コンサルティングサービス
経営コラム
経済・政策レポート
会社情報

メディア掲載・書籍

掲載情報

電子自治体実現への戦略(8) 地域に眠る知恵を活用せよ

出典:地方行政 2003年3月号

「産学公ネットワーク」による産業振興戦略

Aさんは、新しくパソコンを買ったのですが、予算を絞ったため、データを記憶させるハードディスクの容量が小さく、利用するのに不便を感じていました。自分が買ったPCに適合するハードディスクが他メーカーから市販されていることは知っているのですが、それをどのように装着すればよいか分からず困っています。純正部品ではないので、メーカーに問い合わせることもできません。そこで、Aさんは、インターネット上で自分のPCと同じメーカーの利用者が集まっているコミュニティーに参加することにしました。
その中でAさんは、ハードディスクを交換したい旨発言し、アドバイスを待ちました。
ほどなく、メンバーの1人から、もっとも適合する製品の情報と、交換の仕方も詳しく提供され、Aさんは無事ハードディスクを交換することができました。

ネット革命の本質

さて、インターネットを活用している方であれば、よく耳にするようなこの話。実は、ここで起こったことが、「インターネット革命」と言われるものの本質的なところです。
すなわち、自分の知識やノウハウでは解決できないことを、ネットワークの先にいる一度も会ったことのない人の知恵で解決できたということが重要なのです。
今は、同じ嗜好を持ったコミュニティーの例をお話しましたが、「地域」という切り口でも同じです。地域に住んでいる住民や事業者は、多様な価値観を持ち、様々な生活を営んでおり、それぞれが多くの情報・知恵を持っていると考えられます。しかしながら、通常の生活では、自分の近くにどんな人が住んでいるのかという情報すら入手しにくくなっています。ましてや、自分と同じ価値観を持つ人、あるいは、自分の抱えている課題を解決する知識やノウハウを持っている人の情報などは、入手できない状況にあります。
地域に光ファイバー等のネットワークを敷設する意味は、この地域に点在する住民・事業者の知識・ノウハウを流通させ、これらの情報を必要としている住民・事業者が、自由に(一定のルールは必要)知識・ノウハウにアクセスできる環境を創出することに他なりません。
今回は、この地域ネットワークを事業者が活用し、自らの事業活動に応用していく過程に焦点を当て、地域における産業振興の可能性につい考えてみたいと思います。
全国の各地域は、平野に位置しているのか中山間部なのか、あるいは、大都市に近いのか遠いのか等の地理的特徴はもちろん、住民の年齢構成や家族構成といった地域住民の特性、さらには、産業との連携の可能性のある大学・研究所の存在、ボランティアやNPO団体の活動内容など、さまざまな特徴・特性を有しています。そして、この地域の中に、商工業、農林水産業等の産業活動が展開されています。
従って、その地域特性を活かした産業の創出および支援については、先に述べたように、地域の構成員である住民等が皆で検討し、お互いの持つ知識・アイデア・ノウハウを活用しながら進めていくことが望まれます。
そのため、地元の産業界はもちろん、大学・研究所、地元の住民・NPO、そして行政など、地域を知っているものが、産業に関する情報の共有・発信・提案・アドバイス等の交換をスムーズに行えるよう、ネットワークされる仕組みを構築する必要があります。
この産(事業者)と学(大学・研究所等)と公(住民・NPO・行政等)がネットワークされる産学公連携の仕組みを実現するには、まず次の3点に着目して機能を検討することが有効です。

1. 地域の誰もが情報を共有できる機能の創出。
2. 地域産業の技術・シーズが、地域の学・公が所有する専門知識・ニーズとマッチングで機能の設置。
3. 産学公連携の検討から実現まで、時間や手間がそれほどかからない仕組みの構築。

1.は、地域におけるあらゆる人が、産業をテーマに「商品化」「起業」、あるいは、「イベントの開催」等、産学公連携についてのアイデアや相談を自由に提案・交流・検討できる「場」をつくるということです。
2.は、1.の「場」において情報提供・共有が進む中、アイデアとノウハウ、適材適所の人材と機関のマッチングが行える機能を指します。
3.は、1.や2.で進められた産学公の連携案が具体的な検討過程にスムーズに移行することができるような機能およびアドバイス、コーディネート機能を持った仕組みを指します。
これらの3点に着目し、産学公連携の仕組みづくりを実行・検討している事例は、全国にいくつかあると思いますが、今回は筆者もかかわった東京都世田谷区の例を取り上げます。世田谷区は、大学が多く立地し、住民のインターネットリテラシー(パソコンを使う能力)も高い地域であり、前述の3点に着目した産学公連携の仕組みづくりを進めています。

せたがやスタンダード・ネットワーク

世田谷区では、この産学公が連携して知恵を交流させる仕組みのことを、「せたがやスタンダード・ネットワーク」と呼んでいます。 
世田谷区では、区をこれまで以上に魅力ある地域として発展させるため、地域全体として産業育成を支援する仕組みが必要ではないかと考えてきた背景があります。そこで、2002年5月に、図表8-1に示すメンバーにより「産学公連携フォーラム」を設立し、「せたがやスタンダード・ネットワーク」の検討を進めてきました。
また、ここで検討された仕組みや施策案は、区主催のシンポジウムおよび「せたがやスタンダード・ネットワーク」ホームページにより、内容を区民及び事業者等に公表し、意見を聴く場としても機能させてきました。
フォーラムの中では、世田谷区の「地域の特徴」として、次の項目が挙げられました。

・高い技術を抱える中小企業を中心とする工業。
・商店街を中心として商業集積地を形成する商業。
・地域密着型かつ街並みの緑を支える農業。
・23区内でもっとも大学数が多い(13大学、八短期大学)。
・理工系、農学系、文科系だけでなく、芸術系や体育学系など様々な分野の大学が存在。
・知識豊かな人材や活発な活動が進められる住民・NPOが多く存在。
・弁護士、税理士、大学教授やそのOB等が多く、知識豊かな住民が暮らす。

これらの特徴を勘案し、前述3つの仕組みを検討すると、「せたがやスタンダード・ネットワーク」は3段階の構造となることが適当と考えられました。 すなわち、第1ステージは、「誰もが産学公連携のアイデアや提案を自由に発言・相談できる場」。第二ステージは、「寄せられたアイデアや提案について、アドバイザーによる相手先の紹介や解決手法等のアドバイスが提供される場」。第3ステージは、「産学公連携のテーマに対して具体的に内容を検討実施する場」です。ここで想定しているインターネットやアドバイザーなどの機能と仕組みをチャート化したものが図表8-2です。
このように、産学公の連携に至るまでは、まず提案者や相談者が第1ステージで意見を投稿し、第2ステージにおいて提案者・相談者の適切な連携先とのマッチングが行われ、第3ステージでより具体的な検討を進めるというステップを踏むこととなります。産学公連携の提案・相談を受け付ける場をインターネット上に設置することと、アドバイザーというマッチング機能を整備することがこの仕組みの大きな特徴になります。 ここで、第1ステージの提案相談の受付窓口をインターネットに限定することにより、「活用できる人が限られ平等でない」と考える方もおられるかもしれません。実際に、検討を進める上でも、そのような意見が挙げられていました。しかし、電話やFAX、手紙などを受け付けられるようにすると、その運営だけで人件費の負担と運営の手間がかかり、仕組み構築までの実現に至らないことの方が懸念されます。従って、インターネットが活用できない区民への配慮としては、区が公共端末の設置を増やすことや、大学のパソコン設置教室を区民に開放することなどで対応することが必要だと考えられます。また、携帯電話からでも、第1ステージへのアクセスが可能とするような仕組みを構築することも考えられます。 
この仕組みが導入された場合におけるその参考事例である「NPOからの健康教室開催の提案」は図表8-3に示す通りです。

図表8-1

図表8-2

提案・人材・資源・場所が融合

この参考事例で想定した展開は・・・。
まず、第1ステージのインターネット掲示板において、NPOから「高齢者らを対象に健康維持について学べる生涯学習教室を開催したい」と投稿される。この投稿された提案に対して、地元の高齢者や主婦などからの反響が多く寄せられ意見交換がなされる。
次に、この投稿された案への反響が大きいことから、運営事務局がピックアップし、第2ステージであるアドバイザーのメーリングリストに配信する。
ここで、ある大学代表のアドバイザーがこの提案が面白いということで、「新鮮な野菜の提供と、適当な開催場所があれば、適当な講師を用意できるので、健康食をテーマとした教室を開催したい」という意見が出され、農業代表から、「地元野菜を安値で提供することが可能である」、また、商業代表から、「地元商店街の空き店舗を開催場所として提供することも可能である」などの意見交換が展開される。これらの意見を運営事務局がくみ取り、地元大学には講師として適任者の依頼、農家に対して野菜の提供依頼、商店街に対して空き店舗の提供依頼を行う。
そして、第3ステージでは、依頼を行ったそれぞれの代表から快諾を得、NPOに対してその旨を伝えた後、実際にNPOが主催者となって、栄養学専攻の講師により、地元商店街の空き店舗において、地元農家の野菜を活用した「健康食教室」が開催される。
この参考事例では、仕組みを活用して投稿されたアイデアが上手く実現するケースを想定していますが、当然失敗するケースもあると考えられます。たとえば、第1ステージで反響が得られなかったり、第二ステージで適当なアドバイスが展開されなかったり、第3ステージで依頼先に断られる、などがそのケースです。従って、この仕組みがあれば、産学公の連携が必ず実現されるというものではありません。
しかし、途中で失敗したものに関しては、また、検討し直して、再度実現を目指すことが可能です。何よりも1番大切なことは、地域から自主的な取り組み案についての意見を吸い上げ、それを地域の中で検討し、地域の中で実現を目指すその仕組みを構築することです。
これまでに述べた、産学公連携の実現に向けた「せたがやスタンダード・ネットワーク」の取り組みは、地域に大学が多いという特性や、農業や商業など地域の産業が根強く残っていることが背景にあります。しかしながら、「大学が無い」、「産業が無い」という地域でも、第1ステージのような地元の住民や団体が意見交換できる基盤が整備されることは、地域の特性を再認識し、埋もれている「地域の特徴・特性」を掘り起こすことにもなり得ます。
何より、地域づくりや地域振興について、地域の関係者の皆で進めていくための基盤となることでしょう。その結果、地域に合った新規産業の創出や必要な大学や研究機関の誘致など、地域に合った効果のある政策を進めることにも繋がると期待できます。
「せたがやスタンダード・ネットワーク」は、従来の行政主導の産業支援施策から、地域の住民等の知恵を活かした地域の総合力で支援する施策に転換するモデルとして、今後の取り組みについて注目すべきものといえるでしょう。また、他の地域においても、この取り組みを参考として、新しい産業支援施策について地域1体となって検討を進めていくことに期待したいと思います。

図表8-3

メディア掲載・書籍
メディア掲載
書籍