1.人事業務の現状
本連載第2回では、理想的な人的資本経営を実現するためのHRガバナンス体制について解説した。CHROなどのガバナンス体制を整えても、迅速かつ精度の高いマネジメントをするためには、相応の人材情報やその分析・企画機能が必要だ。適切な体制が整備されていても、人事部の業務実態を変えることができなければ目指す人的資本経営を機能させることは出来ない。人事部は、単なる「人材管理部門」ではなく「人材を通じた企業価値向上の中枢を担う部門」として業務変革を進めなければならない。
しかしながら、多くの人事部では依然として、労務管理や給与計算、勤怠管理などの定型・定例的な業務に多くのリソースを投入しており、経営戦略に基づく人材戦略立案やデータに基づく科学的意思決定等の戦略的な業務に十分なリソースを充てられていないのが実情である。
図表1はとある会社の人事部における業務量全体に占める「戦略的な業務」と「定型・定例的な業務」の割合を図示したものであるが、業務時間の大半が「定型・定例業務」に割かれていることが分かる。日本総研でさまざまな企業の支援を行っているが、実はこのような業務実態となっている企業は多い。

目指す人的資本経営を機能させるための戦略人事として変化していくためには、付加価値につながらない定型・定例的な業務は効率化を進めて余力を創出するとともに、人事部が本来担うべき企業価値向上に向けた機能の拡充・高度化を並行して進めていく必要がある。
本稿では、それらの実現に向けた業務の「効率化」と「高度化」それぞれの観点でそのポイントとなる事項について述べる。
2.人事業務の効率化
業務の効率化を進めるにあたって、よくある見直しポイントについて紹介する。
まずは、「不要業務の廃止」の観点である。ここでいう不要業務とは、「目的が不明確な業務」や「他部署と重複して実施している業務」「各部に対してサービス過剰になっている業務」などが該当する。特に、社歴が長い企業などでは過去から慣例的に実施しているが、実はその目的が不明確となっている業務は意外と多い。業務フローを整理して改めてその目的を見直してみると、現在はほとんど使われていない資料を作成していた、というケースはよくある事例である。
二つ目の観点は、「業務の集約化」である。大企業で部署別に機能が細分化されている会社でよくみられるが、複数の部署で同じような業務を実施している場合がある。情報の二重入力による非効率等は特に多く、業務の集約化やデータの一元管理による対応を検討したい。
最後が「システム化による自動化」の観点である。不要業務の廃止や重複業務の集約化を行ったうえで、自社で実施すべき業務についてはシステム化を通じた業務の自動化を検討したい。昨今のHRテクノロジーの進化により、人事部における定型・定例業務のほとんどはシステム内の処理で完結できるようになっている。日本総研である会社のヒアリングを行ったところ、業務に使用しているExcelの9割近くはシステム化によって自動化可能という結果であった。自社の業務・他の関連システムとのアンマッチや、既に搭載されている機能の活用が不十分であることが要因で、本来自動化できる業務を手作業で実施しているケースは多い。自社で使用するHRテクノロジーの選定は、自社の業務実態や関連システムとのデータ連携等を踏まえた最適解を検討することが望ましい。
3.人事業務の高度化
業務効率化による余力の創出と並行して、人事部が担うべき企業価値向上に向けた業務・機能の拡充を図ることが求められる。「人材戦略立案」や「人材データ分析」の観点での高度化された業務の例としては以下のようなものが挙げられる。
・人的資本経営の企画・開示
―人的資本KPIの設定・モニタリング、経営指標との関連性の説明など
・事業戦略に基づく人材ポートフォリオの設計
―将来の事業別・機能別に「どんな人材が・いつ・どれだけ必要か」を設計など
・人材データに基づく意思決定支援
―ハイパフォーマー分析、離職リスク分析、スキル・キャリア分析など
上記のような中から、自社にとって高度化すべき業務・機能は何かを具体化していく必要がある。その際重要なのは、「自社の企業価値向上を実現するために、どのような人事機能が求められているか」という視点である。「経営戦略上の人的課題の整理→現行の人事機能とのギャップ可視化→ギャップを埋めるための高度化領域の特定」といったアプローチで進めることで、自社の戦略上、真に求められる機能にリソースを投入することができる。経営層や事業部との対話を通じた戦略の理解が肝要である。
また、実際に変革を実現するためには、業務を担う人事部員のスキル変革も求められる。これまで定型・定例業務を中心に担っていた人材が、いきなり戦略的業務や分析的な業務を担うことは難しい。人事業務の専門性を有する人材と併せて、「戦略的思考力」や「事業理解力」、「データ分析力」など変革後の人事部員に求められるスキルを有した人材を戦略的に人事部に配置することも、人事業務の高度化を進めるうえでは重要となる。
4.まずは「現状の可視化」から
冒頭に紹介したA社では現状分析による業務非効率の要因を特定した結果、「不要業務の廃止」や「既存人事システムの見直しや機能拡充」等を主な効率化施策として推進することを決定し、2年後には現行比+20ポイント程度の戦略的業務の拡充余力を創出する見通しである。(図表2)
また、業務効率化と併せて今後高度化していくべき業務領域を中期ビジョンから落としこみ、要員計画やキャリアマネジメント、スキル管理領域における業務高度化に向けて具体的施策の検討を進めている。

このように、人事業務の変革を企図し、業務の効率化や高度化に向けた検討を開始する場合、まずは現状の人事部の業務実態を可視化することから着手すると良い。現状を正しく把握することで、「どこに問題があるのか」「どのような変革が必要なのか」を現状の実務担当者の感覚や感情ではなく、事実に基づいて議論でき、その先の効率化や高度化を適切に進めることができる。
業務実態の可視化を行う際は、業務量調査票などを用いて、どの業務にどれだけの時間を投入しているかを調査することが一般的である。日本総研では、人事業務を分析し他社比較できる「人事機能調査・診断ツール」を使用している。(図表3)

調査票の設計にあたってはその後の分析・課題抽出を行う際に必要な以下の情報も収集できるような設計にすると良い。
・「定型・定例業務」と「戦略・企画系業務」の割合
・各業務の主な推進主体・従事者
・各業務の実施方法(システム利用の有無など)
集計した情報を分析することで、「どの業務にどの程度のリソースが割かれているのか(どの機能が不足しているのか)」「組織や人別に業務の偏りは発生していないか」「システム活用度合いは十分か」など、さまざまな観点で課題が抽出され、変革に向けた施策を具体的に検討することができる。
まずは、このようなツールの力を借りて、人事業務・機能の変革に向けた検討の第一歩としてはどうか。
5.連載の案内
本稿では、人事業務・機能変革に向けた業務の効率化・高度化のポイントについて紹介した。最終回となる次回は、HRテクノロジーに関する要素について紹介する予定である。
| 第1回 | 人事機能変革の主要論点 |
| 第2回 | 人的資本経営におけるHRガバナンス体制 |
| 第3回(本稿) | 人事機能の高度化(HRトランスフォーメーション) |
| 第4回 | データに基づく科学的人事遂行プラットフォーム(HRテクノロジー) |
以上
※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
関連リンク
人事機能変革の潮流
第1回 人事機能変革の主要論点
第2回 人的資本経営におけるHRガバナンス体制
第3回 人事機能の高度化(HRトランスフォーメーション)
第4回 データに基づく科学的人事遂行プラットフォーム(HRテクノロジー)

