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微生物を活用した土壌汚染浄化-バイオレメディエーション-

出典:化学と教育 2003年7月号

微生物の化学物質分解能力を活用した土壌汚染浄化をバイオレメディエーションという。化学物質を分解する微生物を汚染現場に添加するのではなく、現場に息づく土壌微生物群を活性化させる手法が主流である。油汚染や揮発性有機塩素化合物を対象としたものは実用化のレベルにある。これまでは好気微生物の活用が主流であったが、分子生物学で用いる実験手法の進歩により、今後は未知の嫌気微生物の機能解明と活用が期待されている。

1. はじめに

土壌は、いったん汚染すると何らかの浄化措置を行わない限り、元の状態に戻らず、次世代への負の遺産となる蓄積性の汚染となる。わが国では、50~60年代に六価クロム鉱さいによる市街地土壌汚染が顕在化したが、長い間、土壌汚染対策の法律は未整備のまま、強制力のないガイドラインでの対応が図られてきた。

80年代に地下水を飲料水源として利用している一部の地方でトリクロロエチレンなどの揮発性有機塩素化合物による地下水汚染が見つかり、状況が変わり始めた。環境庁(現環境省)の調査で、同様の問題が全国に広がっていることが明らかとなり、90年代を通じて、汚染の実態調査や環境基準の設定、法制化の検討が進められてきた。97年の水質汚濁防止法改正では、都道府県知事による汚染地下水の浄化措置命令が導入され、今年2月に施行された土壌汚染対策法では、土地所有者に土壌汚染の調査と汚染除去等の措置を義務づけるとともに、汚染区域の登録制度が導入された。土壌汚染に関する法制度が整ったことにより、わが国においても本格的な土壌汚染対策が始まろうとしている。

土壌や地下水の汚染物質は、鉛やカドミウムなどの重金属とトリクロロエチレンやガソリン、PCBなどの有機化合物に大別され、汚染の頻度はほぼ半々である。このうち後者については、バイオレメディエーションという土壌に息づく自然の微生物を活用した浄化手法(図1参照)への期待が高まっており、すでに油汚染と揮発性有機塩素化合物汚染を対象としたものは実用化のレベルに至っている。  

2. バイオレメディエーションの原理と特長

土壌汚染や地下水汚染の浄化には、土壌中の汚染物質が拡散しないように物理的に封じ込める。汚染土壌を掘削除去して清浄な土壌と入れ替える。掘削した汚染土壌を水や溶媒で洗浄する。掘削した汚染土壌を熱処理して無害化する。
 
汚染地下水を汲み上げ無害化処理する。土壌ガスを吸引して地中から揮発性の汚染物質を回収・処理する。地中に酸化剤を注入して、汚染物質を酸化分解するなどさまざまな手法が実用化されている。

しかし、これらの物理化学的な浄化手法に共通する課題として、浄化の過程で二次廃棄物が発生したり、エネルギー多消費型であったりするため、浄化費用が高い点があげられる。そこで注目されているのが、バイオレメディエーションという微生物の化学物質分解能力を活用した浄化技術である。微生物といっても、自然界から分離した特定の化学物質を分解する微生物を培養して汚染現場に導入する(外来の微生物を添加することをバイオオーグメンテーションという)ことはまれである。ましてや遺伝子組み換え微生物を汚染現場に導入するものではない。微生物の増殖に必要な栄養源(炭素源や窒素、リンなど)や空気などを土壌や地下水に補充して、汚染現場に息づいている在来の土壌微生物群を活性化させて、汚染物質の分解を促進する(在来の土壌微生物群を活性化することをバイオスティミュレーションという)方法が主流である。

すなわち土壌の微生物生態系が有している本来の浄化能力を活用しようというものである。経験的に栄養源や空気を補充して、汚染物質の減少を見ているのではなく、土壌中でどのような微生物が働き、どのようなメカニズムで汚染物質が分解されるのかといった科学的データに基づいて、必要な栄養源や空気を補充している。

特長としては、第一に自然の微生物を活用するため多量のエネルギーを必要としないので、他の浄化技術と比較して圧倒的に省エネルギーである。第二に土壌を掘削しなくても微生物を活性化できるので、現場に建物などの構造物があっても取り壊さずに浄化できる。第三に汚染物質を最終的には無害な二酸化炭素と水にまで分解するので二次汚染の心配がないといったことがあげられる。バイオレメディエーションは、80年代から土壌・地下水汚染浄化が盛んに行われている米国で商業化され、90年代になってわが国に紹介された(1)。  

3. 油汚染のバイオレメディエーション

重油やガソリンなどの石油系炭化水素を炭素源として好気的に増殖、すなわち石油系炭化水素を電子供与体、酸素を電子受容体としてエネルギーを獲得して増殖する微生物は、本来、環境中に普遍的に存在する。ところがタンクなどから漏出して土壌に染み込んだ重油やガソリンは、しばしば分解されずにいつまでも残留する。

その原因は、油を分解する微生物がそこにいないからではなく、油を分解して増殖するために必要な電子受容体である酸素が不足しているのである。したがって土壌や地下水中に十分な酸素を供給してやれば、油を食べる微生物群が目を覚まし、活発に油を分解して増殖するのである。工学的には、いかに効率的に酸素を地中に供給するかという点が鍵となる。

酸素を地中に供給する方法としては、汲み上げた地下水に空気を吹き込んで溶存酸素濃度を高めてから地中に再注入する、井戸にパイプを挿入して直接空気を吹き込む、又は井戸に過酸化水素を注入して別の井戸から地下水を汲み上げ地下水の流動を促進させて過酸化水素より発生する酸素を地中に行き渡らせるなどの方法が実用化されてきた。しかし、これらの方法はいずれも空気を吹き込んだり、地下水を汲み上げたりするための動力がかかり、エネルギーをかけずに汚染物質を分解するというバイオレメディエーションの長所が半減した。90年代中頃に効率的に酸素を供給する方法として過酸化マグネシウムを主成分とする酸素徐放剤が開発されたことにより、バイオレメディエーションが飛躍的に普及した。すでに米国では7000箇所以上の汚染現場で用いられている。

過酸化マグネシウムは水と接触すると瞬時に反応して、水酸化マグネシウムとなり酸素を放出する。酸素徐放剤は、特殊な表面加工により反応速度を制御し、この反応が6~12ヶ月間も継続するようにデザインされた粉末状の粒子である。汚染現場に簡易ボーリング装置を用いて、所定の深さの孔をあけ、酸素徐放剤の水スラリーをポンプで地中に圧入すると、あとは何もしなくても6~12ヶ月間、地中に酸素が供給され続け、微生物群が活性化されて石油系炭化水素を分解する(図2参照)。 

4. 揮発性有機塩素化合物のバイオレメディエーション

わが国の土壌汚染事例の約半数を占めているのが、テトラクロロエチレンやトリクロロエチレンなどの揮発性有機塩素化合物の汚染である。これらの化合物を単一の炭素源として増殖する微生物はほとんどないが、微生物の作用により脱塩素化されることは知られており、そのメカニズムは好気的脱塩素化と嫌気的脱塩素化に大別される。

好気的脱塩素化は、トルエンやフェノール、メタンなどを単一炭素源として増殖するトルエン資化性菌やフェノール資化性菌、メタン資化性菌などによって行われる。これらの微生物がトルエンやフェノール、メタンを好気条件下で炭素源として利用する際に生成する酸化酵素は、基質特異性が広く、例えばメタンモノオキシゲナーゼの場合、メタンと一緒にトリクロロエチレンが存在すれば、メタンの酸化だけでなく、トリクロロエチレンのエポキシサイド化を同時に触媒し、脱塩素化を促進する(図3参照)。これを共代謝という。

地中に炭素源すなわち電子供与体となるトルエン、フェノールないしはメタンと電子受容体となる酸素を供給することにより、工学的に共代謝を起こすことができる。ただし、エチレンの4つの水素がすべて塩素に置換されたテトラクロロエチレンを脱塩素化する微生物は、最近になってようやく見つかったばかり(2)で、浄化手法としては塩素数が3つのトリクロロエチレンまでしか実用化の水準に至っていない。

また、トリクロロエチレンは、数mg/l程度の濃度で基質であるトルエンやフェノール、メタンに対して競争阻害を示すので、あまり高濃度の汚染には対応できない。そもそも好気的脱塩素化は、脱塩素化の速度は大きいが、微生物の増殖と脱塩素化が独立しているため、微生物の増殖に必要なエネルギーを獲得するための余分な基質が必要となるため、エネルギー効率的には非効率な面がある。 嫌気的脱塩素化については、土壌中でテトラクロロエチレンがトリクロロエチレン、ジクロロエチレン、塩化ビニル、最終的にエチレンへと脱塩素化される現象が古くから観察されている(図4参照)。

しかし、好気微生物と異なり、嫌気微生物は分離・培養することが難しいため、そのメカニズムについては長い間、ブラックボックスとなっていた。近年になり、有機塩素化合物の脱塩素化に関わるいくつかの嫌気微生物が分離・同定され、その酵素系が研究された結果、土壌中に存在する微量のアルコールや糖、有機酸などを電子供与体として利用し、有機塩素化合物を電子受容体としてエネルギーを獲得するハロゲン呼吸により、塩素が水素に置換されるとういうメカニズムが有力となっている(3)。

地中に糖や有機酸などを注入すると最初に好気微生物が働いてこれらを分解する。やがて地中の酸素が消費され尽くされると嫌気状態となり、嫌気微生物の働きで塩素が4つのテトラクロロエチレンから塩素が2つのジクロロエチレンまでの脱塩素化は比較的容易に起こる。また、土壌中での嫌気的脱塩素化を促進する資材としてポリ乳酸グリセリンエステルを主成分とする水素徐放剤が商業化されている。水素徐放剤は、前述の酸素徐放剤の場合と同様の簡易ボーリング装置を用いていったん地中に注入すると、ポリ乳酸グリセリンエステルが徐々に加水分解されて、6~12ヶ月の間、乳酸を生じる。この乳酸が、微生物の解糖系でピルビン酸から酢酸に分解される過程で水素イオンが発生し、これが嫌気微生物のハロゲン呼吸により塩素と置換される。
 
嫌気的脱塩素化には、汚染現場によってジクロロエチレンから先の脱塩素化が進まず、毒性のより高いジクロロエチレンや塩化ビニルが環境中に蓄積するという課題があり、敬遠されがちであった。最近まで脱塩素化が途中で止まる原因は不明であったが、テトラクロロエチレンをエチレンにまで完全に脱塩素化する嫌気微生物(Dehalococcoides ethenogenes)が単離されたことにより、脱塩素化のメカニズムの解明が急速に進んできた(4)。Dehalococcoides ethenogenesが、環境中での完全な脱塩素化の成否の鍵を握るというデータが蓄積されている。 
嫌気的脱塩素化の反応速度は、好気的脱塩素化と比較すると小さいものの、ハロゲン呼吸により脱塩素化と連動してエネルギーを獲得するので、前述の共代謝のように脱塩素化と独立した増殖のためのエネルギーを獲得するための余分な基質が不要なためエネルギー効率が良い。したがって、エチレンまでの完全な脱塩素化が環境中で確実に進む条件が明らかになれば、揮発性有機塩素化合物のバイオレメディエーションの本命として応用されると思われる。  

5. 分子生物学的手法で土壌微生物の可能性が広がる

分子生物学の研究で用いる実験手法のめざましい進歩により、微生物を分離・培養しなくても、土壌や地下水試料から直接DNAを抽出し、PCR(ポリメラーゼ連鎖反応)法という技術で人工的に増幅させてDNAの塩基配列を解読することができるようになった。これにより分離・培養ができない微生物の同定やその微生物の有用な遺伝子部分を大腸菌などに組み込んで発現させることが可能となった。

これは土壌微生物の新たな機能を研究する上での画期的なブレークスルーといえる。なぜなら、現在の技術で自然界から分離・培養できる微生物は1%程度といわれているからである。言い換えると99%は未知の微生物である。嫌気性の土壌微生物の場合は、そのほとんどが分離・培養が困難であるため、ほとんど解明されておらず、考え方によっては未解明な有用遺伝子の宝庫ということができる。

土壌浄化に対する社会的なニーズの高まりがひとつのドライビングフォースとなり、嫌気微生物の機能解明と環境分野での利用が進むことが期待される。顕著な例として先述のDehalococcoides ethenogenesは、最近の研究でダイオキシン類を分解する能力も認められており、有害化学物質を分解する微生物の中で現在もっとも注目されている菌といえる。

6. 微生物のモニタリングが鍵となる

汚染土壌を浄化するために、多大なエネルギーを投入して浄化工事を行うことは、一方では新たな環境負荷を与えることにもなる。また、浄化工事である程度までは比較的短期間に浄化できるが、完全な浄化はなかなか困難である。米国では、化学物質が環境中で受ける作用により、汚染物質の濃度が自然に減衰(ナチュラル・アテニュエーションという)することが認められ、人への健康リスクが許容できるレベルにまで低減しているのであれば、完全に浄化が完了していないとしても、その段階で浄化工事を止めて、あとはモニタリングによりリスクの管理のみを行おうという考え方が主流になっており、わが国でも研究が始まっている。

ある段階から先は、余分なエネルギーをかけずに、自然の浄化能力に任そうというもので、モニタード・ナチュラル・アテニュエーションと呼ばれている。化学物質が環境中で受ける作用には、微生物による分解、金属の触媒作用による酸化還元、地下水による希釈や拡散、大気中への揮発、土壌粒子への吸着などさまざまなものがあるが、自然の浄化能力の主役は、やはり微生物による分解である。

現状は、汚染物質やその分解産物の濃度、溶存酸素濃度、酸化還元電位、特定の金属イオン濃度などのデータを状況証拠として集めて、汚染物質が自然に減衰する様子の推定しているレベルであるが、微生物分解に関与する微生物を直接モニタリングすることができれば、その精度が格段に向上し、モニタード・ナチュラル・アテニュエーションの理論的な信頼性が高まるものと思われる。ここでも先述した土壌や地下水試料から直接DNAを抽出して、ターゲットとなる汚染物質の分解微生物がその場に存在するか否か、存在するならどの程度いるかといったことを分子生物学的にモニタリングする技術が鍵となる。

バイオレメディエーションにおいては、有害化学物質を分解する微生物のスクリーニングや生分解メカニズムの解明、遺伝子解析といった研究分野に加えて、環境中の遺伝子モニタリングという研究分野が今後重要になってくると思われる。 最後になるが、どんなに科学技術が進歩しても、最終的には食物連鎖の最下等に位置付けられる分解者である微生物が環境浄化の重要な役割を担うことを鑑みると、我々はもっと自然に対して謙虚でなければならないと思う。
 
<参考図書等>
1 )西村 実編著、地球がよみがえる 動きはじめたバイオレメディエーション、シーエムシー(1994)
2 )Ryoo, D., H. Shim, K. Canada, P. Barbieri, and T. K. Wood, Nat Biotechnol, 18, 775 (2000)
3 )El Fantroussi, S., H. Naveau, and S. N. Agathos, Biotechnol Prog, 14, 167 (1998)
4 )Maymo-Gatell, X., T. Anguish, and S. H. Zinder, Appl Environ Microbiol, 65, 3108 (1999)

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