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人事機能変革の潮流 第4回 データに基づく科学的人事遂行プラットフォーム(HRテクノロジー)
本連載第3回では、人事部は、単なる「人材管理部門」ではなく、「人材を通じた企業価値向上の中枢を担う部門」であり、そのための機能を備えなければならないとして、機能や業務のあり方について解説した。本稿では、企業価値向上に寄与する人材管理の高度化に欠かせないHRテクノロジーの変遷と潮流について解説する。
1.HRテクノロジーの変遷
近年、企業を取り巻く事業環境はかつてないスピードで変化している。こうした変化はHR領域にも多大な影響を及ぼしており、従来の常識や枠組みが大きく揺らぎつつある。特に、生成AIに代表されるテクノロジーの飛躍的進歩や社会的要請の高まりは、人事機能や人材に対する考え方を大きく変えつつある。
【第1段階 SaaS(※1)・クラウド化普及期(~2015年頃)】
この時期にはSaaSやクラウドが実用化され、企業の基幹業務にも広く導入されるようになった。また、SaaS・クラウドの発展によって導入の負担が軽減され、大企業だけでなく中小企業にも普及した。人事労務業務のUI(※2)やESS(※3)も進化し、一般社員が自身でデータを入力できるようになった。
さらに、クラウド化により従業員データが蓄積され、後のピープルアナリティクスやAI活用の基盤となった。
【第2段階 働き方改革・タレントマネジメント期(~2020年頃)】
2010年代後半、労働力不足の状況下、働き方改革が国策となり、人材定着・生産性向上、ダイバーシティ推進が企業に強く求められるようになった。社員一人ひとりの持つスキルや仕事ぶりを、一括して把握・管理することが重要課題となり、HRテクノロジーも多様化した。エンゲージメントやEX(従業員体験)の向上が人事施策の重要なテーマとして注目されており、ピープルアナリティクスを活用したデータ主導の人材配置・育成が進んだことで、従業員一人ひとりに着目したマネジメントも可能となった。
また、HR領域のプラットフォーム化が進み、採用から育成までの一元管理が一部で進んでいった。
【第3段階 人的資本経営・AI活用期(現在)】
2023年には有価証券報告書での人的資本情報の開示が義務化され、「人材=資本」という考え方が広がった。生成AIやデータ分析技術の進化により、HR領域の統合プラットフォーム化やデータドリブンな人事判断が現実となり、企業は人材を投資対象として持続的成長を目指している。インナータレントマーケットプレイスやスキルベースの配置も進み、キャリア形成がより戦略的になった。この時期は、エンゲージメントや個々人の保有スキルなど「見えにくい価値」が重要視されてきており、今後は生成AIの活用等による個人の「見えにくい価値」の可視化が進行し、それを管理・活用することで組織のパフォーマンスを最大化していくことが求められてくるであろう。

2.日本におけるHRテクノロジーの最新事例
第一節の「人的資本経営・AI活用期(現在)」で述べた通り、ビッグデータの蓄積やAI・データ分析技術の発展により、データドリブンでの配置や採用等が可能となった。企業内で従業員のスキルや経験、志向を登録・公開し、社内のプロジェクトやポジションに最適な人材をマッチングするインナータレントマーケットプレイスがその代表例である。
<事例1 インナータレントマーケットプレイスの導入>
テルモグループでは、以下のようにインナータレントマーケットプレイスを導入・活用している。
「Terumo ONE Connectは、アソシエイトが自身の職務経験やスキルに関する情報を登録することで、国や組織の垣根を越えて、その経験やスキルがいかせるグループ内のポジションをAIがレコメンドするシステムです。また、プロジェクトへの参加メンバーをグローバルに募集する機能や、専門知識を持つアソシエイトを検索したり、アソシエイト同士で交流したりすることができるネットワーキング機能も備えています。」(※4)
<事例2 採用におけるAI活用>
またHR領域におけるAIの活用は社内の人材マネジメントに限定されない。今までは生身の人間によって進められていた採用面接においてもAIの活用が進んでいる。
キリンホールディングスは「AI面接官」(株式会社VARIETAS)を導入し、データドリブンな採用と採用業務の効率化を図っている。
「キリンは多様な人財をフェアに採用できる仕組みづくりを進めてきました。その一環として、先進的かつ客観的な選考手法であるAI面接官を導入することで、より広範な人財の可能性を見逃さない体制を構築します。
(中略)
AI面接官導入により創出された人的リソースを、応募者とじっくり向き合う最終面接や研修・育成プランの検討に振り向けるなど、採用の質向上にも寄与します。」(※5)
以上の事例が示すように、データ分析技術やAIの発展により、人材の採用・配置等が定量的に行えるようになり、業務効率化だけでなく新たな価値創造にもつながっている。
一方で、AIの透明性やバイアス対策、プライバシー保護などガバナンスの整備と、人事の専門性・人間による最終判断のハイブリッド運用が不可欠である。今後は、技術と倫理・法的枠組みの整備を進め、組織文化や育成方針と連動した実装が求められる。
3.中国におけるHRテクノロジーの最新事例
日本が慎重な運用を続ける一方で、中国は実装の速さとデータ量で、独自の進化を遂げている。SAS社の2024年調査によれば、「中国企業の生成AI利用率は83%と米国65%を上回っている」(※6)とされている。
また、生成AI関連の関連特許出願数については世界知的所有権機関(WIPO)の報告によると、「中国を拠点とする発明が2014–2023年で約38,210件に上り、米国の約6倍に相当する」(※7)とのことである。特に人事領域での、AIによる客観性を保った中国の先鋭的なケーススタディを紹介する。
<事例3 AIによる人事評価で業務の非効率性と主観的な評価の改善>
従業員5,000名以上を擁する中国のある国有銀行の地方支店では、従来の人事評価制度において、評価に活用するデータの分散、面談記録を提出しないなどの評価プロセス違反の多発、主観的な評価による不満、評価結果に対する異議申し立て対応が多く、かつ対応にも時間がかかるという4つの課題を抱えていた。金融機関は人事評価や給与支給に厳格な記録管理と追跡性が求められるが、従来はExcelや紙の記録に依存し、紛失や不正署名のリスクが高かった。評価データは複数のシステムに分散し、HR部門が手作業で集計を行うためミスも頻発していた。また、支店長の主観に左右される評価が一般従業員の不満につながり、異議申し立て率は30%に達していた。
このような状況下、AIツールの導入によって、以下を実現した。
・既存の他システムとの連携による、「預金達成率」「顧客満足度」等KPIデータの自動収集で、集計期間を1カ月から1日に短縮
・面談記録の未提出など、不適当な評価プロセスのリアルタイムチェックと警告によるコンプライアンスリスクを35%削減
・複数指標の自動スコア化、および数値根拠に基づくコメント生成による評価者の主観排除と、透明性の向上
・人事評価面談での要旨自動作成などによる異議申し立て対応の効率化。申し立てへの対応期間は15日から3日に短縮され、解決率も向上
上記により、AIツール導入後は、コンプライアンスリスクが大幅に低減、評価異議率は30%から18%に減少、従業員満足度も60%から85%に向上し、評価サイクル全体も2カ月から2週間に短縮されるなど、業務効率と公平性が向上する結果となった。(※8)
以上に示した中国と日本のAI活用実態の差は、単なる技術力の違いではなく、雇用慣行の違いに起因する。中国の特に都市部では労働者が転職を繰り返しながらキャリアアップを目指していく傾向が強く、人材の流動性が高い。そのため、入退社関連業務量が膨大となり、業務の効率化が不可欠となっている。また、管理者の入れ替えも発生するため、評価の継続性や公平性を維持するために、情報管理の一貫性が強く求められる。また、中国では、職務ごとのKPIが明確なジョブ型雇用が前提となっており、定量的な実績データの客観性が重視されているため、AIツールを活用しやすい環境が整っている。こうした背景から、AIツールによるデータ評価は組織運営上の必要性が高く、人事領域におけるAIの実装につながっていると考えられる。
4.今後の展望
ここまで、HRテクノロジーの変遷と日本・中国における活用事例を見てきた。HRテクノロジーは直近10年程度でSaaS・クラウドの普及、タレントマネジメントの浸透、AIの活用と急速に進化してきた。厚生労働省の調査(※9)では、「プレ調査においてAI・メタバースを活用している・活用していたと答えた回答数が少なかったことなどから、少なくとも同調査を終了した 2024年9月時点、HR領域においては、必ずしも多くの国内企業においてAIが利用されている実態ではないことが推測された。」と報告されている。つまり、国内企業におけるHR領域では、第二節で触れた事例のように、一部の企業で配置や採用で活用されているにとどまっているのが実態だと考えられる。
本連載の第3回では人事部の業務の内訳について触れたが、会社全体で見れば、HR領域では人事評価の業務量が最も多く、不公平感などの課題も大きいため、AIの活用による生産性や納得感向上の余地は大きい。従って、中長期的には人事評価領域でもAI活用が進むと考えられる。しかしながら、複雑なアルゴリズムのブラックボックス化や学習データのバイアスなどAI特有の課題もあるため、人事評価を全てAIが行うことは難しい。
そのため、中国における事例のように、AIは情報収集と数値根拠に基づく評価結果のレコメンドなどを行う補助的なツールとし、最終判断は人間が担うことが現実的な選択肢になると考えられる。人事評価に限らず、これまで人事は「経験と勘」の世界だと言われてきたが、HRテクノロジーの進化により、データによる可視化が進みつつある。全てをデータだけで自動的に判断することは難しいが、まずはデータに基づいて人間が判断をするようなルール整備、業務設計、データを適切に判断するための教育を進めることが重要だろう。
(※1) SaaS:クラウド経由で提供するソフトウェア
(※2) UI:利用者が操作する画面や設計のこと
(※3) ESS(エンプロイヤーセルフサービス):従業員が自分で人事や勤怠、給与などの情報をWeb上で確認・申請できる仕組み
(※4) テルモグループ,”テルモ、AIを活用したグループ内人財マッチングの取り組みを強化”
,2025-3-14(参照日:2025-11-25)(※5) PR TIMES,”キリンホールディングス、AI面接官を本格導入決定”
,2025-1-23(参照日:2025-11-26)(※6) SAS, “Global Market Research: China leads world in GenAI usage while US leads in full implementation”
,2024-7-3,2024年7月3日(参照日2026-2-11)(※7) WIPO, “WIPO Patent Landscape Report on Generative AI”
, 2024年7月3日(参照日2026-2-11)(※8) Moka AI,“Moka AI 驱动 HR 转型实践案例:从技术探索到组织价值落地的全链路解析”
,2025-年10-月20日(参照日2026-2-11)(※9) 厚生労働省,”令和6年度 AI・メタバースのHR領域最前線調査”
,2025-3(参照日2026-2-11)以上
※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
関連リンク
人事機能変革の潮流
第1回 人事機能変革の主要論点
第2回 人的資本経営におけるHRガバナンス体制
第3回 人事機能の高度化(HRトランスフォーメーション)
第4回 データに基づく科学的人事遂行プラットフォーム(HRテクノロジー)

