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"IT革命第2幕"を勝ち抜くために
第14回「ブロードバンド・ユビキタス市場の顧客バリュー最大化(CVM)戦略」

新保 豊

出典:Nikkei Net 「BizPlus」 2002年9月4日

(1)ブロードバンドの筆頭に踊り出たADSLだけで収益の落ち込みを埋められるか?

 2000年春の「IT(情報通信技術)・ネットバブル」以降、どうも景気が振るわない。米国のワールドコムの粉飾決算発覚後には、「通信バブル崩壊」も加わった。何もよい材料が見当たらないように見える。それはバブル以降、ITや通信分野の関係事業者における収益基盤獲得のための構造が変わってきているからだ。

 ただバブルの最中にも、ブロードバンド技術は急ピッチで進んでいた。2000年秋にADSLサービスがわが国に登場したとき、大半の人が現在のようなブロードバンドの進展を予想していなかった。わずか月額2,000円前後で8Mbps〜12Mbpsといった2年前には想像もつかなかったような速度のサービスを利用できるようになった。「高い日本の通信料金」は今や世界で最も安くなった。この分野の競争は凄まじい。

 2002年4月末わが国の場合で、ADSLサービスへの加入者数は270万人に達し、CATVのブロードバンドユーザー数を合計すると現在では500万人相当となっており、NTTの「ISDNからFTTH(Fiber To The Home)への基本シナリオ」を狂わせ、旧来通信(固定電話)による収入面に対し破壊的なインパクトをもたらしている。

 このブロードバンドサービスのユーザー数(500万人)は、これまでの主要通信サービスであった固定電話契約者数のほぼ10%に相当する。固定電話や携帯電話など類似サービスの立ち上がり時期における経験則から、ブロードバンドサービスもその勢いにおいてクリティカル・マス(臨海量)を超えたといえよう。2001年をブロードバンド元年とすれば、わずか1年半程度のことだから驚きである。

 しかし、低料金で定額性をとっているADSLなどのブロードバンドサービスでは、未だわが国の情報通信(ICT)市場が大きく飛躍するほどの大きな産業基盤とはなるまい。IP技術による仕組みの交替や競争環境の変化などにより、旧来の同市場は縮小に向かうことは不可避であろう。

 本稿では、ブロードバンド市場あるいは最近のキーワードになってきたユビキタスの両市場における、新たな収益基盤確保、ひいては顧客(消費者)バリュー最大化(CVM:Customer Value Maximization。筆者の造語)について言及したい。旧来のCRMのコンセプトでは、競争には勝てない。


(2)ブロードバンド・ユビキタス市場の「関連性の経済」とは?

 最近ではブロードバンドに、「ユビキタス」という概念が加わった。ユビキタスのオリジナルの意味は、時空を超絶した唯一神が至る所に遍在するという意味である。サービスまたはそのサービスにアクセス可能なツールや手段が至る所に行き渡っているというように解釈できる。

 ブロードバンド・ユビキタス市場では、次のような従来の「規模の経済」や「範囲の経済」に加え、「関連性の経済」(筆者の造語)と呼べるような新しい経済性(またはビジネス面でのシナジー)が鍵を握る。


「規模の経済」: 生産量の増大につれて平均費用が減少する結果、利益率が高まる傾向のこと。通信ネットワークなどがこの経済性をもたらす。

「範囲の経済」: 複数の財・サービスを個々の企業が提供した場合の合計費用より、1企業がそれらを同時に提供した場合の費用の方が低いこと。インターネット上のサービスやコンテンツのバリューをより確かなものとするための、特定企業による認証・決済などのプラットフォームのデファクト標準が進むことで、消費者はこの経済性を享受できる。  

「関連性の経済」: 個々の財・サービスで獲得できる利得(投資案件の正味現在価値NPV:Net Present Value)を合計するよりも、共通インフラ(ネットワークやプラットフォーム)に乗った複数の財・サービスにおける相互間の利得は、消費者のライフサイクルの中でシナジー(相乗)効果を発揮し高くなること。

 通信に限らず、ユーティリティ分野(電力、ガス)では規模の経済が働く。この経済性を発揮せしめている経営資源は、他社にとっては市場支配的な要素や仕掛けとなり、競争が進展しないという状況があった。その後、規制緩和によるネットワークインフラの解放により、競合他社が同市場へ参入するインセンティブがもたらされ、市場シェアの観点からも、情報通信市場は大変競争的な状況が創られてきた。

(3)3つのレイヤーのアンバンドリング競争と新たな垂直統合化

 IT戦略会議など(2001年)でも論じられた、下から「ネットワーク」、「プラットフォーム」、「アプリケーション/コンテンツ」という3層モデルにおける各レイヤー別の、サービスのアンバンドリング(サービスの非一括提供化)が、最近進んでいるように見える。

 しかし、上記の「3層アンバンドリングモデル」において、再び各層をバンドリングするかたちの「新しい垂直統合型モデル」を目指す動きも出てこよう。

 例えば、NTTドコモは、この3層に加え携帯端末などのビジネス面でもう一つの重要なレイヤーも、事実上自社の影響下に置くことに成功し、強力な垂直統合化を確立している。これには、顧客一契約当たりの月間平均収入(ARPU:Average Revenue Per User)でドコモの3割程度に過ぎない、欧州の携帯電話会社が羨望の眼差しを向けている。

 また、NTT東西やNTTコミュニケーションズなどのNTTグループは3層の下(ネットワーク層)から、一方、ソフトバンクグループ(Yahoo!BB等)は上(アプリケーション/コンテンツ層)から、のブロードバンド垂直統合モデルの完成をはかっているように見える。

 ソフトバンクグループでは、昨今のダークファイバー解放の機をとらえ、すでにギガ(bps)級クラスのIP網インフラを全国1,200のNTT局舎を拠点に自前保有するに至っている。この上に現有のADSLサービス、IP電話、Yahoo!ポータルなどの優良なアプリケーションやコンテンツ類がのり出すと大きな強みを発揮するに違いない。

(4)消費者のユビキタスバリューを考える

 ブロードバンド・ユビキタス市場では、旧来の情報通信市場におけるものとは戦い方が変わって来よう。

 携帯電話は強力なユビキタス環境を消費者に提供している。何せ消費者の胸や腰のポケットに端末が収まっているのであるから、いつでもどこでもコミュニケーションやコンテンツにアクセスできるという点では、これにはかなわない。今後はウェアラブルコンピューターの動向にも注目される。

 しかし、携帯電話にも限界がある。小さな画面や速度の観点、あるいは親指中心の操作性などの観点から、PDAやPC、またはTV端末、情報家電端末、ホームゲートウェイ端末などの方が、これらの点で有利なサービスを提供できる局面も少なくなかろう。

 その際のポイントは、ユビキタスの構造と実効性をとらえることだ。ユビキタス性が消費者へもたらす価値(バリュー)を、次のように分解することができる。
 

消費者のユビキタスバリュー = 消費動線バリュー(拠点・連綿性依存)+ 消費周回バリュー(回数・時間連続性依存)


 消費動線バリューとは、場所・拠点的要素に伴う消費者価値のこと。ホーム(家庭)などの第1拠点、オフィス・学校などの第2拠点、さらには無線LAN環境下の外出先ホットスポットなどの第3拠点である、インフォメーション基地の拡がり、またその各拠点が連綿性をもつことで、擬似的に隙間無い空間が消費者に感じられる環境をいかに提供できるかがポイントとなる。

 消費周回バリューとは、時間・周回的要素に伴う消費者価値のこと。従来のライフタイムバリューといったような消費者の生涯にわたる主要イベント(卒業、就職、結婚、第一子誕生など)に向けたものというよりは、消費者の例えば1日の生活、即ち前述の第1拠点から第2、第3の拠点を巡る(あるいは行き来する)消費者の周回的な行動に沿ったバリューを提供する。
さらに消費者にとって不可欠であったり楽しんでいる最中の、インフォメーションやコンテンツなどへのアクセスにおいて前回結果に対して、新たに結果・成果を付加できる(バリューの増殖)がポイントとなる。

(5)ユビキタス環境下の競争戦略は顧客バリュー最大化(CVM)が鍵

 

ブロードバンド・ユビキタス市場における競争では、ユビキタスバリューを消費者(顧客)にいかに訴求できるか、即ち、図表のようなイメージに沿った顧客バリューの最大化(CVM:Customer Value Maximization)が重要となる。



【図表】 ユビキタスで見る顧客バリューとキャッシュフローのイメージ

(注)CVM:Customer Value Maximization 
(出所)日本総合研究所 ICT経営戦略クラスター(新保2002)

 従来の顧客関係または顧客のレスポンスデータをマネジメント(管理・分析)するというCRM手法では役不足といえよう。わが国の場合、過去2年間ほど多額のIT投資を行って構築したCRMシステムの2割〜3割程度は失敗に終わっている模様だ。

 今後、ネットワーク資源(またはそのスキルなど)、プラットフォーム資源(同)、あるいはアプリケーション/コンテンツ資源(同)の3層でそれぞれ効果を発揮することになる、規模の経済、範囲の経済、そして関連性の経済を、顧客一人一人に向けて発揮できるような仕組みやそのための方策・アプローチが、他社との差別化をはかるものとなろう。

 いまだこれを完成させている企業は存在しない。これは前述の通り、新しい垂直統合型の企業を出現させることと同義なのかも知れない。但し、このポジションを実現したとしても、こうした企業が独占禁止法に触れるような、旧来型のドミナント企業として解釈され得るかは議論の分かれるところである。ブロードバンドIP技術が支配的になるこれからの時代にあっては、少なくともこうした企業にとって、ダークファイバーとして解放されているネットワーク層に加え、プラットフォーム層やその上位層において支配的なインフラなどの仕掛けをもつことは考えにくい。

 今後は、ブロードバンド環境下のユビキタスの構造やその要素をうまく自社のサービスに取り込めるか、そして、そのユビキタスバリューの模索・追及を通じたCVMの実現が競争優位に立つための鍵となろう。




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