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TICはITSを'ナビ'できるか
~交通情報ビジネス開放を捉える視座~

倉沢 鉄也

出典:交通工学 2002年5月号

1.はじめに

交通情報における民間市場とは、これまで設備産業としては存在していても、情報そのものについては、雑に言えばゼロ円市場であった。道路交通情報の収集、編集加工、配信について、日本では有史以来民間の取引による市場は存在しなかった。これを大幅に規制緩和しメディアビジネスとして育てていくための制度を整えていくきっかけとなっているのが、政府懇談会「トラフィックインフォメーションコンソーシアム」(以下文中TIC)である、というのが筆者の解釈である。

筆者はこの懇談会の委員としてこれまで約1年半、活動にかかわっている。正直申し上げて、事務局や委員の多数の考える道筋と筆者の主張が相容れているのかどうか実感としてわからない。本稿を苦々しく読まれる委員、事務局の方もいらっしゃるかもしれないが、当該問題に対して筆者なりに一貫して捉えTICでも重ね重ね申し述べているところの「視座」を提示し、当該問題の進むべき方向性について一石を投じたい。

2.「トラフィックインフォメーションコンソーシアムの目指すもの」を捉える視座

TICは、飯田恭敬座長(京都大学教授)以下、関係省庁、関係民間団体、研究者、有識者等の委員からなり、道路交通情報の担当部署である警察庁交通局交通規制課と国土交通省道路局ITS推進室が共同で事務局を運営している。

2002年6月より施行される改正道路交通法の中に、「道路交通情報の編集加工、提供について民間企業の実施を届出制とし、適宜制度上のしばりをつくりながら民間に市場を解放する」という趣旨が盛り込まれている(情報収集については今回は対象とならない)。この新制度の運用ガイドラインと、技術面での安全性確保を規定していくための議論を行う場がTICである。

したがって、実は緊急に進めなければならない性質のミッションを負った懇談会であり、実際には改正法案作成、成立公布、施行に至る速い展開の中でぎりぎりそのスピードに間に合うアウトプットを作っている、というのが実情と筆者は考える。本稿が世に出る時点では、2001年11月にプレスリリースされたTICの中間報告1)の次のステップをどのように進めていくか、具体的にどのようなビジネススキームが出現し、どのような歯止めを作らなければならないのか、ケーススタディーベースでの検討体制をどう作るかという点が詰められたところまで、となっているはずである。後手に回っているという見方もあるかもしれないが、実際には海外事例の検討も含めたドラスティックな検討が行われており、建設的かつ大胆な意見も委員から次々に出され、活発に運営されているように思う。

発足時に事務局を代表した挨拶の中に、行政のコントロールの効かない活動が存在するのは困る、という趣旨のコメントがあったが、安全で円滑な道路交通に行政として万全の責任を持ちたい、とする立場からは当然の考え方であり、それ自体は否定されるべきものではない。

筆者が考えるこの懇談会の最大の問題は、慎重に万全を期して解放してくれる道路交通管理者サイドに対し、ビジネスモデルの書き込みを含めた具体的な市場形成のシナリオを、プレッシャーをかけたはずの民間団体あるいは各企業が明確にアピールしていないこと、つまりは「欲しいとだけ言っておいて、もらってからどうしたらいいのか考えていない」ことにある。

2015年までのITS市場累積60兆円、関連産業累積100兆円という、一人歩きするこの数字において、直接的な公共事業による市場は10~15%程度に過ぎない。あとは全部民間企業が自分で工夫して市場を作り出さないとこの数字にならないことは、数値の根拠を見れば明らか(電気通信技術審議会の資料として公開)である。この民間市場の中心的な位置付けを占めるはずの道路交通情報ビジネスが今まさに解放されたならば、我先に民間企業が飛びついて大儲けのビジネスにしていなければおかしい。

さらに、既に中間報告において、先行する海外事例の紹介まで含めたビジネスモデルの典型例まで示されている。無責任に規制緩和だけするのではなく、参入の仕方まで紹介してくれる画期的な政府アウトプットがあるにもかかわらず、ITS業界側の動きはあまりにも鈍い。各企業、とくに各業界の上位企業はこれまでITSについて多大な先行投資をしてきているはずで、投資回収のチャンスが来たときに具体的にどのように儲けたい、とあらかじめ考えておくのが本来の姿のはずである。

その要因は簡単、やったことのないことを習得するのには時間がかかるのである。製造物の販売、施設利用の時間単位課金といった収益形態を本業としてきた企業(自動車、電機、通信等)のITS担当者にとって、メディア(・コンテンツ)ビジネスすなわち情報の中身を売って商売にする、という収益形態にまったく土地勘がない、ということである。

3.メディアビジネスとして道路交通情報を捉える視座

メディアビジネスの収益源とは何か。面白いものは儲かる、やむを得ず見るしかないものは儲かる、これだけである。つまりニーズに根ざしたものしかビジネスになりえない。
ニーズとは何か。消去法的に探せばニーズは必ず見つかり、キラーコンテンツは自動的に導き出せると考える方がいるとすれば、それはその方の本業の悪癖である。テレビ番組にも新聞記事にも雑誌の特集にも大量のボツコンテンツがあり、その潜在的なコストと労力の積み重ねの上に、半分は経験、半分は偶然による「大当たり」が出現するのが、メディアビジネスの本質である。

道路交通情報は、いまはじめてメディアビジネスの俎上に乗ったのだから、今すぐに最適解を出せる人はどの業界にもいない。しかしメディアビジネスの経験からある程度物言えることがあり、そのことは現在のITS民間側の推進当事者には往々にして欠けている視座であることから、ここで典型的な論点をいくつか取り上げてみたい。

第一に、人は情報に払うお金がない。携帯電話の支出が他のすべての情報支出を圧迫していたことは、もう1996、1997年頃にはわかっていたはずである。しかも2000年になって、携帯電話の支出が先導していたはずの個人情報支出額そのものが頭打ちになっている。詳細は記さないが10代男性では「情報支出の月ごと総額」が「月ごとの小遣い全額」を上回っており(実際には携帯電話の基本料金は親が家計で支払うのでこうした数値が発生する)、もはや「情報支出倒れ(電通総研報告書より)」は明らかである【図表1】。
 
【図表1】 2000.3生活者・情報利用調査 
 
 
(出所)電通総研 
 
第二に、人は接触時間の長いメディアにしかお金を払えない。有料テレビ放送、DVD映像など、家で長時間かけて楽しめるものなら、ある程度の情報支出を期待できるが、モバイルのニーズに対するメディアビジネスとしての支出は、カーラジオという小規模(国内年額2300億円市場とは、間もなくインターネット広告市場に追い抜かれる規模)広告ビジネスモデルか、iモードが確立したコンテンツ少額課金ビジネスモデルの2つに収斂してしまっている。そのiモードの有料コンテンツも、不動の双璧を占めているのは「着メロ」と「壁紙」であり、他の情報提供コンテンツは、ダイヤルQ2ビジネスなどを基盤とした、きわめて安い制作費に支えられたニッチマーケットでしかない。

第三に、人はカーナビをITSメディア受信機だと思っていない。VICSやD-GPSは大きな市場を作っていることは事実だが、使っているほうは自分でこの制度上有料放送であるこのメディアビジネスに対し、情報料を支払っているという感覚はない。日本人が情報課金に疎いということでは必ずしもなく、GPSから得られえる情報が無料でROMに焼かれた地図も(スタンドアローンのソフトウェアとして)情報料はタダだ、と思っている人がカーナビユーザーのほとんど全員である。そういう商品だと日本中のユーザーが認識してしまった以上、そこにカーナビ機能の延長上にしかない課金情報ビジネスを乗せてきても「なぜこちらがタダで、こちらが有料なのかわからない」あるいは「私が本当にほしいのはこのタダのほうの情報で、おまけの有料のほうはいらない」ということになる。自動車を運転する上でそれほどに「現在位置と進行方向と周辺地図」はキラーコンテンツであり、これが無料である以上、このサービスと同時に有料で存在しうる情報コンテンツは限定されざるを得ないということになる。

第四に、海外では道路交通情報自体が官庁によって十分に整備されなかった歴史があり、民間がビジネスとしてはじめなければならないニーズがあった。昨年のITS世界会議(シドニー)で、いわゆるカーテレマティクスビジネスを欧米で展開している主要企業の重役クラスのスピーチはほとんど一致していた。いわく「交通情報提供というのは、やってみて意外に儲からないビジネス。沿道関連情報だけでの採算はとれない。PFI手法で官庁から確実に収入を得るか、車両故障など緊急対応システムとの組み合わせ、あるいは自動車メーカーのCRM戦略として通信機能とコストをOEM化する、という方向性しかない」ということである。VICSという成功例についても、「日本は官庁が長年道路交通情報自体をハイレベルに整備してきたので、あれは欧米の参考にならない」という発言を複数聞いた。したがって、世界に独自と言ってもいい日本の交通情報ビジネス成立のシナリオは、海外事例を見習うといった安易な方向性だけでは、得ることができない。

第五に、メディアビジネスとは基本的に規模の経済である。規模が大きくなければ情報の配信時の収入には限界があるので、おのずと情報の生成(収集、編集加工)に極端に安いコストのモデルを作らないと成立しない。iモードについては前述したが、これを地図情報になじむ形でエリア別に構築できているのが、リクルートを代表とする情報誌の業界である。リクルートの情報誌的イメージを道路交通情報ビジネスの理想とする考えもあるだろうが、これは極端に安く抑えた情報収集(取材/広告集稿営業)スタッフの人件費と、集まってきた大量の情報を一つ一つ精査し(とくに広告集稿情報は不正なものを探偵的に排除する必要がある)、取材情報については大量のボツコンテンツを発生させている情報編集スタッフの過剰な労働量に支えられている。機械を設置して自動的に情報収集して自動的に編集加工して配信する、といった安易な方策では、まず高付加価値の情報収集ができない。人が直接出向いてくれば、機械から入力されるより明らかによい情報を与えてしまうのが人の常である。製造業や電気通信事業には存在しない労働集約的なノウハウを短期間に期待できるはずもない。

第六に、情報消費者は情報生産者にあまりなりたくない。情報収集の労働集約ができなければ自動車側から情報を発信させればいいというので、プローブカーの実験が盛んに行われてきた。既存の交通量調査の代替手法としては大いに期待できるが、これをもって情報収集ビジネスのモデルとして構築することは、結論としては難しいといわざるを得ない。いくら個人情報を保護する(個人が特定できない)技術を使用してプライバシーの問題を解決したとしても、自分の情報を発信するということに慣れていてかつ戻ってくる統計的情報とバーターの価値を感じることのできる人は非常に少ないと考えられる。前者については、自分から情報発信できる人とは、いわば情報高感度、高情報リテラシーの人であり、そのような人が自動車交通利用に占める割合は、未来永劫少数派である【図2】。単にパソコンが使えるといった問題ではなく、脳が高度の情報処理に慣れているか否か、という尺度の問題である。後者については、そういった人たちは統計的な情報を受け取ってもそれが情報としてあまり価値を生まない、自分だけが得をする情報にならない以上は価値を感じない、という可能性が高い。筆者がとある海外の自動車メーカーの研究者に聞いたところによると、プローブカーのシステムが正しく情報を提供できるために必要な普及台数をシミュレートしたところ、全車両の一割必要だというのが結論だ、それは普及の上で非常に難しいことだと感じる、と答えた。日本の自動車の一割にあたる700万台、とくに自家用車の一割にあたる500万台にどうやって普及させるのか、そのプランがないと、そもそもリアルタイム交通情報管理システムとしてのプローブカーも実現しない、ということである。
 
 
【図表2】 2000.3生活者・情報利用調査
 
情報リテラシーごとの性別構成
 
 
 
 
情報リテラシーごとの年代構成 
 

 
 
情報リテラシーごとの最終学歴 
 
 
(注)ここでいう情報リテラシーとは、ITツールの利用スキルのみならず情報接触形態における積極性、いわば情報感度の高低も尺度にしてアンケート結果を点数化した電通総研独自の指標である。Hはhigh、MはMidium、LはLowの略で、それぞれ高低の度合いを示す。○は全体平均よりも5%以上高い数値。 

 
第七に、メディアビジネスの世界は、ほんの一部のマスメディア企業を除いて、先行投資という文化に乏しい。したがってITSの随所に見られる官民共同開発や先行技術開発のインセンティブも体力もないのが通常である。新事業への参画を要請する上で一番重要なロジックは「それは明日儲かるのか」「1年2年でユーザーを何百万かにできるのか」「数が増えてから参画するよりもなぜメリットがあるのか」である。ITSで長らく言われている市場規模予測などはまったく通用せず、直感的に「イケる」と感じさせるビジネスモデルを提示しなければ、メディアビジネス側は手を貸してくれない。しかしこの知恵と経験を、ITS関連企業として避けて通ることはできない。独自にやろうとして経営的に失敗してきたのが、これまでのカーナビ向け情報コンテンツビジネスであることを肝に銘じなければならない。

その他様々な論点を解決せずに、いや何の検討も着手もせずに残しているのが、この分野の市場開拓の現状である。道路交通情報ビジネスを悲観して述べているのではない点、こうした視点はメディアビジネスの現場ではほぼ常識に近い、そしてその常識を踏まえた上での「大儲けの秘策」を規制緩和を主張している側がほとんど準備できていない、という点を、ぜひご確認いただきたい。

4. 結論:ユーザー基点のビジネスモデル提示こそITS市場規模の「ナビ」に

本稿のタイトルは「TICはITSをナビできるか」とした。その答えは「Of Course Yes, and they must do it.」である。
今回の道路交通法改正と、TICが示すことになる運用のガイドラインがどの程度実質的なものか現時点ではまだ明らかではない。本稿で述べた留意点を昇華したビジネスモデルが築かれ、さらに情報収集の民間解放も含めた規制緩和が本格的に実現すると、道路交通情報とカーナビ情報がリアルタイムのエリアマーケティング情報とリンクして、カーナビ及びモバイルITツールに親和性の高い道路交通情報ビジネスが成立する可能性が出てくる。

こうした情報配信ビジネスはすでにインターネット上に様々に試行錯誤されており、いずれは共通のプラットフォームをインターネットプロトコル上に形成せざるを得なくなるのは明らかである。
決して難しい議論ではない。本稿を読まれる方々が、1ユーザーとして感覚的に理解できるものは、ビジネスとして成立するというだけのことである。こうした議論がより具体的に民間企業の委員から提示され、また現時点で(筆者などが知る由もなく)隠して持っているビジネスモデルが、TIC収束後に活気ある取り組み一気に噴出しその活気こそが一人歩きするITS市場規模を支え、先導(ナビ)する姿をぜひ期待したいと考えている。

参考文献
1) 道路交通情報ビジネスの現状と今後の展望~トラフィック・インフォメーション・コンソーシアム中間取りまとめ~,交通工学,Vol.37,No.2,2002.

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