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上下水道事業におけるアウトソーシング

出典:地方行政 2003年6月号

上下水道事業でアウトソーシングを行う意義

上下水道分野は、構造改革を考える上で、重要な事業分野である。
第1に、事業規模が大きく、財政的なインパクトが大きいということである。地方公営企業年鑑によれば、上水道事業及び下水道事業の会計規模は、各々年間3.2兆円、3.3兆円にものぼる。これは、一般財源(約86兆円)の約1割弱に匹敵する規模であり、行政サービスに占める割合の高さが窺える。
第2に、上下水道事業は利用者からの使用料収入を得て運営するという原則があり、負担と便益の関係を明確にすることが可能なことである。水道事業については、ほぼ100%独立採算の運営を行っており、費用が下がれば料金水準を下げることが可能になる。一方、下水道事業については、全国平均でみた使用料収入による回収率は60%程度に留まっており、不足分は一般会計から繰り入れているのが実態である。財政危機が深刻化する中で、下水道会計を一人立ちさせることは、地方の財政運営における重要な課題である。
第3に、公共性が高く、住民生活に直結したサービスということである。従来の考え方では、行政が直接サービスを提供することで公共性を保てるという考え方が、少なからずあった。上下水道分野におけるアウトソーシングが成功すれば、上述した考え方が改められ、中核的な公共サービスへの民間活用にはずみがつくと期待できる。
以上は公共団体や利用者たる住民からの視点であるが、民間事業者にとっても重要な意義がある。数兆にのぼる規模をもつ、国内で提供することが必然のサービス市場において、付加価値の高い民間ビジネスを生み出していくことは、産業活性化の観点からも重要な施策といえるからだ。 

上下水道事業におけるアウトソーシングの手法

これまで、上下水道分野において、アウトソーシングがまったく行われていなかったわけではない。例えば下水道統計によると、件数ベースで8割以上が何らかの形で民間への委託を実施している【図1】。しかし、ここでいう「民間委託」とは、単年度をベースとした契約の中で、公共サイドで仕様を定め、民間事業者はそのための人材を派遣するに過ぎず、付加価値は低い。
前回指摘したとおり、こうした委託方式においては、民間事業者の主体的な維持管理と、構造改革の時代に即した新しい官民の関係を構築することはできない。これから導入していくべきアウトソーシングにおいては、民間事業者の裁量と責任の範囲を拡大することで、新たな官民の関係を作っていくことが重要な視点となる。
そのための基本的な考え方は、「性能発注」である。性能発注とは、民間事業者に対して一定の性能(パフォーマンス)の確保を課し、運転方法等の詳細については民間に任せることで、民間事業者の創意工夫を促し、効率化を図るという考え方である。上下水道分野における性能としては、施設を通過した後の水質がもっとも重要であるから、これを明確に定めた上で、具体的な仕様は民間事業者に任せるというスタンスになる。水質以外にも汚泥の性状(含水率など)、騒音や振動などの環境面での要件が考えられる。
性能発注に加えて導入すべきことが、契約期間の長期化と、業務範囲の拡大である。民間事業者が創意工夫を発揮できる範囲を増やすとともに、長期的視点で維持管理の効率化を促すことが可能となる。
では、具体的にどのような委託方式が普及しているのだろうか。民間委託の方法は、国によって様々である。
もっとも一般的なのは、アメリカやオーストラリアで普及している、中期の委託である。中期の委託の特徴は、以下の通りである。
・契約期間は概ね3~5年程度。
・民間事業者は、公共側から提示された業務を実施するスタッフの構成を自らの裁量と責任で決める。
・ユーティリティ関連経費、消耗品、小額のパーツ交換は民間事業者の裁量と責任で行う。交換対象となるパーツの上限額は数十万円程度である。
・大規模な機器の更新は公共団体が自らの責任において行う。
・料金収集業務を含むこともあるが、あくまで収集代行であり、料金は公共団体に支払われ、民間事業者には業務に見合った委託料金が支払われる。 
中期委託においては、性能発注を導入するとともに、小額の直接経費についても民間事業者の裁量を認めることで、公共団体側の事務負担の軽減や、民間事業者の創意工夫による効率化が期待できる。
日本では公共団体が物品を調達する手続きは膨大であるから、これだけでも相当な効率化が期待できる。さらに、複数年契約とすることで、民間の学習効果、すなわち、初年度は予定通りにコストが削減できなくても、複数年にわたって効率化を果たし、回収していくということが期待される。このため、継続的な効率化とそれによるコスト削減が期待されるのである。
一方の課題としては、民間事業者が行う小規模のメンテナンスと、公共団体が行う更新との役割分担が挙げられる。民間事業者が少しでも自らの運転管理の手間を減らし、リスクを低くしようとするため、公共側により多くの補修を求めることが考えられるからだ。このため、公共団体は、民間事業者の要求する補修や更新の妥当性を見極めることが必要になる。小規模な団体では、こうした判断のできる技術者を自前で確保することが難しいため、外部のアドバイザー等に頼らざるを得ない。 次に、長期の委託が考えられる。これは、フランスで普及している方式で、その概要は以下の通りである。
・契約期間は10年から15年。
・民間事業者は施設等の運営維持管理、設備の更新に関する裁量と責任を持つ。つまり、契約期間中施設更新が必要になった場合、民間は資金調達も含めた施設の更新責任を負い、民間事業者が事業契約を締結する以前の施設の瑕疵についても原則責任を負う。
・あくまでも施設の所有権は公共側にある。
・料金については、公共団体に民間は収集代行を行いその対価である委託料を受け取る方法と、民間事業者が一定範囲内の料金を自ら徴収する方法がある。
長期委託では、施設の維持管理に関する大部分の業務を民間事業者に委ねることになるため、より民間の裁量の余地が大きい。このため、効率化の効果も大きくなると期待される。特に、設備ごとに最適な運営維持管理と更新の組み合わせを実現でき、設備のライフサイクルコストの最小化を図れる可能性が高い。公共団体にとっても、更新の設計や発注、管理を行うための業務が不要となり、大幅な負担の軽減が期待できる。
一方、課題としては、委託期間が長く、かつ相応の補修や更新リスクを民間事業者が負うため、業務を受託することができる能力ある民間事業者が限定され、競争環境が働かなくなる可能性があるという点が挙げられる。事実フランスでは、アウトソーシングのマーケットで活躍する有力企業が2社しかいないということもあり、入札を行っても9割は既存の民間事業者が落札するといわれる。これには、従来当該施設のアウトソーシングを受託していた事業者が有利という点もあるものの、十分な競争性が確保できていない可能性もある。こうした状況の中でコストを管理するためには、民間事業者のコスト構造の開示や、公共サイドで運転管理のノウハウを獲得できる仕組みが必要になる。
また、設備の更新まで含めて民間事業者に委ねることから、民間事業者が保持すべき施設機能の水準を明確に定めることも課題の一つである。上下水道施設は、数十年の長期にわたり使用するため、委託期間終了後も使い続けることを前提に施設を管理する必要があるからだ。しかし、一定期間を経た施設の機能を規定し、客観的に評価することは容易ではない。経験を蓄積し、施設機能の評価方法を構築する必要がある。 フランスでは、施設の運転、維持管理だけでなく、当該民間事業者が使用料の徴収を行い、当該収入をもって経費を賄うという委託方式がある。これはアッフェルマージュと呼ばれており、フランスでもっとも普及している方式とされる。
アッフェルマージュの利点として指摘されるのは、需要家サービスの充実である。例えば、需要家の延滞や不払いのリスクを負うため、少しでも支払いやすいよう決済の方法を多様化する等の工夫が期待される。また、水道の事故や不具合、漏水に関する利用者からの連絡に対して、民間事業者が積極的に取り組むインセンティブにもなる。
いずれの方法においても、重要になるのは、民間事業者に明確な責任(リスク)と裁量の余地を与えることで、質を保ちながら効率化を図るという点にある。この点を忘れると、アウトソーシングは、官民の人件費格差を利用した安易なコスト削減に陥ってしまうのである。

アウトソーシング導入に向けた国内の動き法

ここで述べたような、新しい民間委託の方式を導入しようという気運は、日本でも高まりつつある。
PHI が導入され、施設の建設とその後の管理運営を一体的に民間事業者に委ねることで、コスト削減やリスク移転などのメリットが得られるという事例が続々とでてきた。PFIの導入当初、関心は建設費の削減に向きがちであったが、上下水道のような施設では、初期投資の大部分は補助金や交付税により措置され、事業主体となる公共団体の正味の負担は見かけほど大きくない。それに対して、管理運営にかかる費用は、公共団体が全額を負担しなければならない。バリュー・フォー・マネーを検討するうちに、運営段階にかかるコストを削減することの重要性が理解されていったのである。
日本総合研究所が独自に行ったアンケート結果によれば、多くの公共団体が民間委託を前向きにとらえている。
【図2アンケート結果】 質問:民間委託により効率化が図られると思いますか。(※略)
制度面でも、維持管理を効率化するための、新たな枠組みが導入された。
まず、上水道においては、平成14年4月1日から改正水道法が施行された。改正水道法の最大の目玉は、第三者委託制度の創設である。これは、浄水場の運転管理や水質管理等、高い技術力を要する業務を、相応の能力を有する民間事業者等に委託できる制度である。これにより、受託者は委託者に並ぶ技術上の責任を有し、水道事業の重要な役割を担うことができるようになった。水道法改正から1年程度しか経過していないが、既に3つの団体で第三者委託制度が導入されている。
一方、下水道については、平成13年4月に「性能発注のためのガイドライン」が国土交通省により公表されている。これは、性能発注に基づく新しい委託を導入したいとする公共団体が、実際に導入の検討を行う際の指針となるよう、基本的な導入手続きや契約の考え方について取りまとめたものである。その後、標準的な契約モデルや、より詳細な導入マニュアルも作成され、導入事例も増えている。
ただし、上下水道の両分野におけるアウトソーシングの先行的な事例も、業務範囲が十分広くない、性能発注の考え方が十分に活かされていないなど、まだ部分的な導入に留まっていると言わざるを得ない。今後いかに付加価値の高いアウトソーシングにつなげていくかが重要となる。
【図3下水道分野でのアウトソーシング導入事例】(※略)

上下水道分野でのPFIの特徴と課題

上下水道分野では、PFIが導入された事例もある。PFI法に基づき実施された事業のうち、上下水道分野は比較的多く、先行的なモデル事業となった東京都金町浄水場常用発電施設整備事業、東京都朝霞三園両浄水場における常用発電施設他整備運営事業、神奈川県寒川浄水場の排水処理施設整備事業、下水道では東京都森ヶ崎処理センターのメタンガスを用いた発電施設整備事業などがある。
このように件数は多いが、内容的には問題もある。PFIの対象となった事業は、上下水道事業全体から見れば全て付随的な施設という点である。もちろん、対象施設を従来手法で整備・運営する場合に比べれば、何らかの財政面でのメリットは出ているのだが、これら施設の整備運営にかかる費用は、事業全体から見るとごく一部である。
しかも、今後事業全体のアウトソーシングを行おうとした場合に、浄水場や処理場の一部施設でPFIによる固定的な契約が結ばれていると、全体最適化の制約となる可能性がある。和歌山市では統廃合により新たに整備する浄水場のPFIが検討されているが、こうした事例はそう多くはない。上下水道分野におけるPFIは、単に分野ということだけではなく、導入された施設がどの程度まとまった施設なのかを吟味する必要がある。
前述した水道の第三者委託制度においては、技術管理上まとまった施設をまとめて委託することを条件としている。水道に限っては、PFIよりもアウトソーシングのほうが先進的なスキームが想定されているといえる。

もう一つの道 完全民営化

ここまで、主としてアウトソーシングを中心に、上下水道分野における民間活用の方式を見てきた。この他にもう一つ考えられる方式が、完全民営化である。これは、事業の権利を民間事業者に移転し、上下水道事業を民間事業としてしまう方法である。ちょうど、電力供給を民間事業者が行っているのと同じ状態になることを意味する。
上下水道分野において完全民営化の方式をとったのは、イギリスである。イギリスのうちイングランドとウェールズでは、1989年に上下水道事業を民営化し、今では10上下水道サービス会社が事業を行っている。
全てを民間に移転してしまう完全民営化は、構造改革の手法としてはもっとも大胆な方法であり、官民の線引きが明確といった利点がある。公共団体にとっては、事業売却に伴う収入が得られる可能性もある。一方、完全民営化には課題もある。
上下水道事業は、典型的な地域独占事業である。送水、排水のためのインフラ整備が必要であることから、後から新規参入事業者が現れる可能性はほとんどない。また、電力で検討されているような、ネットワークを新規参入事業者に開放して競争させる仕組みも、物理的に困難である。したがって、民営化されて誕生する上下水道会社が独占企業になることは避けられない。この場合に、民間事業者のサービスの質や料金を評価し、管理するための仕組みが必要になる。
イギリスでは、10の上下水道サービス会社を監視するため、レギュレーターと呼ばれる規制機関を設置している。具体的には、財務内容や料金規制を行う水業務管理局(OFWAT)、水質規制を行う飲用水質検査事務所(DWI)等である。しかし、こうした機関が独占的な民間事業者を完全に管理することは、極めて難しい。
第1は、情報の格差である。対象となる情報は、事業を実際に行う民間事業者が保有し、レギュレーターは民間事業者の出す情報を精査する形にならざるを得ない。こうした構造において、客観的な管理を行うことは困難である。
第2は、インセンティブである。コスト削減や品質向上をしようとするインセンティブは、競争に晒されることで自発的に生まれるものである。独占企業となった民間事業者に、こうしたインセンティブがどれだけ働くかというと、あまり期待できないであろう。
公共サービスとしての位置づけを明確にした上で、アウトソーシングを行う方式の方が、現段階では望ましい方向性ということができるのではないだろうか。

ネットワーク管理型アウトソーシングモデル

ここまで、単独事業のアウトソーシングを前提として、中期及び長期のスキームや民営化との違いを整理してきた。上下水道分野における運営の効率化における、もう1つの重要な視点が広域化である。ネットワーク化して一元管理することで、人員面等での合理化を図ろうとするモデルである。具体的な仕組みとしては、例えば各施設の水位、圧力、電力等をセンサーでモニターし、1箇所で集中管理することで、各点における徹底した省力化を図るといった方法である。
こうした方法は、オーストラリア等で実際に行われている。ある事業では、民間事業者が、20個以上の小規模な施設を一括管理し、問題があればその都度対応するという方法をとっている。さらに、上水道と下水道の区別なく、両方の施設が一体的に管理されていることも多い。上水道と下水道の専門家に聞くと、両事業は大きく異なるという意見も多いが、水を処理するという過程においては相当程度の共通部分がある。処理する水の汚濁度は異なるが、基本的な設備や配置は似ている。少なくとも、廃棄物の焼却施設と下水処理場ほどの相違はない。また、浄水場と下水処理場のアウトソーシングを受託している会社は概ね共通している。したがって、一括してアウトソーシングすることは、現実的なことである。最近では、公共団体サイドでも上水道と下水道の組織を一体化するケースが増えており、今後は上下水道一体型の委託も出てくるだろう。
ところで、ネットワークによる集中管理を行う場合、実際に施設に何か問題が生じたときの対応は、現場に常駐している場合に比べてはるかに対応に時間がかかることが想定される。緊急事態が発生した場合の対応時間が長くなるということは、それだけリスクが増えることになるのだ。にもかかわらず遠隔管理が許容されるのは、上下水道事業では異常事態が発生しても、数分内に対応しなくてはいけないような状況は殆どない、という理解があるからだ。したがって、オペレーションを民間事業者に委託する場合にも、オペレーション上のリスクを許容できる一定レベル以下に維持することを前提に、管理方法に関しては民間事業者の裁量と責任に任せることになる。
こうしたある種の合理的な割り切りを、日本の公共サービスでは許容してこなかった面がある。しかし、公共財政が逼迫する中、あらゆる公共サービスにハイレベルのセキュリティを求めることはきわめて困難になっている。需要家等の関係者の理解を保ち、十分な情報公開を十分に行うことを前提に、合理的なリスク管理の導入について検討していくことが必要であろう 。

まとめ

日本には、まだ十分な経験がないこともあり、工夫しなければ単純な民間委託に終わってしまう可能性がある。委託する側の公共団体と民間の双方から、様々なニーズや付加価値を提案することで、よりレベルの高いアウトソーシングが可能となる。日本におけるアウトソーシングの導入はまだ始まったばかりだ。より付加価値の高いモデルを目指した官民双方の努力が必要であろう。

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