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東証スタンダード市場改革と上場ファミリービジネスが取り得る選択肢

2026年07月23日 岡田昌大


東証スタンダード市場改革の現状
 東京証券取引所(以下、東証)は、2022年4月にプライム市場・スタンダード市場・グロース市場の市場区分に再編して以降、市場区分の見直しに関するフォローアップ会議を通じて、上場制度の在り方を継続的に議論してきた。2026年7月現在、東証はスタンダード市場の上場企業に対して、2023年から強く要請している「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」について働きかけを強めている。
 背景には、2026年4月時点、「資本コストと株価を意識した経営に向けた対応」の開示率が、プライム市場の上場企業は90%を超えた一方、スタンダード市場は50%程度にとどまっている事実がある。東証は今夏から開示していない企業への具体的な働きかけとして、「リソース・ノウハウ不足等の理由から開示に踏み出せていない企業に対して、開示の一歩を踏み出し、段階的に改善を進めてもらうための働きかけを具体化(アンケート等で投資家の声を集め、ポイントや事例を整理)」、「あえて開示をしないという判断をしている企業に対して、投資家に向けた参考情報として、開示していない理由や、開示に関する今後の方針の記載を促す」、という2つを進めるとしている(※1)

上場ファミリービジネスの構造的課題
 スタンダード市場の構造的特徴は、創業家ファミリー、オーナー社長等の支配株主を有する企業が極めて多い点にある。東証の分析によれば、スタンダード市場の全1,558社のうち、ファミリービジネス(オーナー企業)は850社に上り、全体の55%を占めている。流通株式時価総額の中央値は39億円、1日平均売買代金が1,800万円で、流動性が低い銘柄が大半を占める構造にある(※2)。時価総額と流動性が低く、創業家ファミリー(創業家の資産管理会社や財団を含む)、オーナー社長が議決権の過半数を握るケースも多いため、スタンダード市場は機関投資家や不特定多数の個人株主が投資対象とする市場として機能してきたとは言い難い。むしろ創業家ファミリーの経営権安定、長期的存続を志向する企業群の受け皿として機能してきたと言えよう。

 こうしたファミリービジネスにおいて、資本コストや株価を意識した経営が思うように進まない根本的な理由は、コーポレートガバナンスにおける「第2のエージェンシー問題(Type II Agency Problem)」として説明できる。一般的なコーポレートガバナンス改革が経営者と一般株主の利益相反の解消を目的とするのに対して、ファミリービジネスは経営者が支配株主であることが多いため、経営者に対する規律付けが機能しにくい。代わりに、支配株主(創業家ファミリー)と少数株主(一般株主)との間に利益相反が生じやすい構造になる。
 具体的にはファミリービジネスにとって、株式市場はエクイティ・ファイナンスを通じた成長資金の調達の場というよりは、創業家の経営支配権を維持するための基盤となっている側面が強い。外部から資金を調達する必要性も低いため、資本コストを意識して調達コストを下げるというインセンティブが働きにくい。結果として、一般株主が強く求めるPBR・ROE・ROICといった資本収益性指標の向上や株価の上昇といった要望が経営者に届きづらく、ガバナンスが効きづらい要因となっている。

 実際、東証においても少数株主保護の観点から、40%以上の大株主が存在する企業に対して、取締役選任議案に関する少数株主の賛否割合の開示を義務化することが検討されている(※3)。2021年改訂のコーポレートガバナンス・コードの補充原則4-8に「支配株主を有する上場会社は、取締役会において支配株主からの独立性を有する独立社外取締役を少なくとも3分の1以上(プライム市場上場会社においては過半数)選任するか、または支配株主と少数株主との利益が相反する重要な取引・行為について審議・検討を行う、独立社外取締役を含む独立性を有する者で構成された特別委員会を設置すべきである」と記載されて以降、該当する企業では特別委員会の設置が進み、形式的には少数株主保護の体制が整ってきている(※4)。しかし本来期待されるのは、支配株主が数の原理で自身の意向を押し通すのではなく、少数株主の意見にも耳を傾け、適切な情報開示と透明性の高いプロセスで建設的な対話を行うことである。今後、少数株主保護を巡る市場の要請は、形式的なルールの整備にとどまらず、ガバナンスの実効性を厳しく問うフェーズへさらに深化していくだろう。

ファミリービジネスが取り得る選択肢
 ここまで東証スタンダード市場の動きと、スタンダード市場の半数以上を占めるファミリービジネスの構造的な課題を整理した。前提として、株式市場に上場するという決断は、ファミリーの所有物であった家業から、不特定多数の投資家から資金を預かる社会の公器へと転換することを意味する。すなわち、上場はある種の身売りであり、市場の所有物として株式市場の規律に従う必要があることは自明である。ファミリービジネスが今後も上場を維持するのであれば、東証と投資家が求める企業価値向上を成し遂げるために取り得る選択肢は3つある(表1)。



 1つ目は、親族内承継の深化による経営権維持と企業価値向上の両立である。創業家が筆頭株主として支配権を握り続けながらも、株式市場の期待に応えることを目指す。これを実現するには、創業家特有の思い入れや内向きの論理を排し、独立社外取締役による実効的な監督機能を自ら受け入れ、取締役会の実効性を真の意味で高める必要がある。経営者としても資本コストを意識した経営計画を策定し、成長投資と資本効率を追求する経営への変革が求められる。

 2つ目は、流動性重視の再編による所有と経営の適度な分離である。上場会社として市場流動性を高めるために、創業家の保有株式を売却して持株比率を意識的に引き下げる選択肢である。政策保有株式の縮減と併せて市場への流通株式比率を高め、捻出した原資で自社株買いや増配を行い、資本収益性指標を向上させる。創業家の議決権を通じた支配力は下がるが、それと引き換えに株式市場からの高い評価を得るという、本質的なトレードオフを受け入れる覚悟が必要になる。

 3つ目は、創業家に代わって企業価値向上を実現できる経営者を登用し、所有と執行を分離させることである。創業者出身の経営者は主要株主という地位に退き、経営執行は株式市場や機関投資家からの高い期待に応え、企業価値向上の実現に向けて自社を牽引できる経営者に完全に委ねる選択肢である。指名・報酬委員会の実効性を高め、経営陣の報酬を企業価値向上に連動させることで、成長性を最大化させる。創業家が経営の執行に対する執着を手放し、主要株主として経営者を監督する役割に切り替える。非業務執行の取締役として経営者を監督する役割に切り替えることも十分にあり得るだろう。

 最近の東証スタンダード改革の進捗を見ると、近い将来、上場ファミリービジネスの経営者は3つの選択肢のいずれかを選ぶ決断を迫られるであろう。スタンダード市場において、東証が求めているのは上場を維持するための形式だけのガバナンスではなく、資本コストと株価を意識し、少数株主の利益も保護しながら建設的な対話を行うことである。こうした経営を実践する覚悟がないなら、非上場化(MBO)を選択し、完全なプライベートカンパニーに戻ることも現実解である。今こそ、スタンダード市場に上場するファミリービジネスは、上場維持の意義を問い直し、真の公器として生まれ変わるのか否か、岐路に立たされている。

(※1) 日本取引所グループ(2026)『「資本コストや株価を意識した経営」に関する今後の取組みについて
(※2) 日本取引所グループ(2026)『スタンダード市場における今後の対応
(※3) 日本取引所グループ(2026)『従属上場会社における少数株主保護の在り方等に関する研究会(第2期)第9回 東証説明資料①
(※4) 日本取引所グループ(2021)『コーポレートガバナンス・コード

※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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