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新たな発展「地方の時代」に道筋をつける
「構造改革第二期」の取組みへの視点 <第2回>

出典:旬刊 国税解説 速報VOL/44 第1617号

構造改革とアウトソーシングマーケット


1 集中と選択

前回、構造改革とは公共団体における選択と集中である、と述べた。民間企業はマーケットのニーズに対応できなければ淘汰されてしまうから、ニーズに対しては敏感だ。一方、公共団体が社会ニーズに対して敏感である、と思っている人は少ない。公共団体は最大のサービス産業である、と言われる。であるなら、顧客はいるはずだし、顧客がいる限りニーズは存在するはずである。にもかかわらず、公共団体に顧客志向が少ないと思われている1つの理由は、公共団体が提供しているサービスの殆どが独占サービスであるからだ。しかしながら、独占サービスだからといってニーズに鈍感であっていい訳ではない。倫理観から言うのではなく、顧客のニーズを無視していけば、不満はふつふつと高まり、いずれは大きな圧力となるからだ。むしろ、民間企業より慎重に、分かりにくいニーズに対して敏感でなくてはならない。ニーズに敏感であることは、変革に対して柔軟である、ということでもある。変化を知りえても変わることができないのでは意味がない。常にニーズを察知し、自らが実施すべきでないものについては他に移転し、自らの資源は新たなニーズに振り向けていってこそ改革は進む。そして、公共団体において、移転先とは民間マーケットを意味すると考えて間違いない。これは、公共団体の変革のためには受け皿としての民間マーケットの育成が不可欠であることを意味している。前回で述べたイギリスの構造改革でも、公共団体の改革と平行して、移転されたサービスを請け負う民間企業のマーケットが育っていった。こうした経緯からも、構造改革を進めるためには選択と集中の受け皿となる民間マーケットが不可欠であり、構造改革を背景としたマーケットへの要請がなければ優れた民間企業は育たないという、改革とマーケットの表裏一体の関係が明らかである。官民協働とは、狭い意味では、1つの業務を官と民が役割を分担して実施することを言うが、広く捉えれば、官と民で国民の福祉に資するサービス全般を支えることを意味している。

2 日本のマーケット状況

日本でも、1999年のPFI法成立以来、官民協働に向けた取り組みが始まっている。しかしながら、前述した広い意味での官民協働の概念が普及しているとは思えない。官民協働を実現するためには、公共サービスを提供するための信頼感のある民間企業のマーケットを育成することを、政策的にも明確に位置付けることが必要である。しかしながら、日本は、公共分野で競争力のある企業が生まれるマーケットを生み出すことに十分な経験を持っていない。日本の公共投資はピークで40兆円、GDP対比で8%にも達するレベルにあった。昨今の投資抑制で減ったとはいえ、いまだに20兆円は優に超えるレベルにある。一般に、大きな市場からは競争力の高い企業が輩出する。公共分野でも世界に先んじて民間委託が開始され、国内マーケットを3つの大企業で概ね三分しているフランスのアウトソーシング企業の競争力は高い。しかしながら、世界最大級の建設投資大国である日本の建設会社が国際的な競争力が高いかと言えば、必ずしもそうとは言えない。技術力やスケジュールに対する厳格さなどについては高い評価を獲得しているものの、国際市場でのシェアは高くもないし、低下傾向にある。原因はいくつか考えられるが、大きく2つのことを指摘したい。1つは、発注する側の公共団体の要請が時代のニーズに即したものではなかったことだ。昨今、海外の有力な建設会社の収益基盤は単純な土木建築工事ではなく、コンセッションのような付加価値の高い事業によるものだ。そして、こうした事業が求められたのは、公共側が民間事業者に、より主体的な事業の実施と、ファイナンスを含めた民間へのリスク移転を望んだからである。その裏には、1980年代から世界中で加速した構造改革があったことは明らかである。逆に言うと、日本の構造改革の大幅な遅れが、公共団体によるマーケットへの要請を鈍らせ、結果として先端的な事業に関する競争力強化を遅らせたと考えられる。2つ目は、市場の基本原則である競争政策が不十分だったことだ。規模の小さな建設会社を保護するための政策がある国は珍しくないが、日本では、強い企業が育つべき分野でも共存が優先された。強力な企業が育つことを望むのであれば、工事を大規模化しマネジメント能力の高い企業を積極的に評価する、あるいはデザインビルドのような先端的事業手法を取り入れ、技術力の高い企業を評価する、などの施策がとられるべきであった。しかしながら、現実に行われていたのは、ぶつ切り発注であり、相変わらずの仕様発注である。筆者は、日本でのPFIの導入当初から公共マーケットの育成による産業創造の重要性を訴えてきたが、現実は理想とはかなり遠いところにある。日本の構造改革で先行的に始まったPFI市場を見ると、いくつかの問題がある。1番目は、専門的なサービスオペレーターが育っていないことだ。公共サービスの受け皿となる民間マーケットを育成する場合、中心となる企業の形態はサービスを提供する企業であるべきだ。建物やプラントの建設といったビジネスは、サービス提供の主体に対して必要となる資源を提供するためのビジネスであるからだ。構造改革下の民間移転で生まれるビジネスは、サービスを提供するための業務を主体的に実施するビジネスであるべきで、主体者に対して施設を提供するビジネスが中核となっているようではいけない。サービスオペレーターには独自のノウハウが必要である。専門性を高めれば高めるほど、サービスを享受する住民のメリットは大きくなる。しかしながら、日本のPFI市場で活躍する企業の多くは、建設、プラント関係の企業であり、専門的なサービスオペレーターは極めて少ない。一部には、日本のPFIマーケットは建設業のサイドビジネス、という厳しい指摘もある。2つ目は、外資系企業の撤退である。ピーク時に40兆円に達した世界最大の公共投資マーケットが、PFIによって開かれることに対する外資系企業の期待は少なくなかった。しかしながら、PFI法成立から5年を迎えようとしているにもかかわらず、外資系企業の活躍は限られている。既に日本市場から撤退した企業も複数ある。PFIの主たるファイナンス手法であるプロジェクトファイナンスに高い実績を持つ、外資系金融機関の活躍もない。日本の構造改革が10年遅れ、海外において先進的なノウハウを有する企業が育っているにもかかわらず、外資系企業の活躍が見られない理由は、日本の市場に彼らの先進的なノウハウを評価する仕組みが無いからである。10年遅れの選手が、間違っても、彼らのノウハウが日本市場に通じないなどと言うべきではない。後進するものが自らを優位視するようでは発展など望めない。3つ目は、市場がまだら模様であることだ。日本には3000を超える自治体があり、共通性の高いサービスを提供している。法施行後5年も経っているのだから、構造改革の理念が浸透していたのならば、同種の分野のPFI事業が100単位で出てきても不思議ではない。しかしながら、そもそも5年かかって開始された事業の数は100強であるし、一分野で事業数が10を超える例は1つもない。つまり、分野ごとのPFIの普及率は1%にも満たない。事業が継続的に発注されないことは専門性の高い事業者の育成を阻む。例えば、病院分野で専門性の高いサービスオペレーターの育成を望むのであれば、毎年継続的に案件を受注できるような環境がなければならない。案件が網羅的で、かつ不要不急の施設が相当程度に含まれていることは、自治体側の改革の目線が定まっていないことを意味している。

3 マーケット育成のために

こうした状況が続くようでは、日本で構造改革の受け皿となる民間市場が生まれることはない。それは、産業面での成長機会を逃すだけでなく、公共側の改革の足かせともなる。民間市場を育成するためには、複数の面からのアプローチが求められる。第1に必要なのは、投資に耐え得る市場にすることである。民間企業は新しい分野に参入する場合、必要な資金を調達して事業体制を整える。初年度から黒字という恵まれた事業はそうないから、新事業が投資資金と事業開始当初の赤字という負担を背負って出発しなくてはならない。そして、殆どの場合、こうした負担の回収には数年以上の期間を要する。これは、新事業に投資するためには、数年先のマーケットの状況が見えていることが必要であることを意味している。ここに、日本でオペレーターマーケットが育成されない原因がある。改革を何十年も先送りしてきたこともあり、公共団体が積極的に改革に取り組むか否かに関しては懐疑的な見方の方がいまだ主流である。言い方を換えれば、公共マーケットの先行きを信じていない。少なくともリスクを負って投資しようという気持ちにはならない。だから、投資しなくても済む会社が、既存ビジネスの中で回る範囲内でPFIやアウトソーシングのビジネスに進出する、ということになるのである。こうした事態を避ける方法は、政府が将来の改革に対する毅然とした姿勢を見せることである。例えば、プライマリーバランスを2010年までに達成するという目標についても、目標達成をどれだけ真剣に考えているのかと思われるフシがある。GDP対比140%という先進国史上空前の債務を前に、どれだけの危機感を持っているのか。破綻寸前というのに、自治体などに対する資金供給をいつまで続けるのか。そうした姿勢をマーケットは見ている。そして、真剣味が感じられないのであれば、痛みを伴うアウトソーシングが普及するとは信じることができないのである。構造改革の受け皿となるアウトソーシングマーケットを育てるためには、危機感を明確にし、公共団体向けのキャッシュフローを絞ることが必要だ。その上で、5年、10年の単位でアウトソーシングの目標額を設定するくらいの姿勢があっていい。次に言えるのは、民間企業の創意工夫や付加価値が認められる市場環境を作ることだ。価格だけを叩き合う市場が付加価値のあるものに育つことはない。公共サービスの評価は、サービスがもたらす質的な価値と投入コストの比で表現できる。つまり、質が高く、コストが低いほど、評価は高くなる。これまでの公共事業では、公共側が施設の詳細設計を行うなど、公共サービスの質的な価値は公共側の知見によって担保された。だから、それが実現できることを条件に民間企業を絞り、コストを競わせれば、質的な価値と投入コストの比によって表現される公共サービスの評価は、向上することになる。一方、選択と集中のためのアウトソーシングにおいて、サービスの質は実務を担当する民間事業者の知見やノウハウに依存する。公共側は基本的な要求事項は明示するものの、詳細部分については民間企業に委ねることになる。つまり、質とコストの比で表現されるサービスの評価は、民間事業者の質、価格両面のパフォーマンスに依存することになるので、価格のみを競わせる従来型の入札を用いたことは適当ではない。公共事業やPFIでも、質とコストの両面から評価を行う総合評価方式が導入されているが、民間事業者の付加価値を取り込むのには不十分である。根本的な勘違いは、出された提案書を一方的に評価する、一発勝負型の方法で付加価値が評価できると思っていることである。履歴書や論文だけで人間が判断できないのと同様に、民間事業者も提案書を評価するだけで付加価値を評価することはできない。付加価値を評価するために不可欠なのは、交渉を含むコミュニケーションである。公共側の基本的な要求を民間事業者に伝え、民間事業者から意見を受け、より良い条件に修正し、民間事業者から提案を受け、内容を精査した上で、質とコストの比が向上するように双方の意向をぶつけ合う。こうした取引が本来の交渉である。公共分野には、競争させれば、あるいは叩けば、コストが下がると思っている人がまだまだ多い。サービスの価値を高めるために最も重要なのは、重要度の低い部分の仕様を落とし、重要度の高い部分に振り向けることによる、投資効果の最大化である。そのためには、受注側と発注側で何度も交渉を繰り返すことが必要だ。例えば、公立病院の設計を性能発注で委託しようとする場合、民間事業者から初めて提出される設計書が公共側の要求を全て満たす、と考えるほうがどうかしている。住民のために望ましい病院とするためには多くの改善が必要だろうし、それが指摘できてこそ、公共サービスのコーディネーターとしての、公共側のスタッフの価値がある。民間事業者のノウハウを保全することも重要だ。これまでの事業者選定では、事業者決定前に民間事業者との個別交渉は行なわれない。これでは、民間事業者は、提案書に表現できない。あるいは追加的に、とっておきのアイデアを出すことはできない。民間事業者から付加価値の高い提案を受けようと思うのであれば、アイデアを守秘できる個別交渉も必要だ。いずれも、既存の法体系の中で容易ではないかもしれないが、会計法、地方自治法などに縛られた硬直的な解釈の下、十分な交渉を行わないのは、住民の便益と制度とをトレードオフしていることに他ならない。マーケットとの協働を図っていくためには、サービスの顧客である住民のメリットを最優先しなくてならない。それが、選択と集中による公共側の改革を進めるための、最も重要な要素なのである。次回以降も、構造改革の受け皿としてのマーケット育成の考え方について、検討を進めていくこととする。
(次回へ続く)

 

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