はじめに
私たちは今日、店頭やインターネットを通じて、衣服をいつでも手に入れることができる。季節が巡れば新しいトレンドと共に商品が更新され、着たい服、買える服を選ぶことが一定程度可能である。しかし、日常生活を越えた遠い将来に自分が何を着ているか、どのように服を手に入れているかを想像する機会はほとんどない。
手がかりとして産業政策を確認すると、日本では1966年以降、約5年ごとに繊維産業の方向性を示す「繊維ビジョン」が策定されてきた。直近では2022年に「2030年に向けた繊維産業の展望」がまとめられ、事業者数や就業者数の減少、衣服の輸入浸透率(※1)の上昇といった構造的な課題が改めて指摘された。また、原糸・素材から織編、縫製・アパレルに至る各段階において、日本の強みを生かした技術開発や産地の再生、高品質な製品づくりが「2030年のあるべき姿」として示されている。
一方で、脱炭素におけるカーボンニュートラル目標が2050年に置かれているように、産業構造の転換は数十年単位で進む。すでに目前に迫ってきた2030年という節目だけでなく、さらにその先の姿を見据えることが求められている。
そこで本稿では、2050年に私たちはどのような衣服を身に着けているのか、そしてその衣服は、どのような資源から、どのような仕組みによって生み出されているのか、ということを、衣服を供給する産業の視点から検討してみたい。
――二つの外部依存の上に成り立つ産業
2050年のきざしをとらえるために、まずはこれまでの歴史の中で衣服の供給構造がどのように変化してきたかを整理しておきたい。
現在の日本の繊維産業は、大きく二つの外部依存の上に成り立っている。
一つは「原料」の依存である。綿花や羊毛といった天然繊維はもちろん、ポリエステルなどの化学繊維の原料となる石油も、そのほとんどを海外に頼っている。産業革命以前は国内での綿花(和綿)栽培が盛んであったが、日本の気候にあった和綿は繊維長の短さから機械紡績に向かず、栽培量は激減した。また、明治から昭和初期にかけては生糸輸出国としての地位を確立していたが、化学繊維の普及などによって需要が減少した。現在衣服材料として使われている原料を日本国内で生産することは効率的ではなく、戦後の繊維産業は、原料の「生産国」になるのではなく、原料を輸入し、国内で加工することを前提に発展してきた。
もう一つは「製造」の依存である。高度経済成長期以降、日本では既製服の需要の拡大とともにアパレル産業が形成され、国内各地の産地において生産が行われた。しかし1980年代以降、人件費の上昇や為替環境の変化、国際競争の激化を背景に、縫製を中心とする工程は徐々に海外へ移転していった。韓国や台湾から中国、さらに東南アジアへと、生産拠点はより低コストの地域へと移動を続けてきた。
同時に、消費の側でも変化が起きた。衣服は長く使う半耐久財から、短い周期で買い替える消費財へと性格を変えていった。低価格で多様な商品を短期間で市場に投入するビジネスモデルが普及したことで、サプライチェーンの殆どを海外に頼る形になっていった。
こうして日本は、「原料を輸入し、製品も輸入する」という二重の依存構造を抱えることになった。2024年時点で、日本の衣服の輸入浸透率は98.6%に達しており(※2)、国内で流通する衣料のほとんどが海外で製造されている。
この構造は、低価格で豊富な衣服を供給するという点では成功を収めてきた。しかしその一方で、供給の安定性という観点では、新たな脆弱性を内包することにもなった。
――原料と製造を依存するリスク
原材料に目を向けると、原油や天然繊維の原料の供給体制が変わってしまうリスクを想定しなければいけない。原油価格は化学繊維の価格に大きく影響し、地政学リスクや資源枯渇のリスクを孕んでいる。天然繊維もまた安定ではない。気候変動はすでに農業生産に影響を与えており、天然繊維の代表である綿花の主要生産地が将来も同じ条件で栽培を続けられる保証はない。水資源の制約や気温上昇により、生産地の移動や収量の変動が現実のものとなりつつある。
製造に目を向けると、最終製品が国内に入ってこなくなるリスクを想定しなければならない。新型コロナウイルスの感染拡大時に、日本国内のマスクが品薄状態になったことは記憶に新しい。感染拡大前の2018年の段階で、マスクの国内生産比率は20%だった。「生産国」が輸出を停止したり、物流が麻痺したりすると、「消費国」は弱い立場に置かれる。
もし「売ってもらえない」「運べない」といった事態が起きたとき、私たちは何を着るのか。
――「循環国」という選択肢
では、日本が目指すべき方向はどこか。
日本にとって、一つの現実的な選択肢が「循環国」という姿である。すなわち、新たな資源を外から大量に調達するのではなく、すでに国内に存在する資源――過去に輸入され、いま国内に蓄積されている膨大な衣服――を繰り返し活用し、小さく回していく社会である。
年間に廃棄される衣服の量は2024年時点の推計で72.8万トンであり、そのうち55.8万トンが再資源化されることなく焼却や埋立処分に回っている(※3)。廃棄に至る前でも、年間1回も着られることなく眠っている衣服の量は1人あたり23着との報告もある(※4)。
これらは現在では廃棄コストや維持コストの原因であるが、「循環国」にシフトするとすれば重要な資源となる。

日本総研作成
衣服にはリユース(中古品)市場も存在し、2024年の国内でリユースされた衣服は、CtoCリユースが7万トン、BtoCリユースが6万トンにのぼる(※3)。しかし、衣服は消費段階で消耗されるため、複数回のリユースは難しい。また、トレンドや自己表現のツールとして使われることから、新品の需要が高い製品でもある。そのため、今後、衣服における循環の中核にしていくべきポイントは、最終製品のリユースの追求にとどまらず、素材段階のリサイクル、つまり繊維to繊維リサイクルの確立にあると考える。
しかし繊維to繊維のリサイクル率は低く、2024年の調査時点では、物理的に衣服を裁断・粉砕するマテリアルリサイクル(断熱材などへのカスケード利用を含む)は7.2万トンだが、化学的に分子レベルまで分解するケミカルリサイクルは僅か0.2万トンと推計されている(※3)。ケミカルリサイクルは単一素材に対してのみ適用できるため、その推進のためには衣服の回収プロセスや回収後の選別・分離技術の開発が求められている。これらの課題に対する、日本発の技術をいくつか紹介したい。
1.混紡繊維のリサイクル技術の開発
複数の素材を合わせて紡績した混紡繊維は機能性が高く、多くの衣服において採用されている。大阪大学では、綿/ポリエステル混紡繊維を数分で分離、抽出することを可能する技術を開発した(※5)。帝人ではポリエステル繊維/ポリウレタン弾性繊維の分離技術の開発に成功した(※6)。
2.古着等の素材識別システムの開発
衣服のリサイクルを行う際に課題となっているのが素材ごとに選別する必要がある点である。一枚一枚の製品タグを確認しながら人の手で選別を行う場合、膨大な時間と人手を要する。コニカミノルタでは特殊カメラを用いた繊維素材識別システムを開発し、綿、ポリエステル、ナイロン6と66といった繊維素材の種類や、綿・ポリエステルの混率などを1秒あたり衣服5点の速度で識別可能にした(※7)。
ただし、循環は技術だけでは成立しない。これらの技術を活用して「循環国」を目指すためには、廃棄衣料の回収率を高めることや、回収時にある程度の「分別」を消費者が行う仕組みを社会全体に組み込む制度設計が不可欠である。企業に回収・再資源化の責任を求める考え方や、再生素材の利用を促す仕組みなど、政策的な後押しが求められる。同時に、ビジネスモデルも変化すべきだ。「売って終わり」ではなく、使用後に回収し、再び資源として活用するまでを含めた事業設計が必要になるだろう。
日本は石油を持たず、古来から育ててきた和綿は機械紡績に向かず、ウール用の羊の飼育にも向かない。国内の養蚕農家数はピーク時の220万戸(1929年)から激減し、2025年には113戸になり(※8)、明治時代から昭和40年代まで北海道の主要産業の一つであった亜麻(リネン)栽培も、今では採油目的でわずかに栽培されているのみである(※9)。日本はもはや、衣服の資源を生産する能力をほとんど持っていない。しかし同時に、高度な素材技術を持つ国でもある。また、回収インフラと制度が整えば、90%以上の高い回収率の達成も夢ではないことをペットボトル(容器包装リサイクル法)が示している。都市部への人口集中は回収効率の面で有利に働く。これらは、「循環国」を目指すうえでの強みとなり得る。
私たちはこれまで、安価で大量の衣料を海外から調達することで豊かさを享受してきた。しかし、その前提が揺らぎつつある今、別の道を選ぶことも可能である。すなわち、自らの内部で資源を循環させ、持続的に衣料を供給する国へと転じる道である。
2050年、日本の繊維産業はどのような姿になっているだろうか。輸入に依存し続ける国であり続けるのか、それとも資源を循環させる国へと変わるのか。その選択は、すでに現在の私たちに委ねられている。
(※1) 輸入浸透率=輸入量÷(生産量+輸入量-輸出量)
(※2) 公益財団法人日本海事広報協会「SHIPPING NOW 2025-2026」
(※3) 三菱UFJリサーチ&コンサルティング 環境省請負業務令和6年度循環型ファッションの推進方針に関する調査業務 2024年版 衣類のマテリアルフロー

(※4) サステナブルファッションとは|環境省_サステナブルファッション

(※5) \アパレル界のリサイクルに革命を!/ 混紡繊維を分別・リサイクルする新技術 - ResOU

(※6) 資源循環でサステナブルな未来を目指す「繊維to繊維」の社会実装への挑戦。 | STORY | 帝人フロンティア株式会社

(※7) コニカミノルタの繊維素材識別システム 今年度から販売へ | 繊研新聞

(※8) 「日本のシルク失われる」養蚕農家、過去最少の113戸に 25年度 高齢化で離農加速(日本農業新聞) - Yahoo!ニュース

(※9) 「本別農業 地域と歩んだ80年 第2回亜麻工場~時を超え脚光」

※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。

