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"IT革命第2幕"を勝ち抜くために
第55回「"新・この国のかたち"【6】メタル網の価値と将来(上):新たな固定電話サービス競争」

新保豊

出典:Nikkei Net 「BizPlus」 2004年10月18日

 電話基本料金市場に地殻変動が起きようとしている。ソフトバンクグループ傘下となった日本テレコムやKDDIなどの新電電による、割安な固定電話サービスが発表された。それぞれのサービス名は、"おとくライン"、"メタルプラス"。ともにどちらかというと地味なネーミングだ。しかし、1985年の電電公社の民営化以来、今年(2004年)10月2日、NTT東西は初の基本料金の値下げに踏み切った。この一見地味なサービスは、やがて日本の通信市場に大きな意味をもたらす可能性がある。今回は、この新たな固定電話サービス競争を例に、メタル網の価値と将来を俯瞰(ふかん)したい。

(1)新たな固定電話サービスの中身とは?

 新電電(NCC:New Common Carrier)の通話サービス市場への参入により、通話サービスの料金は年々値下げの一途をたどっている。一方、"基本料金"サービス市場(地域通信サービスであり、なおかつ直収サービス)は事実上、NTT東西の独占であった。通話料金市場が1.4兆円にまで縮小しているなか、基本料市場規模は約 1.9兆円もある。まさに虎の子のポジションにある。ただ正確には、地域通信サービスとしては、現在のパワードコム傘下にある東京通信ネットワーク(TTNet)が早くから、同市場への参入を果たしている。また最近では、平成電電が2003年7月に「平成電話(いまの"チョッカ")」の申し込みを開始(サービス開始)している。ただ依然、NTT東西の基本料金市場シェアは現在99%超となっている。

 "チョッカ"の特徴はその名のとおり、NTTからNTT 収容局から加入者間の銅線を借り受けて、 NTTの交換機ではなく平成電電の交換機を用いて(直下に)サービスを行っていることである。先週あたり、この直収サービスでは110番はともかく、 119番へのアクセスにはやや難点があり、救急車が呼べない事態も指摘されている。それは、同番号への通報は原則、NTTの専用回線を介して行われるているからである。とはいえ、ファックス送信やナンバーディスプレイ表示など、大半の機能においてNTTの固定電話と何ら遜色(そんしょく)はない。価格が安い分、1年ほど前から一部消費者の間では注目されていた。

 この直収サービス市場に、ブランド力もある老舗の日本テレコム(現ソフトバンク傘下)やKDDIが参入したことには、別のインパクトがある。詳細は次々項に譲るとしよう。

 大手の参入としてまず今年8月30日に、日本テレコムは今年12月1日に、NTT東西地域会社より月額基本料金が約1~2割安い(1,350~1,500円)固定電話サービス"おとくライン"を開始すると発表。同年7月に買収した日本テレコムの回線網を活用し、3年後に約 1,000万人の契約獲得を目指すようだ。

 遅れることおよそ2週間後、KDDIは、2004年2月から"メタルプラス"を提供することを発表。月額基本料は全国一律の1,500円。2007年度末までに固定電話網を完全にIP化する計画がある。このとおりに実現すればこのペースは、現在先行している英BTの計画の先を行くことになる。

 この2社に対抗するかたちで、10月2日にNTT東西は、2004年1月から個人向けの月額基本料は50円値下げし1,700円(都市部)にするほか、月390円(同)のプッシュ回線サービス料は無料にすると発表。法人向けは2,990円から今回2,400円に値下げされた。値下げ幅はこちらのほうがはるかに大きく、後述の通り経営インパクトは大きそうだ。

(2)メタル網(ドライカッパー)が当面は鍵

 日本テレコム/ソフトバンクBB連合とKDDIも、新規固定電話サービスを展開するにあたり、各家庭・オフィスと電話局(局舎)とを結ぶ加入者回線を NTTから借りるが、NTTの交換機や中継回線は使わない。新サービスの展開にあたって全国のNTT電話局内に自前の通信設備を設置(直接的に収容する)し、日本テレコムの設備も活用する。これで「直収」サービスといわれる。

 消費者や企業ユーザーは現行の電話番号をそのまま使用できし、消防や警察への緊急通報にも対応する。前述の119番対応問題なども、大手であればサービスインまでに解決する体力もある。また、とくに日本テレコムの場合、ユーザーが申請する3つの電話番号については、契約後1年間は無料といったサービスもある。料金値下げ幅そのものよりも、こちらのほうがユーザーの魅力度は大きそうだ。KDDIの場合、ISDNへの対応は予定されていない点、またオール IP化ではファクス機能が十分保証されないのではないかといった点が、今後競争の行方に影響が出るのではないかと見られる。

 さしずめ両社の特徴は次のようになる。日本テレコム/ソフトバンク連合では、オールIP化を視野に入れるも、当面"枯れた技術"を使うことで CAPEX(設備投資)を数百億円ほど節減し、NTTの固定電話とまったく変わらない安心感や安定性を打ち出していること。一方、KDDIでは、400 億~600億円程度のIP化の設備投資、すなわち電話交換機をそのまま更改する場合の約半分の投資で済むとし、オールIP化を初めから視野に入れ、将来の光ブロードバンドサービスの布石としていることだ。

 日本テレコムの場合、ソフトバンクBBが"Yahoo!BB"(ADSLサービス)を全国展開するなか、NTT局舎のスペースや設備を借り受ける際(コロケーション)のノウハウやその規模を、ほぼそのまま利用できる。ただ、NTT局舎と家庭・オフィス間は、空き銅線(ドライカッパー)を用いる。そもそも、2003年11月に、ドライカッパーの賃借料(NTTから借りる際に支払う料金)が、例えばNTT東の場合、当時の基本料金(1,750円)よりも、大幅に引き下げられた(1,385円にまで)ことで、新たな市場が創出されたわけだ。

 これには、規制当局(総務省)の「有効公正競争」政策がその背景にあるといえる。やや本題から逸れるが、小泉・竹中ペアによるe-Japan戦略などの供給面一辺倒の整備よりは、これでもし有効需要(総需要)が生み出され、総所得に改善が見られるのであれば意味がある。悲しいかな、規制当局には、マクロ経済(とくに総需要と総所得の改善面)の視点がほとんど欠如しているため、新しい固定電話サービスだけでは、しばらく価格競争が進み、市場シェアの奪い合いが進むだけであり、金額ベースでの市場のパイ拡大は期待できない。規制当局の競争政策と景気対策がマッチすることが、いまの日本経済には不可欠だ。長期的にみれば、こうした競争政策は有効であるが、現下のデフレを一向に脱することのできない日本経済の景気対策には、直接的な効果は望めない。

 メタル網の価値について、当コラム"新・この国のかたち"シリーズで数ヶ月前に論じようと考えていたときから、このように現在の様相は大きく変わってきた。しばらくは、メタル網の価値が急浮上といったところだろうか。この意味でいまの状況を、「負の資産となったメタル電話線」と呼ぶのは必ずしも適切でない。なぜなら、新電電にとって、このメタル網(ドライカッパー)の利用なしには、今回のサービスは実現できないからだ。

 では、ドライカッパー料金(卸価格)の値下げを実現した(規制緩和した)、規制当局が偉いのかというと、決してそうではない。新電電側の技術革新が進み、技術的な臨界点を超えたことが主因である。規制緩和はあくまで従因(二の次)だ。この新サービスであまり金額ベースの需要は増えないといった悲観的なことを上で述べたが、この固定電話サービスをレバレッジ(梃子=テコ)に、もしさまざまな機能(各種オプションサービス、ADSLサービス、IP電話など)が乗り、それが競争を通じ向上し、当該抱合せサービスの価格が下れば、通信市場においては(ミクロ的には)需要は増える。こうなれば通信市場の金額ベースのパイは、この新固定電話サービスを契機に上増えることだろう。

(3)なぜ、地殻変動といえるのか?

 では一見地味に見える、今回の直収サービスだと何が変わのか、どのようなことで地殻変動といえるのか?

 まずは役者の問題だ。鍵は"新生"日本テレコムにある。日本IBM時代には、社長有力候補ともいわれた倉重英樹氏が、大手コンサルティング会社のプライスウォーターハウスコンサルタントの代表取締役会長職を経て、今年2月に日本テレコムの社長に就任した。倉重氏には、NTTやKDDIにとってはこれまでと同じ固定電話サービス市場が、さぞかし違った景色に見えているだろう。

 加えて、リップルウッドの買収を経て、その買収額(2,613億円)よりも高値(約3,400億円)を付けた孫正義社長のソフトバンクの資本傘下に入った。傘下といっても、両人の意気投合ぶりの様子はうかがい知れる。買収劇でもっとも大事な、双方互いにリスペクトするという基本姿勢において、また両社のあまり重ならない経営資源(人材・ノウハウ、ネットワーク設備、個人または法人顧客などの面)がもたらすシナジーの点で、この連合は強力なものに映る。もし日本テレコムが、東京電力に買収されていれば、こうはいかなかっただろう。

 同連合のねらいは、NTTに対して正面切っての戦いを挑むことで、聖域であった基本料サービス市場への新規参入を通じた一定シェアの奪取(顧客獲得)にあろう。1995年~1997年の固定電話の契約数は6,000万台で推移していたが、1997年度以降、前年割れに転じ、年に数%程度縮小。とくに 2000年度の減少数が顕著で、契約数で336万、率にして6.1%下落。今後10%程度の下落傾向が続くとみられる。NTT東西にとっては、減収減益要因が強まる固定電話市場である一方、市場は減少傾向にはあるものの失うものはほとんどない立場にあるのは、"マイライン"競争後、最もシェアの低かった(市内で7%程度)日本テレコム連合のほうであろう。

 他方、すぐさま反撃に出たKDDIの、"マイライン"競争後の同シェアは13%だ。まずこのシェアを確保したうえで、新たな直収サービス市場のシェア奪取の動きに出るのが常套手段だ。この動き、つまり新サービスのための新規設備投資(CAPEX)をどれほどかけようとしているのか、どれだけ真剣に新市場を攻めようとしているのかが、市場競争の動静を握る。

 現在、KDDI/auグループの9割の利益を稼ぐ、au(携帯電話)事業の位置づけを考えると、今後のこの新規固定電話サービスへの出方が注目される。どれほどの戦略性をもって見ているのか、ということだ。前述の通り、この新サービスを契機にか、固定電話網をオールIP化することの意欲は、次のIP電話サービスでの主戦場をにらみつつ大変積極的である。このあたりは、今後も注目されるところだ。

 このようにこれら役者において、経営者そのものの個性・実績、設備拡充意欲、"マイライン"競争時の獲得ノウハウなどの面でも、かなり強力だ。

 次に、この役者を迎え撃つ、NTT東西への経営面での影響度合いを考えよう。

 ドイツ証券(担当:津坂徹朗氏)の今年9月22日のレポートによれば、NTT東西にとってこれまで聖域であった基本料金事業において、向こう5年間で仮に市場シェアを法人向けで20%、個人向けで10%失うシナリオだと、最も厳しい条件下(直接的なシェア低下要因+接続料収入の低下要因+追随値下げ要因が重なった場合)では、両社の来年度(2005年3月期)の営業利益予想1,995億円を上回る2,500億円の減収減益インパクトがある。赤字転落となる。

 筆者(および筆者のグループ)は、NTT東西への経営インパクトの大きい法人向け市場シェアで、ドイツ証券よりもっと悲観的にみている。すなわち、"マイライン"競争での結末(NTTは市内シェアを23%ほど喪失)や今後の抱合せ販売面でのポテンシャル(プロバイダーサービス、IP電話、FTTHなどとの組み合わせ)などから推定し、同シェアで25%~30%ほどを奪われるのではないかと推定している。

 このインパクトの大きさを、読者諸氏は想像できるだろう。とくに日本テレコム/ソフトバンクBB連合とKDDIにおいては増収要因になることが必至である一方、NTT東西にとっては、いずれ雇用問題にまで飛び火しかねない。次の第56回では、「本格的光ファイバー競争の始まり」を副題として、この続きを考えたい。


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