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"IT革命第2幕"を勝ち抜くために
第56回「"新・この国のかたち"【6】メタル網の価値と将来(下):本格的光ファイバー競争の始まり」

新保豊

出典:Nikkei Net 「BizPlus」 2004年10月25日

 第55回では、「新たな固定電話サービス競争」を例に、直近のメタル網の価値について考えた。続きの本稿では、「本格的光ファイバー競争の始まり」として、IP電話やFTTHの競争状況や、新たな相互接続問題、さらには、NTT東西の雇用問題について展望してみたい。

(1)今後はIP電話やFTTHが競争の主役に

 ドライカッパー(メタル網)は当面、確かに利用度ないしその価値が高まってきた。しかしながら、アクセスラインのFTTH化の整備を進み、近い将来、ブロードバンドの主役はFTTH ベースのIP電話やその関連サービスになることも十分考えられる。

 現にADSL(非対称デジタル加入者線)サービスでトップを走る、ソフトバンクのYahoo!BBサービスではADSL回線純増数が低迷し出した。今年 9月のYahoo!BBの回線純増数は6.4万件。6万件増の2002年5月以来の低水準であった。これには、NTTや電力系通信会社の光ファイバーサービスによる巻き返しが効いていると思われる。光ファイバー回線の月会費無料キャンペーンや値下げ圧力などにより、ADSLの販売は確実に影響を受けている。

 ソフトバンクにとって、主力のADSLサービスに明らかに逆風が吹き出しつつある今日、新固定電話サービス"おとくライン"に加え、同社は直ちに10月4日、光通信サービスの強化を新規サービスの"Yahoo! BB 光"として打ち出した。同時に、シナジーの見出しにくいイー・アクセスに見切りを付け、200億円前後で売却すると発表。いまの通信市場は動きが早い。

 "Yahoo! BB 光"発表前の競合他社の状況は次のようになっている。例えば、NTT東はプロバイダー料金別で、毎秒100メガビット回線を最大32人で占有した場合(実行速度は3メガ程度)の戸建て向けで9,450円、同回線を最大32人で共有した場合には同4,515円、16戸以上のマンション向けで2,625円。 KDDIは戸建てサービスは目下なく、マンション向けの"光プラス"が3,675円となっている。東京電力では100メガ回線占有で戸建て向けに 6,000円、また6戸以上のマンション向けで3,727円であるから、価格面ではかなり安い。

 一方、ソフトバンクの"Yahoo! BB 光"では、業界最大の1ギガ回線を最大32人が共有するもの(実行速度は30メガ)で、プロバイダー料金を含め、戸建て向けで7,234円、加入世帯が 16戸以上のマンション向けで4,095円。戸建てサービス同士をNTTと比較するために、実行速度は3メガ程度の100メガ回線で換算(単純にその10 分の1に)すると723円となり、かなりの価格インパクトがある。しかしながら、実行速度は90メガ程度と仮定した場合の東京電力と比べると、同様に30 分の1として200円程度となるから、依然これが価格優位性をもっている。

 しかしながら、ADSLを含めたブロードバンド市場における顧客基盤や総合通信サービス、あるいはサービス地域の広さの観点からは、ソフトバンクの競争上の本命は、NTT東西やKDDIにあるといえよう。そして、新たな固定電話サービス(直収サービスの"おとくライン")との抱き合わせにより、ソフトバンク/日本テレコム連合は、より大きな顧客基盤の獲得を目指している。

 ブロードバンドサービス市場の決戦の場は、このように徐々に、ADSLから光ファイバー(FTTH)に移行している。例えば、KDDIにおいては既に、"光プラス電話"、"光プラスネット"、"光プラステレビ"を3つの柱とした、光ファイバー系のトリプルプレーを展開し出した。トリプルプレーそのものは、ADSLを中心に、ソフトバンクが、"BBフォン"、"Yahoo!BB"、"BBテレビ"を手がけていたが、KDDIやNTT東西では光ファイバーベースのサービスに注力しようとしている。このトリプルプレーについては、日本で最大のケーブルテレビ局統括運営会社(MSO:マルチプルシステムオペレーター)のジュピターテレコムJ-COMも2004年4月からスタート、同7月にはFTTH統合型サービスを開始、顧客獲得のペースを上げている。世界でも最先端のトリプルプレーサービス競争が、主要各社の間で本格化してきた。

 新電電が光ファイバーサービスを展開するには、ダークファイバー(敷設されているものの、まだ使用されていない光ファイバー)の利用が不可欠である。 2001年1月の規制緩和により、NTTのダークファイバー開放が義務付けられ、新電電各社に加え、一般の企業も自前網を構築できるようになった。

(2)新たな相互接続問題へ?

 将来、光ファイバーへの移行が大きく進むにしても、現行のドライカッパー(メタル網)の利用が一気に止まるわけではない。

 NTT東西がドライカッパーを貸し出す相手が競争相手でもあり、そのルールのもと競合他社による固定電話サービスが提供されている。ここに、古くて新しい「相互接続問題」が横たわっている。ドライカッパーやダークファイバーの卸機能を、このシリーズで言及している情報通信インフラ会社へでも担わすことなしには、この問題の抜本的な解決は図れないのかも知れない。

 とくに新電電においては、固定電話の直収サービスを実施するには、NTT東西へアクセスチャージを支払う必要がある。近年新電電は、固定電話サービスのトラフィックの減少にともない、長期増分費用方式の適用によりアクセスチャージが増加する問題に直面している。そのため2003年7月には、新電電各社は今や全アクセスチャージの40%を占める、元来接続料に含まれるべきでないNTS(Non Traffic Sensitive:通信量に依存しない)コストの撤廃を求めて、各社ごとに東京地方裁判所へ接続約款認可処分取消訴訟を提起している。

 ただ今回の直収サービスの場合、新電電の交換機またはそれ相当の機器を自前設備として、NTT局舎に設置するため、NTT東西への支払いを片側分(コールアウト)浮かすことができる。また、他事業者からの自前網を経由する通信(コールイン)については、新たな収益源とすることができる。これらは直収サービス事業者側の大きなメリットである。

 一方NTT東西では、仮に直収サービス市場でシェア10%を失っただけでも、来年度の営業利益が吹き飛ぶほどの影響がある。前回示したとおり。実際、これほどの経営インパクトを織り込んだとも思われる発言が、NTTから聞こえている。

 総務省が今年(2004年)9月28日に電話接続料に関する委員会に通信事業者を呼んで意見を聞いたさい、NTT東日本の八木橋五郎副社長は、「1割のユーザーが移行しただけで赤字に転落してしまう。不採算地域での電話サービス提供を我々だけで負うのは困難。ユニバーサル基金の見直しが必要だ」と窮状を訴えたようだ。またNTT東日本の有馬彰取締役経営企画部長は、電話網に対する規制緩和も主張し、「他社が交換機を設置して電話サービスを提供し始めれば、我々の電話網は独占ではなくなる」と強調したとされる。

 第1の「ユニバーサルサービス基金」については、同サービスを実現するにあたって必要な費用について、ユニバーサルサービスと接続等により受益している他の電気通信事業者も応分のコスト負担を行うこととなっている。つまり、ユニバーサルサービスを提供する電気通信事業者に交付金を交付する制度が用意されている。同制度として、「相殺型の収入費用方式」、「ベンチマーク方式」、「積上型の収入費用方式」の3つの方式があるが、日本は相殺型収入費用方式を採用している。これは、不採算地域において長期増分費用方式により算定した基礎的電気通信役務の提供費用が、当該役務の提供から得られる収入を上回る「赤字部分」について、採算地域における「黒字部分」で相殺し切れない部分を純費用とするもの。同基金設立の精神から、仮に新電電が10%のシェアを奪ったのであれば、その実績に応じた負担をすればよい。それだけのことである。ただ、NTTが主張している他方式の採用などの余地がある場合には、とかく未分計的とされる現在のNTT東西のコスト構造を一層明らかにすることが求められよう。

 第2の「電話網独占の可否」について。電話網は独占的な設備として、接続料の公表や認可申請などの厳しい規制がかかる「指定電気通信設備」となっており、NTT東西はこの指定電気通信設備に対して1年以内をめどに見直すように要望している。しかしながら、今後の市場競争を見守ることがまず必要だ。まだ競争の結果が判明していない現段階での主張は、いささか説得力に欠ける。とはいうもののNTTが危惧するとおり、電話網の独占が今後崩れていくことを半ば認めた発言ともとれる。もちろんNTT東西の市場当局へのシグナル、NTT東西ならではの一流の牽制ともみることもできるが、NTT東西にとっては想像以上に深刻な問題であることを予感させる。

(3)NTT東西の雇用問題に火が付けば?

 どの程度深刻であるかは、前述の通り、携帯電話の普及で固定電話離れが進み、通話料金市場が1.4兆円程度にまで縮小しているなか、NTT東西の電話収入の6割を占める基本料収入は大事な「虎の子」である。この基本料金市場へのシェア喪失は、現在1.9兆円規模の同市場をほぼ独占しているNTT東西にとっては、由々しき事態なのだ。

 2001年6月NTT東西は、合理化策に基づいて、社員約11万3000人のうち保守・管理や個人向け営業などの担当者約6万人を、3年以内をめどに各地域に新設する子会社や孫会社に異動させることを発表。多くの異動社員は、いったん東西を退職して、新会社が従来よりも低い給与水準で再雇用する形となるなど、大きなリストラを決行した。これまで高コスト体質といわれたその水準は、これでどの程度改善されたのだろうか。KDDIや日本テレコム/ソフトバンク連合などの新電電と比べ、相対的にみてどれほどコスト競争力を付けているのか。この点が、今後の直収サービスにおける値下げ余力などの競争体力に大きくかかわってくる。今年10月2日の関連サービスで概ね約50円の値下げは、NTT東西にとってはかなりギリギリの大きな決だだったとも読める。

 今後の直収サービス市場で競争が激化すれば、NTT東西は"マイライン"市内サービスで実質失った23%ほど以上の市場シェアを奪われかねない。筆者は前回で示したとおり、それを3割は下らないだろうとみている。そうなれば、来年度の営業利益が吹き飛ぶ程度の影響度では済まない。50歳台前後のNTT社員の占める年齢分布は2001年当時よりも緩和されていると推定されるものの、NTT東西の雇用問題が再び大きな議題にあがることもありえよう。そうなれば、国論を分けるような政治的な問題にまで発展することも考えられる。

 仮に今のコスト体質で不利な状況を引きずるとすれば、新固定電話サービス競争の勝ち目は遠のく。求められるのは、抜本的なコスト体質の改善と、既に埋没コスト化した自前設備網を徹底的に活用するための知恵とそれを実行に移すためのスピードであろう。

 とくに埋没コスト化した自前設備網を、例えば、無線LAN技術と組み合わせるなどのバンドリングサービスの打ち出し(範囲の経済性の追求)などができると、戦い方も変わってこよう。NTTの次世代戦略ネットワークであるRENAが発表されて、約2年が経とうとしている。この間、固定電話市場だけでも、このような大きな変化が生じている。まさに知恵とスピードが鍵を握る。しかしながら、NTTは有効な競争戦略を未だ打ち出せていない状況が続いているのではないだろうか。

 迎え撃つ新電電は、当然どこに主戦場があるかを見通しているはずだ。これからのブロードバンド通信競争は、無線LANなどの新規モバイルサービスに加え、3G(第3世代)または4G(第4世代)の携帯電話サービス、さらには放送・メディア分野をも取り込んだ競争市場の様相を呈していくことだろう。少なくとも技術的にはそれは可能だ。また、NTT東西以外の通信キャリアであればどんなサービスも提供できる。需要を喚起し、需要をみてサービスを打ち出せばよい。その意味で難しいことではない。

 一方、NTT法あるいは指定電気通信設備の提供事業者という足かせがあるNTT東西の経営のオプションは、極めて限られている。市場プレイヤーが公平に競争を行う土台を築くには、指定電気通信設備を第三者が担うという選択肢も出てくるはずだ。第三者とは例えば、このコラムでは何度も触れている情報通信インフラ会社のことだ。ここに任せてしまえば、NTT東西はもっと身軽になれ、来る本格的ブロードバンド時代において、今以上に機動性を発揮できる。ただこの場合、NTTの再再編問題も浮上してこよう。

 次の第57回では、「【7】避けられないNTT再再編問題」として、この続きに言及してみたい。


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