"IT革命第2幕"を勝ち抜くために
第53回「"新・この国のかたち"【5】地上デジタルTV放送と光ファイバー整備(上):地方個別の仕掛けの限界」
出典:Nikkei Net 「BizPlus」 2004年8月19日
前の第52回では「【4】情報通信インフラ会社のガバナンス」シリーズとして「地方の再デザイン」について考えた。今回は「【5】地上デジタルTV放送と光ファイバー整備」について触れたい。国策として地上デジタルTV放送を実現するにあたり、2011年までに"アナログ放送の廃止"を予定している。本稿では、そのアナロジーとして"メタル網の廃止"についても考えてみたい。最初に、光ファイバー整備において「地方個別の仕掛けの限界」があることを述べたい。
(1)光ファイバーには双方向性などのオプション価値がある
メタル網とは銅線(ドライカッパー)のことだ。加入者系の電話線(ローカルループ)はメタル網でできている。これを利用しないと、電話はおろかDSLもIP電話もできない。したがって、加入者メタル網をすぐに廃棄するということではない。
「この国のかたち」をつくるにあたり、道路や橋、空港設備のように100年超ほどの長期に耐え、私たちの子孫に残せるもの、つまり光ファイバー網を整備しておく。光ファイバー網といっても、実際には大型自動車などが頻繁に往来する敷設地域によっては、10~20年程度しかもたないとも聞く。ひびが入り劣化することがあるので、適宜張替えは不可欠である。ただこうした一部地域を除けば、光ファイバー網の寿命は大変長い。
また、メッシュ状のブロードバンド網での双方向コミュニケーションなどにも最適である。しかし、「双方向コミュニケーションは意外にビジネスにならない」ということもよく耳にする。双方向ビジネスは、1980年代頃における数々のニューメディアビジネス失敗の記憶と重なるからだろう。双方向コミュニケーションがビジネスにならないかを見るには、当時と今ではとくに供給面において格段の差があることに留意すべきだ。
データをやり取りする通信帯域(スピード)、データをハンドリングする際のユーザーインターフェース(端末やディスプレイなど)、通信網と端末機器などを円滑に結ぶミドルウェアやソフトウエア・アプリケーションなどのプラットフォーム環境、その上に乗るコンテンツ(対戦ゲームなど)などの点で、昔とは大違いである。換言すると、光ファイバーには大容量性と双方向性があるので、マルチキャスト(放送)もできるし、また衛星通信インフラではコストがかかるアップリンク(地上から衛星へのデータ送信)も容易にできる。光ファイバーというインフラの上にさまざまなモジュール(技術や商品につながる単位・塊)を乗せることができる。つまり、光ファイバー基盤により将来の不確実な状況下に対処可能であるため、同基盤にリアルオプション価値(ROV)を見いだせる。
加えて、ユーザーからの期待もある。ニューメディア当時を知らない今の若いユーザーで、双方向コミュニケーションが失敗ビジネスの象徴などと思う者はほとんどいまい。iモードやTV画像も楽しめる3Gケータイを手にし、次の本格的なブロードバンドサービスを待っている。今や単純に需要と供給のみの経済学的な要因のみで決まる状況になってきた。技術革新により供給面が満たされているのだから、あとは需要を引き出せるかにかかっている。昨今のブロードバンド需要はADSLなどのキラーサービスを契機に旺盛である。
(2)米国ILECにおける光ファイバー整備の投資促進
独立行政法人経済産業研究所(RIETI)主催による2003年12月のシンポジウムで、米連邦通信委員会(FCC)のロバート・ペッパー局長は、「ローカルループの分離を促進するため、ローカルループ以外の規制は撤廃することが望ましい」とのべたようだ。しかしながら、「ローカルループ以外」つまり光ファイバー投資などへのILEC(既存地域通信事業者)へのインセンティブを考慮し、それへの規制緩和は必ずしも十分でない。
筆者が米ILECを訪れていた2003年1月末、ILECへの光ファイバー整備投資促進のために、ILECが所有する光ファイバーを競合他社へ開放することには消極的な方針が発表された。通信バブルの後遺症に悩んでいたのはILECも同様であり、米規制当局としては、通信機器などの関連分野への影響の大きい大企業(ILEC)へのてこ入れをまず優先したという表明と解される。
2004年6月FCC発表によると、2003年末の米国では、米国の高速インターネット回線は、合計で2,820万回線となっており、全世帯を1億 2,000万とした場合の24%程度。日本のブロードバンド普及率の約23%(=1,100万世帯÷4,800万世帯)とほぼ同率である。
ただし、日本のブロードバンドは数メガ~十数メガbpsが一般的になりつつあるなか米国では200キロ~2メガbpsほどに過ぎない。比較にならないほど日本が進んでいる。テキサス州に本拠地を構えるSBC Communicationsやニューヨーク州に本社をもつVerizonなどのILECでは、DSLインターネット回線数で950万、Comcastや AOL Time Warnerなどのケーブル会社ではケーブルモデム・インターネット回線数で1,640万。その他(ADSLを除く有線、衛星、無線、光回線)が230万回線。日本ではFTTHだけでも124万回線(2004年4月末)で普及率2.5%となっており、光ブロードバンド分野においてもとくに都市部では普及が進んでいる。
(3)地方活性化策は供給面の整備に留まっていて不成功ケースの山となっている
問題は地方での光ファイバー整備だ。これはデジタルデバイド問題やユニバーサルサービス問題とも絡む。ブロードバンド・ユビキタス時代のデジタルデバイドとユニバーサルサービスについては、近く別途論じたい。
北海道から沖縄まで、一部地方における光ファイバー整備に国の助成金が投入され、産業が振るわない地域や過疎地域などでの"まちおこし"に利用されている実態がある。しかしどれも政策面での企画や発想が貧弱で、宝の持ち腐れの状況が多い。
ここでも総需要と雇用というマクロ経済の観点が抜けている。需要を生み出すための仕掛けはどうか。例えば、牛舎の様子を光ファイバーで監視できるようになったということは、時間や手間が省け、仕事の効率化や人手の省力化がはかられただけで、需要や雇用を生み出すわけではない。
こうしたケースに、決して地方活性化につながらないこれまでの根本的な問題を垣間見ることができる。光ファイバーをインフラとみる場合、道路や橋と同じで、そこに行き交うトラフィックの量が問題だ。つまり、さまざまな情報・データが行き交うような状態がつくりだせているか。また、供給面のみの整備だけに終始していないか。たいがいの地方活性化政策は、供給面の整備に留まっている。だからうまくいかない。
都市部では電話会社の投資インセンティブも高く各社の競争により、整備が進んでいる。ただNTT東西やKDDIにしても、あるいは電力会社系通信会社にしても採算はなかなかとれない。いまの光ファイバー敷設は都市部のしかもMDU(Multi Dwelling Unit:集合住宅)ねらいだ。SDU(Single Dwelling Unit:戸建住宅)では、住宅事情もあり敷設コスト効率が悪い。おまけに、年齢の高い世帯主である場合には、ブロードバンドサービスを必ずしも必要としていないため、SDUへの普及には時間がかかる。
目下、SDU市場へうまく訴求できているサービスの代表はCATVであろう。MSO(Multi System Operator)のかたちで規模の経済性をいかして、また米国での経営ノウハウを生かして躍進しているところもある。今後のブロードバンドサービス競争において予断は許さないものの、目下の成功ケースとしてJ-COMなどを挙げることができる。
(4)光ファイバー整備には総需要と雇用創出の仕掛けが不可欠
かつて電話が発明され、飛脚や郵便は多大な影響を受け衰退した。郵便の場合は、手紙ならではの価値があったため、電話とは棲み分けされた。前者は電話に代替され、後者は電話の補完的存在となった。また、電話交換機の登場により、電話交換手は不要となった(代替された)。IP通信の普及により、電話交換機は存在価値を減じられている。しかし、情報通信やeコマース市場の拡大とともに、さまざまなユーザーからの問合せに対応するためのコールセンターが重要な産業インフラ(基盤)となり、かなりの需要とともに雇用を生み出した。
このように一時的には、新たな産業上の仕組みがレガシーな仕組みを代替するだけで、新たな需要や雇用を生み出さない場面はある。しかしその後に、代替された仕組みの上に新たな需要と雇用が生み出されることがある。つまり産業イノベーションが進むなか、総需要を刺激し新たな雇用を生むことにつなげることができる。ここで産業イノベーションが直接、総需要や雇用の創出につながるということではない。総需要や雇用の創出には、市場の技術革新(イノベーション)を促す産業政策と、需要喚起策が不可欠だ。需要喚起策とは、換言すると消費者の背中を一押しするようなもの(ある種の刺激策)だ。例えば、次のようなケースを考えてみよう。
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パソコン:パソコンの機能や利便性が消費者に十分伝われば、パソコンの機能の向上とともに、消費者の購買意欲が刺激され、パソコンはどんどん売れる。 |
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パ ソコンは市場に出たときから高価であったが、米社会学者のEM.ロジャース教授のいう、一部の"イノベータ-"購買層においてその価値を見出され、やがて 市場に浸透していった。浸透度合いに応じ、スケールメリットが出て価格は下がり、いまでは"ラガード" 購買層にまで利用される商品となった。パソコンを用いたサービス市場(ソフトウェア、eコマース、ゲームなど)も並行して拡大した。昨今のパソコン普及に は、インターネットに接続したいという消費者の欲求が後押ししている。 |
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携帯電話: モバイル状況下での電話コミュニケーションの機能や価格面で、消費者の購買意欲が刺激されると、携帯電話サービスは大いに利用される。 |
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1994 年の端末売り切り制度導入後、あるいは施設設置負担金の廃止などの政策的措置により、普及が加速し価格が大きく下がった。技術革新も進み"電話"機能から iモードのような"データ通信"機能が加わり、生活には不可欠な"生活インフラ"としての様相を呈してきた。携帯電話の普及には、基地局を含む携帯電話網 の整備が背景にある。 |
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薄型テレビ: アテネ・オリンピックで活躍する日本人選手を見たくて、デジタル薄型テレビが売れる。 |
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2011 年にアナログ放送を廃止し、これまでのアナログテレビでは放送を受信できなくなるといった官民挙げての宣伝も功を奏してか、消費者にテレビ商品の買い替え を促している。加えて、オリンピックというキラーコンテンツを享受可能だという機会を産業界はうまく利用している。産業界がオリンピックをずっと継続させ ているともいえる。そして今後の薄型テレビのさらなる普及には、地上デジタルTV放送網の整備と"アナログ網の廃止"といった政策が後押しするだろう。 |
以上のケースにみるように、消費者の需要を刺激し大きな市場を形成するにあたり、ネットワークの外部性が働いている点がある。また、とくに通信と放送に関する市場では、政策措置が市場の動静を左右する。光ファイバーはこれら3つの端末が機能するための将来のインフラになりえるものだ。したがって、消費者の需要を喚起するための方策においても、これから大いに工夫の余地がある。ただ、これらケースを見ても分かるように個別の地方単位での方策では効力はほどんど期待できない。産業全体あるいは消費者全体の需要を刺激するような仕掛けが求められる。
(5)"メタル網の廃止"についてのアナロジー
地上デジタルTV放送における"アナログ網の廃止"との単純なアナロジーでは、"メタル網の廃止"というシグナルは大きな市場インパクトがある。これについて明示的な政策を打ち出すことは、放送産業と同様な意味があろう。これで光ファイバー網整備は促進され、その関連産業は次代の飛躍を遂げることになるかも知れない。
ただこの種の問題は、既得権益者との軋轢に関する問題をはらむため、そうは簡単にいかない。既得権益者へどう配慮するかが鍵を握る。これについても、この"新・この国のかたち"シリーズで近く触れたい。
また次回に示すとおり、放送産業で"アナログ網の廃止"を進めるのは、周波数の希少性ゆえに放送のデジタル化が産業全体の効率性ひいては経済的価値を高めるから、という判断がある。つまり、電波の再配分を通じた空き帯域(総務省の計画では2010年までに1,000メガヘルツ幅以上)において、新産業を創出するという青写真があるからだ。
光ファイバー整備においても、アクセス網への二重投資という無駄を省く観点と、同領域での技術革新の可能性を残すという観点が必要だろう。つまり、アクセス網においては将来、メタル網を光ファイバーに代替することの経済的価値を重視する一方、無線やPLC(Power Line Communication:電力線搬送通信)といった代替手段を残しておくことが求められる。
次回では、「【5】地上デジタルTV放送と光ファイバー整備」の続きとして、地上デジタルTV放送と光ファイバー整備における「両者の経済効果」や「地上TV放送のデジタル化の真意は別のところにある」ことなどについて触れたい。