コンサルティングサービス
経営コラム
経済・政策レポート
会社情報

メディア掲載・書籍

掲載情報

電子自治体実現への戦略(1) まず、「何に使うかのビジョンを」

高村茂

出典:地方行政 2003年1月号

庁内に潜むIT活用の課題

Aさんはレストランに入りました。ここは魚づくしの店で、魚に関連する料理なら和洋中何でもござれというところです。 今日はヒラメが入っているというので、ムニエルを頼むことにしました。楽しみにして待っていると、ウエイターが申し訳なさそうにやってきました。「すいません、今日はシェフが新しい刺身包丁を購入したものですから、どうしても刺身が作りたいといっているのです。刺身で我慢していただけませんか?」 これを聞いたAさんは、「顧客のニーズに応えられない店で食べる気はありません」と店を後にしました。 
実は、この話は、皆さんの身近に存在しています。Aさんを「市民」、シェフを「行政」、そして、刺身包丁を「IT」としたらどうでしょう。そうです。ITを使うことが目的化すると、市民のニーズを無視した施策が展開されかねないという話になります。 早いもので、e-Japan戦略が提示されて1年半が経過し、各自治体においては庁内の情報化が着々と進んでいると拝察する。 しかしながら、これまで進めてきた電子自治体化は序の口であり、今後さらに幅広く取り組んでいく必要がある。なぜならば、庁内LANやイントラネット、文書管理システム等は、自治体内でITを活用するための基盤の整備であり、本来システムのユーザーである各職員が、本格的に使いこなしていくのはこれからだからである。 
本論は、これから「各部署でのIT活用」が必要な状況を視野に入れ、活用を阻害する要因や今後新たに発生する課題を整理し、電子自治体化の第二ステップとなる、ITを重点的に活用すべき分野とその展開戦略について12回シリーズで述べていきたいと考えている。 第1回目の今号は、今後庁内の各部署で電子自治体化を推進するに際して、各所に存在する課題を洗い出し、シリーズ全体の議論の方向性を示しておきたいと思う。 まず、私たちが自治体の情報担当セクションの皆さんと接して感じることは、相当のプレッシャーを受けて情報化を進めておられるということである。
実は、このプレッシャーには2種類あって、(1) 国の施策に遅れてはならないというプレッシャーと、(2) 庁内を自分たちが引っ張っていかねばならないというプレッシャーである。

まずは自ら活用ビジョンを考えよ

前者に対しては、その必要性なり活用方法等を十分に考えている暇もなく、とにかく言われたとおりにするという自治体が多いのではないかと推測するが、現在のこのプロセスが将来的に禍根を残さねばよいがと感じている。 なぜならば、言われたとおりにするというスタンスほど、思考が停止し、自主性を阻害する要因はないからである。電子自治体を推進する考え方は、自治体の数が多いのと同様、多様性に富んでいるのが自然の姿であるにもかかわらず、独自のビジョンを持たないで、よそがやっているからと、これまで歩んできた道と同じように電子自治体化に取り組むことを危惧する。 
したがって、例えばLGWAN等についても、国からやれと言われたからというスタンスではなく、やるのであれば自地域でどのように活用しようかという前向きの姿勢が必要であり、その姿勢を明確に示したビジョンが必要である。 一方、今多くの自治体は、電子自治体先進都市を視察している。電子入札で横須賀市を訪れ、電子投票が行われれば新見市まで足を運ぶといった調子である。先進的な自治体がどのような考えでどんな仕組みを構築したかをつぶさに見ておくことは、非常に有効であることは疑う余地がない。 
問題は、見てきた内容を咀嚼しないでそのまま自地域にも適用しようとすることである。なぜならば、例えば横須賀市には、横須賀市の戦略とビジョンがあって進めており、他の自治体は横須賀市とは様々な条件が異なるから、横須賀と同じことをしようと思うのが、そもそも無理なのである。 では、先進的な事例を自治体に応用して進めるためには何が必要だろうか? この時必要となるのは、どのようにITを活用してまちづくりを推進しようかという「ビジョン」である。ITで何をするのかという考えがまとまっていなければ、各原課の施策としてITを活用していくことは難しい。
そう、ビジョンとは全体性の持つ物語なのである。 よく、インフラ整備が先か、コンテンツが先か、あるいは、官が整備すべきか民間か、といった点が議論となるが、これはそれぞれが排反事象ではなく、互いに関連していることであることから、全体性を見極め、バランスよく考えていくことが必要である。

多様性のある電子自治体化をめざせ

前項で述べたビジョンを具現化するためには、関連するプレーヤーとその役割分担を明確にする必要がある。 本来は、このビジョンが「IT基本戦略」であり、庁内の役割分担を整理したものが「情報化計画」、そして、地域での住民や企業も含めた役割分担を整理したものが「地域情報化計画」である。 これらの計画については、各自治体の様々な条件を反映して、多様性のあるものとなっているものと推察するが、「IT」というキーワードが入ってきた途端に、具体的に検討している内容が画一的になっている感がある。
米国の自治体は、概してITへの取り組みが積極的という印象が強いが、中には基本姿勢として、「IT化を積極的には推進しない」としている自治体すらある。米国はITについても、その取り組むスタンス、程度は多様なのである。 わが国においても、各自治体の特徴をさらに伸ばす方向でITを活用することを期待している。隣の自治体と違っていて当然なのである。 ただし、庁内情報化計画と地域情報化計画の中には、インターネットの重要性を十分に反映していないものも散見されるので、この期に各プレーヤー間の役割分担の明確化と併せて、早急に見直しておく必要があると考えられる。

IT投資のランニングコストを視野に入れよ

現在は、IT投資を進めている真っ最中であり、まだ実感する段階ではないのかもしれないが、実はITというのは、後年度負担が非常に大きい投資なのである。通常の箱物であれば、毎年の維持・管理コストが初期投資の数%程度であるが、ITの場合は、2~3割かかることも少なくない。 特に、各種補助スキームを活用してIT化を進める際には、初期投資は補助されるものの、維持・管理コストは自前で負担することになるから、2年目からの負担に耐えられなくなることも危惧される。
この後年度負担が大きい点を認識しておくことが、IT投資を継続的に進めていくための前提条件である。さらに、税金を有効に使っていくためには、発注や契約に際しても工夫をする必要があるが、この当たりの内容については、次回に詳しく述べることとしたい。 いずれにしても、IT投資はある程度長期間のスパンでコストを押さえておかないと、首が回らなくなる。 

民間企業との対等な位置に立て

さて、ITを活用していくためには、自らが実現したい施策にITを適用していかなければならない。この際に重要となるのが、「実現したいこと」と「システム」の橋渡しをする機能である。 この機能を発揮するためには、これまで述べてきた明確なビジョンを認識していることはもとより、システムについての深い知識も必要とされる。現実はどうであろうか? 一方、多くの民間企業が電子自治体化のサポートをしているのは疑う余地がないが、彼らからすれば電子自治体化のシステム構築がビジネスの場であり、少しでも有利に儲けたいと思うのは当然である。 
この「行政がITで実現したいこと」と「民間企業が儲けたいこと」の力関係が均衡していることが、健全な受発注に必要であるが、IT分野の場合は、往々にして、民間企業側の力の方が大きいことが少なくない。すなわち、IT投資が民間企業の言いなりで進められるケースすら存在するということである。 この現状に対し、一概に自治体の皆さんを責めるつもりはない。
逆に、そこにはやむを得ない理由があると思っている。 それは、自治体の中に、システムやセキュリティ等に関し、民間企業と同等の知識・ノウハウを持つ職員がいないからである。三年程度で異動がある自治体内において、ITに関して民間企業と同等の知識・ノウハウを蓄積することには、やはり無理がある。 しかしながら、このやりたい施策をITに落とし込む機能は、今後さらに重要になってくると考えられることから、今後は保有しなければならないものである。ある時は自前で、また、ある時は民間企業と連携をして。 
その方法等については個別論をお読みいただくとして、税金を無駄に使わないためにも是非検討しなければならない課題である。 実際に米国では、民間企業から技術者をヘッドハンティングするような状況も散見されるところである。

自庁主義を捨てよ

これまでの各自治体の施策は、ハードウェアを中心に、すべて自分たちで揃えるということを基本に進められてきた。例えば音楽ホールや文化会館等の整備がそうである。 そして、IT化の動きについても、自前で揃えるということで進められてきた。しかし、今多くの自治体が自前で各種システムを揃えることの限界を感じ、進めなければならないが方策がないジレンマに陥っているように見える。
これは、導入しなければならないシステムが多岐に亘り、財政状況が厳しい中で、実現に向けての選択肢が明確に少なくなってきていることを示している。 一方、システムを導入する観点からすれば、投入コスト対効率性の視点で、自ずと最適規模というものが存在する。そして、人口が10数万人程度以下であれば、他自治体と連携してシステムを導入した方が効率的であるということがわかってきている。 したがって、何でも自前で開発してという自庁主義を見直す時期に来ていると考えるべきである。
ただし、他の自治体と連携すればうまくいくという問題でもないことから、県のような上位機関を活用する、若しくは、官民と連携するビジネスモデルを早急に検討しておくことか必要である。 

何に基軸を置くかを明確にせよ

庁内のITに係る基盤整備が進めば、いよいよ原課でITを活用するフェーズに入る。 どの部署のどの施策にITを活用していくかは、まさに各自治体の判断に委ねられている。各自治体が喫緊の課題を解決するためにITが有効であると思えば、積極的に使っていけばよいし、腰を落ちつけて整備するのであれば、じっくり取り組めばよいのである。 したがって、福祉に使いたい、環境保全に使ってみたい、いろいろな施策に対して、ITは必ず役に立つと考えている。 しかしながら、全方位でIT活用を並行的に進めていくことは得策ではない。「まずはこの分野で」というどこに基軸を置くのかを明確にした方が、効果は創出しやすい。 これが、各自治体の特徴づけになる分野とも言えるわけである。

ITを活用した産業振興へ舵を取れ

ところで、ITが自治体の施策に使われるようになってかなり時間が経過したのであるが、市民や地元の事業者はITの恩恵に十分浴していないのではないだろうか。 各自治体がどこから手をつけてよいか困っているということであれば、産業振興から着手されることをお勧めする。それも、地域コミュニティに密着した、コミュニティ産業とも言うべき商店街や地元企業の活性化にITを活用してはどうだろうか。ITを活用した施策への求心力を高めるという効果も期待できる。 これらの産業に元気が出てくると、市民とのコミュニケーションも進み、町全体に活力が蘇ってくると考えられることから、ITのメリットを素早く実感できる商店街等へのIT適用は、非常に効果があると考えている。

人材の育成が命綱

ITは、これまでの様々なものの考え方を根本から覆している。 例えば、インターネットを活用することにより、これまで「業務は日中に窓口で行うもの」という概念を、24時間自宅からアクセスできるサービスへと変革している。 また、電子メール等を活用することにより、これまで上意下達と言われていた情報の流れ方が変化している。 
さらに、ネットワークの活用により、自分だけの知恵・ノウハウで解決できなかったことが、ネットワーク先の見ず知らずの人の知恵・ノウハウにより解決できるようになってきている。 世の中にはインターネットに接続できる携帯電話が広く普及し、ブロードバンド化も着実に進んでいる。 これらの事実は、今後行政がITと不可分であることを示しており、庁内の職員もITとの接点は増加する一方であることは明白である。すなわち、職員にはITを使いこなす能力が求められるわけである。年輩の職員において、新たに入ってきたこれらITツールに対するアレルギーがあることは理解できるが、少しずつでも慣れていくことが必要である。 
したがって、今後行政がITを活用していくためには、人材の育成が必須条件であり、どのような手法で人材の育成を進めていくかが、将来的なIT活用の方向性を定める分かれ目であるといっても過言ではない。 

デジタルデバイドの解消

以上述べてきたように、今後行政の現場でITの重要性が増すことは疑う余地がない。 しかしながら、住民全員がパソコンを保有したり、インターネット接続型の携帯電話を保有することはない。また、住民全員がキーボードを操れるようになることもない。 したがって、ネットワーク化されたことにより、情報・サービスにアクセスできるようになった人がいる反面、ネットワークにアクセスできない人がいることを忘れてはならない。
IT化の進展が情報弱者を多数輩出していくというのは、バリアを低く多くの人に新鮮な情報を提供していくための道具としてITを活用したことと矛盾する。 したがって、ITの活用に際しては、「即時性」「双方向性」「公開性」「蓄積性」等の特徴を活かして利用するとともに、情報提供チャネルがインターネット等に特化しない配慮も望まれるところである。 いずれにしても、今後デジタルデバイドを解消するための施策を「IT活用の鏡面施策」として考えていくことが、各自治体の大きな課題となると考えられる。 

メディア掲載・書籍
メディア掲載
書籍