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"IT革命第2幕"を勝ち抜くために
第52回「"新・この国のかたち"【4】情報通信インフラ会社のガバナンス(下):地方の再デザイン」

出典:Nikkei Net 「BizPlus」 2004年7月29日

 前の第51回では「デジタル社会資本の蓄積」について考えた。今回は「情報通信インフラ会社のガバナンス(下)」として、主に「地方の再デザイン」について概観したい。世間では"地方の時代"であるとか、"地方再生"などのような、ずいぶんと期待感先行の言葉が氾濫(はんらん)している。気持ちは分かるが、マクロ経済の視点が欠如している。あるいは"市町村合併"も真っ盛りの様子があるが、これは縮小均衡の裏返しだ。こんなことでよいのだろうか。ポイントは、地方を再デザインするための体力(経済力)を付けることであり、そのためのバックボーン(屋台骨)を整備することだ。併せて、デフレ経済下にあっては地方の消費(需要)を喚起する策も大事だ。

(1)公共事業は常に悪玉なのか

 先日、大手町の経団連会館でのある会合で旧運輸省官僚OBが、公共事業悪玉論について疑問を投げかけていた。必ずしも公共事業が悪いということはないのではないかと。しかし、国の社会資本蓄積が十分で供給力が過大である今のデフレ不況の時には、公共事業は不要である。害悪ということすらある。多少意味があるとすれば一時的な雇用確保につながることぐらいだ。

 一方で、公共事業的な社会資本蓄積が不足しているような分野があり、かつそこへの資本蓄積により大きな雇用確保につながり(総所得を拡大し)総需要を喚起できるものである限り有効となる。デジタル社会あるいはブロードバンド・ユビキタス社会の創出を通じそれができないか。需給ギャップをうまくコントロールするかたちの、デジタル社会資本の蓄積には意味があるはずだ。そのさい、その資本蓄積に伴う投資リターン(誘発係数=生産誘発額÷投資額)がプラスであることが重要だ。この投資リターンについては第三者機関が評価する。これまでの公共事業において、この仕組みが欠如していたといえる。造りっぱなしで成果をトレースしないので、税金を払う国民の不満を募らせる。

 本稿での「情報通信インフラ会社」がそのデジタル社会資本の基礎(ないし「この国のかたち」)をつくることはできないか。振り返れば電電公社によりわが国の電気通信のインフラ整備がなされ、そのインフラの上でトリプルプレー(電話、インターネット接続、放送コンテンツ)などの多種多様な市場が形成されてきた。それと同じことだ。需要があっても供給側の仕組み(インフラ)が整備されていなくては、上述のような潜在的な需要は喚起できない。また、一方的に供給力のみ大きくても需要はついてこない。この種の経済システムの基本デザイン(設計)を行うアーキテクトがいない。まず発想とビジョン、その次にそれを実現する大胆かつ綿密な算段が必要になる。いまの日本にはこういうことが問われている。為政者にはそう考えてもらいたい。

(2)参院選で躍進した民主党の消費税増税案と本来の増減税のねらい

  7月11日には参議院選挙があり、自民党は改選議席の50を割る49にとどまった。ちょっと前に小沢一郎氏を党首に担いだ民主党は、少なくとも国民イメージとしては自民党といまや変わりなく、両党どちらがやっても安全保障や経済対策などの大きなところでは変わり映えしないだろうという気にさせている。民主党の作戦勝ちだったかも知れない。今回の選挙では年金問題が大きな争点となった。民主党は年金財源確保には消費税の増税も辞さない構えだ。小泉首相は続投の構えを見せるものの、安部幹事長の去就問題などもクローズアップすることだろう。民主党が大きく躍進し近々政権党への手ごたえを持ち始めるなど、最も変わりにくいと思われた政界も再編(ガラガラポン)が起きている。

 選挙には一見不利と思われる増税を打ち出しているなど、岡田党首の"誠実さ"を評価する声もある。また年金問題は、信用に足る政府方針が示されない限り国民は財布の紐(ひも)を緩めないだろうから、その意味で重要なことではある。しかしいま直接的に必要なことは総需要を生み出し総所得を増大させる算段だ。自民党も民主党もここには触れていない。最大の問題である景気対策を示す明確な道程を示していない。また、前回の「需要統御理論」(南堂2001)によれば、いま増税を宣言しても将来減税策もとるということをセットで示し、そのシナリオとその見通しを示すことがポイントとなる。そうでなければ国民はついてこない。安心して財布の紐を緩めることもない。

(3)ブロードバンド産業の再編は一夜にしては起きない

 一方、通信と放送の融合やブロードバンド産業の再編は一夜にしては起きない。それは選挙のように争点が1日に集約され審判されるような制度が産業界にはないためだ。特に電気通信事業法ないしNTT法や放送法などの法制度を変更する場合には時間がかかる。機械設備を入れ替えるだけとは異なる。

 ただM&Aのような事業者同士の合意だけで進むものは水面下でどんどん動いており、世間には知られぬままにマスコミのニュースになったりする。例えば最近のソフトバンクによる日本テレコムの買収劇など。携帯電話会社へも触手を延ばしているかも知れない。これまで以上にM&Aのプロセスが早まっており、投資銀行など(Mandated Lead Arrangers役)が介在したかたちのストラクチャード・ファイナンス(なかでもプロジェクト・ファイナンス)の手法では、一部事業者のスピードには付いていけない状況も出てきた。当該プロジェクトの将来キャッシュフロー評価などを実施する時間的余裕が見出せないこと、または将来キャッシュフローそのものが市場の不確実性により見えにくくなっているからだ。

 法制度の整備や機械設備の入れ替えに手間がかかるのに比べ、需要側の変化は大きく早い。とかく消費者から見れば、何でもっと便利で安いものが簡単に手に入らないものかとやきもきするだろうし、消費者ニーズに合致したサービスは一気に進む可能性はある。ブロードバンド産業のデジタルインフラ整備にあっても、需要をコントロールすることで、特にデフレ不況下に景気の安定を図らんとするマクロ経済的な「需要統御理論」の考え方が不可欠だ。いま供給力を高める方針を打ち出しても、将来またはいまから需要を引き出すような施策が同時に求められる。

(4)需要喚起策と連動した情報通信インフラ会社(JTI株式会社)の役割

 例えば後者(需要の喚起)では、アクセス網を活用した消費を引き出すために、個人と家庭、学校などでコンテンツ利用のために不可欠な各種端末(デジタル家電やネット家電含む)やソフトウェアなどを配備する。各種端末を安価に買えるような公的助成を行うことがあってもよいかも知れない。

 一部の消費者のみしか利用しないようなIT習得教室などではなく、小中高の生徒や大学の学生、さらには主婦向けの家庭端末を含め社会に広く整備するようにする。さらに、第49回の「拝借(Rip)型コンテンツの流通」を含む、ローカルやグローカルなコンテンツが流通する仕組みや、コンテンツレス・コンテンツ(映像コミュニケーションなど)が行き交う著作権上の整備を行う。端末にしろコンテンツにしろ、その恩恵が消費者全体に浸透することが重要だ。そのためには、例えば"ブロードバンド普及振興券"を消費者に等しく配布し、市場に出ている好きなものを購入するようにすればよいだろう。

 少し補足すると同振興券的なものとして、小渕政権下の1999年に「一般家庭には2万円の地域振興券」なる介護費用総額がおよそ4兆7,000億円がばらまかれたはずだ。しかし、ねらいが間違っていたことに加え、当時のマクロ経済の需給ギャップ数10兆円規模からするとこれでも小額過ぎた(1桁足りない)。また、オランダのアイントホーフェンという大学町では、PPP(Public Private Partnership)方式によりブロードバンド普及のための施策がとられるということをかつて現地でヒアリングしたことがある。しかし、国全体ではなく特定地域限定的なものであるから、マクロ経済的には意味がない。「需要統御理論」が示すような抜本的な施策を講じることが求められる。

 また前者(供給能力のアップ)では、政府主導もしくはそれに準ずる公的主体、すなわち以前触れたJTI株式会社(Japan Telecommunication Infrastracture, Inc.)によりアクセス網(FTTHや無線LAN)を整備する。前述の通り、公共事業的な色彩を帯びる。なぜこうした方法が問われるのか。第50回回で取り上げた依田氏(京大)のコラムも示すような、「地方の潜在的需要は決して小さくない。問題は事業者にとって地方は投資の魅力に乏しく、供給費用が高いことにある。デジタルデバイド(情報化に伴う情報格差)は需要側よりもむしろ供給側の問題とも言える」からだ。あるいはこの点は、政府「e-Japan戦略II」でも課題になっていることだ。

 ローカルエリアでの需要喚起、ひいては供給側のデジタル社会資本の整備はマクロ経済的な観点から同時に進められるべきであろう。しかし、デジタルデバイドなどの情報格差問題は二の次であり、第一義には地方の景気拡大にある。地方の再デザインだ。また、ローカルエリアでのGDPの拡大により、ローカルコンテンツ産業は勢いを増すだろう。ローカルコンテンツを軸とする通信と放送の融合策を絵に描いた餅としないためには、どうしても市場競争に委ねるだけでは限界がある。まさに「この国のかたち」を創ることに他ならない。

(5)JTIのガバナンスの例

 本稿では「情報通信インフラ会社のガバナンス」をうたったので、ガバナンスについても簡単に触れておきたい。例えば、次のようなものだ。

政府が一定期間においては100%出資とする。同期間中に特定目的用途の政府保証債による起債方式で資金を調達する。その後は、民間資金の調達も視野に 入れる。一定期間とは、光ファイバー敷設完了までの期間、配当原資が発生するまでの期間とすることが妥当である。


JTI の主要資産には、NTT局舎等に関する土地、建物、その他設備が挙げられる。NTT東西はJTIに局舎、電柱、管路、土地など光ファイバー敷設に必要な資 源を譲渡する。JTIはNTT東西から資産を譲り受けた基盤設備を利用して光ファイバーを敷設する。アクセス網には無線LAN整備のようなデジタルインフ ラのようなものも視野に入れる。


J 株主、経営者、従業員、債権者といったJTIのステイクホルダーの利害とその主な調整事項を、JTI設立前に極力明確化しておくことが求められる。例え ば、経営側とのものとしては、主要経営目標の達成事業計画どおりのキャッシュフロー経営に基づく収益の確保、一定レベルの配当確保。


運転資金の調達は原則、基本サービス収入と短期の銀行借入金で対応し、設備投資の資金調達は社債(政府保証債)と増資によってまかなうこととする。


JTI は、(1)効率的な経営、(2)ユニバーサルサービスの実現、(3)公正な相互接続の実現といったような効率性と公共性という2軸を有する経営目的を持つ 事業体である。従って、JTIのガバナンスにおいて政府監視のもと均衡の取れた基準により評価される仕組みが求められる。また、JTIの監視委員会とし て、外部評価委員会を設置する。同委員会はJTIの経営を監視し、評価内容を国民に公開する責任をもつ。


 これを実施することは、「e-Japan戦略II」のねらいにも合致することではないか。ただ繰り返しであるが、産業内での競争力を強化するだけが目的になっていては国力(国富)には結びつかない。またこれら施策は何よりも地方デザインの切り札になるに違いない。ひいては、わが国の国富(GDP)を増やすことにつなげる。実際の経済効果についてはどこかで触れたい。

 紙面を相当使ってしまったので、今回はこのくらいに留めておく。このガバナンスについてが本シリーズでも以降都度取り上げたい。次回では、「【5】地上デジタルTV放送と光ファイバー整備(アナログ放送廃止とメタル廃止)」について考えてみたい。


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