トランプ政権下におけるアメリカの環境政策の転換は、今も世界の環境対応に影響している。パリ協定からの離脱に象徴されるように、気候変動対策や生物多様性への配慮が後退し、科学者による国際的な政策提言機関(IPCC、IPBES等)や、気象や海洋、遺伝子に関するデータ整備への貢献からもアメリカは距離を置いた(※1)。だが、世界の環境問題の重要性そのものが減じたわけではない。むしろ、こうした後退を経て、私たちが環境保全の意義を社会にどう伝えるか、より社会全体の利益と結び付けたロジックを再構築することが強く求められている。
そこで本コラムでは、試みとして「生物多様性保全」を「安全保障」の観点から読み解き直したい。国際情勢の不安定さが増す中、「安全保障」に資することは社会全体の高い関心事となっている。こうした中で、生物多様性保全が単なるコスト負担ではなく、国の持続可能性、リスク管理、そして社会の安定に資する投資として捉えなおすことができれば、これからの社会においても理解を広げられると考える。
食の安全保障と生物多様性
まず、食の安全保障という視点から生物多様性を考えてみよう。日本の食卓を支える高品質な農林水産物は、種苗などの生産資材や、その土地特有の生産環境、すなわち多様な生態系と密接に結びついている。しばしば問題となるのが自給率の低さ、とりわけ肉類をめぐる課題だ。肉の生産には飼料が欠かせないが、その大部分を海外からの輸入に頼っているのが現状である。
このような依存構造の問題点は、飼料原料となる大豆やトウモロコシの生産拡大のため、海外で熱帯雨林が伐採され、気候変動や生物多様性の損失を引き起こしている点にある。一方で、もし飼料の国産化・地域資源化が生態系の観点からも適切に実現できれば、海外の森林を含む自然を農地に転換しようとする圧力を抑制することにもつながり、結果として生物多様性保全に貢献できる。この観点では、環境に配慮した農法のみならず、大豆・トウモロコシ以外の飼料開発や肉の生産性の向上、栄養・品質のバランスに対する消費者理解の醸成といった取組も生物多様性保全につながると言え、飼料の自給率が向上することで食料安全保障に資すると言えよう。
資源・エネルギー安全保障とバリューチェーンの変革
次に、資源やエネルギーの安全保障について考える。日本の鉱物資源、特にレアメタルやエネルギー資源の多くが海外依存であることは、外交や国際関係のリスクとして広く認識されている。
海外で進む鉱山開発はしばしば現地の生態系を大きく損なう。特に鉱業が活発な国・地域では、森林破壊や水質汚染、野生生物の生息地喪失などが問題となっている。こうした国際バリューチェーン上の負荷を低減するためにも、国内の「都市鉱山」——すなわち廃棄された電子機器などからのレアメタル回収・再利用——をサーキュラーエコノミーとして確立し、輸入依存を下げることは重要だ。具体的には、完全なリサイクルシステムに向けた課題の解決、分離・抽出に関する技術開発やリサイクルの過程で発生する環境負荷低減、回収のための社会基盤構築の取組などが想定され、こうした取組はすなわち、国内における鉱物資源の調達可能性を高めることにつながる。
社会・インフラ安全保障と生態系サービス
三つ目の視点は、社会・インフラの安全保障である。わが国では、極端気象の頻発やコンクリートインフラの老朽化が社会の脆弱性として認識されつつある。海外においても、例えばインドネシアをはじめとするアジア諸国では台風や異常気象の激甚化による被害を受け、グリーンインフラへの注目が高まっている。
河川の氾濫リスクに着目すると、その対策は従来、護岸強化やコンクリート構造物による対策が主流だった。しかし、河川の蛇行や周辺湿地を緩衝地帯として適切に保全・再生することで、自然の「治水」機能を最大限に活用するグリーンインフラは、多くの水生生物や鳥類の生息地の確保につながる。グリーンインフラを通じた生物多様性保全の取組としては、水田貯留や遊水地といったグリーンインフラをどう維持・導入していくのかといった、導入に至るまでの流域の上流・下流での合意形成や負担共有の仕組みづくりなど、ソフト面での活動も含められよう。実際には、都市密集地やすでにインフラ整備を十分に進めた地域など、局所的にはグリーンインフラの導入することが難しい場合もあり、治水効果を高める観点を流域全体で持つことで、流域の社会のレジリエンス向上に資することができる。
おわりに
本稿では、生物多様性の保全を安全保障の観点から捉えなおすことを試みた。安全保障は、単なるコストメリットではなく、国民国家の持続可能性のために不可欠な基盤であり、社会はそのために一定のコスト負担を許容してきた。同様に、生物多様性の保全もまた、その価値や恩恵を広く社会と共有し、どのような文脈・説明であれば社会の合意が得られるのかを問い直す時期にある。開発やビジネスの便益を最大化しつつ、いかに生態系への負荷をいかに最小化し回復させるか、その知恵と実践が、これからの持続可能な社会に求められている。
(※1) Withdrawing the United States from International Organizations, Conventions, and Treaties that Are Contrary to the Interests of the United States – The White House

本コラムは「創発 Mail Magazine」で配信したものです。メルマガの登録はこちらから 創発 Mail Magazine
※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。

