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"IT革命第2幕"を勝ち抜くために
第39回「ITを駆使する研究開発戦略(下)――アウトカム追跡の鍵」

出典:Nikkei Net 「BizPlus」 2004年1月8日

(1) アウトカム追跡時に鍵となるプロセスにより財務的価値に結びつける

 前回「ITを駆使する研究開発戦略(上)」では、研究者の参加者価値を高める仕組みについて考えた。今回はアウトカム追跡の鍵について考察してみたい。

 アウトカムについて今一度確認しておこう。アウトカム(成果)は、複数のアウトプット(結果)が集積された総合的な最終結果であり、当事者だけではコントロールしにくい、またはできないものである。言い換えると、アウトプットは、当該プロセスや因果関係からの直接の帰結事象であり、当事者が制御できるものだ。

 研究開発のマネジャーや経営トップ(CEOやCOO)にとっての関心事は、途中のアウトプットではなく、最終的な結果であり結論であるアウトカムということになる。

 前回のとおり、「ITを駆使したA型参加者価値曲線に沿うような手立て」、あるいは「アドミ側がナレッジネットワークにITを活用することで、あるいは柔軟で適切な情報システムを構築・運用するなどの有効な工夫を施す」こと、すなわち自組織内におけるIT装備を考えたい。次の図表をご覧頂きたい。

【図表】アウトカム追跡時に鍵となるプロセス

(注)◆「KPI」:Key Performance Indicator(最重要指標)のこと。例えば、アウトプットとして、論文発表数、特許出願数、コミュニティ発言数など、アウトカムとしては、論文引用数、共同論文引用数、特許成立数、予算引き出し額、アドバイザー活動度合い(質量)など。◆「インタンジブル財務価値」:現行の財務指標(B/S、P/L)だけでは、R&D基盤、ブランド力、知的財産、人材力など将来の企業価値や真の企業力につながるとされる価値を示す。  

(出所) 日本総合研究所 ICT経営戦略クラスター作成
 
 IT装備には初期投資が発生する。今ではIP-VPNや広域EthernetなどのIP系の通信ネットワークインフラを組織内外で整備することが不可欠だ。そして、そこにつながる知識データベースやその使い勝手向上をはかる各種ソフトウェアやアプリケーションを調達する。

 第13回「なぜKMはうまくいかないか?:知財立国の前に」で、「ブロードバンド環境をうまく利用し、映像を含めた対話そのものを丸ごと記録し、かつ記録後に一定の区切りやキーワードなどのモジュール単位で編集などが自在にできるKMシステムの構築につなげられると、これまでの商品開発や生産性の向上などにも増して寄与できる武器となろう」と言及した。最近では、映像を含めた対話そのもの、つまり映像アーカイブのなかの鍵となる映像そのものにタグを付け、マーケティング会議や創発につなげる研究開発などにも、さまざまな工夫ができるようになった。これは、当該事象やアウトプットに結びつく起点や方向性を異にする分岐点についてその因果関係をさかのぼることで、当該事象の本質や基本コンセプトなどを考察する際に威力を発揮する。そして、この仕組みは実効的な知識データベースの構築に大きく寄与することだろう。

 研究者がそのナレッジシステムを実際にパイロット的に使用する過程では、必要に応じ、つまり需要に沿って各種機能を拡張することができるような、柔軟性がそのシステムには求められる。それを作りこむには、機能拡充費用も発生する。広く研究者へそのシステムを開放(カットオーバー)していく際も、当然運用費用がかさむ。

 当面はキャッシュが次から次へと出て行く。経営者の立場では、投資した分のリターンを得たい。しかしながら、これまで特に研究開発分野における投資とリターンについては、ともすればあいまいにされてきた。それは、投資・リターン分析に関する手法が金融などの一部分野、または経営企画などの一部部門担当者の手中に限られてきたからだ。たいがいの研究者にとっては、つい最近まで"デスバレー"もキャッシュフローやNPV(Net Present Value)も無縁だった。

 一方で研究開発においては、研究者の行動、例えば研究テーマを発掘すること、研究資金を得ること、研究をすること、それを評価すること、結果を世に問うことなど、さまざまなアウトプットに対するアウトカムの明瞭化が不可欠になる。「ITを駆使したA型参加者価値曲線に沿うような手立て」が講じられることで、研究者にとっては、KnowWho(適切な研究者や関係者は誰か)情報や自身の研究テーマとの関連も、その参加者価値曲線というナレッジシステム上で見出すことができる。そうすればそれら情報へのアクセス時間は飛躍的に短縮化され、かつよりクリエイティブな他研究への時間の割り振りもできる。また、ナレッジシステム上での研究者同士のコミュニケーションを通じ、アイデア触発などの効果も期待できる。これら効果はいずれも「効率化軸」に乗ったものといえよう。

 一方、「イノベーション軸」でとらえるべき場面が出てくる。ナレッジシステムでは、知のネットワーク(集約の場)として、多岐の可能性をもつコラボレーションが繰り広げられる。いわばスパイラルな知の発展、創造の「場」の醸成につながる。今までにない知の集約化や研究者同士の相互の刺激が、さらなる創造性を生み、あるいはより現実的な産業界への橋渡しともなる。ここではまさにイノベーションが生起されている。イノベーションそのものやそれを駆動した成果が、やがて世に認められるようになる。研究者またはその組織にとって各種大賞の受賞は大きな名誉である。英国の科学誌『ネイチャー』や米国の『サイエンス』などに論文が掲載されることは、この上もない誘因(やりがい)となろう。

 しかしながら、名誉の度合いに比例してもうかればよいが、現実はそうもいかない。民間企業のみならず国の研究機関においても、これからはより一層のリターンないしアウトカムが求められる。実際には、手堅く技術料収入やコンサルティング収入を得ることが重要になる。また、当該発明や発見に特許が認められれば特許料収入も舞い込む。こうした一連の研究者のより積極的な活動が、例えば5年間程度のエージング(熟成化)プロセスを経ることで、ヒット率もより高まろう。このヒットの瞬間は、すなわち革新的な基本特許による特許料などの収入が得られることで、大きな財務的な寄与が出てくる場面である。

 ノーベル賞受賞者を多く輩出している米国スタンフォード大学などでは、企業への特許許諾による高額収入の獲得に過去成功している。ただ実際は、高額収入に結びつけることは必ずしも容易でない現状もある。したがって、もちろん成功のためには地域産業の関連情報を地道に集め、各分野に強い研究者を特定し、絞り込んだ開発につなげるなど、これまでの地場に密着した活動を軽視するものではない。

 話を戻そう。上の図表で示す過程を通じ、インタンジブル財務価値(アウトカム手前)がタンジブル財務価値(アウトカム)へ転じる契機をつくることがポイントとなる。ここが、財務的な価値を含むアウトカムの追跡時に鍵となるプロセスである。財務的価値と直結しないインタンジブルなアクティビティー(研究者の行動など)が、常に財務的な価値に結びつくような、またそれが測定できるような試みが重要になる。それには、(1)見えない価値の「見える化」、(2)KPI(Key Performance Indicator:最重要指標)によるマイルストーンでの目標管理が、研究開発のマネジメントにおいても求められる。

 「タンジブル財務価値」データを管理することに加え、「インタンジブル財務効用」データを測定可能なものとして捕捉できる工夫も並行して行っておくことが、ナレッジシステムの財務的価値(ある種のリアルオプション価値)を高めることになろう。
 

(注) 「リアルオプション(RO)法」: 正味現在価値に加えて、投資の延期や中止、拡大、縮小、前倒しなど、将来の投資決定のフレキシビリティもプロジェクト評価の要素とすることにより、従来のNPV法やDCF法の限界を克服する実物資産投資の評価手法のこと。ある投資案件が投資タイミングの変更や段階的投資、オペレーション規模の切り替えなどの選択肢を持つ場合、そのことによる柔軟性が当該案件のキャッシュフロー(価値)創造にどのように影響するかを定量化することができる。  


(2)アウトプット管理からアウトカム管理に転換できるかが研究開発の価値を高める

 今後の研究開発のマネジメントでは具体的には、アウトプットとアウトカムに関するアクティビティーを見定めるところから入る。下の図表をご覧頂きたい。

【図表】 アウトプット管理からアウトカム管理へ


(注) ◆「入次数+出次数」:関係者ネットワークにおいて、当該企業(研究者)というノードに流入または流出する情報量を指し、この情報量で測る尺度を"次数中心性"(Degree Centrality)と呼ぶ。◆「媒介中心性」:Betweeness Centrality。人的ネットワークにおいて、当該ノードがネットワーク全体の価値にどれだけ寄与しているかを測る度合いのこと。例えば、アライアンス、コミュニティ参画、共同論文(IT活用)などがその度合いを測る指標となる。大まかには2者間の情報の流れについて、当事者以外の第3者がどれほど関与したかを示すもの。  
(出所) 日本総合研究所 ICT経営戦略クラスター作成
 
 前回のとおり"入次数"を上げ、一層"出次数"を上げることで"次数中心性"を高める。この地道な活動において、図表で示したアウトプット事項のモニターを徹底する。同時に、研究者にとっての「ナレッジシステム」(ひいては、アドミ側にとっての「アウトカム追跡システム」)をフル活用することで、つまり「ITを駆使したA型参加者価値曲線に沿うような手立て」により、"媒介中心数"を高める。前回の「田中型」研究者へ転換できれば、この仕組みの価値は大いに高まる。

 結局、アウトプット管理からアウトカム管理に転換できるかが、研究開発の価値を高めることにつながる。これには、研究開発のマネジメント側(アドミ側)と現場の研究者側が車の両輪となり、この仕組みをより実効的にするためのトライ&エラーの繰り返しが不可欠ともなる。このトライ&エラーは、決して非合理的でもなく無用のエネルギーを強いるアクティビティーでもない。製造業での学習曲線を駆け上ることにもつながる話だ。このラーニングカーブは研究開発分野にも適用されるべきものだ。

 ナレッジシステムなどの仕組み(インフラ)は、実際に使ってみていくら(何ぼ)ということになる。使ってみてその効用(つまりそのアウトプット)を測り、一定のプロセスを経て価値(アウトカム)を検証する行為やアウトカムへ転換するマネジメント(またはサイエンス)が現在、貧弱である。システマティックな仕組み構築に成功したあかつきには、次はマネジメント側と研究者側のアクティビティーに関するサイエンスが、研究開発の価値を高める鍵となる。現在のわが国大学院での"MOT(技術経営)ブーム"のカリキュラムには、こうしたサイエンスを取り込むことが求められているのではないだろうか。


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