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先実施主義と保護対象限定
ビジネスモデル特許に新たな枠組みを

出典:日本工業新聞 「シンクタンクの目」 2000年8月28日

 

 ビジネスモデルへの特許化の動きが活発になってきた。わが国が特許戦略を強力に推し進めるのは重要なことだが、ことビジネスモデルに関しては問題も孕んでいる。その誤解を解き、何がポイントであるか、そして今後の特許対策等はどうあるべきかを考える。

●なぜBM特許か

 ビジネスモデル特許(BM特許)の話題がテレビ番組等に登場して賑わせている。「アイデア次第で一儲け」といった見出しも目立つ。大手電機メーカーからベンチャー企業まで、営業スタッフに加え事務スタッフまでもがアイデア発掘作戦に取り組んでいるとまくし立てている。先月発足した官民「IT戦略会議」でも、電子商取引を支える制度基盤整備の一検討課題として掲げられた。

 背景には、米国でのBM特許ラッシュがある。そして、BM特許議論が、企業経営戦略での新しい儲けの仕組みとして関心を集めているビジネスモデルと併せて扱われることが多いために、BMの権利化→BM特許取得と短絡的に誤解されている向きが多い。

 果たしてBMが権利化できるのか。1885年の「専売特許条例」に始まる特許制度は、実用新案、意匠、商標とともに工業所有権制度を成すものであり、「研究開発→特許権等の取得→特許製品の製造・販売や特許権のライセンシング等による研究開発費等の回収→さらなる研究開発」という「知的創造サイクル」により「産業の発達に寄与する」(特許法第一条)ものだ。「発明」とは「自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のもの」(特許法第二条)。特許対象も産業の進展に合わせ、機械・電気製品等とその製造方法から、半導体・コンピューター分野とその周辺制御ソフト(ソフトウェア関連発明)にまで広がってきた。

 しかし、BMという「ビジネス手法」について特許が受けられる規定は現時点ではない。特許庁は昨年12月に「ビジネス関連発明」に関する審査基準を公表、「単に従来人間が行っている業務を自動化するものでは進歩性の要件を満たさないため特許しない」指針を明示。同時に「ビジネス関連発明」が「ソフトウェア関連発明の一形態として捉えること」で特許の要件を満たすことも示唆している。

 進歩性の判断基準では「その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者の通常の創作能力の発揮」に過ぎない。例えばIT活用の業務上自動化システムでは、新ビジネス手法がいくらコンセプトに含まれていても、既知情報処理技術を利用し容易に開発可能であれば「高度な技術的思想の創作」に相当しない。ソフトウェア関連発明として特許されるには、従来技術を越えた解決手法(発明内容)が出願明細書に詳細に記述され、それが新規性・進歩性として認められることが必要となる。

●権利化の是非

 特許庁指針を裏返して考えると「従来ビジネスでも高度なソフトウェア技術を含む新ビジネス手法で自動化すれば特許が受けられる」と解釈できる。しかし今後、特許対象をビジネス手法にまで拡げようとする場合、それが特許制度の本来趣旨に沿った形で運用できるのか疑問が残る。

 第一に、特許の「先願主義」に関する問題。特許法では「より先に特許庁に出願した発明」に特許権を与える方法を採用。出願以前に実施していたことが証明できれば実施者は「先実施」により特許侵害とはならない規定がある。しかしビジネス手法の場合、先実施を書面においても証明するのは容易でない。

 第二に、「文言解釈」の問題。請求範囲(クレーム)において、文言解釈が概念的になされやすいBM特許では、従来以上に広く解釈され得る。例えば「電話注文を受付ける株式販売システム」なる装置発明において、電話とは固定電話か携帯電話か、あるいはインターネット電話まで含むのかという解釈は、出願書類上の実施説明に基づき、機能の代替可能性を考慮して判断された(均等論の適用)。これは次の2つに通ずる。

 第三に、「新規性」「進歩性」の判断の問題。例えば、流通・小売事業者等を考えると、一部大手企業を除けば、そのビジネス手法について明文化されているケースは稀だ。小規模事業者ほど、経営者自身のノウハウとして実施されている場合が多いため「新ビジネス手法」には、従来のような製品仕様書や製造マニュアル等の文献不備ゆえに、新規性等判断には困難が伴う。

 第四に、IT活用法を含むビジネス手法が特許とされた場合の産業上の「有用性」の問題。例えば、不動産情報や求人求職情報の掲示方法(ハローワークでの匿名を前提とする両者のやり取り・手順)等は、社会生活で有用な仕組みとして形成されてきた。それら自動化手法がIT利用等を根拠に、特に大企業等へ安易に特許されると、事業者のIT化自体の阻害に加え、価格と利便性の点で消費者へも多大なデメリットが生じよう。

●解釈論にとどまる

 BM特許について、特許申請・成立時期、概要、特許審査基準(①新規性、②進歩性、③産業上の有用性)及び判定、当該特許分野の市場発展段階等について、各番号に従い整理した【図表1】。各事例とも手法のみならず、現行の特許審査基準を満たしているものと判断できる。

【図表1】 話題にのぼる日米の主な特許事例

(注)「概要」については、2000年3月以降の日経BP社、東洋経済新報社等の刊行雑誌から引用。

 【日1】凸版印刷「マピオン特許」:ネット上の地図情報をクリックすることで行う広告表示システムと方法。上記審査基準に照らすと、①新しいビジネスモデルであり、②階層構造をもつ地図ファイルシステム、そして③コストパフォーマンスに優れている。

 【日2】富士ソフト「ウェブメール特許」:フリーメールのシステム及び方法。①出願当時無かった仕組みであり、②一定レベルのソフトとシステムで実現、③ユーザーアクセス数を容易に獲得可能なことに特徴あり。

 【日3】住友銀行「振込処理システム(パーフェクト)」:入金者ごとに個別の専用口座を設け入金照合サービスを簡便にする手法。①同手法には新規性が認められ、②振込専用口座の創設により、振込人が誰かを受取人が誤認しないようシステム改良。また③振込処理形態そのものの利便性が高い。

 以上わが国では、上記①~③を満たしている点でBM特許と言えるものではない。

 では米国での状況はどうか。ここでは、①についてBMだけでなく"技"にまで、また②が「非自明性」に置換され、"仮に進歩なくとも公知技術と異なる技術"であれば、特許が認められる。その発明によりプロセスが簡略され、価格低化が起こり産業発展につながればよいと考えている傾向がある。例えば次の通りだ。

 【米1】米シグニチャー社「ハブ&スポーク特許」:複数の投資信託資金のポートフォリオを一つのセンターで一元管理・運用する手法。同様に、①従来のようにデータは必ずしも物理現象を引き起こすものではないが、②資金の出し方が従来型のデータ処理以外のものであり、③BM手法であっても有用で具体的でかつ現実的な成果であるとされ、1998年7月に連邦巡回控訴裁判所では「ステート・ストリート銀行事件」の判決(同特許に対して同銀行がその無効性を主張したが敗訴)が下りた。これ以降米国ではBM特許が急増。日本では1992年に出願され1999年に審査請求、現在査定中。

 【米2】米デイル・ミラー氏「パットの方法」:ゴルフパットの握り方に関する方法。①②は疑問。③について"現実的な成果(工芸=アート・技)"が認められた。わが国ではあり得ないケース。

 【米3】米オープンマーケット社「ショッピングカート特許」:複数商品をまとめて購入でき品物ごとの会計を不要にする手法。①従来の買い物をネットに応用しただけで、②技術的な進歩性に乏しく、③必要な品物を複数購入し最後に精算可能というもの。現状のスーパーマーケットでの買い物手順をネットに置き換えただけとも読める。日本では査定中。

 【米4】米プライスライン社「逆オークション特許」:消費者が購入商品の購入条件を提示し、それに合う販売業者の仲介手法。①買い手が価格付けする逆転の発想があり、②ネット取引きでの不特定多数消費者を相手にする場合ならではのもの。買い手の希望価格提示時にクレジット番号を入力させ、事前に支払い能力を調べておくこと等が特徴。③様々な商品の購入に適用可能でき便利。国際出願しているが日本では未公開か。

 【米5】米アマゾン社「ワンクリック特許」:利用者の請求・出荷情報を蓄積し、マウスを1回クリックするだけで商品購入を可能にした手法。①は疑問。②ネット商店ならではのビジネス手法としては進歩性があるが、実現手法としてクッキーという既知ブラウザ技術を利用、高度な技術的進歩性は乏しい。ただ、過去の購入情報を基に販売手続きを簡便にする仕組みに技術的な特徴あり。③有用性については、一度ネットでの商品購入をすれば、次回からクリック1回で様々な商品購入に適用可能であり一定の利便性あり。

 以上のように米国では、同①と②を満たさないが③を満たしている点のみをもって特許が認められていると思われるケースと、わが国では「ソフトウェア関連発明」に分類可能なケースがある。従ってBM特許については、特許庁審査官の解釈論の域を出ていない実態があろう。 

●特許対象の変遷

 特許の対象となった当該市場の発展段階を創出期、成長期、成熟期の三段階に分け、特許対象の変遷を、【1】ハードウェア→【2】ソフトウェア→【3】BMとした関係の中で、最近"BM特許"としてマスコミ等で紹介されている事例を位置付けたい【図表2】。
 

【図表2】 わが国特許の対象範囲と市場成長プロセス


(出所)日本総合研究所 ネット事業戦略クラスター(現ICT経営戦略クラスター) 

 
 対象【1】では、概ね装置・製造方法特許(機械、複写機)やモノ・デバイス特許(電気・半導体)からその後、数々の発明がなされ市場成長がなされてきた。即ち「知的創造サイクル」により「産業の発達に寄与する」こととなった。

 また同【2】では、ウェブメールシステム、地図情報システム、入金照合システム等「ビジネス関連発明」が次々と出てきている。経済のグローバル化・ソフト化に準じた動きだ。

 一方同【3】では、IT等の戦略市場、雇用・就労等に関する公共性の高い市場等の創出期においての安易なBM方法の権利化は要検討だ。特許の対象範囲は特許制度創設の趣旨として、当然ながら市場発展段階と密接に関連している。

 古くは、電気通信産業と電気・コンピュータ産業との間には、デジュール(標準)とデファクト標準という一定の線引きが産業政策上あった。ニューエコノミーの象徴であるIT産業のなかネットビジネスにおいて、その発展段階が創出期であればあるほど、「ネットワークの外部性」、即ち一勝者が市場を一人占めしやすいビジネス条件により、リアルな経営資源(人員、流通網、資金等)をもつ巨大企業等に特許を認めることで市場独占の懸念が生じ、今後の産業発展を阻害することとなる。 

●米国に対する牽制

 今後の産業育成施策でのBM保護は、技術開発競争や消費者等の利益を阻害する恐れゆえ特許法でカバーできない、または馴染まない動きに対しては、特許制度とは別の次のような枠組みで対処すべきだ。

 第一にIT活用のBMについて、「先発明主義」を一歩進めて「先実施主義」により、新ビジネス手法の保護の仕組みを社会全体で試行・改良していく方法も一案だ。最近のLinuxというOSの開発は、著作権を開発者に帰属させながらも第三者へのコピーやソースコード改変のソフト配布を自由にする考え方による。ビジネス手法の公開の場をネット上に用意し、保護期間を2~3年程度に想定。発明者以外の実施に関する情報提供も受け付け、一定期間経過後に実施あるいは審査請求のあったものに留める。

 第二に、BM保護の対象の問題。特許の及ばない範囲には現下、医師等による治療・予防に関する行為等のみである。加えて上述の理由の通り、私達の基本的な生活に直に関わり影響度の高い生鮮食料品や住居、雇用・就労等に関しては一定制限を加える必要もある。

 最後に、米国でのプロパテント政策について触れたい。BM特許への誤解もさることながら、これへの官民の反応には過剰的なものがある。なぜか。米国との"特許戦争"に理由がある。いかにIT産業を重視するにしろ、米国型プロパテント(権利保護の強化)政策の流れに安易に便乗することは慎重であるべきだ。「先発明主義」と「秘密条項」により、生産開始後の外国企業に対して過去の売上まで遡ってロイヤリティーを請求できる制度となっている実態は、グローバル時代にあってアンフェアーだ。

 後者は、国家安全保障に抵触するという口実から先進技術は隠したままでよい(意図的に補正申請を行うことで審査期間を延長可能)とするもの。これらへの対処には、欧州と足並みを揃えたWIPO(世界知的所有機関)からの米国への特許制度改正に向けた、官民のより強固な継続アプローチが求められる。

 

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