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着ぐるみのカーボンフットプリント(CFP)を算定してみた
~おそらく日本初、だから何?と言われる不真面目なことを敢えて真面目にやってみて分かったこと~

2025年12月23日 グリーン・マーケティング・ラボ ラボ長/チーフスペシャリスト、佐々木努


 私たちグリーン・マーケティング・ラボは、生活者の脱炭素行動変容を目指す「みんなで減CO2(ゲンコツ)プロジェクト」を推進している。この活動では小学生と接触する機会も多いことから、脱炭素という難しい話題に興味・関心を持つ契機となる柔らかなコミュニケーションを実現すべく、オリジナルキャラクター「ニャートラル」(※1)に活躍してもらっている。
 ニャートラルには着ぐるみ(※2)を用意しており、自治体や小売流通が主催する催事や小学校での出前授業に登場する。カーボンニュートラル社会を目指す着ぐるみであることから、他のキャラクターや着ぐるみにはない特徴出しをしようと考え、その手始めとしてカーボンフットプリント(以下「CFP」)を算定することとした。
 CFPとは、商品やサービスの原材料、生産、輸送、利用、廃棄・リサイクルに至るまでの間に、温室効果ガスがどれだけ排出されたかをCO2に換算して表示する数値や仕組みのことだ。CFPを把握することで、商品やサービスを提供する中でCO2排出量が多い過程を見つけ、重点的に講じるべき対策を明らかにすることに役立つ。子どもたち向けには、ダイエットするときに体重を量るのと同じように、モノづくりにおける健康診断だ、ということでCFPの意味を伝えている。
 ということで、以下で、着ぐるみ「ニャートラル」の健康診断の結果を示しつつ、そこから得られたCFPやCFPを伝達する上での課題を考察する。なお、世界的に見ると着ぐるみのCFP算定を算定した例はあるようなので残念ながら世界初ではなさそうだが、おそらく日本初(※3)の試みである。実際の算定は、チャレンジ・カーボンニュートラル・コンソーシアム(CCNC)のメンバーとして「みんなで減CO2プロジェクト」にも協力・参加いただいているアスエネ社の協力を得て実施した。
 まず、「ニャートラル」のCFPを算定する上で、ニャートラルを工業製品として見た仕様や特徴を整理する。ニャートラルは、内部を空気で膨らませる(バッテリーを利用して送風機を駆動する)エアー式の着ぐるみで、芯材を使う従来型の着ぐるみに比べて材料重量や容量を減らすことができるため、製造・輸送時のCFP削減に寄与できる。また、年15回程度の催事に登場してその度にトラック配送し、年間1回クリーニングを実施する。耐用年数は7年を想定する。その上で、細かな算定対象プロセスと仕様を図表1、図表2のように定めた。

図表1 CFP算定対象プロセス
(出所)日本総研

図表2 ニャートラルの仕様

 算定の結果、ニャートラルのCFPは620kg-CO2となった。筆者の周りの脱炭素界隈で仕事をしているコンサルタントに聞いてみたところ「予想以上に大きい」という意見だったが、界隈ではないコンサルタントに聞くと「多いか少ないかよく分からない」、「この数字自体にどんな意味があるのか」という声がほとんどであった。家庭から排出されるCO2(年間2.5t-CO2)はニャートラル4体分、人一人が呼吸で排出するCO2(年間365kg-CO2)よりも多い、のような比較対象を用意すると少しはイメージできるが、その比較は意味があるものではなく、結局「よく分からない」という感想を抱く人が多い。
 実際、このことはCFP算定・表示の企業担当者を悩ます問題である。CFPを算定・表示しても消費者にその価値を解釈する尺度がないので「無意味な数字」となってしまう。良かれと思って比較対象を用意しても、「apple to apple」の比較ではないので評価をミスリードする可能性すらある。

 また、発生プロセスごとのCFPの割合を見ると、着ぐるみの使用時の排出が全体の89%と大半を占めており、原材料・生産は8%、廃棄は3%であった。さらに、使用時の排出の中でもクリーニングが最も大きく全体の63%を占め、次いで催事会場と保管場所との輸送に伴うものであった。
 これを伝えると、面白い、発見があった、という意見をもらうことが多い。具体的には、CO2ゼロの電気を使っている弊社オフィスで充電するので送風機からの排出を小さくできることに気づき、蒸気を利用し乾燥工程を含む特殊クリーニングはCO2排出が大きいことを知る機会になったりする。さらに発展させれば、安全上の注意喚起の際に、「白いニャートラルを保てば(クリーニング回数を減らせば)減CO2につながるので、ニャートラルを手でグイグイ押さないでね」というような気の利いた一言を添えることができるようになる。
 CFPを算定・表示し、消費者とのコミュニケーションに活用できるとすれば、こうした利用シーンが参考になるだろう。カネと労力をかけてCFPに取り組むならば、企業が商品に込めた環境配慮の工夫や拘りをCFPと絡めてどう表現するかを企画・設計することが肝要だろう。

図表3 ニャートラルのCFP結果
(出所)日本総研

図表4 CFP表示時の注釈
(出所)日本総研

 なお、CFPを表示する際には、誤解が生じないよう図表4に示した注釈を記すことが望ましいとされた。ニャートラル登場する催事の現場で実行すると、注釈が書かれた紙を配ったり、ニャートラルに2次元バーコードを持たせて(※4)読み取ってもらったりする方法がありうるが、非現実的だろう。着ぐるみをキラキラした目で見てくれる子どもたちに、「生産」や「廃棄」、「生涯年数7年」、「使用のたびに充電」、「クリーニング」などのキーワードを示すのは夢を壊しかねず、心苦しい限りである。

 現在、国ではCFPに係る議論が進められており、業界団体で対応を検討している。グリーンウォッシュにならないよう、きちんと算定する事業者が不利にならないように、CFP算定・表示を厳格に運用することは大事だ。実はそれと同じくらい、CFPを伝達・活用することも大事な視点であろう。ニャートラルのCFP算定をやってみて、そのようなことを思った。

図表5 CFP算定しましたメダルを付けたニャートラル


(出所)日本総研
 
   
(※1)カーボンニュートラル」を「カーボンニャートラル」とタイプミスしたことから「ニャートラル」の名前が生まれた。カーボンニュートラル社会を目指してみんなをひっぱる、ネコ界のリーダー。まだまだ自分ひとりではカーボンニュートラルを実現する力はないけれど、ゲンコツ(減CO2)山でタヌキのゲンコツさんに教えてもらいながら、みんなが暮らしやすい社会を作りたいと願っている、という設定。
(※2)筆者も着ぐるみの中に入ることもある。最近、着ぐるみに入っていることを取材で話をして動画配信されたが、面談時にお会いする方々から着ぐるみの人だと言われることが少なくない。
(※3)生成AIに着ぐるみのCFP事例を調べるよう指示すると、実物衣装(着ぐるみ)とCGキャラクターのCFPを比較する事例が見つかった。国内事例では我々の取り組みが紹介されるので、日本初の取り組みではないかと傍証している。
(※4)残念ながらニャートラルは手持ちができないのでこの手法は実現できない。


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※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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