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通信ビッグバン

出典:日経BP出版社 「デジタル大辞典1999-2000年版」

●NTT経営形態問題の経緯

 ここ2、3年来再燃した日本電信電話(NTT)経営形態問題(分離・分割問題)の経緯とは何か。

 NTT分離・分割問題は1982年の第二次臨時調査会(臨調)基本答申にて、電電公社の民営化ならびに中央会社と複数地方会社の再編が盛り込まれたことに始まる。1990年には電気通信審議会(電通審)で、長距離・移動体通信の分離と市内通信の再編成が答申された。しかし、当時の政治的判断や株価値下がり懸念などによって実施が見送られた。

 もともとNTTが分離・分割の対象にされたのには、とりわけ地域電話市場のもつ特有の要素(ネットワークの外部性やアクセスチャージ、相互接続の問題など)と、それに起因する長距離電話市場との問題(内部相互補助など)があった。しかしながら、法制度面は別にして、最近の技術革新によりこれら問題が解決されつつあるものもある。これらを踏まえ、NTT経営形態問題(分離・分割問題)に関する研究会が官民双方にて開かれ、様々な角度から問題が検討された。

 長年の懸案だったNTTの経営形態問題は、法制度面では憲法29条財産権の問題や商法上の問題を回避するかたちで行われた。すなわち、1997年6月13日に同社の純粋持ち株会社方式による再編を定めた改正NTT法などを含む電気通信関連三法案が成立したことにより、法制度面での一応の解決を示したものとなる。

 本法案のもつ意義は、次のように捉えることができよう【図表1】。

(1) NTTは、分離・分割後も持ち株会社を戦略企画部門と位置づけて「オールNTT」の枠内で一体型サービスを維持できる。その意味で、経営形態としては分離・分割というよりも再編と呼ぶ方が相応しい。
(2) そもそも事の始まりであった公正競争を確保すべきはずの、地域市場におけるNTTの「事実上の独占」の解決にはなっていない。問題は、新電電等との相互接続問題である。
(3) NTTの国際進出が純粋民間会社として可能となり、遅まきながら世界のメガキャリア(巨大通信会社)間の大競争に参入できるようになった。
(4) NTTや国際電信電話(KDD)の足枷が部分的に解けることが呼び水となり、NTT等への対抗策として新電電の合従連衝の模索に拍車がかかった。
【図表1】 通信関連3法案成立の意義 
 
1) NTTは、分離・分割後も持ち株会社を戦略企画部門と位置づけて「オールNTT」の枠内で一体型サービスを維持できる。その意味で、経営形態としては分離・分割というよりも再編と呼ぶ方が相応しい。
2)そもそも事の始まりであった公正競争を確保すべきはずの、地域市場におけるNTTの「事実上の独占」の解決にはなっていない。問題は、新電電等との相互接続問題である。 
3) NTTの国際進出が純粋民間会社として可能となり、遅まきながら世界のメガキャリア(巨大通信会社)間の大競争に参入できるようになった。 
4) NTTや国際電信電話(KDD)の足枷が部分的に解けることが呼び水となり、NTT等への対抗策として新電電の合従連衝の模索に拍車がかかった。

●情報通信市場の変遷とNTTの分割問題

 情報通信産業のわが国産業全体に占める割合が、単一産業でトップの電力業に迫る勢いを見せ、初めて1997年に10%を超えた(1997年版「通信白書」)。通信やコンピュータ等の情報通信分野が、かつての基幹産業(鉄鋼・自動車・電機)に代わる新たなリーディング産業として、経済成長や雇用創出に大きく寄与するに至っている。ここに来て、産業の構造シフトが確実に進んでいることが実感される。

 一方わが国は、1997年にとりわけ電気通信分野において大きな転機を迎えた。電気通信関連三法案は、懸案だったNTTの再編を促し、わが国通信市場に対しビッグバン到来をもたらす契機となり得るものだ。来たる本格的マルチメディア・ネットワーク時代の市場大再編を俯瞰し、同時に海外のメガキャリアの動き(行動原理)を踏まえ、通信ビッグバンを担うプレイヤーのとるべき企業戦略とその企業像、あるいは将来の市場・産業の行方は一体どうなるものか。

 さて、電気通信関連三法案をよく見ると、先の通り課題は決して少なくない。反面これは、わが国電気通信・情報通信市場が、従来の郵政省下の「管理競争」から、より「自由競争」に近い環境へと発展的変遷を遂げるためのビッグバン着火の契機となるものと解したい【図表2】。

 電電公社の独占時代、競争市場の出現時代(新電電の参入)を経て、デジタル革命のなか通信関連三法案が成立した今日(デジタル革命によるメガ・コンペティション時代の開幕)、通信ビッグバンとも呼ぶべき国内市場の再編の動きが加速した。この動きに外資やマルチメディア(放送・コンテンツ)の動きが加わり、時代はやがて様々なメディアが融合・統合したかたちの市場へ推移していくに違いない。  
 

【図表2】 電気通信・情報通信市場の発展的変遷   

 

(出所)日本総合研究所 ネットワークマネジメントクラスター

●通信関連三法案の成立と通信ビッグバン

 通信業界大再編(ビッグバン)の具体的な枠組みは、目下のところ、次の三極に収斂するかのように見える【図表3】。
 
 

【図表3】 通信ビッグバンと業界大再編  

 
(出所)日本総研ネットワークマネジメントクラスター(現ICT経営戦略クラスター) 

 
第一グループ: 
★  NTTグループは、純粋持株会社のもと、長距離会社、地域会社2社(東日本と西日本)として1999年度に再編される。 
★  国際通信へは、長距離会社が1997年内に進出準備を開始、1998年1月には郵政省へ国際電話サービスを申請した。会社設立時に技術支援を行い関係がよいとされる国際デジタル通信(IDC)との具体的な提携等を視野に入れながらの、本市場への本格参入となる。 
 
第二グループ: 
★  新電電としては真っ先に、日本テレコムと日本国際通信(ITJ)が、1997年10月に合併し、長距離通信と国際通信分野で事業の一体化を図る。 
★  一方、市内市場には日本テレコムが同年4月、大都市JR沿線からの無線による進出を図るべく実験(CATV網を含む光ファイバー活用のダイレクトアクセス)を行っており、NTTに依存しない通信のエンド・トゥ・エンド化を積極的に目指している。 
 
第三グループ: 
★  今月、先の第二グループとの対抗上、長距離系で最強の営業力をもつ第二電電(DDI)と国際系トップのKDDが業務提携を発表。企業文化等の違いから、この両社の歩み寄りはまだ先であろうと見ていた関係者を驚かせた。KDDは、自社の日本列島周回光ケーブル一部をトヨタ系テレウェイに売却するなど業務提携に動き、結果1998年10月に合併の運びとなる。 
★  同様の出来事は1997年前半にすでにあった。移動体分野において、京セラ系セルラー会社とトヨタ系IDOが、市場で圧倒的なシェアを誇るNTTドコモと対抗するため、携帯電話で同一仕様を利用するなど提携を表明したことである。第一グループおよび第二グループの活発な動きの中で、国内提携先の有力候補のなくなったDDIは1997年1月、自前回線を保有する第一種電気通信事業者として日本発着の国際通信サービス事業に参入しようとしているカナダ系の大手国際通信会社テレグローブ・インターナショナルと提携を発表、いよいよ外資をも視野にいれた駆け引きの段階に突入した。 
★  またKDDは、専用線ベースでNTTの半分近くの回線インフラを相互接続する電力系地域新電電9社との提携を行うなど、1998年4月の国内市場への進出に備える。 
★  東京通信ネットワーク(TTNet)は、NTTの市内サービスへの脅威ともなりつつある、独自回線による「東京電話」サービスを1998年1月から開始した。これまで無風であった地域電話市場への大きな変化をもたらしている。 
★  一方DDIは、全国で無線主体のダイレクトアクセスを行うなど市内への独自進出(テレウェイも首都高速等を利用した無線実験を1997年5月に実施)、総合通信サービスへの布石を怠らない。このように本グループにおいては、KDDとDDIを中心に、グループ各社の資本参加や合併を視野に入れた交渉の一層の本格化が必至の様相を呈してきた。 
 
 上記グループの動静を占う上で、トヨタ系通信会社の3社(IDO、テレウェイ、IDC)の動きは、キャスティングボートの役割として見逃せなかった。実際1997年9月にトヨタ自動車は、債務超過に陥っていたテレウェイを1997年末に増減資を実施し、約650億円(1997年3月期時点)に上る累積債務を一掃することを発表した。これによりトヨタ自動車は出資比率を現在の約38%から60%程度に高め、テレウェイを子会社化することとなる。親会社からの強力な経営支援によりテレウェイは財務基盤を強化し、KDDとの合併を通じ、通信市場での急速な業界再編のなか生き残りをかけた備えを行った。
 次のトヨタの出方が注目される。現行の自動車ビジネスと通信ビジネスとの親和性は高い。今や自動車はエレクトロニクスの塊りであり、携帯電話や衛星を用いたナビゲーションシステムなど、情報通信分野における新たな事業展開において重要な戦略上、トヨタの今後の中長期的な戦略が、通信業界の再編に大きな影響を及ぼすことが必至である。

●今後の通信市場の行方

 第一グループのNTTとその対抗勢力(第二および第三グループ等)が、国内市場で真に有効な競争を行えるようにするには次の点が期待される。

1)「ネットワークの外部性」を機能させるため、多元的なプレイヤーの結集を通じて、一定の経営規模(ネットワーク規模)を実現させる。

2)利益の源泉である顧客に直接サービスを行うため、最新技術(無線など)と、従来の長距離系新電電や電力系地域新電電、あるいはCATV会社等の結集勢力の相互接続(NTT網に拠らない)とその相互利用により、明確かつ徹底的な地域戦略のもと、地域市場への進出を本格化させる。

3)これまでの不毛な「料金競争」から脱却し、「付加価値サービス競争」を行えるよう、外資を含む他社との戦略的提携に加え、各社が独自色を出し顧客から顔の見える事業展開など自社ブランド戦略等を導入・強化する。

 特に2)のNTTに拠らないネットワークとは、エリア面積では限定的であるものの、経済活動の集積地域である大都市部を中心に投資すべきものである。ネットワークの二重投資は、市場全体から見れば得策ではない。したがって、長距離系三社が今春予定している、NTTとの市内交換機(GC)接続(全国1,700箇所)により、一層基幹通信回線に近い箇所での接続を推し進め、NTTへのアクセスチャージの低減が図れる。

 また、無線による顧客へのダイレクトアクセスは、NTTの独占的地域市場に風穴を開ける可能性があり、非常に注目される。米国等の最先端無線技術の活用により、今や400から500メートルの範囲でテレビ画像と同等の動画像をも送信できる。この手段を通じ、長距離系新電電の中には、鉄道網(山手線など)や道路網(首都高速など)等を利用した無線インフラの拡充により、地域市場の加入者を獲得することができる。米AT&Tは1997年2月、地域ベル会社の地域網を迂回(バイパス)する無線技術を発表し、すでに実用化に取り組んでいる。

 日進月歩の技術革新は、これまでの固定観念を覆す。わが国「地域」6,000万人市場の熾烈な争奪戦(初の本格的な地域市場競争)はもう目の前にある。わが国の通信ビッグバンは、新たな外資参入あるいは携帯電話事業者やCATV事業者などを含めた様々な市場参入者による、同市場の活性化にかかっていると言えよう。

用語集 
 
●臨調答申と電電公社民営化
 1982年7月、臨時行政調査会(臨調)は、「行政改革に関する第3次答申」の中で、電電公社を活力があり、状況変化に弾力的に対応できる事業体とするといった基本的考え方に基づき、5年以内に中央会社(基幹回線部分を運営する会社)と地方会社(地方の電話サービス等を運営する複数の会社)に再編成すること等を提言、当面政府が株式を保有する特殊会社に移行させると答申したもの。 
 
●ネットワークの外部性
 電気通信サービスには、電話サービスの加入者が増えるに応じ、より多数のユーザーにアクセスでき、事業者にとってもユーザーにとってもサービスの利便性を高められるという性質。従って、ネットワーク構築の初期段階では事業者にとって、ユーザー数を増やすことが得策となり、たとへ利用頻度が少なくとも居住者向け市内料金を低めに設定したままでもユーザー数の増加を図るインセンティブが働く。 
 
●アクセスチャージ
 電気通信における接続料のこと。新電電(NCC)にとっては、決算に大きく影響する NTTへのアクセスチャージの負担減が最近では営業費用削減の最大要因となっている。第二電電(DDI)と日本テレコム(JT)などは1997年度、通話料金や専用料金値下げが通年で影響することや、新たな設備投資計画により、増収減益を見込んでいる。ただ、このアクセスチャージは、1996年4月からNCCの短時間通話に有利に働く課金方式に変更されること、あるいは県内市外通話にもコストベースのアクセスチャージが適用されるようになるため、NCCのNTTへのアクセスチャージ負担額も一層軽減されるものとも見込まれている。 
 
●内部相互補助
 事業者が、利用頻度が少なくコストの割高な地方の通信事業の赤字を、利用頻度が高くコストを低めに政策的に設定された市内(都市部)の通信事業や長距離通信事業等の黒字で補填すること。このため、他の通信事業者が市内市場で参入することは、自前回線設備等の追加投資コストに加え、政策的に低めに押さえられた料金設定のために、実際面で困難であった。わが国の市内市場が制度的には自由競争の環境にあるとされながら、一事業者の事実上の独占であったのはこの理由による。 
 
●NTT経営形態問題(分離・分割問題)に関する研究会
 主に1996年には、 NTT経営形態問題を論じる研究会の類が官民にて、激論を戦わした。その主なものを挙げる(役職は当時)。

分類 研究会など 論点
分離・分割推進派 郵政省の諮問機関である電気通信審議会通信政策部会(部会長:伊東光晴京大名誉教授) ヤードスティック方式の効果などをうたい長距離分離および地域2分割の方式を推奨した。
分離・分割中立派 行政改革委員会規制緩和小委員会(座長:日本IBM椎名会長) 行政改革委員会規制緩和小委員会(座長:日本IBM椎名会長)が、規制緩和(NTT法は段階的に廃止)と分離・分割(形態は電通審等に預ける)の双方を提唱。中間報告段階では、分離・分割に慎重な態度を表明していたものの、最終報告では中立的な両論併記に留まることとなった。
分離・分割反対派 公取委員会に関連した情報通信分野競争政策研究会(座長:実方北大教授) 分離・分割は競争促進の有効な手段であるが、より重要なのは「規制緩和」「競争条件整備」であり総合的検討が不可欠、NTT法は速やかに撤廃、分離・分割は研究開発やサービス内容に影響しないか、分割費用対効果を考慮すべしと表明。
経団連の電気通信問題ワーキング・グループ(委員長:那須東電会長) 長距離・地域分離と地域分割は妥当でない、株主保護の視点を考慮すべしと提唱。
情報通信政策研究会(公文俊平国際大学教授、石黒東大教授他10名) ボトルネックは過去の遺物、分離・分割よりも競争のルール透明化と公平性の確保、電通審の審議の公開性・透明性・手続き的公平性について報告書を作成。
情報通信と文化を考える会(委員長:牧野三菱総研相談役) ユーザーや株主の視点および産業政策、憲法29条財産権の問題等の観点から、分離・分割に異を唱えた。

●ヤードスティック方式
 複数事業者が申請した料金原価の改定を国が査定する際に、各事業社の経営効率化度合いを比較するため一定の尺度(ヤードスティック)により、効率化度合いの格差に応じて査定に格差づけを行う方式。これは、本方式により間接的な競争状況を創出し、事業者の経営効率化努力を促そうとするもので、もともと電力会社など地域独占性の強い一定数(わが国の場合10電力会社)の企業間に対し、1996年から実施された電気料金改定において初めて導入された。 
 
●憲法29条財産権の問題や商法上の問題
 政府が国家権力により強制的に「NTTの分離・分割」を行うことは、同社の株価が下がれば株主の財産権を侵害することなるため、憲法上その解釈に困難がある。
 また、商法上の問題として、株の流通性の問題(株式上場への支障として、上場不可能または大幅な遅れなど)や、一株当たりの純資産額(10万円以上)の制約や、赤字会社(分離・分割後の地域会社)では配当できないという株の配当の問題がある。さらに、多大な分割コストにより会社に損害が発生すれば、株主代表訴訟もありうること、法人税法等税法の問題として、分離・分割後の存続会社(NTT東日本)からの新会社への資産譲渡額は膨大となり、5年以内の上場では、含み益の全額が課税対象となり多額の納税(NTT試算では1兆6,000億円)が必要になるなどの事業者側におけるデメリットが、NTTの分離・分割を巡る当時の問題となった。 
 
●相互接続問題
 電気通信におけるネットワークの相互接続が、主に事業者間の公正競争の観点から議論される問題のことであり、今後の電気通信市場の発展の鍵を握っている。電気通信産業では、 線路使用権(right of way)を排他的に持っている企業が、接続条件を戦略的に使って、規模の小さな企業を駆逐できるという性質があるが、これを防ぐための公正競争条件の維持のための方策が相互接続ルールである。相互接続の問題は、今後、電力系通信事業者の光ファイバー網やCATV網など市内網内部でのオープン性の確保に集約される。接続問題は政府の公共政策や産業政策と結びつくことを考慮のうえ、オープン化のルールを継続的に策定し、その実施を監視する機関を設置し所定の手続きを確立することが重要になる。
 また、今や地域市場にも競争を実現・促進する上で、事業者の会計システムを考慮した、相互接続条件の公平性を徹底することが不可欠となる。サービス上の適正なネットワークのオープン化と、接続料金の適正化などオープン化の有効な手だてである会計情報の公開によって、これまでの潜在的な地域市場の競争を具現化させることができる。 
 
●東京電話
 東京電力等を主な株主とする電力系地域電話会社の東京通信ネットワーク(TTNet)が、1998年1月から開始した格安料金の電話サービス。同社は東京電力の電力供給ルートを活用して関東圏内に敷設した光ファイバーネットワークを利用し、大企業や通信会社への通信サービスに加え、今回主に関東圏のNTT加入電話を利用可能なユーザーに対し同サービスを提供。市内電話がNTTより割安な3分9円、最遠距離で3分72円となっており、地域電話市場における本格的な競争が期待される。

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