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ビジネスモデルでみる勝ち組IT・ネット企業

新保豊

出典:エコノミスト 2003年3月11日号

(1)「IT・ネットバブル」後に残っている企業とは

 1998年前後から2000年4月頃を頂点とするIT(情報技術)・ネットブーム(IT革命第1期)、米国のシリコンバレーを中心に、数多くのインターネットベンチャーが誕生した。しかし、多くのドットコム企業が露と消えた。
その後日本は2002年にはブロードバンド時代に突入し今年を迎えた。結局、IT革命第2期の現下残っている企業は、どのようなビジネスを行っているのだろうか。

 「ネットビジネス分野」の雄として、米国ではヤフー(ポータル事業)、イーべイ(オークション事業)、アマゾン(書籍や医薬品などのネット販売)。わが国ではともに1997年に設立された楽天(楽天市場での商談事業)、アスクル(文具販売)などが代表選手だ。

 また「サービス分野」では、人材派遣のパソナ(1976年設立)、格安航空券のHIS(1980年設立)、ソフトバンク(1981年ソフト流通卸業としてスタート)、米デルコンピューター(1984年からPCの販売)などがネットブームよりも前から今も元気である。

 一方、「ブロードバンドインフラ分野」として2000年4月のIT・ネットバブル崩壊後の設立組である、ソフトバンクBB(同2000年5月、合併2003年1月)が代表格であろう。
 これら企業には、それぞれのビジネスモデルまたは経営手法に応じた「事業サイクル」が存在する【図表1】。 
 

【図表1】 事業サイクル

   
(注)  (1):適正キャッシュアウト経営、(2):スピード経営、(3):差異化経営、(4):特注専業経営 
(出所)  日本総合研究所 ICT経営戦略クラスター 

 
 ここでは【A】ネットビジネス優等生型、【B】アマゾン型、【C】3Gバブル型、【D】ドットコムバブル型に大別する。
 このうち【A】(情報仲介モデル)のヤフー、イーベイ、楽天、アスクルは、持続的成長を遂げている。また、今やパソコン販売のトップに躍り出たデルコンピュータ(ダイレクトモデル)なども優等生だ。これら企業では、(1)適正キャッシュアウト経営、(2)スピード経営、(3)差異化経営など、企業や事業の発展プロセスにおける共通のハードルをクリアできていた。

 一方、【B】(倉庫モデル)のアマゾンは、かろうじて2002年の通年で創業8年目にして初めての営業黒字を達成。このモデルではキャッシュアウトが膨大で、コスト圧縮に相当難渋している。

 アマゾンのようにはなかった先として、ネット食料品店の米ウェブヴァンがある。サンフランシスコの営業地域に巨大倉庫を建設し、1999年9月大手コンサルティング会社CEOをトップに迎え、同11月にはIPOを実施、ナズダックに上場。当時「食料品販売に革命を起こす」とまで賞賛されたが、2001年7月に倒産した。

 また、【C】(通信インフラモデル)のうち欧州では、3G(第3世代携帯電話)事業の免許取得費用が膨大となったドイツ携帯電話会社が計画した、欧州のテレフォニカとソネラなどとの3G合弁事業は昨年夏に消え去った。NTTドコモはFOMA事業を通じた巻き返しを目下はかっているが苦しい状況が続く。【D】に属する膨大なドットコムは全滅に近い。これら企業では、同①~③の条件を満たしていなかった。

(2)消え去った企業の共通点

 ではダメになった【D】タイプの企業は、どんなビジネスをやっていたのか。消え去った企業の共通点は何か。
 それは、前述(1)~(3)の条件についての取組みが未解決であったこともあったが、加えてネットビジネスの行方を左右する「2つの経済性」と「クリティカル・マス」についての仕掛けの甘さがネックになった。

 大概のドットコムでは、ネット上の消費者をまずは一定以上確保することに専心。「a:規模の経済性」の追求である。起業家らはネットバブル崩壊まで当面は利益を生み出す見通しが立たなくとも、ターゲット市場にて真っ先にビジネスを始め、できるだけ多くの利用者を獲得できれば、いずれ利益が生まれ事業は成功すると信じた。ゆえに多額の資金を広告に費やし商品やサービスを安売りした。

 しかし、市場はそう甘くなかった。利益が出る前に大半の企業は資金を使い果たし、「b:クリティカル・マス」、すなわち利益を上げられるまでの臨界量(損益分析点)に達しなかった。 
 

【図表2】 収益形成パターン  

 

(注)  「クリティカル・アフィニティ」:マス(ボリューム)ではなく、affinity(共感、親和力、魅力)がポイントとなる境界線(筆者の造語) 
(出所)  日本総合研究所 ICT経営戦略クラスター 
 
 10億円ほど使えば何とかできるという取り憑かれた熱狂のようなものがあった。米国親会社からの技術供与も受けることで、食料品からパソコンや保険まで何でも扱う商品の価格をネット上で比較できるサービスなどが、代表的ビジネスモデルとして相次いだ。e-Japan計画なども後押ししITというだけで、総合商社やベンチャーキャピタルなどから出資申し出が殺到した。

 IPO(株式公開)にまでこぎつけたドットコムもあった。しかし、次の出資を募り始めたネットブーム陰りの頃には、にわかに様子がおかしくなった。景気減速などで追加出資は厳しいとの理由で資金はどこからも絶たれた。全国紙に打った全面広告などで数億円は消え、やがては倒産に追いやられた。

 また「c:範囲の経済性」の追求についても不十分であった。これはクリティカル・マスに当たるユーザーを獲得した段階で、さらに競合他社との価格上の差異化(上記(3))で重要だ。いわば顧客を「ロックイン」する戦略により、一定の顧客基盤を形成できるかが市場での勝敗を握る。
 多くのドットコムではこの3つの仕掛けづくりを通じ、着実に利益を稼ぐモデルを構築できなかったのだ。
 
(注)  「範囲の経済性」:複数のサービスや事業を同時に、多角化した企業の内部で行う場合のコストの方が、それら事業を別々の企業が担当した場合にかかるコストの総和よりも低くなる現象のこと。 
(注)  「ロックイン」:顧客が類似の他の商品・サービスに逃げないよう鍵をかける、すなわち、他へ移行する際のスィッチングコストが高くなるような仕掛けをつくることで、顧客の固定化をはかること。

(3)現下のブロードバンドによる環境変化がもたらすもの

 今や「ブロードバンド」が「IT」に代わる期待を込めたキーワードとなっている。これがもたらすものはどのようなものか。

 ブロードバンド時代にはITでなく「ICT」と呼ぶべきだろう。これは従来からの情報処理技術を示す「IT」に、メディア・放送やコミュニケーションを示す「C」を加えた革新的テクノロジーやその仕組みを指す。

 つまり、情報処理装置やそれを構成する半導体等のハードウェアやそれを機能させるソフトウェア分野などの理知的(無機的)でドライな面に加え、人や組織間のコミュニケーションやコラボレーションなどの情感的(有機的)でウェットな面までも対象とするわけだ。

 2002年11月発表のNTTの「レゾナントコミュニケーション」おける「世の中と共鳴しながら進歩する(略)コミュニケーション環境」に近いイメージだ。

 この革命は、従来のコミュニケーション環境でのしきい値、すなわちどこでもいつでも簡単に低コストでアクセスできるためのシーリング(経済的かつ心理的な枠)を取っ払うものだ。まさに、19世紀にエンゲルスが"発見"した「量から質への転換」、あるいは「マス(ボリューム)からアフィニティ(共感、親和力、魅力)」への転換が進行している。だから革命と呼ぶにふさわしい。

 ネットの世界では、消費者向けサービスはどんどんコモディティー(生活必需品)化していく。例えば、2001年6月の「Yahoo!BBショック」。業界最安値ADSLサービスのインパクトは大きかった。これでわが国通信市場は世界で最も激しい競争の場となり価格は断トツで安くなった。一旦、インターネット環境が当たり前になりコモディティー化すると、その環境の上にさまざまなサービスが乗っていく。消費者が好みにあったものを同一事業者から安価に選択できる(範囲の経済性を得る)ようになれば、その生活の質が変わる。

 さて、ドットコム企業が直面し解決できなかった「模倣障壁」要素とは補完財とも呼ばれ、やや泥臭い向きのある、流通チャネル、顧客関係、供給者との関係などが主なものだ。冒頭の①~③を左右するドライバーでもある。いかに美しいビジネスモデルを描き、または他業界のトップを自社に引き入れてもうまくいかないのは、これらに起因するからだ。

 IT分野やネットビジネスにおいて「規模の経済性」と「範囲の経済性」からなる模倣障壁領域において、これまでは右斜め部分か右下部分に経営資源を集中できた企業が、利益率も高く当該市場の雄として君臨できた。
 
 

【図表3】 模倣障壁により生き残ったビジネスモデル   

 

(注)  括弧内数字:直近のおよその利益率 
(出所)  日本総合研究所 ICT経営戦略クラスター

(4) 今あらためてインターネットビジネスの成長はあるのか?

 以上の背景のもと今後有望とされるビジネスはどんな企業なのだろうか。またそもそもインターネットビジネスは、市場として成長していくものなのか。

 2つの企業タイプ、【E】ソフトバンクBB型および【F】製造系ハイテクベンチャー型について考察してみよう。
 まず【E】について。これは例えばソフトバンクBBに見られる、ほぼ国内をカバーすることで目下世界最大規模の、ギガ級フルIP網インフラのもつ模倣障壁を強みとするもの。この障壁は事業者が経営のリアルオプションをもつことを意味するともいえる。

 今後、回線交換方式による通信ビジネスの行方が不透明になるなど、大きな不確実性が伴う分野ではこのオプションがもたらすバリューが大きな意味をもつ。
 
(注)  「リアルオプション」:元々金融分野で扱われるオプションに対する考え方を、不確実性の大きい実際の事業分野において適用したもので、経営のもつ選択権のこと。 
(注)  「リアルオプションバリュー」:経営上の選択権の価値を定量化したもの。従来の事業バリューであるNPV(正味現在価値)に、リアルオプションがもつバリューを加えたものを新しい事業バリューとする。 
 

【図表4】 リアルオプションバリューという模倣障壁  

 
(出所)  日本総合研究所 ICT経営戦略クラスター 

 
 具体的には、マルチキャスト可能な新ネットワークによりADSLによるIP放送などの事業を、そのときの技術革新度合いや市場状況を踏まえ、適切なタイミングで他よりも低コストで開始できること。それで経営上の選択権から生じる事業バリューによりネットワーク全体のバリューを増大できる。

 ソフトバンクBBは新ネットワーク構築において、2002年9月末時点で累計1,250億円ほどの設備投資を実施。 一方競争相手のNTTは、動画即時処理など可能な新通信基盤を5年間で3,000億円ほど投資することを発表。ブロードバンド時代の雌雄を決する新型ネットワークのバリューを、両者が認識し出したわけだ。

 かくして新しい競争形態は、「ネットワークインフラ→プラットフォーム基盤(認証・決済・課金・セキュリティー)→コンテンツ基盤(ケーブル放送なども)」なる3つのレイヤーでの収益を追求する「範囲の経済性」の競争へ、すなわち垂直統合的なモデル構築の競争へ突入した感がある。

 次の【F】は「(4):特注専業経営」を特徴とするもの(図表1)。インクス(3次元金型)、ザインエレクトロニクス(半導体)、メガチップス(同)、サムコインターナショナル(製造装置)などの「製造系ハイテクベンチャー」は、初年度から黒字を達成している。これら企業はターゲットをエンタプライズ向けとし、「クリティカル・アフィニティ」なるしきい値をクリアしており、収益形成パターンも異なる(図表2)。

 さらなる共通点は「規模と範囲の両経済性」に必ずしも執着するわけではなく(図表3)、したがって顧客の懐に入り込むことを重視している点。または広告宣伝が派手なドットコムの「プッシュ型」に対し、「プル型」すなわち共感、親和力、魅力などの面で差異化したアメニティ価値を顧客と共有する点にある。真に顧客や市場から必要とされる(独自の技術・ノウハウを強化する)ことを目指している。

 だから自分を叩き売りすることもなく利益が出せる。実際、その他、キョウデン(プリント基板:利益率~40%)、アクセル(半導体:同~20%)など、およそ1990年代の創業を経て今では高い利益率を誇っている。彼らにとってITは業務遂行上の当然のインフラとなっている。

 IT革命第2期の現下、インターネットはビジネスにとって不可欠なインフラとして成長を遂げている。2つのタイプは、インフラ整備のもとその上で通信と放送を統合するような新しいサービスを目指すものと、そのインフラを自前の経営資源としてフル活用しつつ、モノづくりにこだわり価値を創造するものということになる。

 生き残ったビジネスモデルとは2つの新しいタイプ(【E】と【F】)と、前述の【A】なる優等生型を加え3つとなる。これはインターネットビジネス初期とは、インターネットに対する期待や効用が変質した結果ゆえのことと総括できよう。3つの企業群が新しい競争の幕開けにあって、さらにどのように対処していくのか楽しみだ。

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