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公共投資の新手法「PFI」が中小建設会社を変える

出典:e・Gov  2003年8月 創刊準備号 (※井熊均が編集委員を務めます)

PFI法が施行されて約4年。
当初はゼネコンなど大手企業のみが参加することができるイメージが先行し、中小の土木・建設業者は全く無関心であった。しかし新規の公共事業が縮小化へ向かう時代にある今、中小の建設業にもビジネスチャンスが広がったと考えるべきではないのか。

1. 従来型公共事業からPFIへ

日本の公共投資の特徴の一つは、世界最大級の規模の公共工事が、旧来的な硬直的方法で発注されてきたことだ。従来、日本の公共事業では、公共側が詳細な仕様を決め、それを最も安く提供する民間事業者を選定する「仕様発注」が主流であった。工事の予算も、詳細な仕様と特定の公開資料を基にまとめられた単価等を用いた積み上げにより設定された。こうした従前の公共調達の前提となっているのは、公共団体が公共サービスの提供の主体者となり、かつ公共団体は当該の事業を行うために十分な専門的知識等を有している、ことである。ここで、民間事業者に求められているのは、サービス提供の主体者である公共団体が要求する仕様の施設や人材をできるだけ安価に提供することであった。

構造改革によりこうした従前の調達構造は大きく変わろうとしている。日本のみならず、民間事業者ができるものはできる限り民間事業者に委ねよう、とするのが世界的な流れであるからだ。

これによって、官民双方に様々なメリットが期待できる。まず、官の側から言えば、民間にできることはできるだけ民間に委ねることで、自らは住民等のニーズに即した新たな活動に戦力を集中することができる。構造改革は、公共団体にとっての選択と集中なのである。また、民間事業者が競ってサービスを提供するようになれば、コスト削減や専門的なノウハウによる公共サービスの質の向上を期待することができる。
 
公共事業をできるだけ民間に任せようとするとどうなるのだろうか。まず、公共施設等の仕様については、民間事業者の責任で決められるものはなるべく民間に委ねよう、とする方向が考えられる。公共側は施設等に求められる基本的な仕様や性能を提示し、それを実現するための詳細な仕様は民間事業者が決定することになる。いわゆる設計施工一体型の発注である。これによって、設計から施工まで一貫した効率化が期待できる。 

施設の仕様だけでなく、時間軸や業務範囲についても民間事業者の裁量範囲を広げることができる。単年度が当たり前だった委託を複数年度にすれば、民間事業者は今年よりも来年、来年よりも再来年というように業務を改善することができる。また、施設は建設した後の適切な維持管理や運営が伴ってその機能を発揮することになるから、設計・建設だけでなく維持管理や運営も含めて民間事業者に委託した方がいい。こうなると、施設の基本的な仕様についても民間事業者が決定する部分が出てくる。
 
ここに施設整備のための民間資金を導入するとPFIということになる。 構造改革というと、とかく公共投資の削減ばかりに目が行きがちだが、それは偏った見方である。構造改革の時代には、どのようなマーケットができるかを考えることが重要になる。民間に委ねる部分が多くなるのなら、優れた民間事業者が必要になるのは当然だ。これまでの公共事業はこうしたマーケット志向の考え方が欠けていた。民間にできることはできるだけ民間に任せるようにすればビジネスチャンスが拡大し、裁量範囲が拡大すれば、ビジネスとしての付加価値が高まっていく。
 
そして、例えば、これまで公共側の示す詳細な使用に従い人員派遣を行っていた施設の維持管理業務等でも、決められたコストでいかに質のよいアウトプットを出すか、が評価されるようになる。発注期間が複数年になれば事業のマネジメント能力や資産管理能力が評価されるようになる。「性能発注」の流れは、公共分野におけるビジネスの付加価値を増す大きなチャンスなのである。

2. PFIへの懸念と建設産業のポテンシャル

一方、PFIが導入されることについては懸念する向きもある。特に、これまで公共事業の元請となってきた地域の企業からは、工事の発注元がPFIで設立されるSPC(Special Purpose Company)となり、そのスポンサーである大手民間企業に仕切られることを懸念する声が少なくない。これに対しては二つの点を指摘したい。
 
1 つ目は、発注元が民間企業であろうが、公共団体であろうが実際の工事を行うのは地元の企業である、ということだ。東京に本社を置く企業が、コストの厳しい事業で遠地から工事に従事するスタッフを連れて行くことは考えられない。したがって、実務の力のある企業ならば、発注形式が変わっても仕事自体が減るわけではない。むしろ、民間同士の取引の中で新たに事業を拡大する企業が出てくるかもしれない。
 
2つ目は、建設会社の将来戦略の問題である。この点は重要なので詳細に述べる。日本の公共投資が削減されるのは致し方ない。官民合わせた日本の建設投資は、ピーク時においてGDPの15%にも達していた。これは他先進国の3倍以上、東南アジア諸国と比べても2倍近いレベルにある。どの程度のレベルに落ち着くかは別にしても、日本の公共投資が世界の常識から見て説明できる範囲内に収まっていくことは間違いない。
 
そうであれば、市場の縮小が確実な「モノを建てる」というビジネスモデルだけに執着した事業戦略からいかに脱却するかを考えなくてはいけない。 建設会社に限らず、ハード系の企業は自らの持っているポテンシャルを十分に認識していない傾向がある。しかし、ゼネコンのような建設工事を取りまとめる企業は実は様々な事業ポテンシャルを持っている。建設会社は顧客の要請に応じて、設計図どおりの施設が出来るように適切な事業者を選定し、これらを取りまとめて、計画どおりのスケジュールで完工できるようにプロジェクト管理をする。
 
現場でトラブルが起これば、速やかに対処し、全体を見渡しながら詳細なスケジュール調整を行う。他の企業と一緒になってプロジェクトを推進する必要があれば、適切な企業とパートナーを組み、ジョイントベンチャー方式でプロジェクトを遂行する。恐らく、ゼネコンという看板を掲げる企業なら、それほど違和感のない業務であろう。しかし、この中には建設会社が将来事業を展開していくための重要な事業ポテンシャルが含まれている。顧客の要請に従って適切な事業者を選択できる、ということは、建設会社が目的となる事業を遂行するための技術評価能力を有していることに他ならない。

また、複数の企業の技術を取りまとめてプロジェクトを遂行するためには、技術インテグレーション能力が求められる。
一方、計画されたスケジュールに従ってプロジェクトを運営し、トラブルがあっても適切に対処するためには、プロジェクトマネジメント能力、あるいはリスクマネジメント能力が必要になる。また、ジョイントベンチャーを組成するためには、事業体を組成、運営していく能力が不可欠だ。

建設業の新しい展開には、これまでのビジネスで培ってきた、こうしたソフト面でのポテンシャルに注目したい。昨今、プロジェクトマネジメント、インテグレーション、リスクマネジメント、といった横文字で表現されるビジネスノウハウが重要と言われている。そして、先に述べた建設業の持つソフト面でのポテンシャルとは、まさに時代が求めているこうしたノウハウそのものである。筆者は、機械プラントを作る会社から新しいビジネスを生み出すシンクタンクへと転じたが、重厚長大の世界で培われたノウハウは分野が変わっても十分に通用するものである。

3. 基本はアウトソーシング

PFIの時代にどのようなビジネスに傾注すべきかは、構造改革の流れを確認すれば知ることができる。
 
イギリスで行われた構造改革では、まず始めに国営企業の民営化が行われた。ここで、肥大化した公共の守備範囲を縮小し、公共側が担うべき業務の範囲を再定義したのである。次に行ったのは、再定義された守備範囲内の業務のさらなる絞り込みである。ここでは、守備範囲の業務をできるだけ民間に委ねるためにアウトソーシングを行った。そして、民営化によって民間に移転することもできず、アウトソーシングの対象ともならない業務をエージェンシー(独立行政法人)によって効率化した。
 
こうして公共側が担っていた業務を徹底して効率化した後に登場したのがPFIである。ここでのPFIの主な狙いは、構造改革の中でも新たに整備しなくてはならない施設等のオフバランスと効率化である。構造改革下でも、どうしても整備しなくてはならない事業の資産をオフバランスするとともに民間のノウハウで効率化と質の向上を図った。 以上のような流れの中でビジネスとして最も重要な位置を占めるのは、対象の広さから言っても、基盤的なノウハウであることから考えても、アウトソーシングである。
 
イギリスの企業はアウトソーシング等で十分な経験を積んだ後、PFIを手がけた。世界の市場で見られるのは、アウトソーシング企業がPFI事業を手がけているという姿であり、PFIだけに特化した企業モデルは一般的ではない。公共施設の更新期間は30年以上ある。日本のインフラがおおむね揃っている国では、毎年30分の1程度の施設が建て替えられる程度なのである。その上さらに公共投資全体が縮小傾向となれば、いかにPFIに取り組もうと、新設を伴うビジネスが厳しい状況にあることは何ら変わらない。
 
PFIは縮小される公共投資の枠内の話なのだ。それだけで、PFIによる投資リスクを取った上で、事業資源全体への投資を回収するのは容易ではない。目を向けるべきなのは、資産全体の量が拡大する中で市場の拡大も期待できるオペレーションやマネジメントの市場である。しかも、これまでの業務委託のような付加価値の低い事業としてではなく、相応のリスクを取り、創意工夫による付加価値を加えた事業としてである。そこに、前述した建設業者特有のノウハウを活かしていけば、それなりの強みを発揮できるはずだ。
 
また、長期間にわたるオペレーションやマネジメントのビジネスこそ地域に密着した企業の強みを活かせる。PFIだけを見れば民間資金を使った新規建設を含んだ事業にどう取り組むかが課題のように見えるが、視野を広く持ち構造改革一般を眺めれば、「スクラップ&ビルドの時代」から「オペレーション&マネージメントの時代」に求められているものがわかる。

4. 将来に向けてPFIを活かすために

PFI事業の実施にあたって、地域の建設企業等が建設工事の地域への配分を求めることがある。確かに、建設工事の一部が地域配分されれば、工事期間中地域の企業は潤うことだろう。しかし、今やどこの地域でも現在計画されている公共投資は次は何時あるとも分からない虎の子の投資である。2、3年で完了する工事を配分するだけで地域の企業が救われることにはならない。
 
同時に、SPCへの投資によって(工事発注等に関する)権益を確保しようとする戦略も望ましいとは言えない。大企業と並んでスポンサーとなり、地域に配分される工事だけで投資に見合う利益が確保できるかわからないからだ。

地域の企業が考えるべきなのは、オペレーション&マネジメントの時代に向けた経験やノウハウを獲得できる機会をいかに創るかである。

その意味で、一過性の工事よりもPFIの長期契約の中でオペレーションやマネジメントを含む業務をいかに受託するか、地域の企業が力を合わせていかにこなすかを考えることが重要だ。その機会をPFI事業の立ち上げまでに創ることを考えよう。それを考えることができるのは地域の企業、あるいは行政しかいない。PFIには地域の企業に中長期の委託に関する付加価値を波及しようという理屈はないからだ。

こうしてPFI事業や並行して普及している中長期のアウトソーシングビジネスの中で付加価値のあるサービスのためのノウハウを培うことができれば、それは民間向けの市場に適用にすることができる。

そもそも民間の付加価値を導入しようと始まった構造改革の中で生まれるビジネスの構造は当然民間市場でも歓迎されるのである。こうなれば、公共投資が減っていく中でも地域の企業は新しいビジネスモデルを立ち上げるための足がかりを掴むことができる。

筆者は『PFI 公共投資の新手法』(日刊工業新聞社、1998年)以来、PFIだけを見るのではなく、PFIが示唆するものを見つめなくてはいけない、と述べてきた。PFIのベースとしてのアウトソーシング、その上位概念としての構造改革といった一連の構造を把握することで初めて本当のビジネスチャンスが拓けるのである。縮小する公共投資の市場の中で熾烈な競争を演じ、投資リスクを負わざるを得ないPFI市場だけで企業運営を成り立たせるのは容易なことではない。

視野を広く持ち、付加価値のあるオペレーション&マネジメントの事業資源を最大限に活かす戦略こそが求められている。
そして、ここまでPFI市場で優秀な建設会社が活躍しているように、オペレーション&マネジメントの市場でも建設会社は有力なプレーヤーになるはずだ。先に述べた建設業のような様々な事業資源を持つ産業はそれほど多くはないのである。

PFIは官民協働事業の一つである。そうであれば、民が栄えることなくしてPFIの成功はない。ここまで、構造改革によって官がどのように変わるかが主に論じられてきたし、民間にとってはそれにどう対応するかがテーマであった。

しかし、官も民も共に栄えるのが構造改革であるなら、その中で民間のビジネスがいかに発展するかを考えなくてはいけない。地域の建設産業が本来語るべきは将来に向けた産業ビジョンなのである。

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