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"IT革命第2幕"を勝ち抜くために
第54回「"新・この国のかたち"【5】地上デジタルTV放送と光ファイバー整備(下):両者の経済効果」

出典:Nikkei Net 「BizPlus」 2004年8月19日

 前の第53回では「【5】地上デジタルTV放送と光ファイバー整備」の前段として、「地方個別の仕掛けの限界」について述べた。今回は地上デジタルTV放送と光ファイバー整備における「両者の経済効果」や「地上TV放送のデジタル化の真意は別のところにある」ことなどについて触れる。経済効果に関する結論を先に示すと、後者(光ファイバー整備)のほうがはるかに大きい。したがって、光ファイバー整備にも国策的な見地があって然るべきだろう。

(1)光ファイバー整備のほうが大きな生産誘発を生む

 地上デジタルTV放送ではアナログ放送が廃止される。廃止されるまでには、「アナアナ変換」が全国の一部地域では行われる。といってもそのコストもばかにならない。電波の混信がある各家庭へのコストは国が負担することで、2,000億円の国費が投入される模様。また地上波のデジタル化そのものには、地上デジタル放送懇談会編「テレビ・ラジオのデジタル進化論」(1999年1月)によると、インフラ設備投資で76兆1,019億円(10年間)も投じられる。また、地上波民放テレビ127社の地上波デジタル化環境構築試算額は8,081億9,400万円(2003年9月の公表データ)にも達する。

 これほどの設備投資を行い、経済波及効果は211兆5,990億円。内訳はインフラ設備投資に51兆9,645億円、放送事業収入や新規放送サービスに 159兆6,345億円。経済波及効果だけ見ても駄目だ。たいがいのものは隣接市場などへ必ず多少は波及する。その波及ぶりを見るのではなく投資効率を見なくてはいけない。

 地上デジタルTV放送の場合、誘発係数(生産誘発額÷投資額)は2.78だ。この数字は住宅建設投資による経済波及効果の1.80(北海道経済産業局)、福島県首都移転による経済波及効果の1.50(福島県首都機能移転対策室)などと比べても高い。しかしながら、これまでの国や地方公共団体の公共投資には、投資後のリターンを測定する仕組みがなかった。やりっ放しだ。したがって、本当にそれだけの効果があったかはかなり怪しい。

 筆者ら(日本総合研究所研究事業本部の研究員)の試算によると光ファイバー整備の誘発係数は3.93(=62.6兆円÷16兆円)にも及び、地上デジタルTV放送のケースよりもはるかに投資効率がよい。ちなみに、コブ・ダグラス型生産関数によりGDP押し上げ分を概算。その数値を用いて産業連関表(ブロードバンド分野への要素を加味)を回し、関連分野への生産誘発額などを算出した。

 もちろん、未来の数値など誰にも分からないのでひとつの目安に過ぎない。仮にGDPへの押し上げ効果が数10兆円に及ぶなどマクロ経済的に大きな意味をもつとなれば、投資方法や投資後のリターンをしっかりモニターする仕組みを踏まえて実行することが重要になる。

(2)雇用誘発効果も光ファイバー整備のほうが大きい

 マクロ経済面では、GDPの押し上げ分のほか、雇用面への効果が問題となる。

 同懇談会によると地上デジタルTV放送での雇用創出効果は7,105,874人。想像するよりも随分と大きな数字だ。放送インフラが、放送しか役立たないかなり限定的な要素であることを考えると、かなりオーバーな数字であろう。

 一方、光ファイバー整備の場合、20年間で430万人程度であり、年間平均で約22万人。わが国の完全失業者309万人(2004年7月総務省発表の季節調整値。失業率は4.6%)をカバーできる計算になる。デジタル放送インフラに比べ、光ブロードバンドインフラの上に乗るサービスは計り知れない。

 定性的な物言いではあるが、相対比較において後者のほうが、インフラのもつ柔軟性がきわめて高い。モジュール性が高いとも換言できる。つまり、当該産業の変化に応じ、さまざまな可能性を提供できる。"土台が上部構造を規定する"ケースとして、地上デジタルTV放送インフラは上部構造(コンテンツ)をまさに"限定する"のに対し、双方向性を有す光ブロードバンド網は放送以上の上部構造を"持ちえる"のだ。

 FTTH整備については、民間主導でいくべきであるとか、いや国が行うべきだなどの議論がいつの時代にもあった。地上デジタルTV放送を国策として整備するのであれば、光ファイバー整備においても、公共的主体を通じ、地方までをカバーする国策が再び浮上してもよい。

(3)光ファイバー整備がなぜ国策となるのか?

 なぜ国策とするか。次の3つを考えてみよう。

第1に景気浮揚策においてだ。

総需要と雇用拡大につながるマクロ経済的な効果が、しっかりと確認されるのであれば大いに意味がある。これには、とくに地方を含む全国民への総需要面のとりはからいが不可欠となる。光ファイバー整備という供給面の政策と合わせて行うことが求められる。

総需要の刺激策としては、本稿では何度か過去に触れているように、例えば消費者および企業への助成金の支給や減税などがある。効果は前者のほうが大き い。総需要刺激策のポイントは、需給ギャップを埋め合わせるほどの規模になるかどうかにある。小手先レベルでは駄目だ。また前回みたように、地方個別の仕 掛けでも限界がある。


第2に、民間主導のみでは、マクロ経済的な効果が十分引き出せないからだ。

自由競争に委ねているだけでは、インフラ整備は進まない。私たちはとくに米国において"市場の失敗"を見てきたではないか。民間企業はそもそも社会イン フラの構築などには興味がない。あるいはそんな余裕はない。関心があるのはキャッシュフローと株価だけだ。だからいまこそ国が青写真を描くことが重要だ。

マクロ経済を視野に入れた上で、Burgelmanのいう「ネオ・シュンペーター派流のラディカルな技術革新」では、市場原理ではなくより体系だった政 策、すなわち"産業政策"を掲げることが大事だ。ブロードバンド網は21世紀のデジタル社会に不可欠だ。無線やPLC(Power Line Communication:電力線搬送通信)もアクセス網としては存在感を増してきているが、向こう100年間のブロードバンドアクセス網の主役になる ことはあるまい。インフラとしての柔軟性、つまり他サービスを組合せてより価値を高める余地に大きな違いがあるからだ。


第3に、ブロードバンド・ユビキタス社会を世界に先駆けて実現するという国際競争の観点もある。

無線アクセス網と光ブロードバンド網とを組合せて、ブロードバンド・ユビキタス産業を創出する。米国は電話線ベースのインターネット市場を創出し、さま ざまなビジネスモデルを構築し、自国産業を強化。数々の米国型のデファクト標準を築いてきた。"失われた10年間"において、日本企業の大半は米国企業の 後塵を拝してきた。

標準化に成功すると著しく経営効率が上がる。ミクロ経済の世界では、つまり当該産業において企業の経営戦略の要諦は独占(圧倒的な競争優位性)を目指す ことである。グローバルな自由競争においては、自国の利益を追求することが求められ、そのためには独占的な市場制覇を目指すことになる。わが国にはブロー ドバンド・ユビキタス産業において、国民への厚生(社会的ベネフィット)の増加をはかる一方で、自国企業がグローバル市場で戦って勝つための道筋を描く必 要がある。

(4)地上TV放送のデジタル化の真意は別のところにある

 本稿では、意識して地上デジタルTV放送と光ファイバー整備を比較してきた。放送の場合、希少資源である周波数の枯渇問題がある。どれほど需要があるのか筆者は以前に疑問視したことがあるが、放送の多チャンネル化に対応するなどのために、さらには携帯電話の4G化や無線LAN時代に対処するためには、デジタル化が不可欠となる。アナログ地上TV放送のデジタル化の真意はここにある。産業上のインパクトは後者(4Gと無線LAN)のほうがはるかに大きい。とはいうものの、アナログの停波を行うことで、もうひとつの大きな社会産業インフラである電波の整備(周波数再配分)問題解決の一助とすることができる。

 欧米の携帯電話会社が、電波割当てをオークション方式という自由競争に委ねたばかりに、経営的な大損失をこうむり、いまだ3Gサービスにもこぎつけていない点、さらには米ムーディーズ社の格付けにおいて、6~8ランクも下げた点も特筆に価する。先日(2004年8月5日)の日経デジタルコア主催の研究会で、総務省の炭田寛祈企画官が述べたことでもある。

 米国のコモンズ政策とわが国の電波政策の優劣を、これだけでいちがいに決定付けることはできないかも知れない。しかしながら、こと社会産業インフラ問題の核心事項(整備の方法)を市場に委ねるだけの愚は繰り返してはならない。いまのわが国のFTTHサービス提供会社が、欧米携帯電話会社ほどの経済的打撃を受けるまで、自らの意思で赤字サービスを拡充することはありえない。同時に、彼らにブロードバンド・ユビキタス社会の礎となる、地方を含む光ファイバー整備を期待することもできない。

 「この国のかたち」をつくるには、民間の活力を引き出すことも重要であるが、供給面を整備しつつ、総需要と国民の所得を上げることを念頭に置いた、国の役割が当然ながら鍵を握っているのだ。小泉政権下の竹中大臣主導の経済・景気対策では、総需要や所得面での改善がいまだにできていない。その結果は次のような数字に表れている。"3.4万人超"の自殺者。この昨年度自殺者の数の大半が経済的理由であったことを、真に由々しき問題として認識せねばなるまい。

 次回の第55回では、「【6】負の資産となったメタル電話線の価値と将来」について触れたい。


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