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【特集2】パブリックマーケット 「公共事業」を超えてー
構造改革の成否を分ける市場のポテンシャル  パブリックマーケットとは何か

出典:早稲田パブリックマネジメント 2004年NO.2

「選択と集中」可能にする官民協業

◎世界最大の公共投資大国・日本。しかし1000兆円に達するともいわれる国・地方自治体の債務は、2001年から本格化した構造改革にもかかわらず、減少の兆しが見えない。 ◎何のための構造改革か、問い直す時期が来ている。構造改革の成否を分けるもの、それが公共の役割シフトにもとづく”パブリックマーケット”である。

1.構造改革とは何か

英国の「整然たるリストラ」

英国で構造改革が始まったのは1970年代の末である。まず、航空、鉄道、自動車、石油などさまざまな分野で国営企業が民営化された。これに続いて1980年代半ばには、公共セクターが手掛けていた業務に広い範囲でアウトソーシングが導入されている。その次に登場したのは、日本の独立行政法人のモデルにもなったエージェンシーである。これによって、アウトソーシングの対象にならなかった業務についても、部門管理、目標管理が行われることになった。さらに、1990年代に入るとPFI(Private Finance Initiative)が導入され、民間資金による施設整備が進められた。英国の構造改革を見る際に重要なのは、各々の施策とその順序が意味を持っていることだ。民営化の目的は公共セクターの守備範囲の再定義とバランスシートの改善にある。公共セクターは放っておくと、機能が増殖する傾向があるといわれる。民営化は肥大化した公共の守備範囲の見直しにつながる。また、民営化により民間事業者は負債を負って事業をスタートすることになるので、公共側のバランスシートは改善される。ただし民営化した後でも、公共セクターの守備範囲と公共スタッフが担うべき業務の範囲は必ずしも一致しない。そこで、公共セクターの守備範囲にある業務でも、民間セクターがより効率的に遂行できる業務については民間セクターに委ねることになる。これがアウトソーシングである。民営化とアウトソーシングによって公共セクターが自ら担う業務を徹底的に絞り込んだ後は、自らの業務を効率化するための仕組みを整える。そこで、部門管理と目標管理のために設立するのがエージェンシーである。一方、構造改革が進んでも、社会が進化する限り公共サービスに対する新しいニーズが生まれ続ける。施設の更新も必要だ。そこで、新規投資による負担やリスクを最小限にするために、公共サービスのための資産とその運営を民間に委ねるPFIが必要になる。以上のような一連の改革は民間企業のリストラクチャリングの仕組みと相似する理論的かつ実効的な構造となっている。つまり、「民営化は事業部門の売却」「アウトソーシングはアウトソーシング」「エージェンシーは部門管理」「PFIはオフバランス」にそれぞれ対応すると解釈できる。

公共セクターの役割シフト

日本では、公共セクターの構造改革が必要であることについては概ねコンセンサスが取れているが、なぜ構造改革を実施するかについては必ずしも十分な理解が得られていない。国と地方自治体の抱える長期債務は700兆円を超え、国内総生産(GDP)の150%という空前のレベルに達している。さらに特殊法人や第三セクターの抱える負債などを合計すると、日本の公共セクターの負債は1000兆円に達するともいわれる。2001年から本格化した構造改革によっても、長期債務は減る様子を見せていない。ここで長期金利が上昇すれば公共財政は極めて危険な水域に突入する。だからこそ構造改革が必要である、という指摘は正しい。しかしながら、財政改善のためには公共セクターの縮小が必要、という指摘は必ずしも妥当ではない。海外の先行事例を見ても、構造改革によって公共セクターが重要でなくなった国はない。また、一市民に立ち戻って考えれば、福祉、健康、安全、教育など、公共セクターに期待すべき課題は多い。こうして考えれば、構造改革は、過剰な負債を縮減し効率性を上げることを大前提としても、「新たなニーズに向けた公共セクターの役割シフトと、そのための選択と集中」が主たる目的であるといえる。そこで公共セクターは、民間では実施できない事業、公共部門が民間に比べて高い能力を持っており、コスト的に見ても妥当な事業にのみ資源を投入し、それ以外の事業は民間セクターに移転していく、という考え方が必要になってくる。

2.構造改革とマーケット

質の高いマーケットの育成が不可欠

選択と集中を念頭に置いた構造改革を実現するために当然帰結する条件がある。すなわち、構造改革を進めるためには、公共サービスに関わる実務を効率的かつ高いレベルで実施できる質の高いマーケットが存在しなくてはいけない、ということである。構造改革の成功と質の高いマーケットの育成は表裏一体の関係にある。ところが、これまで日本の公共事業の分野ではマーケットの育成に成功してきたとは言い難い。一般に、大きな市場からは競争力の高い企業が輩出する。日本の公共投資はピーク時で40兆円に達した。以降、縮小が続いているとはいっても、日本が20兆円を超える世界最大級の公共投資大国であることに変わりはない。しかしながら、公共投資の主要な受け皿である日本の建設産業の国際競争力が高いわけではない。技術力やスケジュールに対する厳格さなどについては高い評価を獲得しているが、国際市場でのシェアは高くはないし、むしろ低下傾向にある。こうなった原因はいくつか考えられる。まず、発注側の要請が時代のニーズに合っていなかった。昨今、海外の有力な建設会社の収益基盤は単純な土木建設工事ではなく、コンセッションのような付加価値の高い事業である。こうした事業が求められたのは、公共側が民間事業者に主体的な事業の実施とファイナンスを含めたリスク移転を望んだからだ。日本の構造改革の大幅な遅れが、公共団体のマーケットへの要請を鈍らせ、先端的な事業に関する競争力の育成を遅らせた。2つ目は、競争政策が不十分だったことだ。規模の小さな建設会社を保護するための政策がある国は珍しくないが、日本では強い企業が育つべき分野でも共存が優先された。強力な企業が育つことを望むのなら、工事の大規模化、先端的事業手法の取り込みなどがなされてしかるべきだった。3つ目は、そもそも民間事業者を育成するために何が必要かが十分に検討されてこなかったことである。その最もたる例として調達方式が挙げられる。民間の分野では、どんな大企業でも納入事業者との共存共栄の関係が存在する。そして、効率化のために発注者と納入事業者の間のコミュニケーションによる仕様の効率化が必要だということを理解している。これに対して、公共事業における調達は、いまだに一過性の叩き合いでしかない入札制度に固執している。「民間にできることは民間に」を原則とした構造改革を進めるのならば、質の高いマーケットの育成に何が必要かを考え、そのための施策を打たなくてはならない。

3.マーケット評価の考え方

顧客ベースのアウトカムをもたらす

以上の理解を前提に構造改革と表裏一体で成長すべきマーケットの動向を検討してみたい。本記事ではこうしたマーケットをPublic Market(以降、パブリックマーケット)と呼んでいる。この呼び名は、2001年、三菱総合研究所の山田英二氏による論文「パブリックビジネスの発展可能性に関する基礎研究」で、公共部門(国及び地方公共団体による活動領域)を民間企業が活躍できる「パブリックマーケット」として位置づけられたのが始まりだった。本来、パブリックマーケットには、公設市場(生活必需品を公正な価格で需要者に供給するために公設された市場)としての意味があるが、、アウトソーシングやPFIが適用されるべき同マーケットに、あえてこうした名称を使うのは、これまでの公共事業などの延長としてのマーケットのイメージを払拭したいからである。すでに述べたように、日本の公共事業や民間委託は、公共サービスの主たる提供者が公共団体であることを前提とし、必要となる施設やシステム、労働力などを調達する手段として実施されてきた。また、さまざまな基準が公共団体の関与と関連業界の協調のもとで整備され、変化の少ない企業ヒエラルキーを構成してきた。そこでは、事業者には公共サービスの最終的な顧客が地域住民であるとの意識が希薄で、顧客ベースのアウトカムを実現するための創意工夫の余地が少なかった。構造改革が国民主体で実施され、公共セクターの役割シフトの結果として生じる空間を民間マーケットが受けるのなら、そのマーケットは最終顧客のメリットを意識し、事業者が創意工夫を最大限に発揮するものであってほしい。パブリックマーケットという呼び名にはそうした意向を込めた。そして、住民指向という意味では、パブリックマーケットの本来の意味もあながち外れていない。

先行6事業のポテンシャルを推定

パブリックマーケットをいかに健全に育成していくかについては今後多くの検討が必要と考えられるが、ここでは、民間事業者が主体的に事業を行った場合の市場規模に焦点を当てている。以降、主要マーケットに関する基礎的な検討結果を示すが、まずここで、その前提について述べておく。市場規模を正確に算定するためには、現状公共セクターが要しているコストを把握する必要がある。民間事業者がそれを代替するのであれば、原則としてコストを現状以下としつつ、より付加価値の高いサービスを提供しなくてはならないからだ。ところが、それに耐えるだけのコスト情報を積み上げで把握することは極めて難しい。たとえば、公共側の人件費や管理コストに関するデータが正確に記録されているケースは一般的でないし、施設の維持管理のレベルもまちまちである。そこで、本記事では先行するPFI事業などのコストをベースとして、対象となるマーケットの事業の原単位を算出し、これに全国ベースの規模を掛けることにより市場規模を想定する、という手法(以下の算式)を試みた。

 

 原単位の算定にPFI事業の契約額を使うと、支払額の中に施設の投資回収のためのコストが含まれるため、施設が存在している場合のアウトソーシングについては、コストを過大に評価していることになる。しかしながら、長期的に見た場合、現状の施設もいずれは更新投資が必要になる。それを前提とすれば、施設が存在する場合の維持管理コストは過去に集中的な投資負担を負った結果として相対的に低いのであるから、PFIなどをベースとした原単位の算出は長期的なマーケットポテンシャルを検討する際の目安になりうるものと考えた。実際には、投資を必要とする公共サービスであっても、すべてがPFIで実施されるわけではない。日本の公共団体が優秀なスタッフを擁していることを考えれば、公共団体が主体的に実施することを前提に効率化を進め、民間からの調達に工夫を加える、というケースが中心となる可能性が高い。また、民間事業者が資産整備から運営までを主体的に実施する場合でも、DBO(Design Build Operate)のように公共側が資金調達リスクを負う事業スキームもある。ちなみに、DBOはPFIに比べて、公共団体の人気が高い。質の高いマーケットでは、さまざまな事業スキームが各々のメリット、デメリットを評価されるべきであるから、こうした複数の事業形態が並立するのはむしろ望ましい。そして、公共側の資金負担が初期投資時に集中しようが、BOT(Build Operate Tranfer)のように平準化されようが、各事業方式の効率性が評価されているのなら事業期間中の財政負担を平準化した場合の行政負担に大きな変化はないはずだ。一方、検討の対象となる事業分野としては、廃棄物処理、公立病院、上水道、下水道、それに昨今費用負担増が著しい情報技術(IT:Information Technology)、自由化が進む電力を取り上げた。これらの分野を対象とした理由は3つである。1つ目は、公共団体の手がけるサービスの種類が多く、すべてを検討するのが難しかったからだ。2つ目は、事業規模の大きな分野を検討すれば、パブリックマーケットの全体規模に関するつかみが得られるからである。3つ目は、先行事例やデータ整備などにより検討が可能な状況があるからだ。以降、各事業分野における市場規模の推定結果を示すが、今後は、これらをベースとしてより詳細なパブリックマーケットの検討を進めたいと考えている。

 

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