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CRMの考え方は自治体になじむのか

この10年、企業が進めてきた顧客管理

出典::e・Gov  2003年8月 創刊準備号 (※井熊均が編集委員を務めます)

CRMの考え方は自治体になじむのか この10年、企業が進めてきた顧客管理

これからの自治体経営を考えていくにあたって、90年代に起きた2つの重要なトレンドがある。
1つは、公共団体の経営戦略の中に市場メカニズムを導入し、民間企業と同様の目線で
目的指向性の高い経営を行っていくという動きである。
「New Public Management」と呼ばれる公共団体の新しい経営の流れは、確実に日本の自治体の中にも浸透しつつある。
2つ目は、その意味で今後の自治体経営のベンチマークとなる民間企業の経営が
徹底した顧客志向の姿勢を明確にしてきたことだ。

顧客志向が変える自治体経営

企業が送り出す商品やサービスに対し、常に市場に旺盛な需要があることを前提にするサプライサイドの戦略は、基本的な需要が1巡したこととニーズの多様化によって、より緻密な顧客分析をベースとした戦略に転換せざるをえなくなっている。
同じことは自治体についても言える。いわゆる”ハコモノ行政”の終焉である。 自治体に限らず日本の公共団体の政策の体系は、欧米先進国に追随するためのインフラづくりを主たる目的とした傾向があった。そして、日本のインフラが不足していた時代、インフラ整備が明確に経済成長に結び付いていた時代には、官民双方においてインフラ整備を主軸とした政策運営は暗黙の了解を得ることができた。インフラ整備による経済的効果もあった。
しかし、今や基本的なインフラ整備を第1義とする政策に対して、必ずしも十分な理解は得られなくなっている。また、インフラ整備を進めることによる経済的効果も、かつてのような明らかな形で確認することができなくなってきた。逆に、従前と同様の姿勢でインフラ整備を続けることによる少なからぬ弊害が、目立ってきている。

「顧客志向経営」の必要性

政策運営に対する満足度
1つ目は『政策運営に対する満足度』、ひいては政策運営に対する合意度を向上させていくことである。政策運営に対する情報公開や情報共有が進み、政策に関与する層が増えていく中で極めて重要な視点である。ただし、インフラ整備というマクロベースでの合意が得やすい政策から、顧客である住民のニーズに沿った政策運営に転換していくことは、口で言うほど容易ではない。

自治体運営の効率性向上
2つ目は『自治体運営の効率性向上』である。インフラ整備を中心とした最大公約数的な政策運営を進めるには、潤沢な資金を必要とした。しかしながら、かつてほどの経済成長は望むべくもない中で、同様の政策姿勢はまったく持続可能ではない。また、高齢化、環境問題等の課題を考えれば、黙っていれば必要な資金はますます増大することはまちがいない。こうした状況下で持続可能な自治体運営を行うためには、政策オプションの取捨選択を強めるしかない。そこにおいて、自治体が依拠できる唯1の根拠は地域住民のニーズである 。

構造改革の促進
3つ目は『構造改革の促進』である。今や、日本の公共団体の運営が抜本的な改革が必要なことに異を唱える人はいまい。問題は構造改革の是非ではなく、これをどうやって進めるかにある。その際重要なことは、意思決定構造を改革することである。構造改革が具体論に入ると個別の利害調整が始まるからだ。そして、ここまでの議論において明らかなことは、改革にとって最も重要なのは地域住民の意向をいかに政策的な決定過程に浸透させるかにある。そもそも構造改革を行うということは、従前の意思決定構造の1部を否定することにもつながるのだから、新しくかつ強力な意思決定の要素を持ち込まなくてはならないことは明白だ。それが、これまでよりもはるかに緻密に分析された地域住民の声なのである。
民間企業が以上のような観点で、ここ10年進めてきたのがCRM(Customer Relationship Management)である。自治体では「Citizen Relationship Management」と表現されることが多いが、自治体独自のものがあるとはいえ、基本的な発想は同じである。

CRM構築へのステップ

CRMの基本的な流れは、概ね以下のとおりとなろう

環境作り
まず始めに何といっても、顧客の情報を確保できる『環境作り』である。まさにマルチアクセスの機能を高めて、あらゆる人から、できるかぎり多様な場所と時間を通じて情報が確保できるネットワークがベースとなる。そこで、インターネット、FAX、電話、窓口、アンケート、ヒアリング等、考えられるだけのアクセス手段を見直し、再構築することが必要になる。

顧客のニーズを導き出す
情報確保の次に必要となるのは、集まった情報から『顧客のニーズを導き出す』ことである。しかしながら、得られた情報から直接的なニーズが導き出されることはまれである。核心を取り巻くさまざまな情報の中から、本来のニーズを導き出すことができなければ、せっかく確保した情報も戦略に反映することはできない。そこでは、経験者による的確な目利きも重要だが、基本となるのは関係する情報を体系だって整理すること、つまり情報の整理と1次分析である。

戦略への落とし込み
情報の1次的な分析の完了後に必要となるのは『戦略への落とし込み』である。いかに緻密な分析を行おうと、例えば「~のサービスが必要」といった戦略への直接的な情報になることは少ない。つまり、ニーズを組織のアクションとして反映するためのステップが必要となる。ここでは戦略の策定にかかわる人が、いかに的確に情報を得、タイミングよく意思決定に参加できるかがカギとなる。また、意思決定の触媒機能となる事例を集めたデータベースのような機能があれば、迅速で効果的な意思決定に役立つだろう。

情報発信とアピール
組織としての戦略が確定したあとに必要なのは顧客、すなわちマーケットへの情報発信やアピールである。昨今の企業問題を見ても、戦略は策定するだけでなく、いかにタイミングよく社会に発信していくかが重要となっているかがわかる。顧客とのコミュニケーションが重要になっているということだ。
戦略を策定し、これを顧客にアピールしたあとに必要となるのは、戦略に基づいたアクションの実行である。企業であれば新たな商品やサービスの投入、あるいはこれらの改善ということになる。そして、サービスの実行段階で重要なのは、商品やサービスという実態が丸腰で市場に出ていくのではなく、顧客の反応に関する情報の収集や対応という強力な援護を受けて市場に出ていくことである。

動的な組織運営の形態

以上がCRMの基本的な流れであるが、ここで確認しておかなくてはならない点がある。1つは、上述した流れは、始まりと終わりがある1過性的なものではない、ということだ。CRMをベースとした企業等の活動は、以上述べたようなステップが常に回転し続ける常時循環的なものである。その意味で今ここで言えるのは、可逆性があるということだ。上述した順序で書くとCRMの活動があたかも、順序の決まった上流から下流に向かう流れであるように見えるが、そうではない。例えば、情報を分析している最中に情報が不足とわかれば、必要となる情報を常に追加する必要がある。戦略においても、顧客分析が十分でなければ、新たな分析結果を追加的に投入していかなくてはならない。繰り返しになるが、CRMをベースとした活動とは上流から下流に向かった1元的な流れではなく、要素相互が関係し合い、かついつでも必要なステップに飛ぶことができる、極めて動的な組織運営の形態なのである。

不可欠なITの存在
CRMは企業等の経営テーマとしてだけでなく、IT分野においても注目されている。その理由は上述したように、CRMを実現するためには情報とコミュニケーションの改革が不可欠であるからだ。顧客から戦略に関する支持を得、効率的な組織運営を進めるために顧客の情報を確保し、顧客とのコミュニケーションを活発にしていくべきであることは議論の余地がない。しかし、ITを使わない従来のやり方では、たいへんな人手とコストがかかるはずだ。
そこで、ITを駆使した仕組みの構築により、コミュニケーションコストを大いに効率化できる可能性がある。加えて、効率化したぶんだけ、窓口対応やフィールドでのコミュニケーション等、人間が対応せざるをえないところへの人材投入を効果的に行うことができる。
また、先に述べたようにCRMの実現には、常時循環的な活動や可逆的な流れが不可欠なのだが、これらは恐らく効果的なITの存在なしに実現することは不可能である。つまり、CRMにとってITは単に効率化の道具ではなく、CRMを実効性のあるものとするための不可欠なものとして考えることができる。ここに、ITを駆使したCRMのためのシステム構築の本来的な意義がある。

時間や場所を問わない
昨今では、多くのIT関連企業からCRM関連の商品が提案されている。情報の確保の段階ではさまざまな情報ツールが使える。同じインターネット上のツールでも、ウェブサイトとeメールでは求められる役割と効果が違ってくる。かつてのインターネットへの妄信的な時代と違い、ここで重要なのはマルチアクセスによるネットワークをいかに確保するかである。情報が得られるという意味では、インターネットも面談も同次元でとらえる必要があるし、目的と効果に応じたネットワークの設計が重要だ。
そのうえで、情報分析の段階では、マルチアクセスによって得られた情報の1元的なストックと、迅速かつ多角的な分析が求められる。そこではマルチアクセス型のデーターベース機能が重要となろう。
戦略策定の段階ではグループウェアが威力を発揮することになる。ただし、上述したような動的なCRMのイメージを実現するためには、戦略策定にかかわる人達へのアクセスとして、時間や場所を問わない仕組みが重要だろう。その意味では、世界で最も進んだ携帯電話を生かすなどの工夫が効果的と考えられる。顧客への情報提供やアピールといった面では、アクセス手段においていかに双方向性を確保するかが重要になる。その際、インターネットのように1つのアクセス上での双方向性に注目するのではなく、あらゆるアクセス手段が相互に織り重なった形を確保することが必須だ。

自治体にとってのCRMとは
これまでにもCRMのために重要な試みはいくつも行われている。Webサイトを充実したこともそうだし、電子会議室での活発な議論も基盤的な機能となる。IT以外の面では、地域住民との対話の機会を増やしてきたことも、NPO(非営利団体)のような活動を促進してきたことも、今後大いに有効となろう。
自治体にとってのCRMは何も新しいシステムに頼るのではなく、こうした、これまで取り組んできたさまざまなレベルでの地域住民との、情報提供、コミュニケーション、協働の基盤を生かしていくことが大きな前提である。そのうえで、中心的な機能となるコールセンターや上述した1元的なデータベース機能、あるいは関係者へのアクセス改善のための装備等を行っていくことになる。進んだ自治体の中では、CRMを明確に意識したシステムの整備を目指している。
その際、これまでの民間企業が取り組んできた、あらゆる局面での顧客とのコミュニケーション機能と、その成果を知っておくことは重要だ。自治体にとって、民間企業が何年もかけて開発してきたシステムを導入できる、というポジションを生かせるか否かで効果も負担も変わってくる。
いずれにしても、重要なポイントが1つある。1つは、これまでの取り組みを生かしたうえでの効果的かつ効率的な全体設計をどのように行うかである。もう1つは、実効性のあるCRM戦略に向けた強力な意思決定と実行のための体制を確保することである。冒頭に述べたように、顧客志向を基盤とした体制整備は自治体の改革と表裏1体のものであり、CRMもその1環である。改革が実効あるものとなるためには、強力なリーダーシップと実務力が必要なことは昨今だれの目にも明らかである。
 
CRM導入の留意点
最後に、民間の分野で発達したCRMを自治体に導入する場合の留意点を指摘しておこう。最も重要な点は、自治体にとっての地域住民は民間企業にとっての顧客以上の存在である、ということだ。なぜなら、地域住民は公共サービスを享受する立場にあると同時に、税金等の資金の拠出者であり、議員、首長を選出する権利者でもあるからだ。民間企業に例えれば、顧客であると同時に株主でもある存在と言える。加えて、自治のより本質的なレベルに戻ると、地域住民と自治体とは1体不可分のものである。
本来、町内会のような主体的な自治の延長に自治体もあるべきなのだが、国と自治体の役割が交錯した中で、いつしか自治に対する主体間が薄れてしまった。これは地域行政の1つの問題である。そうした経緯を看過し、公共サービスの提供者としての自治体と、それを享受する立場にある地域住民とを対極の存在として扱い、CRMを語るのであれば、それは大きなまちがいである。この点は、多くは企業の経営に関与することなく、商品やサービスを享受する立場に徹している顧客と企業の関係をベースにした企業向けのCRMとの決定的な違いである。もちろん、上述したとおり、ITだけを見れば、共通して使えるものは多々あるに違いない。しかし、本質に見失ったコミュニケーションが構築されるのであれば、そのためのシステムにおいても、いずれ現実のニーズとのずれが生じるであろう。 

自治の本来のあり方
その意味で、自治体のCRMにとって最も重要なキーワードは「協働」であろう。「主体」と言ってもいいかもしれない。電子自治体という言葉が使われはじめて何年も経つが、恐らく今最も先進的な電子自治体とは最も高度で広範なシステムを整備した自治体ではなく、情報という媒体を通じて自治の本来のあり方を目指している自治体である。ITはその中のベースの1つにすぎない。であるとしたら、自治体のCRMでもこの点が強調されなくてはいけない。
つまり、単に住民を顧客としてとらえるのではなく、主体としてとらえた参加型のCRMとは何かが議論されるべきだろう。そう考えると「Customer」という「Supplier」の対極概念ではなく、地域の自治にかかわる「Stakeholder」(利害関係者)との関係をいかに円滑にしていくかという概念の方が正しいのかもしれない。そうすることが、民間企業から生まれたCRMという概念が自治体経営の中で新しい価値を生み出すことにつながっていくのである。もしかしたら、それは民間企業への有用な価値としても循環していくのかもしれない。
 
CRMで新しい地域づくりへ
電子自治体の取り組みはブームもあり、当初ITという技術からのアプローチが主流となったが、情報という媒体を通して昨今実に深い自治体経営、あるいは地域経営の分野に入り込もうとしている。そのうえで、CRMについても高度な技術が新しい地域づくりに貢献していく姿を描きたいものである。

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