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e革命第2幕 ビジネス創造へ"ルビコン河"渡れ

出典:日本工業新聞 「シンクタンクの目」 2000年3月1日

 

 eビジネス元年といわれる昨年以来、eビジネスに関する注目が集まっている。米国ドット・コム企業が牽引する「e革命」は、もはや第2段階に突入している。わが国の産業の中心にあった既存企業は、このデジタル時代の大潮流をいかに対処可能なのだろうか。実践的なアプローチを探る。

収穫逓増 
 
●パラダイムシフト

 わずかこの1年半のIT(情報技術)・ネット分野での出来事を振り返ると、目まぐるしいものばかりであった。米国ではネットベンチャーのIPO(新規株式公開)により次々と億万長者が誕生した。これは1900年代初頭の単位人口あたりの比率で倍増の勢いだ。ヘンリー・フォードの自動車産業黎明期に重なる当時の産業革命を彷彿させる、またはそれ以上のe革命が急ピッチで進行している。従来型のTエコノミーからeエコノミーへのパラダイムシフトが起きている。ここでは、「e」の一文字にデジタルネットワークのもたらす本質を表したい。

 一方、昨年がわが国のe革命元年であった。数々のネットベンチャーが東京ビッドバレー(渋谷近隣)に誕生・集結した。新聞に「ネット(e)」の文字が出ない日は皆無に近い。しかしこれは本当に産業革命に匹敵するのか。この点は過去半年、多くの論者が言及しているので過分に紙面は割かず、「収穫逓増の法則」のみに触れたい。

 先のフォード時代を支配した「規模の経済」が線形的な価値増大の法則であるのに対して、収穫逓増の法則では、価値は雪達だるま式に幾何級数的に増大する。しかも、この価値はネット参加者で分かち合うことができる。前者がTエコノミー産業の勝者だけのものであるのと対照的だ。

 eエコノミー産業では、大量だが有限なモノの消費ではなく、情報の無限的な消費・再利用が特徴だ。そして、マイクロソフトやシスコといったeエコノミー産業の勝者により、消費者は安価で使い勝手がよく、しかも高機能な商品・サービスを享受できる。その影響範囲は日常生活にまで及ぶ。ひところもてはやされたニューメディア時代では、何も変わらなかったのと抜本的に異なる。まさにe革命と呼ぶにふさわしい。

●カエサルの決断

 かつてローマ軍を率いたカエサルが、それまで渡ったことのなかったルビコン河を渡ることで、強大なローマ帝国の礎を築く契機とした。さしずめ現代のe革命時代では、【図表1】の「e点」を横切るラインを越える(e革命領域に踏み入れる)ことに相当する。この世界はこれまでの世界と一変する。e点が中心の平面を形成するための両軸を、「到達度」軸と「密着度」軸とする。この見方は米BCG社のそれを一部参考にした。

 前者の特徴は「広範囲なデリバリー、スピーディー、低価格」、そして後者の特徴は「顧客関係性が濃密、ワン・トゥ・ワン的な手厚さ、高品質」だ。両者は二律背反的であり、同時に2つを満たすことは想像しにくい。この平面上に4つの企業群を配置できる。

 第一にe点の右下に位置する、アマゾン、Eトレード、オートバイテル及び個人ベンチャー等の"新興ネット企業群"だ。この右下方向が「第1段階のe革命」の進展を表す。いずれも「到達度」が顕著なグループである。

 第二にe点の左上に位置する、資金管理口座CMAを開発したメリルリンチ、終身型保険を売りにする生保等のフルサービス型商品を強みとする"旧来型先進企業群"であり、「密着度」の強いグループとなる。

 第三に製造業、流通、鉄鋼、商社、銀行等の"眠れる巨人企業群"。一部企業を除けば総じて、目下のところe革命時代に目だった動きの乏しい負け組といえよう。

 第四は同平面の右上に位置する、デル、マイクロソフト、シスコ、オラクル、シュワブ(e証券)といった"戦略的e企業群"。これら企業は両軸が相互にもつ二律背反性を解決している。つまり、たゆまぬ創造的再構築を通じ、現有の事業基盤の活用とネットの効用(到達度の高さ)との相乗効果をいかんなく発揮し、幾何級数的に企業価値を逓増するに至っている。いわば、「第2段階のe革命」を達成している真の勝ち組だ。

【図表1】 e革命時代のルビコン河を渡れるか

 (出所)日本総合研究所 ネット事業戦略クラスター  

●従来型企業はどう戦うか

 日本企業の多くが今後、「第1段階のe革命」を果たし、当該業界にて独りが勝ちに近い一部米国企業のような躍進ぶりを見せることは予想しにくい。なぜなら日米のe革命進展度の差は、ベンチャー支援等の事業環境に加え、その取組みの着手時期に拠るところが大きいからだ。eエコノミー時代ではたかが3年程度の差でも、追従不能なほどに大きい。

 では、日本企業のとるべきアプローチは何か。米国自動車業界を例にとる。

 一つは、ナッサー社長率いる新たな経営モデル「フォード2000計画」を実践するフォードのやり方だ。購買、顧客管理等に加え、100年変わらなかった自動車の販売方法にネットを活用するという。「コア事業組込みによる試み」といえる。もう一つは、GMのeビジネスを一元的に管理・運営する社内カンパニーe-GMという「e事業部門(ドット・コム企業)」による試み。

 いずれも、重厚長大な設備、物理的な営業網を保有しながら、豊富な人員、自前の技術力・知識といった、これまでの競争優位ポイントがe革命領域で足かせにならぬよう、ネットとのナレッジを融合させることに不退転の気概を感じさせる。

 日本の"眠れる巨人企業群"にも、明確なビジョン・戦略のもと、具体的なビジネスモデルが設定できるのであれば、この2つの基本アプローチを参考に"戦略的e企業群"へ変革可能だ。自身をいつまでも古い企業の枠に押し込める必要はない。創造的再構築という大胆な発想の転換と行動革命が伴うのであれば、確固とした現行の事業基盤をもつ大企業こそ、e革命時代の旗手にふさわしい。"新興ネット企業群"など恐れるに足りない。淘汰されるべきは、この企業群かもしれないのだ。

サクセス・シナリオ 
 
●必要な手立て

 既存企業がeビジネスで成功するためのシナリオを【図表2】に示す。

 ある企業がeビジネスを実施する前の収益力は、現行事業基盤に応じた一定のものである。eビジネスが軌道に乗り市場から一定の評価を得るにつれ、株価も上がる。米広告業界の実務家R・グレゴリー氏によると、評判形成とブランド形成には相関があり、例えば、売上高対広告比率を3%弱上げるだけで評判は大いに上がり、利益伸び率は270%、株価上昇率は660%に達するというほどだ。また、業種にもよるが、株価押し上げ率の構成要素の一定部分(5%程度)を評判が占めるという。

 つまり、IR(投資家向け広報活動)を通じた市場評価獲得(新ブランド形成)により、本業への反映(付加収益力の創出)がなされる。そしてこの際、いくつかの手立てが必要だ。

 ベンチャー企業がIPOを通じ多額のキャピタルゲインを得るのに対し、既存企業では期待される株価高を通じた資本市場からの資金調達により、投下資本の回収や新規投資を行うことで、収穫逓増型の成長シナリオを如何に描くかだ。また、e革命時代に対応するトラッキング株(会社の特定事業と連動する株)発行により、本業からeビジネスのみを暫定的に分離することで、市場評価を客観化させることも有効だ。その上で本業とのシナジー戦略と収穫逓増戦略をミックスさせ戦略的eビジネスを行うこともできる。 

【図表2】 成功のシナリオ

(出所)日本総合研究所 ネット事業戦略クラスター 

●創造的再構築

 「戦略的e企業」に自己変革するにはどのようにすべきか。それは一重に組織と文化の問題を如何に克服できるかにかかっている。それを横軸に「e組織・e文化」、縦軸に「T組織・T文化」とし、両者の均衡線を右斜めに置く【図表3】。これは、一橋大学伊藤邦雄教授による企業組織論の「フローとストック」に通ずるアプローチだ。

 多くの企業は現時点で、原点より少し上に位置するはずだ。そこからの発展プロセスを見よう。まず早急に自社でeビジネス特化の専門組織(e事業部門)を設立することだ。そして、この「新組織によるパイロット」プロジェクトを実施する。後述の通り、パイロットの内容は大きく2つのビジネスに分けられる。1つに特化することも、両者を並行することも可能だ。様々なトライ&エラーの方策を通じ、T型である「自社文化との融合」をうまく図ることができるかがポイント。

 それにはトップの理解と斬新な発想を持ち合わせ、強力な指導力をもつ社内リーダーの存在が決め手となる。リーダーのもと進化した次段階の機動的な組織による「新しい挑戦」を繰り返す。そして、自社の組織・文化の「創造的再構築」を通じ、「戦略的e企業」への変革・転換を図っていくことが理想だ。

 現実には、予測範囲外のリスクや壁に直面することもあろう。ルビコン河を越えたら、もう二度と後戻りできないという気概と同時に、それを実現した時のイメージを鮮明に描き、耐えず途中の組織・文化にエネルギーを充満させておく仕掛けも不可欠となる。

【図表3】 組織と分化

(出所)日本総合研究所 ネット事業戦略クラスター

2大スタイル

 戦略的eビジネスを行うにあたり、【図4】の通りその企業の現行事業内容に応じ、2つに分類可能だ。

 1つは「BtoC」eビジネスであり、消費者との間で直接取引を行うもの。消費者と直に接点を持てることに大きな意義がある。様々な顧客の声を収集・蓄積し、系統的に分析することで、それを現行商品の改良に活かしたり、次商品の企画に反映することが容易だからだ。

 2つ目は「BtoB」eビジネス。市場規模は2003年に60兆円を超えるとの予測もある。具体的には、自社の特定顧客企業が最終製品のかたちで消費者へ提供する前段階として、エクストラネットによる顧客企業との自社半製品状態での個別取引(資材調達・購買、販売、ネット決済等)がある。また、顧客企業間のトレーディングが煩雑かつ頻繁になる場合など、自らがその間を取り持つエージェント(一種の商社)機能を担うことも主要ビジネスとなる。

 いずれにせよ、顧客企業の数が多ければ、「BtoC」型と同様に彼らの挙動・ニーズを把握することが不可欠だ。そうすれば需給関係の最適化を図ることもでき適性在庫あるいは注文生産・発注的な仕組みが維持でき、自社の商品力を高めると同時に顧客満足を図ることが可能だ。

 最後に、顧客の声を吸い上げ、自社の商品や組織・文化の変革を促すための仕掛けの一案である、トライ&エラーによるパイロットプロジェクトの進め方(フェーズ1)に触れたい。これはウェブを活用し、顧客の声を短期間でより的確に把握するものだ。仕掛けは簡単であり、現有基幹システムや顧客DBとは切り離した、ウェブで収集したオフライン環境下による限定的データの活用を行う。新規ウェブシステムには、例えば、プログラム言語にPHP3、WWWサーバーOSにLinux、顧客DBサーバーにPostgresSQLといった簡易ツールを用い、コストと時間を節減する。スピードが勝負だからだ。

 プロジェクトの進め方としては、仮説(ビジネスモデル)設定→ウェブ画面作成→仮説検証→ウェブシステム構築→パイロット実施結果の吟味→仮説再構築→事業戦略の策定→フェーズ2以降のための検討といった手順が現実的であろう。フェーズ2では、顧客のレスポンスに応じ、あるいは自社の変革程度を考慮しながら、新システムと現行基幹システムへの組み込みを行う。フェーズ3では、現行基幹システムに組み込んだ後の実事業環境のなか、現行事業基盤を踏まえたeビジネスとの融合(シナジー)を図る。これがすぐ目前にある「e革命領域」での自社付加収益力の源泉になるはずだ。

【図表4】 2つのeビジネス 


(出所)日本総合研究所 ネット事業戦略クラスター 

 

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