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メガ・コンペティション

新保豊

出典:日経BP出版社 「デジタル大辞典1999-2000年版」

●米欧の通信市場の推移

 従来の米欧の特定多国籍企業に加え、過去10年間ほど、米欧諸国では国内市場の成長鈍化や企業の海外経営戦略等から、多くの企業が海外での事業展開を活発化させた。海外現地での企業の通信ニーズや一般消費者の国際電話ニーズも相俟って、通信事業者のグローバル展開が加速した。電気通信市場は今やメガ・コンペティション(大競争)の様相を呈してきた。
 そこで、メガ・コンペティションに至るまでの米欧の通信市場の推移を概観してみよう。

 まず米国では、一企業であったベル電話会社による多数の国内電話会社の吸収合併を通じた独占の時代を経て、米司法省やFCC(連邦通信委員会)との反トラスト法(独占禁止法)を巡る調整の結果、内部相互補助などの公正競争上の構造的問題を解決すべく1984年にAT&Tの再編統合が行われた。これにより、AT&T長距離部門(ベル研究所含む)とベル電話会社に分離され、地域通信を担っていた22のBOC(州内電話会社)は、7つのBOCに再編統合された。1996年の電気通信改革法の成立後、AT&Tの三分割(1997年)が行われた。現在は、米第4位の長距離電話会社ワールドコムが、1997年に英BTと提携関係にあった米MCI(米第2位の長距離電話会社)の買収を発表するなど、メガ・コンペティションに向けた動きが加速している。

 欧州では英国がいち早く通信の民営化及び自由化を推し進めた。1984年のブリティッシュテレコム(BT)民営化後、1991年の通信政策見直しにより国際市場を除く複占体制終了、BT非分割等の決定を行った。また最近のCATVの目覚ましい普及の加入者2割はCATV電話サービスを利用していることが注目される。

 一方、欧州大陸では国際競争力及び雇用の創出等の懸案事項もあり、欧州単一市場の形成および経済発展のための汎欧州ネットワーク構築の必要性が欧州理事会にて指摘され、電気通信自由化の一層の促進等が1994年6月のバンゲマン報告に盛り込まれた。

 ドイツおよびフランスとともに、国営キャリア(電話会社)による長い独占時代を経て、1998年のEU(欧州連合)における通信自由化に向けた対応が図られている。ドイツでは、1995年1月にDBPテレコムを民営化しドイツテレコム(DT)が誕生した。DTは1996年の電話料金リバランシング(事業者のコスト構造に見合った料金体系の是正)、1998年の国内市場自由化を睨みエンド・トゥ・エンドの一体型サービスを目指すなど、外資参入に備えた経営体質の改善・強化の準備に抜かりがない。

 またフランスでも競争の枠組みは未定ながらフランステレコム(FT)の民営化の動きが具体化しつつある。イタリアに至っては地域、長距離、衛星系を統合し念願のフラグキャリアを誕生させたぐらいであり、欧州諸国ではむやみに企業を分割するなどの構造的な措置を取っていない。ドイツテレコムやフランステレコムはお互い提携関係を結ぶなどを通じ、メガ・コンペティション時代を乗り越えようとしている。

【図表1】 米欧の通信市場の推移

●国内市場のダイナミズムとエンド・トゥ・エンドサービスへのシフト

 米欧の通信市場の特徴として、国内市場のダイナミズムを引き出し競争を活性化するために、自国の市場特性に応じて、支配的事業者(米国の場合はAT&T)の経営形態など構造的な措置をとることに政策的な力点を置くかどうかの問題があった。

 米国ではAT&Tの再編統合により、大きくはAT&TやMCI、スプリント等の長距離電話事業者と、BOC(ベビーベル)7社のほか米GTEなどの地域電話事業者とに、一旦は固定的な市場が形成された。一方、欧州諸国ではキャリアは国営電話会社の時代から、通信ネットワークの分断(すなわち自国フラグキャリアの分割)などは意に介さず、地域・長距離・国際といった通信事業を区分することなく、一貫して一体型のエンド・トゥ・エンド(末端から末端まで)サービスを手がけてきた(図2)。わが国通信市場と主要諸外国とのそれを比較すると、明らかにわが国では市場が細分化されていること、および国際市場が国内市場と切り離されていることが目につく。

 この問題は結果的に、米国では欧州に比べ通信料金が安いが、地域区分(LATAと呼ばれる米国の電気通信市場区分)ゆえに、事業者が一体的にサービスを提供できず相手先になかなか電話がつながらないなどの不具合が生じることにもなった。また、事業者にして見れば、最終顧客との直接的な接点のある地域市場の方が、よりきめ細かなサービスを行え結局は顧客の囲い込みが可能であるなどのメリットから、長距離・国際市場よりも魅力的であった。従来から米国では、 CAP(コンペティティブ・アクセス・プロバイダー)と呼ばれる代替市内サービス事業者が存在し、市内市場への活性化を担っていた。特に最近の技術革新の進展により、無線やCATVによる地域電話市場の顧客へのアクセスが可能となり、地域市場での競争がより一層促進される要素が増してきた。

 地域市場の市場潜在性の価値が再認識されるなか、AT&Tは通信の総合デパート(地域・長距離市場をカバーしたエンド・トゥ・エンドサービス)をめざし、最近では地域電話市場への参入を積極的に試みている。ニューヨーク州ロチェスターにて、同社が再販による市内電話サービスを開始し、市内から国際までのシームレスサービスを実現しているはその一例である。

 また地域電話事業者は、サービスのアンバンドリングを行い、競争事業者に対して地域市場での参入を容認している。前述のCAPに加え、CATV事業者や無線通信事業者は地域電話事業者との提携を活発化させている。

 このように、米国においても通信の総合化(エンド・トゥ・エンド化)に再び回帰している。欧州やわが国との相違は、一旦市場構造の分割(AT&Tの再編統合)という過程を経たかどうかである。この過程ゆえに現在の米国市場にダイナミズム創出があるとも言え、あるいは逆にそれを欧州キャリアや政策担当者が言うように回り道と解することもできよう。何れにせよ、欧米ともにほぼ同時期にメガ・コンペティションの時代に突入しており、各々の今後の市場の行方はその大競争というステージ(舞台)でとらえることが不可欠となってきた。

【図表2】 主要国の通信市場区分とキャリア

●メガ・コンペティション時代の合従連衡

 経済や生産活動等のグローバル化の潮流のなか、海外では、①盟主AT&Tのもと緩やかな連合体である「ワールドパートナーズ」、②ドイツテレコム、フランステレコム、米スプリントの「グローバルワン」、英BTと米MCIの最も野心的連合「コンサート」といった三極のグループが形成されつつある。国際企業どうしの合従連衡によるメガキャリア競争が急ピッチで進んでいる(図3)。ここでもNTTはこれまで規制に縛られ大きな遅れをとり、蚊帳の外に置かれてきた。1999年からの国際進出のタイミングは遅すぎるぐらいである。
 わが国経営者の中には、このグループのもつ意味を疑う者もいるが、早晩世界のキャリアが3つか4つのメガキャリアの影響下に入ることの可能性もあろう。

 これら3極のグループに対し他の野心的な事業者の横やりも出てきた。例えば、米第4位の中規模長距離電話事業者ワールドコムの攻勢である。

 同社は世界最大のインターネット提供事業者の米UUNetも運用しつつ、続いて米パソコン通信大手のコンピュサーブ買収を発表(1997年9月)、あるいは米国最大のCAPである米MFSとの合併を行うなど急成長している。1997年11月には米MCIはワールドコムと合併、これまでのパートナーであったBTは、同社の株式を米ワールドコムに売却(418億ドル)することとなった。これにより、社名は新たにMCIワールドコム となり、米国第2位の市外通信事業者(シェア25%)の顔に加えて、世界最大級のインターネットサービスプロバイダー(アクセスポイント数1,000箇所以上)の顔を併せ持つ、世界最大級の国際通信事業者となる。

 このワールドコムの大胆な事業展開のほか、今後のメガ・コンペティションを占う上で特筆すべき最近の動きを2つに分類して示そう。

 第一は、これまでのBTの動きに見られる海外市場戦略を重視したもの。世界通信市場の競争環境が整う2000年頃において、全体市場の1%をとるだけで百億ドルの増収を見込める(BTバランス会長)とする、国際市場を視野に入れたグローバル戦略が極めて明確な動きである。加えて、BTは自社傘下のCATV子会社による双方向TV実験など自国のCATV事業への関心も高く、近い将来により本格的なマルチメディア事業に乗り出す可能性が高い。

 第二は、地域通信市場戦略が明確にあり、それを踏まえた事業展開を行うもの。例えば、米BOCのナイネックスがパソコン通信最大手の米AOL子会社と提携、また、米GTE等がインターネット接続事業者を1996年買収した総合通信化の動き、あるいは米国の電力・天然ガス会社による地域通信や衛星放送・インターネット接続事業への新規進出などが目に留まる。

 通信の総合化の段階において、同サービスの収益の拠り所となる最終顧客への接点を、直接確保しておくこと(地域通信市場への進出)、さらに、放送・コンテンツ企業を含めたメディアの統合化(メディアインテグレーション)が、将来の通信事業者の方向を示すキーワードになるに違いない。

【図表3】 大競争時代の合従連衡とメガ・コンペティション

用語集 
 
●FCC(連邦通信委員会:Federal Communication Committee)
 米国政府から独立し、議会に対して直接責任をもつ、1934年の連邦通信法により設立された、州および国際間の電気通信分野(通信、ラジオ、テレビ、CATV等)を管轄する機関。通信設備設置許可の需給調整基準等を行なっており、基準違反の場合にはサービス提供の禁止命令を出すなど、市場の公正競争状況の監視を行う。わが国郵政省も同様の権限をもつが、同省が政府機関である点、およびこの市場監視のほか政策立案の機能も併せ持つ点などで異なる。 
 
●内部相互補助
 事業者が、利用頻度が少なくコストの割高な地方の通信事業の赤字を、利用頻度が高くコストを低めに政策的に設定された市内(都市部)の通信事業や長距離通信事業等の黒字で補填すること。このため、他の通信事業者が市内市場で参入することは、自前回線設備等の追加投資コストに加え、政策的に低めに押さえられた料金設定のために、実際面で困難であった。わが国の市内市場が制度的に自由競争の環境にあるとされても、一事業者の事実上の独占であったのはこの理由による。 
 
●AT&Tの再編統合
 市内電話と市外電話サービスを提供するベル電話会社、電話関連機器を製造するウエスタンエレクトリック、R&Dを担当するベル研究所から構成され、製造からサービスまでの垂直統合を行いつつ巨大な独占企業となったAT&T(アメリカ電話電信会社)は、司法省との市場の独占を巡る争いの結果、AT&T長距離部門とベル電話会社に分離され、地域通信を担っていた22のBOC(州内電話会社)は、7つのBOCに再編統合された。再編後、持株会社である新AT&TのもとAT&Tコミュニケーションズ(長距離通信)とAT&Tテクノロジー(ベル研究所その他の持株会社)となった。 一方、22のBOCは全米を7つの地域に分けられ、そのサービスを行なう7つのBOC(ベル統括会社、ベビーベル)となった。 
 
●ベル研究所
 米ベル電話会社(米AT&Tの前身)の研究開発部門(通称、ベル研)。1984年のAT&T再編後は米AT&Tテクノロジーズがベル研究所の持株会社として機能。物理部門など自然科学分野のノーベル賞受賞者を多数輩出しており、世界的に希有な頭脳集団とされてきたが、分割後は際立った成果が出ていなく評価が分かれる。1997年のAT&T三分割後の現在では、ルーセントテクノロジーズの傘下にある。 
 
●BOC(Bell Operating Company)
 米ベル電話会社の州内統括会社のこと。1984年のAT&T再編前は22の州内電話会社であったが、再編後7つのBOCとその他(端末販売会社、移動体会社など)となった。ベル系地域電話会社という意味でRBOC(Regional Bell Operating Company)やベビーベルという言い方もされる。 
 
●AT&Tの三分割
1996年の電気通信改革法の成立後、AT&Tの三分割(1997年)が行われた。同法の審議過程において、AT&Tのアレン社長(当時)はすでに自社の再分割の意向を発表していた。AT&Tが自らをAT&T社、ルーセント・テクノロジー社、NCR社の3つに分割し、本体のAT&Tはその市場機動力において格段と身軽になった。これは、通信・通信機器製造・コンピュータの機能別の会社分割を、急変する米情報通信市場とグローバル市場を見越した自らの企業戦略上の経営判断により実施された点で、先の再編統合とは異なるものである。この動きに対してイギリス、ドイツ、フランスなどの欧州諸国では冷静に受け止めていた傾向が強かったのに対し、わが国ではちょうどNTT経営形態問題が白熱していた時期と重なり、少なからず波紋を呼んだ。 
 

【図表4】 AT&Tの事業領域の変遷(1997年のAT&T三分割)

   

 
●リバランシング
 公正競争の推進、基盤的サービスの確保、あるいは受益者負担の徹底などの側面から、サービス間の収支構造上の不均衡(アンバランス)を改善し、事業者のコスト構造に見合った料金体系に是正すること。電電公社の民営化後、新電電の参入により競争状況となった、市外通話の黒字により、基本料、市内通話料、番号案内料、公衆電話料金などの基盤的なローカルサービスの赤字を補填するという構造的な問題を引きずってきた。これは、NTTの料金体系が、独占を前提とした電電公社時代の料金体系を踏襲してきたものだからである。 
 
●米国の電気通信市場区分
 1984年のAT&T分割(再編統合)により、米国電気通信市場は、LATA間市場(長距離市場)は長距離電話事業者による競争、LATA内市場(地域市場)は地域電話事業者による独占があたかも確立されたかのように考える見方ある。今日の米国電気通信市場は、通信サービスを主とする「ネットワーク市場」と、通信機器・OA機器・コンピュータ-等のハードウェア製造が中心の「宅内機器市場」に大別される。特に前者は、1.基本伝送サービス(州際通信、州内通信;LATA間市外通信・LATA内市外通信・市内通信)、2.無線公衆通信サービス(ポケットベル、セル式電話)、3.高度サービス(情報サービス)で構成される。
これまで地域電話事業者が独占してきた地域市場(上記「市内通信」「LATA間市外通信」)には、CAP(市内バイパス事業者)と呼ばれる新規事業者に加え、長距離電話事業者、CATV会社、および無線通信事業者が参入するようになった。地域市場の活性化の一翼をになうCAPは、コロケーション裁定により成長が促進された。長距離市場(LATA間市外通信」「州際通信(国際市場含む)」では、長距離電話事業者であるLEC(ロング・イクスチェンジ・キャリアー)である米AT&T、米MCI、米スプリントが代表的である。 
 

【図表5】 米国の電気通信市場区分

  

 
●CAP(competitive access providers)
 地域市場に当たる特に大口顧客企業等の専用線を扱い、地域電話事業者の市内網のバイパス代替手段を提供する事業者のこと。CAPのネットワークを市内電話網と接続させることで、新規事業者は容易に競争可能な環境整備を行なえる。米国電気通信市場では、自前の回線設備を敷設するにはコスト負担が大きく、結果的に参入障壁の高い加入者線市場において、CAPと呼ばれる新規事業者が登場した。 
 
●アンバンドリング(unbundling)
 ユーザーに一体で提供にされてきた商品・サービスを、部分的に分解して提供する形態。電気通信分野では、電話機と電話基本サービスの料金の分解に始まり、伝送路(加入者線、信号網)や交換機などを含む、多数のシステムと多数のサービスとしてカスタマイズして提供すること。

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