1.伝統的な人事から戦略人事への変革事例
本稿では、実際に変革を成し遂げた企業のケーススタディを通じて、「変革におけるキーポイント」について解説する。ケーススタディに使用する事例は、日本総研が2025年3月に実施した「戦略人事への変革プロセスに関するインタビュー調査」の内容を基に個社が特定されないための配慮を行いつつ、分かりやすく再構成したものである。なお、本稿は「戦略人事」実践論の後編(最終回)で、“戦略人事の定義”や“運用上の課題”については、前編、中編を参照いただきたい。
図表1 「戦略人事への変革プロセスに関するインタビュー調査」の概要
この調査の目的は、戦略人事への変革プロセスとそのポイントを一般化することであり、戦略人事体制や基盤がある程度整った企業が、運用上の課題をどう乗り越えるべきかを解明するためのものである。
各事例は、上記図表中の「主なインタビュー項目」ごとに考察を加えている。とりわけ、Ⅱ.変革プロセスと推進上のポイントは、「a.役割の違いを乗り超えた協働の仕組み化(以下、「協働の仕組み化」とする)」、「b.自律の促進」、「c.事例特有の工夫」の観点で整理した。
事例1(社員のボトムアップで変革を推進したA社)
I.それまでの人事部門の役割
A社の人事部門は、企業が法定業務として対応すべき給与の支払処理や福利厚生の提供を、それぞれの生え抜きの担当者が、長年の経験と強い責任感を持って対応していた。一方で、機能ごとに縦割り化された組織構造や、デジタル化の大幅な遅れが原因で、人事部門内での連携が不足し、部署ごとに“部分最適化”が進んでいた。加えて、事業部門とのコミュニケーション不足もあり、事業部門からは悪口を言われるような部門になっていた。ここに、事業部門のエースであったX氏が参画した。
A社の人事部門は、企業が法定業務として対応すべき給与の支払処理や福利厚生の提供を、それぞれの生え抜きの担当者が、長年の経験と強い責任感を持って対応していた。一方で、機能ごとに縦割り化された組織構造や、デジタル化の大幅な遅れが原因で、人事部門内での連携が不足し、部署ごとに“部分最適化”が進んでいた。加えて、事業部門とのコミュニケーション不足もあり、事業部門からは悪口を言われるような部門になっていた。ここに、事業部門のエースであったX氏が参画した。
II.変革プロセスと推進上のポイント
a.X氏は、人事部門内に 「会社を変えたい、よりよくしたい」という健全なフラストレーションを持っている者がいることに気づいた。そこで、自身の事業部門時代のネットワークも生かし、人事部門、事業部門の有志が集い、有効な人材戦略策定のためには組織改編も含めた変革が必要だと経営層に提言した。その結果、経営層のお墨付きで「人材戦略室」が設置された。ボトムアップ的な取り組みをマネジメントが後押しする体制が構築されたということだ。この人材戦略室の人選ルールは、旧来型の人事担当者、変革推進を担う人事担当者、事業部門の主力選手をミックスすることだった。これは「協働の仕組み化」そのものであり、実行性の高い人材戦略の策定にもつながった。
b.戦略人事に関する施策を講じる際は、一足飛びに全社展開するのではなく、まずは特定の部門でパイロット運用を行うことから始めた。対象部門の選定基準にもこだわった。具体的には、現状は小規模であっても将来的な拡大が期待でき、かつフットワークの軽い部門をターゲットとした。このような組織は、施策の効果検証を早く回す実験場として適していた。こうして、参画者が自分たちの取り組みの成果を体感し続けることが、「自律の促進」につながったと考えられる。
c.この取り組みはボトムアップ型であったため、経営層の人事(配置や任免)にまで踏み込んだ変革には強い抵抗を受けた。そのため、サクセッションプランのためのデジタル化から着手するという形で落としどころを見つけ、ボードメンバーからも了承を得た。将来的な組織全体の変革のビジョンは持ちつつも、ボードメンバーをうまく納得させたところは、「事例特有の工夫」であった。
III.変革後の人事部門の組織機能
まず人事部門内では、採用、配置、育成、退職まで全体最適を意識して施策を検討する体制が構築された。次に、サクセッション戦略を構築・実践するためのタレントマネジメント基盤が整備された。そして、その基盤を活用し、いかなる経営課題に対しても、各事業部門が横串を通して連携する風土が定着しようとしている。
まず人事部門内では、採用、配置、育成、退職まで全体最適を意識して施策を検討する体制が構築された。次に、サクセッション戦略を構築・実践するためのタレントマネジメント基盤が整備された。そして、その基盤を活用し、いかなる経営課題に対しても、各事業部門が横串を通して連携する風土が定着しようとしている。
事例2(経営層によるトップダウンで変革を推進したB社)
I.それまでの人事部門の役割
B社の人事部門は、事業部門を“裏方として支える人事部門”という色合いが濃かった。事業展開に応じて人員配置を行い、それを支援するための実務処理をこなしていた。ところが、昨今のデジタル化により、同社の売上の大半を占めていた主要プロダクトの市場規模が、加速度的に縮小し始めた。差し当たって、事業ポートフォリオの大転換が喫緊の経営課題となり、その起点となる人材戦略の立案を人事部門に求めた。そのため、「ビジネス感覚の弱い人事部門からの脱却」も同時に経営課題の一つと位置付けられた。そこで、人事部門の中で唯一の中途採用者で、事業立ち上げ経験のあるY氏がプロジェクトリーダーに選抜され、HRBPとして事業の最前線に身を置きながら改革を進めることになった。
B社の人事部門は、事業部門を“裏方として支える人事部門”という色合いが濃かった。事業展開に応じて人員配置を行い、それを支援するための実務処理をこなしていた。ところが、昨今のデジタル化により、同社の売上の大半を占めていた主要プロダクトの市場規模が、加速度的に縮小し始めた。差し当たって、事業ポートフォリオの大転換が喫緊の経営課題となり、その起点となる人材戦略の立案を人事部門に求めた。そのため、「ビジネス感覚の弱い人事部門からの脱却」も同時に経営課題の一つと位置付けられた。そこで、人事部門の中で唯一の中途採用者で、事業立ち上げ経験のあるY氏がプロジェクトリーダーに選抜され、HRBPとして事業の最前線に身を置きながら改革を進めることになった。
II.変革プロセスと推進上のポイント
a.経営戦略の大転換に伴う組織の急激な変化に対して、安定志向の強い社員が“肉離れ”を起こさず着いて来られるかという点を最重要視した。その状況をモニタリングしていくために、複数のサーベイ結果を用いた分析に着手した。具体的には、従来から法定業務として実施されているストレスチェックのようなものや、この取り組みのための専用アンケートの結果を組み合わせて分析し、現状を具体的に把握した。その結果に基づき、スコアの低い組織には速やかに、漏れなく、膝詰めでのヒアリングを行い、改善を行うPDCAサイクルを回し続けた。各種サーベイ結果に対する改善活動を経営戦略の大転換とリンクさせ、かつ人事部門と事業部門が協業することを定例化したことが、「協働の仕組み化」そのものとなったのである。
b.自社の差し迫った経営状況が全社員の共通認識となっていることを、変革の重要な前提とした。市場縮小が続く今後の外部環境下で、単年ごとの収支結果に加え、中長期的に自社に起こり得る崩壊シナリオなど、経営層から包み隠さず情報を発信し続けた。また、前段のサーベイ結果や、改善活動の状況についても全社に対して発信を続け、全社員に危機感と参画意識の両方を醸成し続けた。経営層の発信により、危機意識を社員の「自律の促進」に変換することを繰り返し行った。
c.経営層といってもいわゆる人事リテラシーのレベルに大きな個人差が有り、取り組みの推進と並行して現経営層の能力拡大と外部人材の獲得の両面から組織力強化を図った。実際に、この取り組みに関する主要な会議の最中も、人事業務への理解の差を起因とした、話が噛み合わないシーンが散見された。この状況を打開すべく、プロパーの経営層向けには、報酬体系に関する個別レクチャーを実施した。これは変革と同時期に、その基盤としてのジョブ型人事制度の導入を進めていたことが背景にある。また、人事系の役員を外部から受け入れるなどして、単純に組織力を強化するだけでなく、ハイレイヤー人材の中途採用が当たり前のものとして行われる風土を醸成した。こうして、経営層の人事リテラシーのレベルを迅速に向上させ、戦略人事実践の根幹を創り上げた点は「事例特有の工夫」と言えよう。
III. 変革後の人事部門の組織機能
事業部門ごとにHRBPが配置され、ポストごとの処遇を行うためのジョブ型の報酬体系も具備された。これにより、スピード感を持って新事業領域を切り開いていくための抜擢登用や、ポストからの退任や異動が行える機能が実装された。こうして、事業部門側の戦略人事機能は充実したが、エース級の人材をHRBPとして放出した人事部門側の機能低下があらわになりつつあるらしい。現在、優秀な外部人材の獲得を加速させるための採用戦略の立案に鋭意取り組んでいるとのことだ。
事業部門ごとにHRBPが配置され、ポストごとの処遇を行うためのジョブ型の報酬体系も具備された。これにより、スピード感を持って新事業領域を切り開いていくための抜擢登用や、ポストからの退任や異動が行える機能が実装された。こうして、事業部門側の戦略人事機能は充実したが、エース級の人材をHRBPとして放出した人事部門側の機能低下があらわになりつつあるらしい。現在、優秀な外部人材の獲得を加速させるための採用戦略の立案に鋭意取り組んでいるとのことだ。
2.変革事例を踏まえた考察と提言
今回紹介した二つの変革事例は、いずれも希少な成功例であることに疑いは無い。というのも、前編で示した通り、こういった取り組みの成果を感じることができている組織はまだ多くないというのが現状だ。また、これらの事例は、計画的・構造的に行われたものとは言いがたい。一つ目の事例は、強い変革マインドを持つハイパフォーマー(個人)の、周囲を巻き込む力によって取り組みが推し進められた。二つ目の事例は、市場縮小が看過できないレベルであり、経営層は変革に着手せざるを得なかったとの見方もできる。
しかし、こうした特殊な要因がなくとも、戦略人事への変革を遂げ、実践していくことは可能であると考える。そのために、我々がキーポイントとする「協働の仕組み化」と「自律の促進」を確実に行っていくための考え方についてお伝えしたい。一つ目の「協働の仕組み化」については、人材戦略をリードする人材と、人事を支えるスペシャリスト、そして事業部門を牽引する人材で推進体制を構築することが初手となる。次に推進体制側と事業部門側の間で、KGIやKPIなどの共通言語を設定し、対話を重ねながら進めることが重要となる。
二つ目の「自律の促進」は推進体制側と事業部門側の双方で等しく必要だ。そのためにも、戦略人事に関与する各々が、自己決定理論のステージに合った適切な「ペイン」と「ゲイン」を与えられなければならない。「ペイン」とは、義務感や罪悪感のような外的要因のことだ。変革の初期段階においては、一定のペインを与える方が、「自律の促進」の効果が表れやすい。ただし、このペインから生じる「自律の促進」には限界がある。それ以降は、上手に「ゲイン」を与える方向にシフトしなければならない。「ゲイン」とは、参画者が活動自体に興味や楽しさを感じている状態を指す。この一連の流れは、外発的動機づけから内発的動機づけへの転換だと捉えることもできる。
最後に、読者におかれては本稿の内容と自社の状況を重ね合わせていただくことで、戦略人事への変革・実践における自社の課題感が浮き彫りになってくるはずだ。前編で述べた通り、CHROの設置・人事部門の強化に取り組んでいる企業は全体の70.2%でありながら、取り組みの結果・成果を出していると言えるのは全体の6.9% にとどまっているということだった。これらの企業の取り組みが花ひらく、我々の論考がその一助となれば幸いである。
※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。

