占的事業者が競合他社へのダークファイバー(DF)貸し出しを何としても自由に料金設定できるようにし、その上で設備構築競争を促したい。しかし、DFを所有しているNTT東西や電力会社以外の企業は、こうしたDF卸機能会社から安価に借りるしか現実には有効な手はない。そもそも設備構築競争などは非現実的なのだ。競合他社からみれば、自分だけに都合のよいルールや条件では到底、協議のためのテーブルにもつくことはできない。

 もちろん、アクセス網を固定電話に限らず無線までを対象とする場合には、池田信夫氏(国際大学GLOCOM教授)が言及するような「オーバーレイ」(多重化)技術を用いて、空いている帯域を自動的に検知して使えば、極力広い帯域を免許なしで事業者へ開放することで、設備ベースの競争も現実的となるだろう。

(5)光ファイバー貸し出し義務撤廃を執拗に求める和田体制

「環境変化に合わせてルールも柔軟であるべきだ。従来はコスト削減を求めてもその分は他社への回線貸出料の値下げに回ってきた。これではインセンティブ(事業意欲)がわかない。光回線では低料金で貸し出す義務の撤廃をお願いしたい。米国も規制を見直した」【和田紀夫社長】


 光回線を低料金で貸し出す義務の撤廃、すなわち指定電気通信設備規制をなし崩しにすると、設備構築競争など起こりようがない。米国と異なりわが国では CATVの普及率は低く、その競争が起こるとすれば同じ独占的事業者であるNTTと電力会社間のみであろう。光ファイバー網を大量に保有しているのは独占的事業者のほうだ。しかも、前述のとおり、固定電話回線は現在の資産価値にして約4兆3,000億円分の加入権を国民から集め構築したものといえる。したがって、国民の利益にかなうことであれば、それを貸し出すのは当然となる。これを撤廃するロジックは、現在の先進国における競争ルールの中には見つからない。

 「米国も規制を見直した」というのは、NTTのなかでもとくに和田社長がよく主張しているようだ。町田徹氏(通信にも精通しているジャーナリスト)が指摘するように、その実態はどうやら不正確または早とちりのようだ。和田社長がそれを知って同じ発言を繰り返しているとすれば、相当なやり手である。

 米FCC(連邦通信委員会)は、2003年8月に規制緩和策を正式に発表。そのなかでその対象は通信法第251条だけであり、同第271条を従来どおり存続させるとしている。後者は地域通信会社が長距離通信業務に参入する場合の認可条件として通信網の開放を義務付けている。前者では地域通信会社全体の固有の義務として通信網の開放を課している。つまり、いまの米国では実質、長距離通信業務に参入しているところが大半であるから、通信網の開放義務を課すことの実態には変わりないといえる。

 とくに6割近い普及率となっているCATV産業をもつ米国と、高々3割程度に過ぎないわが国を単純には比較できない。和田社長がそうした両国の相違点を度外視して、つまりとても設備競争などが可能なほどの相手はいないという実状があるにもかかわらず、自社の貸し出し義務撤廃を主張するとすれば、規制当局やNCC(KDDIやソフトバンク/日本テレコム、イー・アクセスなど)からの理解を得ることは難しいのではないか。

(6)トヨタと1位2位を争う収益を確保してもまだ心配なわけは?

「<義務撤廃は料金値下がりやNTTの独占力強化につながるのではという問いに対し>、そんなことはない。収益性の高い都市部などでは他社が光回線を敷設し、NTTが借りるケースもある。東京・丸の内で最も多く光回線を持つのは三菱地所だ。選択肢はある」【和田紀夫社長】


 素人の読者がこれを読んでも、たとえが不適切(おかしい)であろう。問題の核心を避けた回答だ。独占的事業者の回答としては常套手段であるので、その意味では驚くほどのことはない。

「<財務的にはNTTはまだ余裕があるのではという問いに対し>、タケノコ生活は皮をむき続ければいつかなくなる。固定電話収入は3年間で1兆円も減る傾向にある。光回線への移行、そのためにも制度見直しの判断はぎりぎりの時期に来ている」【和田紀夫社長】


 固定電話収入に限ればそのとおりかも知れない。ただ固定電話のなかでもこれまで事実上独占であった基本料市場において競争が持ち込まれれば、そうともいえない。つまり、メタル電話網の価値がゼロとはいえない(→第55回)。実際、日本テレコム/ソフトバンクの"おとくライン"やKDDIの"メタルプラス" などの直収ビジネスにIP系サービスなどを加えることで、新たな需要を喚起でき固定電話全体の市場拡大すら見込めよう。

 むしろこれまで、約1.9兆円もの基本料市場が独占の実態にあったからこそ、市場は発展しなかったといえよう。この基本料とその関連収入は、NTT東西の売上高のおよそ3分の2にもなる。このような実態は欧米諸外国の通信会社にはない。加入権(ないし施設設置負担金)資産を巡る問題、電話用基本料を徴収する権利問題、ナンバーディスプレイやプッシュ回線などの付加サービスの問題(欧米電話会社では基本料に含めている)など、独占を放置してきたがゆえに、未解決のままわが国では横たわったままだ。

 このような問題をわが国においても、今こそ解決しておくことが情報通信産業全体の発展には望ましい。長い目でみれば独占的事業者のよりしたたかな戦略とは、何もかも自社(上杉謙信側)を有利にすることばかりではなく、競合他社(武田信玄側の領民)である「敵に(多少の)塩を送る」ことではないだろうか。これこそが市場全体の利得(パイ)を高める算段ともなるはずだ。ちなみに、戦国時代最大級の激戦であった第四次川中島の戦い(通称、八幡原の戦い)に勝利したのは上杉側と見るのが通説であるが、信玄はこの戦いでも領土を広げることに成功したため、合戦自体の勝者はやはり武田信玄側だったともいわれている。現在の川中島の戦い(基本料市場とその周辺市場の争奪)の行方は、これからではあるが。

 2004年3月期のNTTの連結ベース売上高は11兆円956億円、営業利益は1兆5,603億円にものぼり、トヨタの次に位置する超優良企業である実態に変わりない。ドル安を謳歌(おうか)できたトヨタのような輸出産業と異なり、実態は携帯電話頼みといえども内需型志向の強い電話会社においてデフレ経済下にあっても、この財務パフォーマンスを示せたことを悲観視するのは当たらない。それに新たなサービス(フレッツADSLやBフレッツやデータ伝送サービス)も力強さを増してきており、懸念事項の音声通話収入を補ったうえでの増収増益は大変立派なものである。ダイエーにしろメガバンクにしろ、もっと厳しい状況にある企業は山ほどある。となると、経済界一般常識からは、和田社長の主張は何とも奇異に感じられる。

 どうも自身が弱者であることを意識的に振舞いたいとしか思えない。もっと勘繰れば、いまの持ち株会社体制を解消し、独占的であるまま地域電話会社を主軸と再統合したいとの思惑が隠れているようにも読める。再再編問題について自ら布石を先に打っておく、ということだろうか。次の第58回では「避けられない NTT再再編問題(下):再統合への希求と独占の使命終焉」について触れたい。


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