コンサルティングサービス
経営コラム
経済・政策レポート
会社情報

メディア掲載・書籍

掲載情報

モバイルメディア・ITSとクルマの姿を考える

倉沢 鉄也

出典:TRAFFIC & BUSINESS 2000年春号

●ITSは、モバイル商品として買われる

「ITS」の文字が新聞一面トップや雑誌の特集に踊るようになって1年ほどがたつ。景気対策として、情報インフラ投資の柱として、交通問題解決の切り札として広く認知されてきた。この数年のコンピューター技術の急激な進展、携帯電話やノートパソコンなどの普及も、消費者がITSを理解するための追い風になっている。

すでにカーナビゲーションシステムは、大規模電器店ではビデオカメラやパソコンと一緒に並べられている。そうなれば、商品としての使い勝手、価格などは他のモバイル商品と比較されることになる。すでに多くのモバイル商品を手にしている消費者にとって、、カーナビやETC端末などのITS商品の魅力、そして金銭感覚は「自動車の付加価値」ではなく、「クルマでも使えるモバイル商品、それが自分にとってパソコンなどより有用か」という視点でしか捉えてもらえない。

この視点が、ITS関連市場を担うべき民間企業、そして政府にも非常に希薄である。

「クルマで移動するため必要なものには出費するだろう」あるいは「クルマのオプション相応の金銭感覚で出費してくれるだろう」という発想から構築した市場の読みは、少なくとも日本では通用しない。もちろん、「交通渋滞を解消するために、環境保全のために国民は積極的に出費するだろう」「法律で義務づけられたらおとなしく買うだろう」ということも当面日本では起こらない。ITSがターゲットとする消費者は、もっと成熟している。 

●クルマは、情報で癒される空間へ

よく運転する人、まったく運転しない人、後部座席に乗っているだけの人、皆必ず自動車そのものについて、また自動車交通について一家言持っている。自動車交通政策における合意形成の難しさは、日本中の自称専門家を相手に納得してもらうことの積み重ねであった。

一方、この数年で、消費者はようやく情報ツールの値頃感、機能と使い勝手との対価感を体でわかるようになってきた。携帯電話の普及は500万台を超え、オフィスワーカーの多くの人がパソコンやPDAを使いこなすようになった。昨今はパソコンやゲーム機も家庭に広く普及するようになった。情報機器の自称専門家も、十分に増えてきている。

ITSは、この両者にまたがる市場を形成する。したがって、ITSに対しては、すでに日本中の消費者がITSの専門家として一家言持っている状態から、政策と市場への合意形成が始まると考えるべきである。そして消費者自らが購入し、ITSの便益を消費者が直接受ける場所となる自動車の中に対しても、日本中の自称専門家がリクエストの声を挙げることになる。

消費者がすでに自動車について、また情報機器について一定水準の理解があるとすると、当然ながら求められる自動車の姿とは、「自動車が情報化で進化するというなら、家やオフィス、新幹線や飛行機と同等の情報消費空間でなければ困る」ということになるであろう。

そう考え直すと、自動車の中の空間というものが、これまで実に情報消費空間としての使い勝手の悪いものであったことに気づかされる。あるいは、自動車の100年あまりの歴史は、自動車の中を外部の情報から遮断しようとする歴史であって、それがここに来て大きく転換しようとしていると見ることもできる。

ノンフィクション作家の山根一眞氏は、乗用車の座席配置を称して「どうしてこの100年間、自動車の座席は応接3点セットであったのか」と述べている。応接の椅子とは、少なくとも高度な情報処理を行うシステムではない。それは自動車の中のデザインの思想が、長らく自動車に乗ることイコール移動中の退屈な時間をリラックスして過ごすこと、また外部からの情報がないイコール精神的にゆったりできること、を100年間前提にしてきたからである。標準装備されたシガーライター代わりのDC電源が、それを端的に示している。

現代の都市生活において、自動車の中ほど外部の情報から遮断されている空間はない。常に大量の情報を好きなだけ受けて生活している現代人にとって、情報が得られないことは大きなストレスになる。

ストレスを癒す情報として交通渋滞情報が国民的合意を得たシステムであることを、越正毅・日本大学教授が指摘している。つまり渋滞の情報を渋滞中の自動車に流しても、渋滞の解消にはならない。それでも渋滞情報そのものに国民的な不満の声が出たことはない。渋滞情報を表示する電光掲示板が一本数百万円で立てられたとしても、税金の無駄遣いを指摘する声はまったく上がらない。

自動車の中の人のストレスを癒す突破口がモバイル情報ネットワークであり、そのために必要な空間に自動車の中もリ・デザインされなければならない。

●カーナビがゲートウェイコンピュータに

現在、自動車の中で受け取れる情報は急激に拡大しつつある。自動車側の端末として大きな期待が寄せられるのが、すでに消費者に広く受け入れられつつあるカーナビゲーションシステムである。

そもそもモバイル機器は、カーナビを除いていずれも「ハンディモバイル」である。手で持ち運べ、片手で操作できるほど小さくなることが求められ、それが技術向上と価格低下の最大の壁になっている。

人が自在に扱えるモバイルコンピュータを片手に乗るほどまで小さくしなくてもいい唯一の現実的方法は、コンピュータ付き乗り物に人間が乗ることである。当然、カーナビのように大きな筐体のコンピュータでも「モバイル」として十分に受け入れられる。

そのときのカーナビは、あまたあるモバイル情報機器との互換性、接続性がなければ、消費者に受け入れられない。今やどのモバイル機器でもインターネットコンテンツを受信できる時代である。だからこそ、大きな筐体でも許されるカーナビは、ゲートウェイコンピュータとしての設計がなされるべきであろう。高速メインコンピュータとして、あるいは大きなディスプレイとして、サウンドシステムとして、出入力インターフェースとして、大量の電力供給源として、つなぐことで使いやすくする機能こそが求められる。

この車載メイン情報端末の筐体は、すでにマイクロソフトとクラリオンによる「autoPC」によって世に出ており、一方でトヨタやGMが中心となったコンソーシアム「AMIC」で走行制御機能まで司る車載メインコンピュータを開発中であることは、関係者にはよく知られているところである。本質的問題は、それらを使うクルマの中にある。シームレスな情報空間の一つに自動車の中も含まれていくのではなく、むしろ自動車の中こそ最も先進的に情報消費が行われる場であると捉え、そのために使い勝手のよい空間に自動車の中を再構築していくことが必要であろう。 

●ビジネスマンにとってのクルマ情報空間、一考

情報空間として、具体的にどうクルマの中をデザインすればいいのか、イメージを試みてみよう。

ビジネスとして自動車に乗っている人はおおまかに2種類に分かれる。1つは人や物を運ぶことをビジネスとする人、もう1つは自分自身の移動手段としている人である。前者はバス、タクシー、トラックなどの運転手、後者は自分で運転する営業マン、運転手付きの会社幹部や記者、そしてタクシーに乗っているサラリーマン全般、といったところだろうか。

前者の人々にとって、運転は仕事そのものであり、運転は怠惰だがある集中力をもって従事しなければならない。こうした人達には、自家用大型トラックのコクピットによく見られるように、ゴージャスでリラックスできる運転空間が志向され、そこで求められる情報サービスもまたリラックスした空間を実現する性質のものであり、安全性は運転制御技術などで向上するだろう、ということを指摘するに留める。

生活者のニーズとして追求されるべきは後者であり、これまでのITSの議論、あるいはカーデザインのプレゼンテーションの中で薄かったところではないだろうか。

ビジネス情報のやりとりを車の中で実現するプロトタイプとして最初に世に発表されたのは、おそらく日産の塙社長が乗られているワンボックスカーであったかと思う。その後、一連のITSカーの発表の中で、こうした視点の探求はその後あまり行われていない。

この延長上に、いくつかのリ・デザインを考えることができそうだ。

一つは、「エグゼクティブが移動中に仕事のできる自動車」である。エグゼクティブにとって重要な情報機能とはおそらく、ハンズフリーの電話やFAXやパソコンではない。彼らが移動中にやっておきたいことは、署名や原稿書き、事前に書類に目を通すにあたって十分に安定した机と、簡単な書類棚と、腰痛にならないように硬く調節できる椅子と、老眼に十分な明るさ、であろう。座席も当然、「ビジネスクラス」のそれでなくてはならないだろう。

二つめのリ・デザインは「外回りの営業さんが仕事のできる自動車」である。この場合、運転席から仕事ができるように、助手席部分の情報機能を徹底させる。ハンズフリー機能つきの携帯電話、車の電源が接続されたノートパソコンやPDA、FAX、文字認識機能付きのスキャナーなどは当然のこと、書類や文房具類を整理できる棚と引き出し、捺印やサインなどに十分な机、覚え書きのできるクリップボードなどを備え付けたほうがいい。これで営業マン一人分の机の面積の家賃が浮けば、そのほうが安くつくケースもあるのではないだろうか。

この両者の中間的な仕組みで、「仕事のできるタクシー」を考えることもできるだろう。現在のタクシーは、プライベートな空間をある程度確保できるにもかかわらず、仕事も含めた情報の受発信をする環境にない。そこで後部座席に、コンパクトにまとまったオフィス機能を持った机、十分な明かり、そしてコンセント使用を可能としたつくりにする。こうした機能が有料サービス、または限定予約車となっていても十分に受け入れられるだろう。

これらのデザインに共通することは、紙メディアは不滅だということである。いくらビジネス情報の電子化が進んでも、紙メディアの携帯性、一覧性、収納性、再現性、そして充電が必要でない点で省エネルギーにもかなうモバイル機器は、おそらく永遠に出てこない。ならばやはり情報空間に「平面」は欠かせないのである。

イラストに示したような車は、安全性の点では、机や棚があると乗っている人に危ないのかもしれない。しかし、わずかな事故の可能性のために仕事ができない、進まないという非効率を、ITSの衝突防止システムで早急に挽回する、という視点に立つのが、消費者に納得して払ってもらえるITSの機能、と捉えるべきであろう。

【図表1】 仕事のできる車

 (出所)電通ITSプロジェクトチーム 

●家族にとってのクルマ情報空間、一考

助手席や後部座席に座る、女性や子供のための車載コンピューター、そのための車内のデザインについても考えてみる。

カーテレビの本来のニーズは、画面が汚くてもいいから、決して見逃したくない番組を移動しながら見る、ということにある。多くの同乗者は移動のために乗っているのであり、基本的には手持ちぶさたである。車内での退屈しのぎは、優先順位は高くないかも知れないが、精神的、交通心理的には不可欠な要素である。

ITS一般の議論では、つい最近まで、車が受ける恩恵イコール運転手が受ける恩恵、であったようだ。とくに後部座席の子供、助手席の大人が自動車の中でどのような情報を欲するかについての議論はまだ深まっていない。

土日に親の都合で移動させられる子どもにとって、カーテレビの有無、ゲームの有無は、自動車移動そのもののインセンティブをも左右する。ここに、例えばテレビ番組に連動させてゲーム要素を盛り込んだ双方向情報サービスを持ち込めば、これまでの議論にない自動車の付加価値へのニーズを掘り起こす可能性がある。

また子どもは一般に自動車の後部座席に乗ることが好きでないようだ。窓の位置も高く、前は見えず、シートベルトに縛り付けられることを嫌うという。ならば、後部座席で見せるべき映像は、エンターテイメントでなくとも、単純にカメラ映像で前方の車窓を見せるだけで、子どもにとっては十分魅力的な商品になる。チャイルドシートとの連動でゲーム仕立ても可能だろう。未来のITS普及を担う子どもたちの生活行動と情報へのニーズを深く分析してくことも必要となろう。

【図表2】 子供のための後部座席映像サービス
 
 (出所)電通ITSプロジェクトチーム 

一方、同乗者の女性は、独身女性から主婦まで、あらゆるケースで自動車の寄り道の「主導権」を持つことになる。すでに行われているカーナビ向け情報サービスの発展形として、パソコン通信ではあたりまえに行われているリアルタイムチャットやフォーラムの仕組みはもちろんのこと、地域からの細やかな情報をより魅力的にし、購買情報を組み合わせて発信していくことが有望である。「Recency理論」、すなわち購買時間と購買場所に近づけば近づくほど商品情報は購買行動に効果的になるというマーケティングの理論の最も有力な実践の場所として、自動車の中での購買活動はまったくのフロンティアである。したがって、ETCの決済機能の拡張こそ、このニーズをつかむまたとないチャンスであり、何よりもまして優先的に実現しなければならい機能である。
 
本稿の限られたスペースでいくつかの例を示すにとどまったが、「ITS時代の自動車が備えるべきデザイン」は、これから細密に検討されていかなければならず、生活行動意識を的確に捉えるための努力が求められていくだろう。

情報化された自動車の中のデザインの基本原理は「情報を得た結果何ができるのか」の探求である。 

●「ITSライフビジョン」の探求を

電通総研では現在、「ITSライフビジョン研究」を進めている。生活者の行動と心理を中心に据え、消費者向けITSマーケットの全体像を描こうとしている。しかしそれも一つの道しるべに過ぎず、未来は誰にもわからない。

交通心理面から「人間にとって真に有用な情報の本質とは何か」を慎重に検討しながら、日常生活に潜むニーズを丁寧に掘り起こした商品とサービス、普及のためのコミュニケーション活動を行っていくことで、マーケットが形成されていくだろう。

ITSの商品を開発する立場の方々に忘れていただきたくないのは、その商品、サービス、制度を、ご家族に説明して、賛同を得られるのか、奥様が家計の財布を開いてくれるのか、自らの小遣いのうちITSに月いくら払えるのか、それがユーザー視点の原点であるということである。 

 

メディア掲載・書籍
メディア掲載
書籍